68. 椎名泉、稼ぐ3 (後編)
俺とツノウサギが連れてこられたのは、処理場の外側にある木造の小屋だ。
休憩室兼事務所として使われているらしく、中央の長机の上にはクッキーが山のように置かれ、傍のティーカップからは高級な茶葉の香りが立ち上っていた。
俺はお誕生日席へと案内され、勧められるがままに茶菓子に手をつけた。
「――それでよ、お前さん、冒険者やめてうちに就職しないか?」
「ありがたいお話なんですけどね……俺はここ定住するつもりはないんです」
「は――……まーそうだよなぁ。お前さんレベルの冒険者なら、ウチの比じゃねぇほど稼げるだろうし……」
「まーまー監督、良いじゃないですか。逆にシーナに入所されちまったら俺ら全員、失業よ、失業!」
「ガハハッちげぇねぇ!」
作業員の突っ込みに、ノルドが笑い飛ばす。
安定した職と給料というのはなかなか魅力的だが、俺はこの自由な冒険者稼業を気に入っているし、なにより、そのうちショウに会いに王都の方に行きたいと思っている。ここに勤めるとなったら、そんな長期休暇も取れなさそうだしな。
ノルドはしばらく黙ったあと、真剣な表情になって腕を組んだ。
「……そうだな。ならせめて、指名依頼は出してもいいか?これなら倍額出すぞ」
「そ、そんなに? もちろんいいですけど……」
10分もせず片付くうえ、一切危険のない仕事で、16,000リタス。破格の条件だ。
俺としては断る理由もなく、すぐに首を縦に振った。すると、監督を筆頭に作業員達は再び雄々しい歓声を上げる。
「よっしゃあああああああ!」
「こ、これでしばらく休み休み仕事できるってことだよな!?」
「神様ファーテル様ッ……! お導きに感謝しますッ……!!」
その後も、いかに仕事が大変だったか、どれだけ休みがなかったか、俺がどれだけ彼らの助けになったのか――というのを一刻ほど聞かされ続け、2時の鐘が鳴った辺りで、ようやくお開きとなった。
「んじゃ、本当にありがとな、シーナ!」
「また頼むぞ――!」
「えぇ、また、必ず!」
帰りは職員が総出で見送ってくれた。俺は彼らに手を振り返し、処理場を後にする。
取引先に褒めちぎられ、自己肯定感は爆上がり。俺は非常に軽い足取りで、ギルドへと戻った。
◇
「ウィステリアさん、主任さん、戻りました――」
「あら、おかえりなさい、シーナさん!」
「おっかれ〜。ゴミ処理、結構重労働だったっしょ」
ギルドの受注カウンターへと戻ると、先ほどと変わらずウィステリアさんと主任さんが俺を迎えてくれた。
ウィステリアさんには、先ほどノルドからもらった依頼達成証明書を手渡す。その時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ダセー、今日はゴミ処理かよ」
「さすがFランだな」
「ククッ、やっすい給料でご苦労なこったなぁ」
……またお前か。
声の感じからして、あのチンピラ冒険者ベシュと、その取り巻きの声だろう。俺にだけ聞こえるように小さく呟かれたその言葉は、相変わらず刺々しい。
俺はとりあえず無視を決め込みつつ、ウィステリアさんの話に耳を傾けた。
「――それでさっき、職員の方がお見えになって、指名依頼の話をお聞きしました!これからは週1くらいでお願いしたいと!報酬はなんと倍、16,000リタスですよ――!」
「ありがたい話ですね」
「そうかぁ?おれなら倍もらってもやらんわ、あんなきつそうな仕事――」
「……主任はちょっと黙っててくれますか?」
主任さんがおどけた風に言うのに、ウィステリアさんは証明書でパシリと頭をはたく。夫婦漫才のようなやり取りに苦笑していると、ウィステリアさんは一つ咳払いして、話を仕切り直した。
「それでこちら、職員の方がお持ちくださった追加報酬です! 今回すごく助かったから、多少イロをつけた額をお渡ししたいと!」
「え、そうなんですか?」
「めずらしーね、あの頑固親父がボーナス出すなんて」
「えぇ、ですので、中身の確認を――………?」
ウィステリアさんはカウンターに載った巾着袋を片手で持ち上げようとした。しかし袋を掴んだ瞬間、その手がピタリと止まる。
「……ウィスちゃん?どうした?」
「た、多少……?なんですかね、これ?やたらと重いんですが……」
「……中身の確認お願いできる?」
「は、はぁ……」
主任さんに促され、俺は巾着袋の紐を解く。
ぱさりと広がった口の奥には、鈍く光る銀色の硬貨がぎっしりと詰まっていた。
「……………」
「……………」
「……………えっこれ5万リタスくらい入ってない?」
「なんでだよ」
主任さんの言葉に、思わず真顔で突っ込み返す。
5万リタス――当初の報酬の5倍以上だ、どう見積もっても“多少”のレンジを超えているだろう。
周りの冒険者たちも主任さんの声が聞こえたのか、チラチラとこちらに視線をよこしてくる。主任さん曰くレアケースのようだし、皆気になるのだろうか。
「メモが入ってますね。えーと……“本当に助かった。職員のほとんどが個人的に礼がしたいって言うんで、その分も入れてる。ありがとよ!”……とのことです」
「……ぶっ飛んでんね。どんだけやらかしたんよ、シーナさん」
「え、えぇ……」
……つまり、有志の募金で4万リタス以上集まったってことだよな。どれだけブラックな労働環境だったんだ。
俺が口角を引きつらせていると、ウィステリアさんが両手で麻袋を持ち上げ、ずいっと差し出した。
「ま、まぁ、またお願いしますね! お疲れ様でした!」
「おつかれさーん」
「ど、どうも……失礼します……」
……まぁ、礼は仕事の結果で出させてもらおう。
指名依頼が出ればすぐに受注しようと、心に固く誓った。
『よかったね、ぼろ儲けじゃない』
「そうだな……これだけ貰ったからには、また受けないとな」
『お菓子もくれたし、いいヒトたちだったよね。また出してくれるかな』
「……お前、最近野生のプライドどっかいったよな」
飯を与える人間にすっかりガードが緩くなったツノウサギの言葉に苦笑しつつ、俺はギルドの扉をくぐった。
「ちょっと――アナタ、シーナってFランク冒険者よね?」
そのとき、背後から俺を呼ぶ高い声。振り返った先には、金の巻き髪の女性が腕を組んで立っていた。
「え? えぇ、そうですど……」
「ちょうど良かったわ、アナタを探してたのよ。急ぎの指名依頼が来ててね」
「指名依頼?」
「これよ」
女性はピラリと1枚の紙を突き出した。様式から察するに、ギルドの依頼書のようだ。
「えーと……薬草採取の依頼……リキュラの葉、30枚?」
『森でよく見るやつだね。……なんでわざわざ椎名さんを指名したんだろ』
……確かに。
ツノウサギの言葉に、俺は首を傾げる。
別にそう珍しい薬草でもないし、自分で採るのは難しくないはずだ。それとも病気か障がいを抱えていて、森へ入るのが難しいとか? しかしそれにしたってなぜ俺が選ばれたのか謎である。
「あの、指名される心当たりがないんですが……依頼者は誰なんです?」
「アナタ、よく薬草採取の依頼を受けてるでしょ? それが丁寧に採取してるって評判なのよ。だからじゃないかしら」
「え……そうなんです?」
特別丁寧な仕事をしている自覚はないが、そういうものなんだろうか。
荒くれ者の多い冒険者のことだ、もしかしたら採取系の依頼も雑にこなす人間が多いのかもしれない。
俺が首をひねっていると、女性はニッコリと笑って俺に依頼書を握らせた。
「それじゃ、今から向かってもらえるかしら?」
「え、今からですか!?」
「リキュラの葉は夕方近くになると、養分が葉先の方に集まるのよ。これからが採取時なの。依頼書にも明日までに必要と書いてるし」
「そうなんですか……」
「街を出て左に行ったところの崖沿いに群生地を見かけたわよ。そこに行けばすぐ終わると思うわ」
森の中の崖――ルナバード達とバーストスネークを迎え撃った辺りだろうか。ここから片道30分くらいだったはずだ。図書館の閉館時間は把握していないが、依頼を受けると今日は行き損ねてしまうかもしれない。これからルンルン気分で図書館に向かうつもりだったぶん、今から向かうのは気が重いな……。
ツノウサギはそんな俺の心境を察してか、前足でぱしぱしと肩を叩いた。
『……別に無理に引き受けなくていいんじゃない。図書館、行きたいんでしょ?』
「う……まぁな。でもせっかく指名してもらってるんだし、行ってみるよ。走ったら間に合うかもしれないし……駄目でも、明日には行けるしな」
『……お人好し』
ツノウサギはため息混じりに呟く。
俺としても図書館には行きたいが、せっかく仕事ぶりを評価してもらえているのだから、その期待には応えたい。ゴミ処理場で拍手喝采褒められまくり気分が良かったのもあって、俺は残業を引き受けることにした。
「じゃ、今から行ってきますね」
「……いってらっしゃい」
金髪の女性は、妖艶な笑顔を浮かべて小さく手を振った。
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