7. 椎名泉、世話を焼かれる
ようやくメインヒロインちゃんが出てきます。
さんさんと降り注ぐ太陽。
眼前に広がる野菜畑。
――絶好の収穫日和である!
「ふぅ……これで今日のノルマは達成だな」
たわわに実るトマトらしき実を収穫しながら、俺は一人呟いた。
ここはショウの家の裏手にある、広めの家庭菜園だ。ここでは赤緑黄、いろんな野菜や果物が育てられている。異世界に転生して早1ヶ月、俺は毎日畑の世話にいそしんでいた。
転移当初は無一文だし言葉は通じないしで、どうやって生きていこうかと思ったものだが、ショウが『しばらくウチで暮らしなよ!』と提案してくれたので、それに乗っからせてもらったのだ。とはいえタダで飯を食わせてもらうわけにも行かないので、家事や畑仕事の手伝いを率先してを申し出た次第である。
「……しかし畑仕事なんか初めてやったけど、結構大変なんだな」
普段デスクワークばかりしていたのが祟ったのか、少し仕事をした程度で体の節々が痛みだすのが辛いところだ。
そう思いながら腰を叩いて立ち上がる。そのとき、ふと隣の家を見てみると、同じく自身の菜園の手入れをしているのであろう、中年の女性の姿があった。彼女はおもむろに自らの手を突出し――
「……【水よ】!」
そう言った瞬間、手のひらからばしゃばしゃと水が放出された。
魔法だ。そう、この世界には魔法があったのだ。女性は手のひらから流れ出す水を、辺りの作物に撒いている。
「………いいな、魔法」
思わずぽつりと呟いてしまう。転移初日、町の住民がなんの気無しに魔法を使っているのを目撃したときには、俺もたいそう興奮したものだ。ここは憧れの剣と魔法の世界なのだと。そしてもしかして、俺も魔法が使えるようになったんじゃないかと。そう思いながら、見様見真似で詠唱してみたものだ。……しかし………、
「……水よ。」
近隣の女性と同じように詠唱のようなものをしてみるが、手のひらから水が出てくることはない。
「ふ……まぁ、無理だよな」
ゼリウスの説明では、俺――地球人はおそらく大量の魔力を持ってるんだろうが、魔法が使えないんじゃ完全に宝の持ち腐れだな。
俺は乾いた笑いを漏らしながら、肩を落とした。まぁ、非正規転移なんかそんなもんだろう。
「……いや、でも、俺には“あの力”がある」
俺は左手をぎゅっと握りしめる。その手首にはトラックストラップが揺れていた。
悲観するのはきっとまだ早いだろう、そう納得して1人頷いていると、畑の向こうからショウがやってきた。
「シーナさん、お疲れ様!今日の分は大体終わったみたいだね。大丈夫?疲れていない?」
俺が畑仕事に慣れていないことを察していたショウは、気遣わしげに声をかける。
……もちろん現地語でだ。
しかしこの1ヶ月、彼から言葉を教えてもらっていたおかげで、『終わった?』『大丈夫?』といった基本的なキーワードを拾えるようになった。それに片言での返事も可能だ。
「あぁ、大丈夫だ」
「ならよかった。あんまり無理しちゃだめだぞ――」
そう言ってショウは優しく笑う。
転移当初から随分お人好しな人間だなと思っていたが、1ヶ月一緒に暮らしてそれは確信に変わった。異国の慣れない地で生活する俺のことを、彼は変わらず気遣ってくれている。
「終わったんなら家で休んでていいからね。俺は仕事に出るけど、夜には帰るから。」
「あぁ、いってらっしゃい」
「いい?だれか訪ねてきても、知らない人だったら玄関のドア開けちゃだめだからね?」
「分かってる」
「町内会の集金とか、家賃の回収とか、そんな名目で来てる人もだめだよ?実は強盗でしたって事件、最近多いんだからね?」
「それも分かってるって……」
……まるで3才児のバブちゃんでも相手しているのかと思うほどの過保護っぷりだ。初めは『お前の中で俺の扱いどうなってるんだよ』とも思ったが、きっと俺がこの国の生活の右も左も分からない様子だったせいだろう。いろいろと懇切丁寧に教えてくれるのはありがたいが、恥ずかしい限りである。
「ショウさん、俺、分かった。それより、時間。」
もう早く行けよ、仕事遅れるぞという気持ちを込めて、俺は窓の外を指さした。この世界に時計はないので太陽の位置でだいたいの時間を把握するらしいのだ。
「え、あ、もうこんな時間!? じゃあいってきまーす!」
『ほんっとうに気をつけるんだぞ――!』と叫びながら走り去っていくショウを、苦笑しながら見送った。
やがて姿が見えなくなったのを確認して、ふう、と一息つく。
「さて……ショウはしばらく帰ってこないみたいだし……よし。今日は“検証”に出るぞ」
検証――そう、俺をこの世界にぶっ飛ばした異世界トラックドライバーの能力、もとい転移能力の検証だ。
一応、ここに転移した翌日、まだ能力が使えるのかどうか小石などの無機物を相手に軽く試しはしている。結果、まだ能力は有効であるというところまでは確認が取れているのだが、その発動条件や限界はまだ未検証なのだ。
転移ボーナスがない俺にとっては、この能力が唯一の武器にして有事の際の生命線となる。早期の能力検証は必須だ。
俺は念のため「町へ行く、夜までに帰る」という書き置きを残して、町の中心部へと歩出かけていった。
◇
この町 は“ラカイ”といい、この国――“ファリス王国”の東の果てに位置するそうだ。森の中にある小さい町らしいが、近辺で珍しい薬草がたくさん採れることから、それなりに豊かに発展しているらしい。町の中心部は大きな市場が開かれていたりと、賑わいを見せていた。
ちょうどその市場に差し掛かったとき、その店先から、俺を呼ぶ2つの声が上がる。
「――オウ、シーナじゃねーか!元気でやってるかァ?」
「あーっシーナさんだ、こんにちは――っ!」
そう言って俺に声をかけたのは、熊のようなワイルドな体格にメガネをかけた男、ザン。そして薄い茶色の髪を三つ編みにした10代半ばの少女、アカシアだ。
彼らはショウの家の近所に住む親子で、昼間は市場の一角で商売をしているらしい。転移後間もない頃、ショウに連れられて挨拶をしに行ってからというものの、何かと気にかけてくれている。ショウと親しいらしく、類は友を呼ぶのか、こちらも随分と人のいい親子だった。
「ザンさん、アカシアさん、こんにちは。俺、元気だ」
「ふふっそれはよかったですっ!」
「初めて会ったときはスゲェやつれてたのになァ!」
「あぁ、元気、なった」
……2人の言う通りだ。転移当時は、日頃から仕事やら何やらに追われて疲れ切っていた上、脱水症状で行き倒れてしまったものだから、俺はとても顔色が悪く、やつれた状態だった。それがこの町に来てから驚くほど急速に回復していったのだ。
「この街、おだやか、自然いっぱい、空気おいしい。ショウの飯も、おいしい。それにいい人。」
「ハッハッハ!そりゃ間違いねェな!」
「ショウさん、すっごくお料理上手で優しい方ですからね――っ!」
その急激な回復の理由はもちろん、同居人・ショウだ。
彼は本当に人のいい人間で、簡単な畑仕事と家事労働を対価に、家と食事を提供し、言葉を教えてくれている。意思疎通の難しい俺に怒りもせず、根気強くニコニコと俺の話を聞き、言葉を返してくれる。お陰様で今までの生活が嘘のようにストレスフリーな毎日を送らせてもらっているわけだ。
そして何より、もう会社に出勤しなくていいし、家族からの連絡も来ないし、ゼリウスからの連絡もない。そう思うと、みるみるうちに体の調子が整いだした。人間の体と心というものは何とも調子のいいものである。
「あ、そういや今日はショウは一緒じゃねェんだな。何処行くんだァ?」
「えっと、森へ散歩に行く」
「えっシーナさんおひとりでですか? 道、分かります?よかったらワタシがついていきますよ――っ!」
「えっ……」
「ねぇザン!ワタシ、お店抜けていいよね?」
「おう、いいぞ!付いてってやれ!」
「え、い、いや、大丈夫!大丈夫だ!」
アカシアさんと2人で出掛けるような流れになりそうだったのを、俺は慌てて止めに入る。おそらく俺を心配しての提案なのだろう、気遣いは本当にありがたいが、今日ばかりは付いて来られると大変困るのだ。
理由はもちろん、今日の外出の目的が転移能力の検証だから。
ここが“魔法が一般化している世界”なのは知っているが、“転移”という空間系の魔法も一般的なものなのかは、まだ判断がついていない。誰かが使用しているところを見たことがないのだ。確認が取れるまで、他人に転移させる瞬間を見られるのは避けたほうがいいだろう。異世界モノで“空間魔法はレア”設定はよくあるしな。
「あの、俺、ひとり、大丈夫。道、知ってる。大丈夫。」
「そ……そうか?……まァ、森の浅い所なら1人でも大丈夫だと思うが……。」
「うーっ、ちょっと心配だけどね……、シーナさん、森の奥には入っちゃだめですからね――っ!」
「それに後2刻くらいで日ィ暮れっからな!早めに戻んだぞォ!」
「あぁ、わかった。ありがとう」
……良かった、納得してくれたみたいだ。
大方、ショウが彼らにも俺の常識知らずっぷりを説明していたのだろう。過保護とも言えそうな気の遣い方がショウと似ている。
俺は心配してくれた親子に礼を言って、1人森へと向かった。
町の中心部を抜けて西へ進むと、そこには俺が最初転移してきた森がある。
森の浅い辺りには野草や茸が生えているため、町人がよく採取に来るらしい。それに鉢合わせるとまずいので、少しだけ森の奥まったところに行くことにする。……もちろん深すぎるところに行くのもまずいので、ほどほどにだ。
俺は大きな岩陰を見つけ、そこで検証をすることにした。
「さて……やるか」
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