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62. 椎名泉、稼ぐ2(前編)

 ギルドで乱闘騒ぎを起こした、その翌日。


「よし……今日はどの依頼にするかな」


 昨日は午後からもう一件依頼を受けに行こうかと思ったが、精神的な疲れからどうにもその気になれず、結局宿に戻ってしまった。

 一晩おいて気持ちを切り替え、今日こそはガッツリ働こうと意気込み、出勤したわけである。


 昼時の冒険者ギルドは今日も閑散としていた。……昨日のやり取りを見ていたのであろう冒険者達数名が、こちらを見てヒソヒソと話をしているような気がするが。なんとなく居心地の悪さを感じながらも、俺は掲示板を見上げた。


『なにかいいの、ある?』

「いや……今日はパッとした雑用依頼は無いみたいだ」

『ってことは……受けるとしたら、討伐依頼?』

「それしかないよな――……。稼ぎが良くて、初心者向けの依頼があるといいが……」

『……上級害獣を2匹も狩っておいていまさら何を……』

「いや、こういうことは経験とかも大事だからな」


 ツノウサギが魔法を使えるようになって大幅な戦力アップに至ったとはいえ、油断禁物だ。普通車の免許だって、1年目の事故率よりも少し慣れてからのが高いと聞くし。

 初心忘るべからず、ということを念頭に置きながら、討伐依頼エリアに目を走らせていると――


「――お? これ良さそうだな」


 数枚の依頼書の中にひとつ、目を引くものがあった。凶悪そうな顔の魚のイラストが書かれている依頼書だ。先日受けた掃除の依頼と同様、紙が若干変色しかかっている。これも長期間受けられてこなかったのだろう。


『なにそれ? ……さかな?』

「あぁ、魚。キラーフィッシュの討伐だって。森の池に棲み着いて、ほかの魚が逃げたらしいんだ。1匹1,000リタスで、推定50匹くらいいるらしいから……、それが本当なら一気に5万リタス稼げるぞ」

『え……えぇ?』


 ツノウサギは怪訝そうな声を上げながら首を傾げた。微妙そうな反応だが、俺は悪くない依頼だと思っている。

 キラーフィッシュ……つまり、ピラニアみたいなもんだろう。とはいえ所詮は魚だし、Fランク用の依頼だし、そうそう危険もないはずだ。


 俺が依頼書を前に頷いていると、ふいに背後からボソッと男の声が聞こえた。


「……なんだ、今日はお魚さん釣りかぁ?」

「ハッ極炎魔法使いっつっても大したことねぇんじゃねぇの」


 それは聞き覚えのある声――昨日のベシュという冒険者とその一味だろう。振り返ったらまずいような気がしたので視線は合わせないが、下卑た嘲笑を浮かべているのが簡単に想像できた。


『うわ、昨日のやつだ』

「だ、だな……」


 直接手出しをするのは危険と判断して、影でぐちぐちと言う方向にシフトチェンジしたのだろうか。……新人をわかりやすく嘲笑の対象として扱う、この感じ――なんだか社畜時代を彷彿とする――


『なんなの、もう……物わかりわるいなぁ。ねぇ椎名さん、もう一発くらいおみまいしといたほうが――』

「ちょ、おい、駄目だ駄目だ!無視するぞ、ツノウサギ」

『え――……』


 ……暗黒の社畜時代を思い出しそうになっていたが、ツノウサギが耳をピンと立てたのを見て、現実に引き戻される。昨日みたいな騒ぎは御免だ。


 俺は背後を振り返らないようにしつつ、そそくさと依頼用紙を剥がして受付へと持っていった。


 今日の当番はユー主任らしい。彼は俺をみとめた瞬間、ニヤニヤしながら『昨日ひと暴れしたらしいねぇ』言う。俺は苦笑しつつ依頼書を差し出した。


「まぁ、どこの世界……、業界でも新人いびりってあるんですね」

「そーだね――……って、え、これ受けんの?」

「はい、……え、駄目ですか?」

「いや――……おれは別に構わんけど……、君相変わらずよくわかんないことすんね」


 主任さんは依頼書をペラリと天井にかざすように眺めている。その表情は困惑というか、怪訝というか、微妙なニュアンスを帯びていた。


 ツノウサギに引き続き、主任さんまでもがこの反応……。

 ……え、何これ、地雷案件なのか?


「ま、受理しとくわ。いってら――」

「は、はぁ……どうも……」


 一抹の不安を抱えつつ、俺は依頼書にある池へと向かった。





 それはギルドから片道1時間ほどの距離だ。門を抜けて森の中を進むことしばらく、木々の間に池が現れる。池は薄く濁った水で満ちており、大きさは市民プールくらいの印象だ。


『けっこう、広いねぇ……』

「だな」

 

 池の奥の方でパシャリと水が跳ねる音がする。つられて視線をやると、凶悪そうな顔の魚――キラーフィッシュが水面から跳ね上がっていた。……なかなかイキのいい魚らしい。


「池から出流れた水は……、北側から街の大河に合流する……と。その間はずっと森だったな。……うん、これならいけそうだ」


 俺は池とそこから続く川を眺めながら頷いた。対するツノウサギは、怪訝な顔で首をかしげている。


『……椎名さん、水の中のさかなをどうやって倒すつもりなの? 泳ぐの?』

「アグレッシブすぎるだろ。モヤシ社畜が泳いで肉食魚を狩るのは無理だ」


 ツノウサギの言葉に、俺は思わず苦笑する。勿論、そんなことをしなくても倒す方法はある。

 俺は膝を折り、水面に近づこうとした。


 ……と、そのとき。


「……にいちゃん、なにやってんの?」


 背後から、少女の声。


 振り返るとそこには、小麦色の肌に金色のボブヘアの少女の姿があった。まだあどけなさを残す表情から察するに、歳は10歳くらいだろうか。彼女はシャツにミニスカート、サンダルという軽装に、大きなバケツと釣り竿を背負っていた。


「えーと……、ちょっと、仕事で来てるんだ。冒険者ギルドから、ここのキラーフィッシュを狩る仕事を受けてる」

「……ふうん。わたしと一緒か」

「え、君も冒険者なのか?」

「まだ登録できる年じゃない。これは晩飯にするんだ。……とーさん、体弱いから……わたしが稼がないと」

 

 少女は俺の隣にガシャンとバケツを置き、水辺に腰掛けた。そして釣り針に細切れの肉のようなものを付け、池に向かって放る。


「……え、釣るのか?」

「釣り上げて締める以外にたおす方法なんかないでしょ」

「そ………そうなのか?」

『そりゃそうでしょ。だからさっきからどうやって倒すつもりなのか聞いてたんだよ。椎名さん、釣り竿なんか持ってないし』

「あ、あぁ……そう……」


 ……なるほど、ツノウサギや主任さんが怪訝な顔をしていたのはそういうことか?道具もなしにどう倒すのかと思われていたのかもしれない。

 ついでに、この依頼が長く受注されてこなかった意味も分かった。この広い池から魚を一匹ずつ釣り上げて締め上げていくのは、結構時間がかかりそうだ。これは圧倒的にコスパが悪い。


「なぁ、ちょっといいか? 俺は多分、ここのキラーフィッシュを一発で捕まえられるんだが……」

『え』

「……えぇ?」


 俺の言葉に、ツノウサギと少女は眉をひそめる。

 ……まぁ、そういう反応になるよな。


「一度試してみるから、ちょっと離れててくれないか?うまく行ったら魚は君にあげるぞ。俺は魚を討伐したって事実があればいいだけだからな」

「……まぁ、別にいいけど」

「ありがとう、じゃあそこで見ててくれ」


 俺は少女にそう告げてから、池に水が注入される河口へと向かった。


『……どうするつもりか知らないけど、別にあの子に気を遣う必要はないんじゃない? ふつう、こういうのは早いもの勝ちだよ。さかなも売れるだろうし、椎名さんがもらっちゃっていいと思うけど……』

「い……いや、さすがにそれは悪いだろ。ご家庭の事情もあるみたいだし……」


 ツノウサギのドライな意見に、俺は肩をすくめる。さすがに家族のために頑張る健気な少女の前で、魚を一掃できるほどの図太い神経は持ち合わせていない。


 河口部にたどり着いた俺は、水面を指差しながら、ツノウサギに声をかけた。


「じゃ、ツノウサギ、池の中心に向かって特大の炎を撃ってくれ」

『え……まさか水を蒸発させて倒す気? さすがに無理だと思うけど……』

「そこまでは必要ないよ。とりあえずデカイのを1発撃ってくれたらいい」

『……わかった』


 ツノウサギは釈然としないような表情ではあるが、池をまっすぐと見据えながらうなり始める。


『――【炎よ】!』


 やがて放たれたそれは、大きさにして直径2、3 m の大きな火の球。

 それは真っ直ぐに池の中心へと飛翔し、ボンッと激しい音と共に水面が爆ぜる。それによって、ぶわりと水蒸気が周囲に霧散した。


『わっぷ!』

「ぷえっ!? な、なに!? にいちゃん、何したの!?」


 そして同時に、ばしゃ、ばしゃ、と池のあちこちで水が跳ねる音が聞こえる。池の中に居たキラーフィッシュ達が一斉に跳ね上がるのが、水蒸気の隙間を縫って見えた。

 衝撃に驚いたのか、急に沸騰した水から逃げたかったのか――なにはともあれ、俺の目論見通りだ。


「――よしっよくやったツノウサギ!」

『ぷはっ、で、でも全部倒せたわけじゃ――』


 俺はこのチャンスを逃さないように、急いでトラックを水面に向かって投げつける。


「水全部【転移】!」

『……は!?』


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