6. ゼリウス、動き出す
さて、異世界トラックドライバー・椎名泉が異世界で眠りについた頃。
地球の“管制室”ではひと騒動起きていた。
真っ白な世界の中、ぽつんと鎮座する執務机に向かう一人の少年――ゼリウス。床につくほど長い白い髪、その中には多様な花が鮮やかに散っている。生気のない白い肌が白いロングシャツから伸びており、この世のものとは一線を画す雰囲気が漂っていた。
そのゼリウスの傍の空間がゆらりと揺れ、突如として長身の青年が現れる。
「――ゼリウス、ちょっといい?」
「……なに――……僕今忙しいんですけど――?」
ゼリウスは胡乱な目を青年に向ける。机の上には書類、書類、書類、そして書類、おまけに書類。書類が何千重の塔を作り出している状態だ。
「知ってるよ。キミが忙しいのなんか今世紀に始まったことじゃないだろ。ちょっと聞いてくれ、エリアJ81-176でトラブったみたいなんだ」
「……またトラブル………」
そう言ってゼリウスは机に上半身を預けるように倒れた。青年はその拍子に舞い散った幾枚かの書類を拾い上げ、筒を作ってポコンとゼリウスの頭を叩く。
「つい2日前に採用した“送喚者”と連絡がつかなくなってるんだ。本当は昨日出勤してもらうつもりだったんだけどね」
「えー……」
「その子が担当するはずだった仕事は別のエリアの子を呼んで、転移自体は成功させたんだけどさ。行方不明の送喚者の方はどーする?」
「連絡がつかないって、神託も念話もだめなの?強制召喚もだめ――?」
「うん、駄目。完全に繋がらない。……多分、世界を越えたんだろうね。しかもウチの管轄から外に出てる」
「えぇ――……めんどくさいなぁ――……」
ゼリウスはため息をついて項垂れるが、青年の方はより大きなため息をついて冷たい視線を送る。
「まったく……この“事故”、もう3件目だよ。さっさと仕様改善しないからこういうことになる。キミは仕事が雑すぎるんだ」
「数百年で3件ですよ――? たいした件数じゃないも――ん。」
「まぁそうかもしれないけど……」
「で、その子、行き先も一切わからないんですか――?」
「かろうじて越境の形跡は残ってるけど、可能性がある世界はざっと12はあるよ」
「多いなー……、悪いけど、誰かこっそり送り込んで探してくれます――?現地の管理人には気づかれないよーにね――、バレるとめんどくさいので――。」
「はぁー……また仕事が増える……」
青年は苦虫を噛み潰したような表情になる。しかしゼリウスは知らぬ顔で「頼んだよ――」と呑気な声を出しながら、書類にペンを走らせ始めた。
「……で、その送喚者、見つけたらどうしたらいい?」
「ん?ンー……そうだねぇ――、“越境術”は流出禁止技術だからぁ――……」
ゼリウスは少し考えるような素振りを見せたあと、
「“無かったこと”に、してきてくれる?」
うっすらと笑いながら答えた。
「……了解、ボス。じゃ、名前と外見を教えて?写真があるならそれが一番だけど…」
青年はため息をつきながら、懐からメモとペンを取り出す。しかしゼリウスは、あっけらかんと言い放った。
「しらない――」
「………は?」
「だから、しらない――」
「………は!?」
「最近、採用をオートメーション化したんだよね――、だからID以外の情報はわかんないよ――。」
「おまっ………え!? それでどうやって探すの!? 馬鹿なの!? ID照会ができるのは管制室と担当区域だけの話だろうが!!」
「越境術が使えるとか――、魔力が人より多いとか――、日本語喋ってるとか――、いろいろヒントはあるでしょ――。がんばってね――。」
そう言いながら、ゼリウスは再び書類に書類に向かい始めた。どうやらこれ以上、話をする気はないらしい。
……上からの無茶振り、無責任な丸投げ。人間社会も神様の“管制室”も、事情は似たりよったりのようだ。
青年はがっくりとうなだれながら、異世界転移の手続きを始めるべく、管制室を後にした。
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