60. 椎名泉、稼ぐ1(中編)
背後から聞こえた俺を嘲る声。その感じの悪さは、まさにチンピラ冒険者といった様だ。中学時代のクラスカースト1位だったヤンキー達を彷彿とさせる。
「……行くぞ、ツノウサギ」
『う、うん』
こういう手合いには関わらないが吉。スルーが吉だ。変に反応したら、因縁つけられてボコボコにされかねないし。
俺は彼らの声に聞こえないふりをしながら、足早に掲示板の方へ歩いて行った。
「アァ? オイコラ無視か!?」
「Fラン冒険者が舐めてんじゃねぇぞ、オラッ待ちやがれ――」
……が、男達は簡単に獲物を逃がすつもりはないらしい。
背後から追ってくる怒声に思わず振り返りそうになった時、肩に乗っていたツノウサギが高い声で鳴いた。
『椎名さん後ろ!【炎よ】!』
「わっ!」
振り返るとそこには、俺の方に手を伸ばしかかった冒険者の姿。そしてそれめがけて放たれたツノウサギの火球だ。
兎の視野は360°らしいし、背後から近づく男にいち早く気付いてくれたのだろう。俺を庇うように放たれた火の玉は、男の腕に着弾した。
「ギャッ!?」
『もうっ、急になんなの!』
「お、お――……!」
す、すごいぞツノウサギ、たすかっ……………、……?
じゃ、じゃない!!
「あ"っつ………! んだテメェ何しやがるッ!!」
「いい度胸してんじゃねぇか、オォ!?」
や、やばい、やばいやばい! ペットが人様に怪我をさせるとは……!
男は革の手甲をしていたおかげで大火傷には至っていないようだが、皮膚が若干赤くなっている。軽い火傷状態にはなっていそうだ。
殺処分、過失傷害罪、慰謝料請求、そんな言葉が脳内を駆け巡り、俺はさっと血の気が引く。しかし対するツノウサギは、けろっとした顔で『……あ、つい撃っちゃった』と前足を口元に当てている。
「おま、おまえな、だめだろ、人様に怪我させたら……!」
『え? なんで?』
「な、なんでって……」
『先に絡んできたのはあっちでしょ?』
「そっ……それはそうかもしれないが――」
ツノウサギの“さも当然”というような雰囲気に呑まれ、俺は押し黙る。
た、確かにそうか……? いや、でも物理的に手を出される前に撃ったし、これは過剰防衛になるんじゃないか?
「な……ッ舐めてんのか鼠野郎!ぶっ殺してやらァ!」
「いいぞ、殺っちまえベシュ!」
血の気が引く俺に、あっけらかんとした様子のツノウサギ、激昂した冒険者の男達。
そんな混沌とした状況を切り裂くように、男は腰に下げていた大剣を抜き、大きく振りかぶった。
「っ! それ【転――」
俺は反射的にポケットの中に手を突っ込みトラックを掴む。男の持つ剣へと投げつけようとするが――
『あっちょっダメ!【炎よ】!』
「ぐわッ!?」
トラックを投げつける前に、再びツノウサギの炎が炸裂した。炎は剣を弾き飛ばし、衝撃で男は後ろによろめく。男はその拍子に腕を痛めたのか、手首を押さえて呻いていた。
『椎名さん、さすがにそれはまずいよっ! “鉄を焼き尽くした”って言い張る気!?』
「あ、た、確かに……!」
ただでさえ苦しい言い訳なのに、鉄が融解するならともかく“灰も残さず消滅しました”は無理がありすぎる。
ツノウサギのアシストと鉄壁の防御に胸を撫で下ろしていると、同時に周囲がざわついていることに気づく。これだけ騒いだんだから、当然だろうが――
「なんだ? 喧嘩か?」
「ベシュが新入りに絡みに行ったみたいなんだが――、な、なぁ、おかしくねぇか……?」
「あ、あぁ……あの新入りさっきから詠唱してない……よな?」
「だ、だよな? まさか無詠唱魔法なんじゃ……」
「無詠唱魔法!? それってあの“英雄女王”リョウが使えたっていう伝説の……!?」
……騒ぎの起き方が、予想の斜め上を行ってるんだが。
居合わせた冒険者達や職員達は、俺の方を驚愕に満ちた目で凝視している。
「……えっ……え!?」
“女王リョウ”? それって前にアカシアさんが言ってた、エミュファ教の聖書に出てくるっていう初代女王のことか?
俺が彼らの反応に目を白黒させていると、ツノウサギは合点がいったように、ポフンとその手を叩いた。
『……そっか、ボクは全然普通に詠唱してるけど、周りから見たらシーナさんが無言で魔法を撃ってるように見えるよね』
「え!? ちょ、ちょっと待て、詠唱って必須なのか?」
俺は慌ててツノウサギに小声で尋ねる。
……“無詠唱魔法だ!”とザワつかれる異世界小説は何冊も見てきたが、こんなに虚しい無詠唱アゲはない。なんせ俺は詠唱しないと魔法が撃てないどころか、詠唱しても魔法が撃てないんだぞ……!
俺の問いに、ツノウサギは“何を今更”と言いたげな表情で小首を傾げた。
『そりゃそうでしょ。椎名さんだっていつも“テンイ”って言ってるじゃない』
「いや、アレはぶっちゃけ言わなくても転移できるんだ」
『え、そうなの!? じゃあ詠唱なしで魔法が使えるわけ!?』
「いや、まぁ……、転移能力は純粋な魔法じゃないしな……」
俺の転移能力のトリガーは、“異世界に飛ばす”と念じることだ。発声までは必要ない。俺が【転移】と毎回言っているのは、気合を入れるためというか、“ヨッコイショ”くらいの気持ちで言ってるだけだ。
……とにかく、“魔法には詠唱が必要”なんて初耳である。
「ほら、雑草取りの時もずっと転移転移言ってなかっただろ」
『あ……、そういえば、そうだね』
ツノウサギは納得したように頷くが、対して俺はどこか釈然としない気持ちを抱えていた。
“魔法には詠唱が必要”――その理論に、何か引っかかりを覚えたのだ。
「……なぁ、でも、本当に詠唱なしじゃ撃てないのか?」
『え? まぁ、できなくはない……かな? あの人たちの話じゃ、初代女王――リョウってひとは使えたみたいだし……』
ツノウサギの視線の先にいるのは、未だああだこうだと議論を重ねている冒険者達の姿。
『英雄女王の生まれ変わりでは』『いや、その子孫で、つまり王族なのでは』『いや、先の大賢者様の曾孫さんなんじゃ……』なんて、話は雪だるま式に大きくなっている。
『……まぁ、稀代の魔道士なら、ありえるかもね。相当に複雑な魔力制御をすれば不可能じゃないかも……』
「…………、」
「……椎名さん?」
……なんだろう、やっぱり引っかかることが――……あぁ、そうだ。
以前、見たのだ、俺は。あれは確か――……
俺が思考の海に沈みかけていたところ、それを邪魔するように、ダンと床板を叩きつける衝撃音が前方から響く。
「――クソがッ! ブッ殺してやるッ!」
反射的に顔を上げると、そこには般若のような顔をした冒険者の男の姿が。再び剣を握り直し、俺に突撃せんとしていた。
「ま、まだやる気か……!」
『もうっおまえしつこいよっ!』
男の咆哮とともに、ツノウサギが再び戦闘態勢に入る。
――が、丁度その時、ふわりと花のような香りが鼻腔をくすぐる。
ウィステリアさんが俺と冒険者の間に立ちふさがったのだ。
「コラコラコラ! そこまでですよ!」
「ウィ……ウィステリアさん」
「……チッ!」
ウィステリアさんは男にビシッと手のひらを突き出し、ストップをかける。冒険者の男達もギルド職員を相手に無体を働く気はないらしく、忌々しげな顔でこちらを睨みつけている。
「す……すみません、騒ぎになってしまって」
「大丈夫ですよ。一部始終を見ておりましたが、シーナさんは自衛しただけですし――……っていうか、シーナさん、普通の炎魔法も撃てたんですね?」
「え? えぇ、まぁ、ちょっと練習して……」
俺は語尾が尻すぼみになりつつ、苦笑いを返しておいた。
ウィステリアさんは『それはよかった!』と笑うが、すぐに真剣なまなざしに変わり、冒険者の男の方を睨みつける。
「さて……ベシュさん。困りますよ、こんな頻繁に揉め事を起こされたら!」
「あぁ!? 俺はそこの態度のなってねぇFラン野郎に教育を――」
『態度がなってないのはそっちでしょ、こっちはね、使徒さまなんだからね』
「は、話がややこしくなるから静かにしてような、ツノウサギ……」
俺はツノウサギの口をポフリと覆う。どうせツノウサギの声は2人には聞こえていないが、気分的な問題だ。
ウィステリアさんと男達のやり取りは、当事者である俺が口を挟む隙がないほどに白熱し始めた。
ウィステリアさんはかなり強気で男に説教をしている。帯剣した大柄の男2人を前にして一歩も引いていない。ギルド職員として働いているだけあって、荒くれ者達の相手には慣れているのかもしれない。
「――だから、俺はCランクとして、Fラン野郎にしっかり上下関係ってヤツを教えて――」
「はぁ……上下ってね、ベシュさん……。あなた、シーナさんの魔法を知らないのね。最近ギルドで噂の極炎魔法――ベシュさんも知ってるでしょ? あれの使い手がシーナさんなの」
「……えっ? う、噂?」
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