71. 椎名泉、決闘する (中編−1)
「すみません、お忙しそうなのに急にお願いしちゃって」
「良いってことよ、お前には昇進させてもらったしな!」
「あ、それはおめでとうございます」
パーシモンさんはウィンクを飛ばしながら笑った。先日の一件を手土産に上手く昇進できたということだろう。
小さく拍手を返すと、局員さんは『なーに、お前のおかげだよ』と俺の肩を叩いた。
「――じゃ、向こうが手を出してきたら逮捕してもらえるってことですね?」
「あぁ、傷害未遂なら最低1年は収容施設行きだな」
「1年か……結構短いんですね」
「今回1件に限った場合の話だ。話を聞く限り、余罪はボロボロ出てきそうだが……そこの所どうなんだ、ギルド職員さん?」
局員さんの視線の先で、ユー主任は腕を組み、少し考えるような素振りを見せたあと頷いた。
「……そーだね、被害者は結構いるかも。責めたらいろいろ出るんじゃない?」
「そういうことなら任せてくれ。できる限り罪状を積もう」
「ありがとうございます、頼もしいです……!」
局員さんが堂々と答えてくれたことで、俺はようやく安堵を覚えた。どう考えても初犯じゃなさそうだし、数年はムショに放り込まれることになるだろう。
俺はずっとこの町に留まるわけでもないし、数年でも隔離してくれたら安心だ。
「よし、じゃあ早速打ち合わせだな。どういう段取りで行く?」
「向こうから手出させなきゃ傷害未遂……もしくは傷害罪で逮捕できんからね。シーナさんが罠に掛かったフリして、向こうが手を出した時点で制圧、逮捕……って感じじゃない?」
主任さんは嬉々とした表情で一気にしゃべりきった。
……よほど俺が戦っているところを見たいらしい。俺自身は全く気が乗らないが、それ以外の道がないのは、もう理解している。俺はため息まじりに項垂れた。
「まぁ、そうなりますよね……。……あの、主任さん、ヤバそうだったら助けてくれません?」
「は――?」
主任さんにチラリと視線をやりながらお伺いを立てると、彼は呆れたように笑った。
「冒険者のくせに、ただの受付事務に頼りなさんなよ」
「ただの……って、いや、主任さんもかなり魔法使えてたでしょうが」
ギルド登録時の実技試験でド派手な魔法を使っていたし、おそらくかなりのやり手のはずだ。
俺がじとっとした視線を向ければ、主任さんは言葉に詰まったような様子で『君ほどじゃねーよ』と視線を逸らした。
「……ま、一人で大丈夫っしょ。なんとかなるって」
「無理ですって、大丈夫じゃないから主任さんに相談に来たんです! 俺は対人戦はド素人なんですから!」
思わず勢いよく突っ込みを入れると、隣で俺達の応酬を聞いていた局員さんが不思議そうな顔で首をかしげた。
「そうなのか? お前、凄い魔法使いだっただろ? 確かあのときは炎魔法で床を全部抜いて窃盗団を捕まえたんじゃ……」
「床……って、シーナさん、何やってんのよ……」
「はは……」
局員さんの言葉に、主任さんはまた呆れたように笑い、肩をすくめた。
「……ま、ヤバそうだったら助けてやんよ」
「頼みますね、本当に……!」
……主任さん、俺達の中じゃ最大戦力だと思うんだが、大丈夫だろうか。
その適当な返事に一抹の不安を抱えつつ、俺達は刑務局を出発した。
◇
街の通用門から外へ出て、森の中へ。
ひとまず、森の入口で待機してくれていたルナバードたちと合流した。ツノウサギに通訳を頼み、状況を確認する。
『――あのヒトたち、まだ動いてないってさ。でも椎名さんがなかなか現れないからイライラし始めてるみたい』
「急いだほうがいいな。ありがとう、ルナバード。助かったよ」
俺が礼を言うと、ルナバードたちは『ピュイ』と高い声を上げながら、バサバサと翼をはためかせる。通訳をしてもらったわけではないが、『がんばれよ』と言ってくれているのが分かった。
彼らへの礼はおいおいするとして、今は早く現場に向かわなければならない。彼らの潜伏場所を知っており、索敵が得意なツノウサギを連れている俺を先頭に、間に局員さん、最後尾に主任さんの順で森の中を進んだ。
「……それで君らって結局どーいう繋がりなわけ?」
その道中、ふいにそんな質問を主任さんから投げかけられた。
「あぁ、この街に来た日に窃盗団を捕まえたんですけど、その根城で貴族様の盗難品が見つかって……」
「それをネタにお貴族様に取り入ればいいのに、この男、関わりたくもないって言うんで、代わりに俺が届け出たんだよ」
「ふーん……まぁ、君らしいっちゃ君らしいか」
説明を聞いた主任さんは、眉尻を下げながら苦笑する。同時に、局員さんが思い出したように『あぁ、そうだ』と言いながら手を叩いた。
「そういえば報告してなかったが……、ちゃんと盗難品はご両家――ガーバー男爵家とダヴィディアナ子爵家の元に戻ったからな」
「あ、そうなんですね?」
「特にダヴィディアナ家の方のは、当主が第一王子から譲られたものだったってんで、いたく喜ばれてたよ」
「第一王子……それって、行方不明になってるっていう……?」
“第一王子”――聞き覚えのある肩書だ。ツノウサギと出会った頃に話を聞いたんだったか。確か第二王子と継承権で揉めて十数年前に失踪したとかなんとか――
俺の質問に、局員さんは感慨深そうに頷いた。
「あぁ、ダヴィディアナ家は第一王子派だったからなぁ。思い出深いお品だったんだろう。報せを出したら、ご当主が直々に受け取りにお越しくださったよ」
「貴族が自分でですか?」
そういうのは貴族のお使いみたいな人間が取りに来るか、こちらから届けに行くのが普通なんじゃないだろうか。
主任さんも不思議に思ったようで、局員さんに怪訝な視線を向けている。
「ダヴィディアナの今の当主って、確か中央刑務隊に所属してなかった? 王都に居るんじゃねーの?」
「……中央警務隊?」
「王族の警護とか、重犯罪の捜査を担当してる部隊」
聞き覚えのない単語に首を傾げると、すかさず主任さんの解説が入る。
……なるほど、刑務局の中でもエリート部隊ということだろうか。
「あぁ、偶然そのご当主――ウルムス様がケルナに滞在してたんだ。それでわざわざお越しくださったんだよ。……あ、そうだ、ウルムス様はしばらくケルナを拠点にされるらしいから、もし街でお会いしたらお声がけしたらどうだ。一応、ウルムス様には居合わせた冒険者と協力して奪還したと伝えてあるぞ」
「え、い、いや、結構です! あまりお上の方と接点を持ちたくないので……」
「はは、意志は変わらないか。貴族様の後ろ盾ってのも、いいもんだと思うがなぁ。少なくともこんな面倒ごとには絡まれなくなるだろうし」
「そ……それはそうですね……」
局員さんの言葉は、たしかに正しい。
しかし同時に脳裏によぎったのは、かつてのザンさんの言葉だ。“貴族の手駒になれば、命令されたら何でもやる必要がある”――まぁ、そんなことになるよりは、この事態の方が幾分マシである。
「……でも、大丈夫です。今回はパーシモンさんが捕まえてくれるでしょ。刑務局の部長様が手助けしてくれるなんて、十分頼もしいですよ」
俺の答えに、局員さんは気を良くしたように『そうか?』と笑った。
そして森の中を急ぎ足で進むことしばらく。彼らが潜伏しているであろう付近まで、かなり近づいた。
そんな折、主任さんの足がぴたりと止まる。振り返ってみれば、主任さんはそのままじっと森の奥を見据えていた。
「主任さん、どうしました?」
「――ん、確かに……。人の気配すんね」
『……え、主任さんわかるの?』
「す……すごいですね、なんで気づけるんですか……」
主任さんは腕を組み神妙な面持ちで遠くを眺めている。俺とツノウサギは驚きの声を上げるが、彼は何でもないように話を続けた。
「俺たちが一緒に行くのはここまでだね。これ以上進んだらあの子らに気づかれて警戒される」
「わ……分かりました。じゃあ先に行くんで、お二人はあとからこっそり来てもらえますか。手を出されたら、なんとか……なんとか制圧を頑張りますけど、危なくなったら力貸してくださいね」
「ハイハイ、分かったから行っといで――」
「……ふ、不安なんですけど……」
主任さんに雑に見送られつつ、俺は崖の下へと足を進めた。
もう日も陰りかけている時間帯で、木々が橙と紫に染まりつつある。わずかに肌寒さを覚える風も吹きはじめた。それによって木の葉がかすれる音と、己の足音しか聞こえない。その不気味とも言える空間に、不安感と緊張感が煽られた。
『椎名さん、左の木の裏に2人。手前の方に2人。離れたところにもう1人いるよ』
「よく分かるな……」
俺はツノウサギにだけ聞こえるような小声で答えた。
一応は薬草採取をしているというテイなので、地面を見渡しながら周囲を伺う。とはいえ、俺には人の気配すら感じられない状態だ。彼らもCランクなだけあって、うまく隠れているのだろう。
俺が内心ビクビクしながら辺りを散策していると――
『――ッ、椎名さん!』
突然ツノウサギが後ろ足で肩を強く叩いた。
『来るよっ左――!』
「お、お!?」
お読みくださりありがとうございます。
◇
ダヴィディアナ様、久々の名前登場です……。
間が空いてしまってすみません。
(ちなみに本人が出たのは12話と26話です)




