64. 椎名泉、稼ぐ2(後編)
「えーと……、まず、どこから突っ込んだら良い?」
ギルドに戻ると、ユー主任は開口一番にそう言った。
彼は笑いをこらえるような表情で、カウンターに載るバケツ一杯の魚と、その後ろに控えるビッグキラーフィッシュ・オン・荷車に視線をやる。
周囲の冒険者達も焦げた巨大魚を訝しげに眺めながら、何やらひそひそと話し始めた。
「……おい、あいつ例の極炎魔法使いか?」
「ありゃビッグキラーフィッシュか……? 炎魔法使いがどうやって狩ったんだ……?」
「普段水場の底にいやがるからな……雷魔法使いでもなきゃ倒せないはずだが……」
……なるほど、普通に炎魔法を打ち込んだだけじゃ水に阻まれて届かないということだろうか。相当レアらしい雷魔法使い頼み――だから“水場系の依頼は難易度が高い”のか。
ちなみにあの絡んできた冒険者――ベシュだったか、奴も視界の端にチラチラと映り込むが、その表情は苦々しいものだった。“お魚さん釣りに行ったぞ!”と馬鹿にしていた人間が巨大魚を討伐してきたのだから、それは微妙な心持ちになるだろう。
「えーと……今朝の依頼、達成しました。キラーフィッシュは全部で35匹、全滅させてます。この子が地道に釣りあげてくれてて、数が減ってたみたいで……あ、あとこれ、ビッグキラーフィッシュも討伐したんで、買い取りお願いできます?」
俺は例の水晶――ジャッジメントに片手を置きながら、依頼の経過をさらりと報告する。勿論、水晶は青いままだ。
「ビッグキラーフィッシュね……、Cランク相当の害獣なんだけど、どうやって狩ったんだか」
「池の水全部抜いたら出てきちゃって……」
「おもしろすぎんか? どういうことだよ」
主任さんはジャッジメントにちらりと目をやり、肩をすくめながら笑う。
「……じゃ、査定させてもらうわ。ちょい待ってて」
「はい……あ、キラーフィッシュの方はこの子にあげたいんで、こっちに戻してもらえます?」
「はいはいよ、りょ――かい」
主任さんはひらひらと手を振りながら、キラーフィッシュを検分し始めた。
今回は数も多いし、査定完了まで時間がかかるかもしれない。その間、俺と少女はホールの隅の方で待つことにした。
「……にいちゃん、ほんとにいいの? キラーフィッシュ、わたしがもらって」
「あぁ、もらってくれ。俺もツノウサギも肉派だし、そもそも捌けないしな……」
「……ありがと」
少女ははにかみながら頬を掻いた。これで体が弱いという父親にバッチリ食事をとってもらえるだろう。
「おーい、シーナさん、査定終わったよ――」
しばらくすると、主任さんがカウンター越しにひらひらと手を振った。主任さんはガラスペンのようなものを回しながら、革のトレイに載った硬貨を指す。
「ええと、キラーフィッシュの討伐依頼が35,000リタスね。んで、デカイほうの買取価格が50,000リタス。合わせて85,000リタスな」
「お――、そんなになるんですか」
『すごいね、いっぱい稼げた』
革のトレイの上で鈍く輝く硬貨を眺めながら、俺は感嘆の声を漏らす。少女も俺の隣で背伸びしながら硬貨を眺めて『お――……』と笑っている。
まさか50,000リタスにもなろうとは。あの時転移させなくて、本当に良かった。
「なぁ君、ちょうど半額でいいか?」
俺が少女に問うと、驚いたような顔で俺を見上げる。
「え? な、なんの話?」
「買取価格の話だよ。85,000リタス、どう分配するかって話で……」
「は!? なんでわたしももらうみたいな話になってんの!?」
「え!? だ、だって買い取りに出そうって言ったのは君だし、荷台を貸してくれたのも君だし……」
彼女とは報酬を按分するつもりだったゆえ、わざわざギルドまで出向いてもらったのだ。……しかし彼女の反応から察するに、金をもらう気はなかったということだろうか。
俺の言葉に、少女は肩をすくめて首を振る。
「倒したのはにいちゃんじゃん……、わたし、何もしてないよ。大体、キラーフィッシュももらったし……」
「いや、そもそも君が来なかったら池を全部、転……んんっ、全部蒸発させて終わりのつもりだったんだ。そしたらこの魚は見つけられてなかった。この金はもらえてなかったはずの金なんだよ。荷台だって君のだし、ここまで運ぶの手伝ってもらってるし、これで報酬独り占めはナシだろ」
「えぇ……全然アリだと思うけど……」
少女は釈然としないような表情だが、ここで報酬独占は俺の居心地が悪すぎる。彼女が言い淀んだ隙に、俺はすかさず主任さんに声をかけた。
「じゃ、半額でいいか。主任さん、すみませんけど崩してもらって半分ずつお願いできます?」
「あ――……ギルド的には冒険者じゃない子に報酬は渡せないよ。まぁ、細かいほうがいいって言うならそうしてあげるから、あとは好きにしな」
「あー……そっか。どうも、助かります……」
“冒険者じゃない子供に報酬は渡せない”……そりゃそうだな。しかし両替してくれるあたり、主任さんも親切だ。
俺は革のトレイに載った42500リタスを少女に差し出した。少女は受け取るのを躊躇したようだが、『親父さんに何か精のつくもの食べさせてあげたくないか?』と声をかければ、ハッとした表情になり、おずおずと手を伸ばした。
「……わかった、もらっとく。ありがと、にーちゃん!」
……うん、父親想いのいい子だな。
少女はニッと笑って、硬貨を大事そうにポシェットに入れる。そのまま『じゃあうち帰る!』と元気よく宣言し、バケツを荷台の上に乱雑に放り投げ、トップスピードで荷台を引きながら走っていった。父親に早く成果を伝えたいのだろう。
「……じゃ、俺達も飯行くか」
『そうだね』
俺は少女を見送ってから、ツノウサギと共にギルドを後にする。
「…………チッ!」
ギルドの入り口を抜ける際、側に立っていた例の柄の悪い冒険者――ベシュが俺を軽く睨みつけ、舌打ちをしたような気がしたが、……まぁ、気にしないでおこう。
『おまえが気にくわない』という剥き出しの敵意を向けられるのは、地球でも――弊社でも、よくあったことだ。あのときは悪意や敵意にうまく対抗する手段も理由もなく、どんどん孤立して、ただただ精神力が削られて行く一方だったが。
――しかし、この世界では以前と状況が違う。
別に一緒のチームで仕事をしているわけではないし、関わりを持とうとしなければ、これ以上の実害は出ないはずだ。脅迫気味に和解を迫ったことだしな。何も気にする必要はない。スルー、スルー、気にしない、気にしない……、
「――あれ、シーナさん?」
そそくさとギルドの扉をくぐった丁度その時、横から知った声に話しかけられる。声のする方を振り返ると、そこには一人の少女の姿があった。
「あ……、アカシアさん」
「やっぱりシーナさんだ――っ! お仕事おつかれさまですっ!」
「あぁ、アカシアさんもお疲れ様」
彼女は俺だと分かるなり、お得意の超全力ダッシュで俺めがけて駆け寄ってくる。大きめのボストンバッグを装備しているところを見ると、彼女も仕事終わりなのだろう。仕事終わりで夕方近くになっているというのに、相変わらず元気全開モードだ。
「こんな時間にギルドにいるの、珍しいですね――っ! いっつもお昼すぎにはお仕事終わってるって主任さんから聞いてますよ?」
「あぁ、ちょっと……今日は大物を狩ったもんで、時間がかかったんだ」
「えっなんですかなんですか!?そのお話、詳しく聞きたいですっ!」
「……アカシアさんにとっちゃ別に大した案件じゃないと思うぞ?」
「またそんなご謙遜をっ!」
アカシアさんはそもそも戦闘スペックが高いし、雷魔法使いだし、ビッグキラーフィッシュなど瞬殺だろう。聞いていても面白い話ではないと思ったが、アカシアさんは俺の言葉をからりと笑い飛ばした。
「ね、よかったら今日、またお夕飯ご一緒しましょうよっ!」
「夕飯?」
「ワタシ、いろいろお話聞きたいですっ!」
アカシアさんは返事を待たず、俺の腕を取って繁華街を指さす。ギルドの灯りを反射してきらきら光るその瞳からは、純粋な好意しか感じ取れなかった。
「……あ――……」
……そうか、今度はちゃんと、親しくしてくれる同僚兼友人だっているんだよな。
ふと、そんなことを考えた。
そしてその事実に、俺はどこか安堵に似た感情を覚えたことに気づく。
あんな危なそうな連中に何と言われようが関係ない。だから気にする必要はない。気に病む必要もない。堂々としていればいい。
……そう思っているのは事実だが、心の奥底に澱んだ感情が息を潜めていたことに、俺は今、気がついた。
「……? シーナさん、どうしました? アカシアと一緒はお嫌でした……?」
俺が黙り込んだのを見て不安になったのか、アカシアさんは様子を窺うように覗き込んだ。
「……いや、俺も丁度、アカシアさんと飯に行きたかったんだ、って気づいて……」
「ん……んん……?? それは『おっけー!』ってことです?」
「うん、『おっけー!』ってこと。行こうか」
「やた――っ! 今回はお店選びはおまかせてくださいねっ!」
「あぁ、頼んだ」
アカシアさんは嬉しそうにピョンピョンとその場で跳ねる。そして肩に乗っていたツノウサギが、すかさず身を乗り出した。
『……もちろん、おにくがいっぱい食べられる店だよね?』
「まぁ、アカシアさんだしな。そうなるんじゃないか?」
「む!? なになに、ワタシの話ですか!?」
「あー、いや、アカシアさんご推薦のお店が楽しみだなって話だよ」
「ほんとですか? じつはですね、昨日ザンから『ご当地串焼き10種盛り』っていうよくばりお肉メニューの話を聞いて――」
アカシアさんは俺の腕を引きながら、得意げに話し出す。予想通りの提案にうんうんと相槌を打ちながら、俺達は繁華街を進んだ。
「――でねっ、そのグランドバードのミルク煮込みが絶品らしくって……!」
「へー、珍しいメニューだな」
『ボクも食べたことない』
「これはもうゼ―ッタイ、おふたりと行かなきゃって思ったわけですよ――っ!」
「そうか……誘ってくれてありがとうな」
アカシアさんの満開の笑顔につられ、表情筋が緩んでいくのが分かる。
……単純なもので、純粋純度100%のアカシアさんと話をしているうちに、先程までの嫌な出来事はスコンと頭から抜けたのであった。
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