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66. 椎名泉、稼ぐ3 (前編)

『稼ぐ』シリーズ、ラストです。

 巨大魚討伐の翌日、俺はいつも通りギルドへと出勤した。


『今日はどうするの?』

「うーん……そうだなぁ」


 掲示板を前に、俺は腕を組む。

 一昨日の掃除依頼で5万リタス、昨日の巨大魚討伐で4万リタスちょっと稼げている。利用券は10万リタスだから、今日はそれほど高額な依頼を受ける必要はない。むしろライトな依頼をひとつこなして、すぐにでも図書館に行きたいくらいだ。


「お……、これならすぐ終わりそう」

『……えっ?』


 掲示板に目を走らせていると、一つ気になる依頼を見つけた。タイトルは『ケルナ市西部ゴミ処理場業務手伝い』。仕事内容は生ゴミの燃やすこと。報酬は8000リタスと少ないが、転移能力者向きの仕事だ。要は異空間にゴミを不法投棄してしまえばいいだけだからな。


『ちょっ……と待って、椎名さん。まさかその依頼を受けるつもりなの?』

「あぁ、簡単そうだろ」

『それ、まさか転移能力で片付けようなんて思ってないよね』

「え……思ってるけど……」

『使徒様の能力をゴミ処理なんかに使うつもりなの!?』

「あ、あぁ……別に問題ないだろ」

『え、えぇ……問題しかないと思うけど……』


 ツノウサギは若干引き気味に顔を顰めた。

 言いたいことは分からないでもないが、まあ、別に気にする必要はないだろう。誰に怒られるわけでもなし、便利な能力なのだから使ってなんぼだ。

 俺は依頼書を剥がし、カウンターへと持って行った。


「こんにちは、シーナさん!」

「よー、毎日ご苦労だねぇ」

「こんにちは、ウィステリアさん、主任さん」


 今日はウィステリアさんと主任さんが揃って出勤しているようだ。ウィステリアさんに依頼書を手渡すと、彼女はぎょっとした表情で依頼書を2度見した。


「えっ、こ、これ受けられるんですか!?」

「はい――……え、何か問題ありました?」

「あー……この依頼、マジで人気ないんだわ。臭い汚いキツイの3拍子揃った重労働だし、現場の人間も頑固で煩い奴多いしさぁ」

「そうなんですよ――……あ、でも、シーナさんの魔法ならすぐ片付いちゃうのかな……?」

「や、そんな簡単には終わらんでしょ……いくらなんでも魔力切れ起こすっての。あんな御大層な魔法使えんならもっと割のいい仕事受けりゃいいのに……マジでチョイスが謎すぎるわ」

「はは……、まぁ、頑張ってきます」


 主任さんの呆れた声に苦笑を返し、俺は現場へと向かった。





「こんにちはー」

『こんにちは』


 ギルドを後にした俺とツノウサギは、街外れのゴミ処理場を訪れていた。この街のゴミは東西南北にある処理場へと運ばれているらしい。ここは西の処理場だ。

 『ケルナ西部処理場』と書かれた看板を潜った先には、柵でぐるりと囲まれた空間が広がっている。そこにはいくつものゴミ山が渦高くそびえ立っていた。


「……なかなか凄い惨状だな」

『ギルドのひとの言うとおりだね……』


 まあそれもそうか、と依頼書に目を落とす。

 この処理場は街で1番の規模らしいのだが、『担当者数名がしばらく病欠することになり仕事が滞っている、生ゴミの焼却処分のため炎魔法を使える人間が欲しい』――ということだった。

 辺りを見渡すと、ゴミ山の影に職員らしき人々が数名いるが、皆疲れ切った表情をしている。仕事量が処理場のキャパシティを超えてしまっているのだろう。その様子は、締日目前の弊社を彷彿とさせた。


 俺がこの惨状に納得していると、隣に備え付けられていた小さな小屋から色黒のガタイの良い男が顔を出した。


「――あん?誰だ?」


 男は作業着の上に腕章のようなものを付けていた。この現場の責任者のような人間だろうか。


「冒険者ギルドから来ました、冒険者のシーナとツノウサギです」

『ツノウサギだよ』

「え? ホーンラビット?」


 軽く自己紹介すると、男は肩に乗ったツノウサギを見て一瞬目を見開いた。しかしすぐに一つ咳払いをして、値踏みするかのように俺達をジロジロと見る。


「……ま、まぁいい。冒険者ギルドってことは、依頼を受けて来たってことだな? 随分ヒョロヒョロしてるが……大丈夫なんだろうな、オォ?」


 その無遠慮な視線と低くドスの利いた声は、彼の不信感をよく表していた。両者の間に走る緊張感は、以前会社で『椎名くん、これどういうことかな?』と係長に呼び出された時のそれによく似ており、俺はぐっと背筋が伸びる思いがする。


「は、はい……身体はそんなに強くないですが、炎魔法は得意ですよ。魔力もあり余ってます。問題ありません。本日はよろしくお願いいたします」


 俺は思わず社会人時代と同じような固い口調で言葉を返す。

 男は俺の態度に面食らったように、『本当に冒険者らしくない奴が来たな……』と口角を引き攣らせながら漏らした。

 ……基本的な社会人としての振る舞いを行ったつもりだが、まぁ、冒険者は荒くれ者が多そうだし、丁寧なコミュニケーションに努めるものは少数派なのかもしれない。

 男はもう一度咳払いして、親指で背後のゴミ山を示した。


「……俺はノルド、この現場の責任者だ。早速仕事を説明するぞ。……つってもまぁ、ただひたすらゴミを燃やすだけだ。手前にある山ほど運ばれてきた日付が古いから、この辺から作業を始めてくれ。終わり次第奥の方の山をどんどん片付けろ」

「わかりました」

「ま、お手並み拝見と行かせてもらうか。あんまり腑抜け野郎なら、ギルドにつっかえしてクレーム入れてやる」

「ど……努力します」


 ……これは真面目にやらないと駄目だな。もし評価が低ければ、受注処理をしてくれたウィステリアさんに迷惑をかけてしまうだろう。


「じゃ、作業開始しますね――」


 俺は気を引き締めつつ、早速ポケットからトラック型ヒノオ石を取り出した。そしてそのまま、ノルドの背後にあったゴミ山にヒノオ石を投げつける。


「そこひと山、【転移】!」

『うわー……ほんとにやっちゃった……、』

「あん?」


 トラックが当たったゴミの山――高さ3mほどあったそれは、瞬時にふっと姿を消す。肩の上のツノウサギは引いたような声を出し、対してノルドは片眉を上げて怪訝そうな表情で石の行方を追った。


「……はぁっ!?」


 そして視線が行きつく先で、そこにそびえ立っていたゴミの山がぽっかりと無くなっていることに気づき、凍ったように固まった。


「次、【転移】、【転移】」

「えっ、は、ハァアアアア!?」

『い……いいのかな、神の力をこんなゴミ処理に使って……』

「別にいいんじゃないか? 世のため人のために役立ってるんだし」

『そういう問題かな……、』

「オイオイオイオイオイ!? 何が起こってんだァ!?」


 ノルドが素っ頓狂な声を上げているかたわら、俺は淡々とゴミの山を転移していく。入口手前から連なるゴミの山脈は、あっという間に消滅していった。


「最後に【転移】……終わりました」

『すごいね。一瞬で終わっちゃった』

「だな」


 目の前に広がっていたゴミ山が消滅し、視界が開ける。生ゴミ以外の山はまだ残っているが、全体の半分くらい片付いた状態だ。転移能力の大活躍である。

 一瞬で作業完了したし、これはクレームどころか高評価いただけるんじゃないだろうか?


 少し得意な気持ちになりつつ、背後に立っていたノルドの方を振り返ると、彼はわなわなと肩を震わせながら目を見開いていた。更に近くで作業していた男達も、目を点にして作業を止めていた。


「ちょっと待てぇい!今何が起きたァ!?」

「あ!?あれ!?ゴミは!?ゴミの山はどこいった!?」

「おい生ゴミが全部消えてんじゃねぇか! どーなってんだよ!!」

「え、あ、えーと……」


 作業員達はじりじりと俺の方に詰め寄るように疑問をぶつけてくる。肉体重労働な職場だけあってか、皆ムキムキの親父さんばかりで、その迫力に俺は思わず半歩後ずさった。


「えっと……全部、炎魔法で燃やしたんですよ」

「炎!? 炎なんか出してなかったじゃねぇか!」

「瞬間的に燃やすんで見えないだけです。ちゃんと燃やしてますよ」

「はぁ――!?」


 ……もはやお約束だな、このやり取り。

 しかしここにはジャッジメントがあるわけでもないし、納得してもらえるだろうか。不安に思っていると、作業員の一人が神妙な面持ちで声を上げた。


「……そういえば、息子から聞いたことがあるぞ」

「息子? あの冒険者のか?」

「あぁ……この街のギルドに極炎魔法ってのが使える男が来たらしい。なんでも、相手を灰も残さず瞬時に燃やし尽くす炎魔法らしいんだが……」

「あぁ、それ俺のことだと思います」

「はー……マジか、ホラ話じゃなかったのかよ」

「えぇ……まぁ、はは……」


 ……まぁ、実のところ滅茶苦茶ホラなんだけどな。

 興奮気味に前のめりになる作業員に、俺は曖昧に笑って答えた。


お読みくださりありがとうございます。

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