70. 椎名泉、決闘する (前編−2)
俺の問いに、ユー主任は『ん――……』と間延びした声で答えたあと、にやりと笑った。
「でもなぁ――、本当にあの子達がそんな悪さしてるって証拠ないしな――、シーナさんが現場抑えて、ちょっとボコって捕まえてくれたら処分してあげるけどな――」
「は、え……、えぇ……」
主任さんは含みのある笑顔を浮かべながら首をかしげた。
……俺が嘘をついているとは微塵も思っていないのだろうが、この状況を楽しんでいるようだ。前言撤回、融通の効くいい人だと思ったが、主任さんがやはり主任さんらしい。
「さっきからずっとジャッジメント触ってますけど、青いままじゃないですか!これ、証拠でしょう、これ!」
「ジャッジメントはほら、受け答えによっては誤魔化されることもあるからさぁ」
「い、今の話のどこに誤魔化しの余地があったと……?」
主任さんは相変わらずへらりと笑いながらガラスペンを回す。
「まーまー、君の極炎魔法にかかれば、負けることはないんじゃないの」
「余裕で負けますよ……。主任さん、なんでそんなに俺を彼らにぶつけたいんですか」
「ん? おれ、君が本気で戦ってるとこ、一回見てみたいんだわ」
「え……えぇ……、」
……そういえば、この人はこういう人だったな。
冒険者登録の時も、既に登録が確定した後だったにも関わらず俺に魔法戦をふっかけてきた人物だったことを思いだした。
俺ががっくりとうなだれていると、主任さんはスッと目を細めて真面目な表情を作る。
「……ま、おれも別にからかってるわけじゃなくてね」
そう言いながら、主任さんはペンをピッと俺の眼前に向けた。
「一回きちんと戦ってボッコボコにしたほうがいいと思うよ。っていうのも、まぁ……、このままギルドの規則に則って彼らを処分するとしても、君が望む結果にならないと思うからね」
「え、それってどういう……」
「今の段階じゃ、せいぜい最大50万リタスの罰金の上、ギルド登録抹消かな」
「……それだけ?」
「それだけ。だってシーナさん、まだ襲われてないっしょ。彼らはあくまで良からぬことを考えてるだけ。それだけなら大した処罰にはならないんだわ」
「そ……それ、下手したら逆恨みされるだけなんじゃ……」
「下手しなくてもそーなるんじゃないの。だから1回ボッコボコにしたほうがいいんだってば」
「えぇ――……」
……このまま冒険者をやめさせても逆恨みされてボコボコにされるのが目に見えてるし、かといって今日このまま放置したとしてもいずれまた同じことが起こる……って、それってもう、どうしようもなくないか……。
思わぬ壁にぶち当たった俺は、深いため息をつきながら首を振った。
「……とりあえず、理解しました。向こうから明確に手を出させないと逮捕とかはできないってことですね……」
「あー……や、手を出させたとしても逮捕まで行かんと思うわ」
「え……えっ!?」
「逮捕っていうと、刑務局の管轄になってくるっしょ。冒険者ギルドって日常的にいざこざがあるからさ、刑務局もその程度で逮捕に動いたりしないんだわ」
「そ、そんな……」
「だから言ってんじゃん、1回ボコボコにしてやって、二度と手を出そうなんて思わないようにしてやればいいんだって――」
主任さんは再びにやにやと意地の悪い表情を浮かべている。
……うぅ、本当にそれしか選択肢がないのか……。
主任さんは他人事だと思って簡単に言うが、俺にとってはそう思いきれる決断ではないのだ。なんせ俺は対人戦の経験が浅すぎる。今までの戦歴だってせいぜい、ラカイ町でひったくり犯を一人倒したのと、この街に来た初日に戦った――
そこまで考えたとき、ふと、脳裏にある人物の顔が思い浮かんだ。
「……あ――っ……!」
「んぇ、なによ?」
「そうだ、ある、あります! 俺、刑務局に、ツテというか貸しというか、そういうの!」
「え、マジ?」
俺の言葉を聞いた主任さんは、珍しく驚いた表情に変わり、ペンを回す手が止まる。
そう、ケルナに着いた初日。ショウやアカシアさんと協力して窃盗団を取り押さえた際に、現場に臨場してくれた刑務局の職員――たしかパーシモンさんといったか、あの職員と面識がある。
それもただ面識があるだけではない。あのとき現場で貴族様の盗難品が見つけたが、その発見の功績を彼に譲り渡したはずだ。これは立派な貸しになるんじゃないだろうか。声をかければ、もしかしたら逮捕に協力してくれるかもしれない。
「俺、ちょっと局まで行ってきますね」
「ん、じゃ――おれも付いてってあげるよ。刑務局行って、そのまま現場直行しよ。あんまりモタモタしてると、あの子ら撤収するかもしれんし」
「いいんですか? お手数かけます……」
……主任さん、今から会議だと言ってた気がするが。大丈夫なんだろうか。
ウィステリアさんの『主任どこでなにやってんですか――!』という怒りの声が脳内で再生された。とはいえこちらも遠慮している場合ではないし、主任さんをお借りすることを心の中で詫つつ、俺達はギルドを出発した。
◇
幸いにして、刑務局はギルドのすぐ近くに位置している。俺は主任さんを伴って刑務局へと駆け込んだ。
重々しい装飾が施された扉を開き、建物の中に足を踏み入れる。高めの天井に、真っ白い壁、ウォールナット調の床――それに重厚なデザインのカウンターやら応接スペースが配置されていた。大都市の警察機構だけあって、しっかりした作りになっているらしい。
とはいえ、じっくり見物している場合ではない。俺は急いで受付へと向かった。
「すみません、こちらにパーシモンさんという局員の方、いらっしゃいますよね。取り次いでいただけませんか?」
「は……パーシモン部長ですか? アポはお持ちで?」
「申し訳ないが、緊急なんです。冒険者のシーナだと言えば伝わると思います」
受付の青年は最初、『アポもないのに……』と渋るような様子だったが、とりあえず声をかけに向かってくれた。
「……なに、シーナさんの知り合いって部長なの?」
「みたいですね……偉いんですかね?」
「そりゃそうでしょ。主任よか3つ4つ上のクラスだと思うけど――」
俺と主任さんが受付前で待っていると、すぐにバタバタと慌ただしく床を叩く音がカウンターの奥から聞こえた。次いで、何事かと思う間もなくバアンと勢いよく開かれた扉。
「――シーナさんか!久しぶりだな!」
「パーシモンさん!」
開かれた扉の向こう側から、局員さんが急いだ様子で飛び出してきた。呼びに行ってくれた受付の彼は、その歓迎ぶりに驚いているのか、俺とパーシモンさんを交互に2度見している。周囲で別の仕事をしていた局員たちをも一斉こちらを振り返り、パーシモンさんと俺を交互に視線を送った。
「すみません、急にお呼び立てしちゃって……ご無沙汰してます」
「いやなに、全然構わないさ。何かあったのか?緊急の要件と聞いているが……そこの席で話を聞こうか」
そう言いながら、局員さんは俺たち2人を応接スペースにアテンドしてくれた。
俺は腰を落ち着けつつ、今日までの経緯を彼に話した。俺が同業者に目をつけられたことと、現在進行形で罠にハメられそうになっていること、そこで彼らを逮捕して欲しいことを告げた。
全て聞き終わった局員さんは、うんうんと頷きながらドンと胸を叩いた。
「なるほどなぁ、よし分かった、任せとけ任せとけ!」
「た、助かります……!」
「話早すぎんか? どんな貸し作ってんのよシーナさんは」
……あっさり承諾を頂けてしまった。前回の“貸し”が随分効いているようだ。
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