75. 椎名泉、露見する(前編)
俺と主任さんは、揃って夜の街を進む。向かう先は俺の定宿だ。
家々にはオレンジ色の明かりが灯り、窓からその光と家族の笑い声が漏れていた。そんな穏やかな情景とは反対に、俺は重々しい心持ちで、宿の入口をくぐった。
自室がある3階へと上がると、丁度ザンさんとアカシアさんも宿に帰ってきたらしく、廊下でかち合った。
「オウ、おかえりシーナ!」
「おかえりなさい、シーナさんっ!」
「あ……ただいま」
ザンさんとアカシアさんの出迎えを受けて、なんだかほっとした心持ちになる。“帰ってこれた感がある”……とでもいうのだろうか。今日は1日ドタバタしていたし、メンタルに来ることが多かったからだろう。
「今日は遅――……って、おりょ? 主任さん?」
「どーも。お邪魔してるよ」
アカシアさんは背後の主任さんの姿をみとめ、不思議そうに小首をかしげた。
「こんばんはですっ! でもどーしてこの宿に……?」
「あは、ちょっと遊びに来ちゃった」
「オメェこっちで友達できたのか?良かったなァ!」
「はは……そ、それじゃ主任さん、こっちの部屋どうぞ」
……彼らに深く追求されてはまずい。
俺は慌てて自室の鍵を開け、中に主任さんを押し込んだ。主任さんは『おっじゃま――』と気の抜けた声で部屋の奥へと進む。
部屋の奥には、紺色の大判のクッションが既に配置されている。昼間、処理場の職員が届けてくれたのであろう。俺はクッションを主任さんの方へ寄せつつ、声をかける。
「えっと……、どうぞ」
「あ、どーもご丁寧に。いいソファじゃん」
「ゴミ処理場の職員さんから貰いました」
「なんだそれ」
主任さんは軽く笑いながら、ボフンとソファの上に腰掛け、背を預けた。身長180cmほどの彼がすっぽり収まるサイズ感で、主任さんも『お――……いいね』と満足げだ。
「お茶、入れますね」
「おかまいなく――」
主任さんはそう言うが、まぁ、何も出さないというのも愛想がない。
俺は卓上に置いてある水差しを手に取った。中に入っているのは今朝入れておいた水出しの紅茶だ。
「――それで、どういうことですか、さっきの質問」
「うん?」
「“俺が魔法使ってない”って話ですよ」
コップいっぱいに注いだ紅茶を主任さんに手渡しながら、俺は尋ねた。
「あ、氷はセルフサービスで」
「あは、りょーかい」
主任さんはおどけたように笑って、詠唱の後コップの中に氷を作り出す。カランという涼しげな音が1つ、静かな部屋にこだました。
「魔法じゃない、なんて――なんでそういう結論になるんです。見たでしょ、ちゃんと、俺が炎魔法使いまくってるとこ」
「炎魔法、ねぇ」
俺は努めて平静を装いながら問いかけた。対する主任さんは、意味深に言葉を繰り返しながら、コップの中の氷をじっと見ている。
……確かに、彼にはギルド登録以降もしばらく疑われていた。炎魔法では何かを使っているのではないか――と。だがそれも、ジャッジメントを使って彼自身で確認し、納得していたはずだ。それがなぜ、今更その疑問を掘り返してきたのか。
俺が内心焦りを感じていると、主任さんは目を細めながら顔を上げた。その表情は全てを見透かしたような笑みをたたえており、俺はどくりと心臓が脈打つのを感じた。
「まず、火の玉のほうだけど――あれは君が撃ってるように見せてるだけで、実際撃ってんのはそっちのホーンラビットの方」
「……、それ、は、」
『……ちょっと、なんでバレてるの』
ビシリと真実を言い当てられ、俺は思わず言葉に詰まる。ツノウサギも怪訝な声で鳴きながら、俺の肩を叩いた。
「んで、シーナさんの“炎魔法”、あれやっぱ魔法じゃないんよね。つっても、おれには“魔法じゃない”ってことしか分からんけど……“触ったものを消す”、みたいな特殊能力なんじゃない?」
「……、」
主任さんの詰問に、俺は思わず視線をそらす。
……これは一体どうしたものだろうか。
とりあえず否定して彼を追い返すことは可能だが、後日ジャッジメントに触って答えろと言われたら? 以前転移でゴブリンを討伐した際に、“炎魔法で倒した”と言っても何故か真実判定になったが、結局その誤審が起きた理由は分かっていない。今度も切り抜けられるとは限らないのだ。
俺が答えに詰まっていると、主任さんはソファに預けていた背を起こしながら、コップを揺らす。カランという音がまた1つ、狭い部屋に響いた。
「……これは、警告」
主任さんは真っ直ぐに俺の目を見据えながら続ける。
「そのウソをつきとおすなら、気をつけな。Sランクの序列上位とか、分かる人間には分かっちゃうから」
「……え、」
……“嘘をつくなら気をつけろ?” それはまるで、主任さんが嘘を許容しているように聞こえるんだが。
俺は主任さんの様子を伺いながら、おずおずと口を開いた。
「気をつけろって、あの、それだけですか?」
「ん?」
「虚偽申告したな、とか責めないのかなって、思って……」
「え、言われたいんか?」
「い、いえ!全然!全く!」
俺はブンブンと両手を首を横に振る。主任さんは『じゃーいいじゃん』と笑って、紅茶に口をつけた。いつも通りの飄々とした態度に、俺は拍子抜けする。
「あの、こんなこと言うと、あれですけど――……それで済ましていいんですか?」
「……まぁ、よくはないわな。得体のしれない人間を安易に見逃すべきじゃない」
主任さんは苦く笑いながら、ふたたび背をソファに預けた。
「でも君自身はその能力をひけらかしたいわけじゃ無いんだろ。わざわざ隠そうとしてるものを掘り起こすのもね」
「それは……ありがたいですけど」
「強大な力を隠したがるのはわからんでもない。めんどいもんな」
そう言って、主任さんはコップに目を落とした。
なるほど、彼もSランクということを公にしていないし、ギルド職員になった動機を聞く限り俺と同類なのかもしれないが。だが、その同族意識程度で見逃されていい問題なのだろうか。
俺が伺うような視線を向けると、主任さんはコップから顔を上げて話を続けた。
「……ま、それに放っといても問題なさそうだからさ。君は悪い人間じゃないから」
「え……どうしてそう思うんです?」
「他人のために金にならないことするっしょ。ルナバードを助けたりとかさ」
「……それだけですか?」
1度鳥を助けた程度で信用に値するかというと、微妙だと思うが。
俺が不思議に思って首を傾げていると、主任さんは徐々に呆れたような表情に変わっていく。
「いや、それだけじゃ……って、まさか自覚ないんか、君。ギルドで噂になってるよ、わざわざマトモな依頼が残ってない昼前にやってきて、割に合わない依頼を受けまくってる物好き冒険者がいるって」
「え、……え!? そ、そうなんですか……」
……言われてみれば、確かにそうだ。朝のラッシュに巻き込まれるのはもう勘弁だと思って重役出勤していたが、割のいい依頼は早々にはけてしまうに決まっている。妙な目立ち方をしたものだと、俺は脱力した。
「……まー、見逃す理由はそれだけじゃないけどね」
主任さんはそう言って、親指から中指を立てた手を俺の眼前に突き出した。
「ひとつ、お人好し。ふたつ、魔法ではない力の行使ができる。みっつ、ジャッジメントを誤審させることが可能」
一本ずつ指を折り、主任さんは探るような視線を向けながら笑う。
「この条件を満たす存在……対象を人間に限定しないなら、心当たりは2人いる」
……主任さんが言いたいことは、すぐに理解できた。
「……、エミュファ様とファーテル様?」
「違いますか?」
神か、天使か。
主任さんは俺がそのどちらかだと考えたのだろう、おどけたように敬語で答えた。その突拍子がないものの微妙に説得力がある仮説に、俺は頭を掻きながら苦笑を返す。
「違いますよ……天使や神様がその辺をうろついてるわけないでしょ」
「ん? ファーテル様は商人として各地を見回ってるっしょ?」
「しょ……商人? え、そうなんですか?」
「ファーテル様は豊饒の天使だろ。おかげでこの国の大地は豊かだけど、何年かに1度土地に力を入れてやんなきゃ、その実りを維持できないって話だからね。国をぐるぐる回ってるって、神話にもそう書いてるだろ……違うの?」
「知りませんでした。俺、ファーテル様じゃないので」
「え――、じゃあ結局君は何者なんよ……」
主任さんは頬を膨らませながら、ついに天井を仰いだ。自身の推測には自信があったらしい。
「……ま、いーわ。少なくともそれに連なる立場なんでしょ」
「俺はそんな大層なものじゃないですよ」
「触ったものを消す能力は、充分ご大層な力」
主任さんは再びソファから身を起こし、『ま、それはさておき』と話を続ける。
「事情はよくわかんねーけど、一応、なんかあったら手助けしたげるよ」
「え……手助け?」
「口裏合わせとか、報告書の改竄とか。冒険者やってく上で、なんかトラブルが起きんとも限らんでしょ」
「……いいんですか?」
予想外の提案に、俺は目を丸くする。追求されるどころか、協力を申し出てくれるとは。その意外な対応に驚いていると、主任さんはいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「ほら、天上のお方には恩売っといたほうが良いっしょ?」
「俺に売っても意味ないですよ……大したことできないですからね」
「そ? じゃー期待はしないでおくけど」
主任さんは瞳を閉じ、柔らかく笑いながら続けた。
「……ま、もしおれに何かあったら助けてね――」
「主任さんが困ることってあるんですか……」
S ランク冒険者である彼が困るような出来事があったとして、俺のようなナンチャッテ冒険者が助けになれるとは思えないが。そう思って苦笑していると、主任さんは『ありますよ――』と言いながら口を尖らせた。
「おれだって別に最強冒険者ってわけじゃないし」
「6番目なんでしたっけ? 主任さんより上が5人もいるなんて信じられないですけど……」
「上には上がいるってやつね。序列1位とか、マジで化け物」
「1位……どんな人なんです?」
……俺から見れば十分人外クラスの主任さんに、ここまで言わせるとは。興味が湧いて聞き返すと、主任さんは真面目な表情で答えた。
「規格外の雷魔法使い。――この国の第1王子だよ」
「だ……、え!?」
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