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76. 椎名泉、露見する(後編)

 ……ファリス王国第一王子が、この国で1番の冒険者?

 予想外の答えに、俺は目を丸くした。


「そもそも王子って冒険者になれるんです……?」

「正規の冒険者ってわけじゃないんよ。ただ強烈に雷魔法が上手かったから、害獣討伐なんかをデモンストレーション的にやってて――その実力から実質Sランク1位ってみなされてる」

「そんなことあるんですか……」


 俺は感心しながら頷いていると、ユー主任は目を細めながら続けた。


「俺も昔――王子が失踪するちょい前だから、16,7年くらい前か? 遠目で見たことあんのよ。そりゃもー尋常じゃない威力だった。空が割れたかと思ったわ」

「はぁ……王子様で最強冒険者ってすごいですね……」


 さながら俺強い感じの小説の主人公だ。この世界の天はニ物を与えるのだなとしみじみと感じていると、主任さんが『ま、そういうわけで』と言いながら立ち上がった。


「じゃーそろそろ帰るわ。ウィスちゃん怒ってんだろーな」

「俺も後日謝っときますね。巻き込んですみません」

「いーってことよ――」


 主任さんはヒラヒラと手を振りつつ、部屋をあとにした。完全に扉が閉まりきったのを確認して、俺はドッとクッションの上に脱力する。


「はぁ……なんか、つかれた……」

『……バレちゃったね。よかったの、誤魔化さなくて』

「まぁ……主任さんクラスになると誤魔化しきれないみたいだし、しょうがない。むしろ今後何かあったとき協力してくれるなら、逆にバレて良かったかも」

『あ、そっか……』

「あぁ……」


 ツノウサギが納得したような声で頷く傍ら、俺は頭の中で主任さんとの会話を反芻していた。


「…………、」


 かつて、『無詠唱魔法はありえない』、『ただ初代女王リョウが使えたという伝説がある』――そんな話を聞いた折、俺が感じた“違和感”。

 そして主任さんの話を聞いた今、“違和感”の正体――その答えに、一歩近づいた気がした。







 ――さて、椎名とユーがココノハ亭で密談をしていた頃。

 ケルナから西へ行った街道では、ひと騒動起きていた。


「――オラそこの馬車、大人しく俺たちに従えッ!」

「金と女を全部出すんだ!そしたら命は見逃してやるよォ!!」


 そう言って下卑た声で笑う男達は、この辺りを根城にしている盗賊だ。街道沿いの森で馬車を待ち伏せし、荷物や女を奪うのが彼らの常套手段。

 今夜も偶然かち合った荷馬車の周りをぐるりと囲むように立ちふさがり、今にも襲いかかりそうな様子である。


「大人しく言うこときかねぇと――分かってんだろう、なァ!」

「ハッハァ!【風よ】ッ」


 盗賊のうちの一人が脅し文句とともに弓を引き、放たれた矢が荷台を貫く。同時に、詠唱を行った男の手から風の刃が生み出され、荷台の傍にあった大木に直撃。大きな亀裂が走った。

 

「う、うわああああ!」

「や、やだあぁっママ、ママ――っ!」


 突然の襲撃に、荷馬車の中は阿鼻叫喚の地獄と化す。薄い布一枚隔てた向こうには、凶器を持った男たちが何人もいる――その恐怖に、乗客たちは皆震えている。乗客は女性が2人に、初老の男が2人、子供が1人、そして青年が1人。

 戦力差は明白で、乗客の殆どが『ここまでか』と思ったが――


「……はい、そこまで――」


 あまりにも場違いな穏やかな声。次いで、荷台から軽やかに飛び降りた一人の青年。風に揺れる茶髪の隙間から見え隠れするのは、黄色と青色のイヤーフックだ。


 ――そう、この荷馬車にはショウが乗り合わせていたのである。


 彼は何でもなさそうな様子で、盗賊達の方に近づいていく。


「あん?なんだてめぇは?」

「大人しく言うことを――って、お? お兄ちゃん、そりゃーもしかして青琥珀かぁ?」

「いいもん持ってんじゃねえか、それも置いて――」


 男達が下衆な笑い声を上げながら、ショウのイヤーフックに手をかけようとした、その直前。


「……やるわけないだろ」


 先程とは打って変わって、低く重い声がショウの口から発せられる。

 そして間髪入れず、ショウを中心として、バチバチと激しい音を立てながら雷撃がほとばしった。


「ぱぎゃっ」

「お"っ……!?」


 詠唱なく発されたそれに、男達は抵抗する間もない。それは円を描くように馬車の周りを一周し、その場にいた盗賊たちは皆倒れ伏す。彼らは一様に白目をむき、泡を吹きながら昏倒した。


「……残念。絡む相手悪すぎだ」


 ショウは抑揚の無い声で言い放ちながら男達を一瞥し、馬車に向かって声を上げた。


「……おーい! も――大丈夫だよ! みんな倒しちゃったからね!」

「な……えぇ!?」


 ショウの言葉に、荷馬車の中から驚きの声が上がる。そのうち乗客の男が2人、恐る恐るといった様子で顔を出した。彼らは倒れている盗賊達の姿をみとめ、目を見開く。


「え、ほ、本当に倒してる!?」

「す……凄い!全滅か!?い、一体どうやって……」


 男達が驚愕の声を上げながら馬車を降りる。

 そして同じく乗客の少女が馬車から飛び降り、キラキラとした目で手をあげた。


「わたし見たよっ! バチバチ――ってすごい音して、ビカって光って、それが当たった悪いやつが倒れちゃったのっ!」

「か、雷魔法か!?」

「まぁ――っ……!珍しいわね……!」

「……それにしたって、これだけの相手を一気に倒すとは……」


 少女が興奮したように話すのを聞いた乗客達は、一斉にショウに視線を向ける。


「大したことないよ。“電導性の高い装飾品をつけてるから一撃だったんじゃないかな”?」


 ショウはにっこりと笑顔を貼り付けながら、小首を傾げた。慣れたように吐き出されたそれは、かつてラカイで椎名を襲った盗人を倒した際に告げた言葉と同じだ。


「はぁ……なるほどなぁ」

「それにしてもすごいわね……」


 乗客達は皆ショウの言葉に納得したのか、揃って感心したように頷いた。


 その後、乗客同士で協力して気絶している盗賊達を縛り上げ、荷台に放り込む。

 乗客達は縛り上げられている盗賊を眺めながら、感慨深げに呟いた。


「いや――、それにしても盗賊に襲われるたぁな……」

「最近は何かと物騒だよな。ピヌス団やらなんやら、規模のデカい盗賊団も出てきたし」

「ピヌス団なぁ。最近どうなんだ?」

「前の襲撃は半年以上前だったよな。とっくに次に襲われる村が出てもおかしくないんだが……」

「最近は被害がでたって話、聞かないな」

「みんな逮捕されたのかねぇ……」


 乗客達は皆、重々しい口調で会話を交わす。

 しかし、その沈んだ空気を一掃するかのように一人の老婆が声を上げた。


「このまま平和に行けばいいわねぇ。なんたって半年後には一大行事だもの」

「一大行事?」


 老婆の言葉に、隣に腰掛けていた若い女性が首をかしげる。


「あぁ……お姉さんはよその国から来たのねぇ。半年後、王都で即位式があるのよぉ。第2王子が次の王になるの」

「あら、第2王子なの? 普通は第1王子なんじゃ……」


 女性の疑問に、続いて初老の男達が声を上げる。


「第1王子は側妃の子でな、どっちが継ぐかはずっと揉めてたんだが……17年前、天使ファーテル様が王様にお告げをされたんだ。“第2王子が即位すれば、この国の平和と実りが約束される”ってな。ジャッジメントで王様の証言に嘘がないことが証明されて、第2王子が次期国王の最有力候補になったわけだ」

「だが第1王子のほうが相当優秀だったおかげで、第1王子派の勢いは収まんなくってな……。もう、王宮は大荒れ……」

「結局、その後第1王子が姿を消しちまったもんだから、第2王子の即位が決定したんだよ」

「へぇ……でも、お告げの通りにしたんなら、この先は安泰――」


 女性が明るく笑うと、それまで荷馬車の隅で盗賊達を見張っていたショウが、ぼそりと呟いた。


「――嘘だよ」


 その声音は、沈むように重く、どこまでも暗い。


「そんな神託なんて下ってない……嘘だ。嵌められたんだよ」


 ショウは重い声で続けながら、盗賊たちを冷めた目で見下ろしている。その瞳は盗賊達を見ているようで、その実どこも見ていないような……暗い瞳だった。


 朗らかだった彼の豹変ぶりを見て、乗客達は一斉に固まった。

 ややあって、初老の男が『あ、あぁ……』と動揺を帯びた声で口を開く。


「も……もしかして、兄さんは第1王子派だったか?」

「た、確かに陰謀説もあるもんな。お告げは第2王子と王様のでっち上げだって話……」

「あぁ、ジャッジメントの審判だって、青く光る水晶を仕込んでおけばどうとでもなるからな」


 男達は焦ったように声を上げる。彼らの最大戦力であろうショウの機嫌を損ねると、この先の旅で安全上の問題が生じるかもしれないと考えたからだ。

 ショウは彼らに気を遣わせたことに気づき、慌てて首と手を振った。


「……あ、や、ごめん。別に陰謀説を推したかったわけじゃないよ。その……そういう可能性もあるのかなって、思っただけだから」


 そう言いながら笑うショウに、乗客達は分かりやすくほっとした表情を作る。そんな彼らを前にして、ショウは再び『ごめんね』と言いながら、視線を盗賊達に戻した。


 しばらく気まずい空気が流れたが、初老の男が少し考え込んだあと、再び口を開いた。


「……だが、まぁ、そうだな。本当に神託が嘘だったんなら、第1王子もやりきれないよなぁ。彼はお強くて、お優しくて、誠実で、努力家で……王としては素晴らしい器だった」


 初老の男は感慨深そうに目を細める。彼のしみじみとした口調に誘われるように、乗客達は一様に頷いた。


「うーん、わたしなら、お式に乗り込んで全部滅茶苦茶にしちゃうかなっ!王子さまってすっごく強いんでしょ――?」

「やだ、そんなことしてどうするのよ」

「まぁ、少しは気が晴れるかしらね……」


 悪戯っぽく笑う少女に、老婆と若い女性はあきれたように笑う。


「……俺が王子なら、神様や天使様を恨んじまうだろうなぁ。なんでこんな運命を用意したんだってな」


 もう一人の初老の男は、物憂げな表情で馬車の後方から空を眺め、ボソリと呟いた。


 ショウはそんな乗客達の様子を見て再び視線を床に戻し、『……そうだね』とだけ小さく呟いた。



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