72. 椎名泉、決闘する(中編−2)
ツノウサギ言われるまま体を反らすと、背後からビュッと鋭く風を切る音、次いで地面を抉る重い音が森に響いた。
反射的に先ほどまで立っていた場所を見ると、木製の太い棍棒のようなもので地面が叩きつけられており、表面が完全に陥没していた。
「え、うわっ……!?」
「ちっくそ、避けやがった!』
慌てて背後を振り返ると、冒険者風の男が唾を吐き捨てていた。彼は見覚えがある――ベシュの取り巻きの一人だ。
「来たか……!」
『落ち着いて、よく周りを見て!』
「あ……あぁ!」
俺は急いで彼らと距離を取ろうとしたが、もう一人の取り巻きが木陰から現れ、こちらに向かって腕を突き出すのが視界にうつる。
「――【土よ】!」
その詠唱のあと、そばの地面が引き上げられるように収束し、尖った地面が俺めがけて突っ込んできた。
ツノウサギは肩の上で体勢を整え、それに向かって叫ぶ。
『椎名さん下がって!――【炎よ】!』
「おっ!?」
ツノウサギが撃ち出した炎は土の槍に直撃し、ドンと派手な音を立てながら爆散する。お陰で直撃は免れたが、土塊の中に含まれていた石礫が飛び散り、顔面を庇うように上げていた腕に衝撃が走った。
「ぃ、痛っ!?〜〜いっ……!!」
『ちょ……ちょっと大丈夫!? もうっ椎名さん反応悪すぎだよっ!』
「す、すまん……、大丈夫だ……!」
丁度関節に直撃したためにジンとした痛みが腕に伝播し、俺は思わず腕を抑えながら呻いた。
――とはいえ、彼らから視線を外すわけにはいかない。
ツノウサギやルナバード達が言った通り、仲間が5人、木陰からのっそりと現れた。そのうち1人は女で、俺に指名依頼の話を持ちかけた女だ。“プークスクス引っかかりやがった!”とでも思っているのだろうか、にやにやと嫌味な笑顔を浮かべているのがなんとも憎らしい。
「ドォモ〜〜!驚いたか、極炎魔法使いサンよぉ」
「クハハッ自分から殺されに来るなんてマヌケなヤツだ!」
「この前はよくも恥かかせてくれたなァ!今日はたっぷりお礼してやるよ!」
ベシュを筆頭に、冒険者達が下卑た言葉と嘲笑を矢継ぎ早にぶつけてくる。俺は彼らの圧倒的な柄の悪さと悪意に気圧され、思わず半歩引いた。5人のチンピラ集団なんて、アラサーモヤシ社畜の俺にはあまりに荷が重すぎる。
「か、かえりたい……、」
『……椎名さん、しっかりして。格だけで言えばこっちのほうが上なんだから。格だけで言えば』
思わず呟いてしまった本心に、ツノウサギは冷静な声で突っ込みを入れる。
……そうだな、格だけはそうだな。神の使徒(仮)とチンピラだもんな。全然勝てそうな気はしないが。
――とはいえ、幸いにしてと言うべきか、彼らは俺が炎魔法を使ったことに警戒したのか少し距離を取っている。その隙にとばかり、俺は声を張り上げた。
「――主任さんっ、パーシモンさんっ、居ますか!? これもう傷害罪の現行犯でいいですよね――っ!?」
「……あぁ?」
俺が突然大声を上げたことに、冒険者たちは片眉を上げた。それと同時に、背後の木陰から主任さんと局員さんが現れる。
「――ん、おっけ――。ギルド受付主任として、確かに不正行為を確認しました。彼らの冒険者資格を本日をもって停止しま――す」
「ケルナ第二刑務局のパーシモンだ! お前たちを集団暴行の罪で逮捕する!」
「……は?」
主任さんも局員さんも流石プロと言うべきか、チンピラ達相手に全く臆する様子がない。その堂々とした佇まいに、俺はひどく安心感を覚えた。
その傍ら、冒険者達は突然の部外者の乱入に困惑の声を上げる。
「テメェ……ギルドの受付野郎か? んでこんなとこに……あぁ、コイツがチクりやがったってことか」
「つかなんで刑務局!? 冒険者間の喧嘩にゃ不介入なんじゃ――」
「お、おい、どうするんだ?」
冒険者達は事態が大事に発展していることに気づいたのか、焦りをにじませた声を上げ、恨めしげな視線をこちらに向ける。
流石に所属組織の役職者と警察が来たとあっては彼らも大人しく――
「……まとめてボコって消し飛ばしてやりゃー問題ねぇよ。ギルド職員も刑務局員も、普通外じゃ複数人で行動するはずだろ」
「なるほど……1人で来てるってことは組織としては動いてねぇ、だったらコイツらさえ消しゃ、丸く収まるってことだな」
……なってくれるはずがないですか、そうですか。
例えここで2人を消したとしても、俺と共に森に入った目撃者はたくさんいるし、その関係で彼らに足がつくのは必然だ。どの道逃げ切れはしないとは思うが、どうも単細胞らしい彼らはそこまで考えが至らないのだろう。
冒険者達は不測の事態にもめげず、より殺意の籠もった視線を俺に向ける。俺はまるで蛇に睨まれたような状態だが、ここまで来て引くわけにはいかない。
「うおおおおおおお!」
「くらえやっ【水よ】!」
冒険者達は腹をくくったように、俺達めがけて武器を構えたまま突進してきた。中でも、先発として水魔法使いの男がこちらに向かって水球を飛ばす。
それにいち早くツノウサギが反応した。
『その程度――【炎よ】!』
その火球はまっすぐ飛翔し、水球に正面衝突した。その瞬間、バシュンという爆音――水が蒸発する音とともに、水蒸気があたりに霧散した。
「わぷっ!?」
『んむっ!』
水蒸気をモロに浴びた俺とツノウサギがむせる一方、冒険者達は霧の向こうで高らかな笑い声をあげた。
「ハッハァ!引っかかりやがったな!」
「ド雑魚ォ!テメェが戦い慣れてねーのはわかってんだよ!」
「この視界じゃお得意の炎魔法も当たんねぇぞ!」
……なるほど、その戦術は確かに的を射ている。俺はツノウサギや主任さんと違って、敵の気配を察知できるような人外能力を持ち合わせていないわけだし。
――だが、残念。
「霧【転移】」
「ハッハッハ……ハァッ!?」
転移能力にかかれば霧の除去は造作もない。霧が消滅する様を目の当たりにした冒険者は、眼球がこぼれ落ちそうなほど目を見開いている。
そして驚きの声は、後方の味方サイドからも上がった。
「おおっ相変わらず凄いな……! いや、どういう原理なのかさっぱりわからんが、とにかく凄い!! どういう原理なのかさっぱりわからんが!!」
「……おーいシーナさん、なんで霧が消えたんかな?」
興奮気味の局員さんとは対照的に、主任さんは乾いた笑いを含ませながら声を上げる。
「……、水を燃やしました」
「……水を燃した結果が霧だったんじゃないの?」
主任さんの突っ込みに、俺はぐっと言葉を詰まらせる。
今度はどう言い訳しようかと考えていると、その追及をぶった切るようにタイミングよく冒険者達が声を上げた。
「チッ……クソが!」
「目眩ましをどうにかした程度で調子のってんじゃねぇぞ!」
しばし放心状態になっていた彼らだが、なんとか気を持ち直したらしく、また一斉にこちらに向かって駆け出してきた。
5人同時に飛び掛かられては対処できなくなる――まずは、なんとか足止めすべきだ。
「ツノウサギ、足元撃ってくれっ」
『え、……りょ、了解――【炎よ】!』
ツノウサギに小声で指示を出すと、それに応えるように彼等の前方に数発の炎魔法を撃ち出した。流石Cランクといったところか、彼らは舌打ち混じりにすぐに後ろに飛び退き、直撃を避ける。
俺はその隙に、そばに立っていた巨木の根本にトラック型ヒノオ石を投げつけた。転移する部分として、“幹をナナメにカットするようなイメージ”を念じながら――
「――そこっ【転移】っ!」
トラックがぶつかった根本が消滅し、巨木が一瞬宙に浮く――それは重力に従って落ち、メキメキと音を立てながら、俺と彼らの間を遮るように倒れ込んだ。同じようにそばの木を数本転移させ、簡易バリケードが完成する。
「おー……すげーね」
「本当に滅茶苦茶な魔法だな……」
その様子を見ていた主任さんと局員さんは、諦めたような声音で息をつく。俺は木が倒れたことで舞い上がった土埃に咳きこみつつ、主任さんのいる方へと駆け寄った。
「けほっ、っ、す、みません主任さん! 助太刀頼みます!」
「え――、これ、わざわざおれが出る必要ある?圧倒的じゃん。こんなまどろっこしーことしてないで炎魔法で攻撃しちゃえばいいだけだし――」
主任さんは相変わらずけろりとした表情で言葉を返す。
場の雰囲気にそぐわぬゆるさに脱力しそうになったものの、大木の向こうで冒険者達が木を乗り越えようとしているのが聞こえ、俺は慌てて熱弁をふるった。
「無理ですって!人間、表面積の10%火傷したら死ぬんですよ!人に向かってバカスカ炎魔法なんか撃てないですってっ!!ギルドだって人死なんていざこざ、起きないほうがいいんじゃないですか!?」
「……ま、それもそーだ」
主任さんはヘラリと笑いながら、手のひらを前に突き出した。それと同時に、倒れた大木の向こう側からバッと人影が現れる。冒険者達がバリケードを乗り越えてきたのだ。
「はぁっクソがっ、面倒くせぇことしやがって!」
「……あ、なんだお前?まさか俺とやろうってか?」
「多少魔法が使える程度で、事務員風情が出しゃばってんじゃ――」
男達は主任さんの姿をみとめ、鼻で笑う。
主任さんはそんな彼らの態度を歯牙にもかけない様子で、詠唱を放った。
「――【氷よ】」
お読みくださりありがとうございます。
◇
最近、毎話いいねしてくださってる方がいらっしゃるのでしょうか。とても嬉しく、励みになります。
心より感謝申し上げます。




