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69. 椎名泉、決闘する (前編)

 依頼を受けた俺は、崖に向かって走っていた――とはいえ、万年運動不足の俺が慣れない森の道をトップスピードで走り続けられるわけもなく、小走りでたったかと走っていたわけであるが。それでも15分もたたないうちに、すっかり息が切れてしまった。


「はぁ……っ、は、ッ、つかれ、た……」

『……椎名さん、体力なさすぎ』

「すまん……、」


 俺とは対照的に涼しい顔のツノウサギは呆れたような声を出す。


「はぁ……でも、崖までもうすぐか?」

『そうだね。なんか、他にも何人か来てるみたいだよ』

「先客がいるのか?」

『うん……椎名さん以外にも依頼出してたのかな』

「かもな。急ぎみたいだったし」


 ……しかし、先客か。まだ採取できる葉は残っているだろうか? もし採り尽くされてたら、新しく群生地を探さないといけないな。そうなったら図書館どころか依頼を達成できずに違約金の支払いが必要になるかもしれない――

 そのことに気づき、先を急ごうとしたところ、ツノウサギがピタリと動きを止めた。


『あ……椎名さん、上』

「上?」


 ツノウサギが前足で示す方向を見上げると、何匹かの深緑色の鳥が空を旋回していた。そのうちの一匹が『ピィ――!』と鳴いてこちらに降下し始める。


「あ――……! ルナバードか!? 久しぶりだな!」


 美しい深緑色の羽根を持つ鳥たちのことは、当然よく覚えている。

 以前、彼らの天敵――バーストスネークとの戦いに手を貸し、その対価としてツノウサギに魔法を教えてくれた鳥たちだ。


「半月ぶりくらいだな。元気にしてたか?」

「ピッピィ!」


 俺の問いに、ルナバードは楽しげな声で返す。どうやら俺との再会を喜んでくれているようだ。

 しかし、ルナバードはすぐに真剣な表情に変わり、ツノウサギに何やら語りかけ始めた。


「ピ、ピピピッ、ピィ!」

『え……え!?』

「ピピピッ!ピッピピ!」

『………!』


 ツノウサギは最初困惑しているような様子だったが、ルナバードの話を聞いていくうちに、その表情は次第に険しくなっていく。


「ど、どうした?何かあったのか?」

『……椎名さん、ダメだ』

「駄目って……」


 また新たな天敵でも現れたのかと不安に思って尋ねると、ツノウサギは眉をひそめて俺を見上げた。


『この先、行っちゃダメだ。待ち伏せされてるって』

「ま、待ち伏せ? 害獣か?」

『ううん、人間。全部で5人』

「えっ……え、人間? す、すまん、話が読めないんだが……」


 人間――それはさっきツノウサギが言っていた“先客”のことだろうか。それが待ち伏せ?誰が?何の目的で?

 混乱する俺に、ツノウサギは苦い表情で口を開いた。


『それが――ちょっと前に、ガラの悪そうな冒険者が5人くらい、あの崖の下に来たみたいでね。それぞれ木の影に隠れてるみたいなんだけど、ルナバードが偶然その会話を聞いたみたいなんだ。ルナバードは人間の言葉はわからないけど、そのヒトたちが“シーナ”、“シーナ”って恨めしそうに呼んでるのは分かったみたい。どうもただごとじゃない雰囲気だし、心配したルナバードが総出で椎名さんを探してくれてたんだってさ』

「え……マ、マジか……!?」


 ツノウサギの言葉に、俺は目を見開いた。


 このまま進んでいたらどうなっていたのかと思うと恐ろしい。俺を待ち伏せしてどうにかしようとする相手――現状であれば“奴ら”しか思いつかない。ツノウサギも同じことを考えたのか、ルナバードに質問を投げかけた。


『ねぇ、そのヒトたちの特徴は?』

「ピピッピピピ!」

『あー……、リーダーっぽいヒトは、焦げ茶の短髪に、髭面で鼻の左に大きな黒子、だって』

「ベシュとその仲間か……!」


 ……やはりそうだったか。

 俺はリアルに頭を抱え、その場にしゃがみこんだ。


「ヒトはいるのは気づいてたけど、まさかあのヒトだったなんて……、」


 ツノウサギは忌々しげに呟く。

 恐らく向こうもツノウサギに悟られるまいと声を殺していたのだろうから、仕方のないことだと思うが。索敵に自信のあるツノウサギは、気付けなかったことが悔しいのだろう。


『ねぇ、これ、全部罠だったんじゃない? 椎名さんを薬草採取の指名依頼って名目で呼び出して、森の中でボッコボコにするつもりだったんだ』

「そういうことになるよなぁ〜〜もう〜〜……!」


 ツノウサギの考えは、俺のそれと合致している。

 以前きちんと“極炎魔法”を見せつけて脅しておいたわけだが、それでいてなおこのような実力行使に出るとは想定外だ。

 俺ががっくりとうなだれていると、ツノウサギは苛立ったように地面を足でトントンと叩いた。


『どうする?戦って、どっちが上かわからせてやる?』

「無理無理無理無理無理、俺がわからせられるって!」


 ツノウサギのゴリゴリの武闘派思考に、慌ててストップをかける。戦闘ド素人の俺1人対5人のCランク冒険者など、どう考えても分が悪すぎる。

 いくら転移能力が一撃必殺技だと言っても、俺が人に向けて使うつもりがない以上、不利になるのはこちらの方だ。


『じゃ、どうするの? 早いとこやっちゃわないと、また同じことが起きるんじゃない?』

「ピィ……」

「そうなんだよな……あ、そうだ。帰ってユー主任に相談しよう」

『え、あのヒト?』

「あぁ、流石にこれだけやらかしたらギルドが対処してくれるだろ。主任さんならルナバードのことも、ベシュとトラブったことも知ってるし、話が通じやすい」


 俺は自分の言葉に頷きつつ立ち上がり、ルナバードと視線を合わせる。今度は俺が彼らに助けを求める番だ。


「ルナバード、悪いけどその男達を見張っててもらえないか? しばらくしたらここに戻るから、何かあったら教えてほしい。勿論、礼は弾ませてもらうから」


 拝むように両手を合わせると、ツノウサギが間に入り翻訳してくれる。話を聞き終わったルナバードは、『ピュイ!』と弾むような鳴き声を上げ、バサバサと飛び上がる。


『……もちろん、そのつもりだって。お礼なんかいらないってさ』

「それじゃ俺の気が済まないんだが……、とにかく、本当にありがとう。とりあえず街に戻って、頼れる人に相談してくるよ」

「ピッピピ!」


 再び俺の言葉を翻訳したツノウサギに答えるように、ルナバードは任せろと言わんばかりに胸を張り、空へと飛び立った。


 ルナバードが鳴きながら飛び回っているところを見ると、他の仲間に伝達しに行ってくれているのだろう。

 ここは彼らに任せ、俺は急いで街に戻ることにした。





 行きよりもずっと早いペースでギルドへと戻ってきた俺は、受付カウンターへと駆け込んだ。


「主任さん、いますか!?」

「……んえ? なによ、また来たの?」


 幸運なことに、主任さんはまだ勤務中だったようだ。ガラスペンをくるくる回しながら、気の抜けたような声で応じてくれる。


「すみません、至急聞いてもらいたいことがあって――」

「えー……おれ今から会議なんですけど――」

「そっ……! え、えぇ――……、マジですか……、」


 ……至急回さないといけない稟議書があるのに、上長全員がミーティングで抜けていたとき並にキツイ。

 俺は思わずがっくりとうなだれたが、主任さんはそんな俺を見て『しょーがねーなぁ』と言いながら腕を組んだ。


「まぁいいよ、急いでるみたいだし、話だけでも聞いてあげよう」

「え、いいんですか? 助かります……!」


 ……主任さん、今までいろいろと雑な人だと思ってたけど、こういうところはありがたい。


 俺は主任さんに感謝しつつ、事態を説明した。

 以前ベシュという C ランク冒険者に絡まれたこと、それを撃退したこと、その後たびたび口撃を受けていたこと、今日ギルド職員風の女に話しかけられ、指名依頼を受け現地へ向かったところ、『ベシュの一味が待ち構えている』とルナバード達が教えてくれたこと――順を追って、洗いざらい話した。


 主任さんはというと、話を聞き終わった途端肩を震わせ――


「……、ぷっ……くくっ、あーっはっはっは!マジで!?ちょーウケんね!」

「なんもウケないですよ!笑いごとじゃないですから!」


 ……なぜか大爆笑されてしまった。

 そんな笑いどころあったか、今の話……。


 俺が記憶を反芻していると、主任さんは笑いすぎて涙のにじんだ目をこすりながら答えた。


「いや、バカウケだって。その職員の話、怪しいなって思わなかったわけ? 昼過ぎに当日締めの指名依頼持ってくるバカがどこにいんのよ」

「うぅ……それが定時後に当日締めの書類を持ってくる馬鹿みたいな弊社が実在したもんでして……」


 俺は弊社上層部の度重なる無茶振りを思い出し、恨めしげに呟いた。


 ……そう、言われてみれば確かにおかしいのだ。

 いつでもデスクにいる仕事をしているならともかく、この自由な冒険者稼業で、帰ってくる時間もわからないのに当日締めの依頼を出す人間はそうそういないはず。

 弊社ではあまりにも日常風景だったために何も気にせずうっかり信じてしまったわけだが、今思うと不審すぎる。


「それにね、本当に指名依頼が入ってるんなら達成報告に来たときにおれかウィスちゃんが言ってるよ」

「いやもう本当、そうですよねとしか……」

「はーあ、笑った笑った。ま、ボコボコにされんでよかったね――」

「うぅ……はい……」


 全く主任のおっしゃる通りだ。

 ルナバードが危険を教えてくれなければ、今頃蜂の巣になっていたことだろう。全く迂闊なことをやらかしてしまった。

 俺は深くため息をつきつつ、主任さんに向き直った。


「……それで、俺はどうしたらいいです? どう考えてもアウトっていうか傷害未遂ですよ、これ。こういうの、ギルドで取り締まってもらえないんですか?」

お読みくださりありがとうございます。

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