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63. 椎名泉、稼ぐ2(中編)

 水面にトラックがぶつかった瞬間、池の水が全て無に返った。


「ん……えっ? あ、あれ!? 池は!? 水は!?」

『え、えぇ……そんなのありなの……』


 広々とした池だったそこは、今や深さ80cm程度の窪地と化している。

 続けて水がドッと河口から池に入ろうとするが、そうはさせない。俺はもう片手に装備していたトラック型ヒノオ石を、河口のすぐ下の地面に向かって投げつける。


「地面【転移】!」


 石がぶつかった瞬間、着弾地点から2m範囲の地面が転移。元・池の底に、ぼこりと穴が開いた。

 川から流れ込んできた水は、ひとまずその穴へと溜まっていく。


「に、にいちゃん、これどういうこと!? いったいなにやったわけ!?」


 離れたところで見ていた少女が、大声でこちらに呼びかける。


「炎魔法で水を全部蒸発させたんだ! 俺はここで水をせき止めてるから、君とツノウサギで魚を回収してくれないか!?」

『え、えぇ……』

「はぁ!? にいちゃん、ムチャクチャすぎるぞ!」


 少女は興奮したように叫びながら、池……だった場所に飛び降りた。早速魚集めに奔走してくれているらしい。


「……最初は池の水ごと魚を転移させようかと思ったんだけどな。あの子の飯にいるみたいだし、この方法にしたんだ」


 俺がボソリと呟くと、ツノウサギは呆れたようにため息をつきながら俺を見上げた。


『はぁ……ほんと、なんでもアリだね』

「ツノウサギ、あと頼めるか?」

『うん、まかせて』


 肩から飛び降りるツノウサギを見送り、俺は河口と向き合った。

 即席で作った溜め池に水が流れ込み、いっぱいになりそうになった頃を見計らって、水を転移させるだけの簡単なお仕事だ。一時的に水を干上がらせることにはなるが、この辺は水資源が潤沢なようだし、少しくらい構わないだろう。そもそもここから街の大河までに集落はないし、この川を生活用水として使用している住民はいないだろうから、迷惑にはなるまい。完璧な作戦だ。


 俺は池の縁に腰掛け、ぼうっと水量のチェックをしていた。あとは少女とツノウサギが魚を集めきるのを待つだけだ。

 

 ……が。


『……まずい! キミ、さがって!!』

「………うわあ!これなに!?」


 不意に、池の向こう側で焦った声が二つ上がる。俺は慌てて飛び上がり、声のする方向に目をやった。


「な……なんだ!? おい、何かあったのか!?」

『椎名さん、まずいよ!ビッグキラーフィッシュがいる――!』

「は……はぁ!?」


 ツノウサギが叫ぶ声を聞きながら、俺は池に飛び降りて駆け出した。


『中級のけものだよっ、早く来て――!』

「魚なんだったら水さえ抜けば大丈夫じゃないのか!? お前が蹴り倒したら――」

『ムリだよ――! すっごいおっきいし、ばいんばいん跳ねてるよ――!』

「え――!?」


 どんなアグレッシブな魚だよ、と心中でツッコミを入れつつ走っていると、池の半ばで焦った表情で逃げてきた2人と合流した。


「に、に、にいちゃん、あれ!あれ!」


 少女は俺の背後に隠れるように回り込み、前方を指差す。


「た、確かに……でかいな」


 少女が示した方向には、体長1mを軽く超えるであろう大きな魚がいた。その長い体をボインボインと大きく跳ねさせながらこちらに向かってくる。

 速度はそう遅くないし、水がない以上そのうち力尽きるかもしれないが。魚集めをする以上、このまま放っておくわけにはいかないだろう。


『椎名さん、魔法撃つよっ!』

「わかった、行くぞ!」

『――【炎よ】!』


 ツノウサギは俺の肩に飛び乗ると同時に、火の球を撃ち出した。


「ゴギャアアッアア!」


 炎が直撃した巨大魚は、断末魔を上げながらパタリと倒れる。

 中級害獣だとツノウサギは言っていたが、意外と簡単に倒せてしまったな。魚だし熱に弱いのだろうか。


「ふー……驚いたな。君、大丈夫か?」

「う、うん……」

「なら良かった。……しかし、これ……どうしような」

『持って帰るには大きすぎるね。椎名さんの力じゃ絶対無理』

「あぁ……、確実に腰をやるな……」


 巨大魚を前に、俺は乾いた笑いを漏らす。

 ……とはいえ、ここに置き去りにするのはどうだろう。水は再び池に入ってきているから、死骸は放っておけば川へと流れ出るだろう。しかしこれだけの巨大な魚だ、水門のあたりで詰まったりしないか心配だし、普通に不法投棄だと指をさされそうである。


「……じゃ、転移させるか」

『そうだね……』


 俺が出した無難な答えに、ツノウサギは落胆したような声音で答える。

 キラーフィッシュは食用のようだし、魚が焼ける香ばしい匂いがあたりに漂っているから、食欲旺盛なツノウサギには処分するのが惜しく感じられるのだろう。


 ……とはいえ、運搬方法がないのだから仕方あるまい。


 俺がポケットに手を突っ込みトラックを取り出そうとすると、会話を聞いていた少女が眉をひそめた。


「テ厶……イ? テーイ? って、なに?」

「えーと……強力な炎魔法のことだよ。灰も残さず燃やし尽くせるんだ。魚、このままにしておくわけにもいかないし、ここで処分しようと……」

「……は!?」


 俺の説明に、少女は目を剥く。信じられないという表情で俺の腕を掴み、そのままがくがくと揺さぶられた。


「ばかじゃないの!?ビッグキラーフィッシュだよ!?討伐と素材の買取りで何万リタスももらえるような害獣なんだよ!?」

「そ……そうなのか?」

「う、うちから台車持ってくる!絶対その魔法使うなよ!待ってて!」

「お、おお……」


 俺が少女の勢いのあるツッコミに押されるように頷くと、少女は『絶対だからね!』と念を押しながら走っていった。


「……なんか、臨時ボーナスが稼げそうだな」

『まぁ、中級のけものだしね……そこそこの値はつくんじゃない。水場は狩りが難しいから、買取相場は高いって聞いたことあるよ』

「そうなのか?ラッキーだな」


 四半刻もたたないうちに、少女は池に戻ってきた。彼女はガラガラと派手な音を立てながら、荷車のようなものを引いてきている。この巨大魚がなんとか乗せられそうなサイズ感だ。


 それから少女と力を合わせ、半刻ほどかけてようやく魚を荷台へと載せられた。

 ……途中、この10才児に『にいちゃん力弱すぎ』と冷めた目で何度も言われてしまったので、本当に本格的に体を鍛えた方がいいかもしれない。


「ふー……なんとか街へ持って帰れそうだな」

『ちっちゃい方の魚も、そこに集めてるよ』


 ツノウサギが前足で示した方には、少女のバケツいっぱいに詰め込まれた魚の山。少女を待つ間、ツノウサギがコツコツ集めていてくれたものだ。


「あぁ、ありがとな。全部で何匹いた?」

『35匹しかいなかったよ』

「35? 少ないな、50匹はいるって話だったが……」

「あ、わたし……毎日釣ってたから、ちょっとへってるかも……」


 少女はおずおずと手を上げる。その表情は気まずげだ。

 ……もしや、取り分が減ったと怒られるとでも思っているのだろうか。俺は慌てて安心させるように頭を撫でた。 


「そうなのか。頑張ってたんだな」

「……う、うん!」


 俺の言葉に、少女ははにかむように答えた。


「ね、これ、いくらになるかな!」

「うーん、相場がわからん……」


 俺と少女はそのまま荷車を押しながら、ギルドへと向かった。

お読みくださりありがとうございます。

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