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77. 椎名泉、確信する(前編)

 さて、チンピラ冒険者達との決闘を終えた翌日。


 俺はルナバードとの約束を果たすべく、市場で彼らの好物を大量に買い込んでから、森を訪れた。鳥達はすぐ俺の訪問に気づいてくれたらしく、バサバサと軽快なはばたきの音と共に出迎えてくれる。


「昨日は本当に助かったよ。ありがとうな」

「ピッピピュイ!」


 俺は彼らに重ねて礼を伝えつつ好物を贈り、森を後にした。


「さて……やるべきことは全部終わったな」

『次は図書館?』

「あぁ、早速行こう!」


 ツノウサギに答えながら、俺は急ぎ足で図書館へと向かった。大通りを進み、やがて見えてきたユニークな多面体の建造物――図書館だ。

 俺は意気揚々とその入り口をくぐり、受付カウンターへと向かう。この日のために貯めておいた10万リタスが入った麻袋をカウンターの上に載せ、司書さんに声をかけた。


「すみません、利用券をいただけますか」

「あら、この前の……!」


 対応してくれたのはこの前と同じ司書の女性だ。彼女は硬貨を数え、『はい、確かに』と頷いた。


「こちらが利用券です。ご自身でお名前と住所をお書きください。無くしたら再発行はできないので、気をつけてくださいね」

「ありがとうございます!」


 司書さんが差し出した木製のカードを受け取り、俺は早速図書館の奥に足を進める。

 カウンターの奥の扉を抜けると、大図書館とでも呼ぶべき空間が広がっていた。壁面には床から天井まで繋がった書架が並んでおり、部屋の中央にも3メートルほどの高さの棚が列をなしている。


「おー……凄いな……」

『だね……どうやってここから読みたい本を探すの?』

「そりゃ検索システムがどっかに――……、無い、よなぁ……」


 ツノウサギの質問に無意識に答えたものの、ハッと気づいた。当然だがこの中世だか近世だかの時代に、そんな便利端末があるわけもない。

 俺は受付カウンターに戻り、司書さんに話を聞くことにした。


「すみません、ラノベ……じゃない、ええと、こう、軽く読める物語……みたいな本ってあります?」

「うーん……娯楽小説ということかしら……?」

「あ、あと、できれば1番人気があるやつがいいです」

「あら、それなら勿論聖書ですよ! この図書館では原本を揃えていて……教会で読める短編版よりずーっと詳しいんですよ」

「聖書……ですか。できれば軽く楽しく読めるものがいいんですが……」


 ……司書さんは満面の笑顔で勧めてくれるが、どうなんだろうか。

 聖書というと、新約聖書とか、旧約聖書とか……難しそうな文章が羅列されているイメージがある。俺が求めているものとは正反対ではと返事をためらうと、司書さんは不思議そうな顔で首をかしげた。


「? だから、聖書がいいんじゃないですか?」

「えっ、そ……そうなんですか……?」


 司書さんのポカンとした顔に、逆にこちらが首をかしげたくなる。

 ……とはいえ、プロが勧めてくれているんだしと思い直し、俺は小さく頷いた。


「じゃ……じゃあ、試してみます」

「えぇ、場所は入ってすぐの棚ですよ!」


 活き活きとした司書さんに送り出され、再び書庫に戻った。扉をくぐった目の前の書架には、確かに『エミュファ教典』と書かれた背表紙がずらりと並んでいた。


「あ、あった」

『多いね……100冊以上あるんじゃない?』

「……まぁ、とりあえず読んでみるか。丁度、読まないといけないと思ってたし……」


 この世界で常識を持って生きるためには、国教への理解が必須条件だ。

 ……それに、俺がずっと抱えている“違和感”についても、この本を読むことで、その答えを明確に出せるかもしれない。


 俺は『エミュファ教典 ファーテル様とファリス王国 第一巻』と書かれた本を手に取った。

 近くにあった椅子に腰掛け、改めて表紙を眺める。表紙は美しい深緑色で、重厚な装飾が施されている。いかにも『異世界の本』といった装丁にワクワク感を感じつつ、ページをめくった。





 物語はこの大陸に生物が誕生したところから始まる。

 生き物が生まれると同時に、それを管理するための神――エミュファががあらわれ、さらにその手足となって動く3人の天使――愛と知恵の天使エーテル、天空と運命の天使ミューテル、正義と豊饒の天使ファーテルが生まれた。3人の天使はそれぞれ3つの地域に派遣される。

 そしてその地域で天使に認められた者が王となり、力を与えられ、ミュゼル帝国、ファリス王国、エルエラ国が建国される。

 各国は天使の力を借り、今日日まで栄えてきたのである。

 これはわが天使ファーテル様と、わが国ファリス王国の軌跡を記した物語である――





「ふーん……じゃあ、初代女王……リョウ様?はファーテル様に認められて女王になったってことか。なんか凄い異世界ファンタジーっぽいな」


 序章の文字を追いながら、小さく呟く。

 今の所、聖書といえども文章がやさしく、軽く読めそうな雰囲気だ。


『実際、椎名さんにとっては異世界の話でしょ』

「だなぁ」


 ツノウサギの言葉に頷きながら、俺はページをめくった。




 燃え盛る炎。その中でただ焼かれる家、逃げ惑う人々。


「ギャーハッハッハ! 逃げろ逃げろ、逃げられるもんならなぁ!」

「た、助けて、誰か助けてぇ!!」


 彼らは近くを根城にしていた盗賊だ。

 その夜、彼らは非道にも近隣の村に火を放ち、略奪行為を行っていた――そんな時。


「――そのへんにしておけ」


 凛とした声が炎の中に響く。

 盗賊たちが振り返った先には、まだ10代と思しき少女の姿が。

 茶髪の長いツインテールに、緑の目。エキゾチックな刺繍が施されたミニワンピが風に揺らてはためいていた。


「あ!? なんだてめぇは!?」

「……おいおい、女一人でたいした度胸だなぁ」


 盗賊たちが嘲笑していると、少女は堂々たる態度で余裕の笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。


「私はリョウ。このファリス王国を統べる女王だ」

「な……はぁ!?」

「あぁそうだ、一応訂正させていただくが、別に女一人ではないぞ? ……なぁ、ファーテル様」


 そう言いながら、リョウはいたずらっぽく笑った。

 その視線の先に現れたのは、一人の青年だ。茶色の短髪に深い緑の目。この場にそぐわぬ爽やかな笑顔を浮かべつつ、盗賊たちと相対する。


「初めましてだな。私はファーテル――この地を護る天使だよ」


 人の形を取りながら、人とは思えぬ風格をもつファーテル様。彼が人ならぬ存在であることを察した盗賊たちは、うろたえつつ剣を構える。


「う……な、何が天使だ!」

「うさんくせぇ野郎だなッまとめて死んどけ!!――【風よ】!」

「む?」


 風魔法使いの男が、怒号とともに辺り一帯を切り裂いていく。それが女王リョウの腕を掠め、ファーテル様の胸と足を深く切り裂き、鮮血が舞った。

 その場にいた盗賊たちの誰もが、これでファーテル様を倒せたと確信した――しかし彼の体の傷はみるみるうちに塞がり、裂けた服の向こう側には美しい皮膚が元通りになっていく。

 

「き、効かねぇ……だと!?」

「まったく、痛いじゃないかお前達……」

「ファーテル様、あまり遊ぶなっ真面目にやれっ!」

「はは、わかったわかった」


 女王リョウはじとっとした目でファーテル様を睨みつけ、憤慨する。

 ファーテル様はそんな女王を見て眦を下げながら、彼女の傷に手を当てた。すると、腕の切り傷はあっという間に元に戻っていく。


「くそっなら――【氷よ】!」


 盗賊達はそんな人ならざる力を前にしても諦めず、彼らに襲いかかった。女王は不敵に笑いながら、突っ込んでくる男に手をかざす。


「ふん、そう簡単にやられたりしないさ。なんせ私は――ファーテル様から直接力を賜った王の器なのだからね」

「うわぁああああっ!」

「がぁっ」


 突き出された女王の手から放たれたのは、一筋の雷。それは氷を裂きながら、向こう側にいた盗賊の男をも貫いた。


「やれやれ、まったく手応えのないことだ」

「……リョウが手応えを感じるような敵が出てきてはおしまいだろう……」


 女王がつまらなさそうに呟くと、ファーテル様は苦笑しながら彼女の頭をポンポンと叩いた。

 そして彼らは再び盗賊たちに向き直る。


「それではお前達、覚悟はいいな?」

「ひっ…」


 2人は手を突き出す。


「罪には罰を――」

「空より雷槌を!」


 断罪の言葉と共に放たれた雷は、男達に向かって放たれた――




「うん……? えっ……、これ、聖書なんだよな?」

『……どうしたの? なんか変なこと書いてる?』

「あ、いや……俺のイメージの聖書と書き方が全然違って……、」


 本の半ばまで読み進めたとき、俺は思わず本の表紙を改めて確認した。そこには確かに、『エミュファ教典』の文字が重厚なテイストで飾られている。

 ……うん、やっぱり聖書で間違いない。


「聖書って小難しい本なのかと思ってたけど、これじゃラノベ……いや青年漫画?そんな感じだな」

『……全然何を言ってるかわからないんだけど』

「読みやすくて、大衆受けしやすい内容ってこと。宗教が法と倫理と娯楽を兼ねてるんだな。信仰が浸透しやすいわけだ」


 俺はパラパラとページを捲りつつ、内容を確認する。

 1冊通してファーテル様や人間視点の物語調で書かれており、いずれも簡単な言い回しで、非常に読みやすい。そしてひたすら女王TUEEEで天使TUEEEE。わかりやすい勧善懲悪、友情と努力と勝利――そんな物語であった。

 司書さんの軽く楽しく読める本というおすすめに間違いは無かったということか。


「アカシアさん達が熱心に信仰してる意味もわかったよ。あれは多分、単なる信仰じゃなくて、“推し活”も兼ねてるのかもな」

『ふうん……まぁ、楽しめそうなら良かったね』

「あぁ、いい趣味が見つかったよ」


 ツノウサギの言葉に頷きながら、俺は再び本に目を落とす。

 そこには懸命に悪と戦う女王と天使の姿があった。それが目に入ったとき、俺の脳裏に少し前に別れた友人――ショウの姿が思い浮かぶ。 


「……でも、ショウには言えないかもなぁ」



お読みくださりありがとうございます

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