59. 椎名泉、稼ぐ1(前編)
「よし、今日からガッツリ稼ぐぞ」
『おー』
俺とツノウサギは、今日も揃ってギルドへ出勤している。
朝11時のギルドは閑散としており、ゆっくりと依頼を探すことができる。俺は掲示板の前に立ち、依頼を眺めた。超高額サブスク契約のため、今日から本格的に報酬の良い仕事を探さなければならない。
「うーん、やっぱり割のいい仕事ってなると、討伐系の依頼になるな……でも全部難しそうだし、そもそもFランクじゃ受けられないのばっかりで……お?」
掲示板に視線を彷徨わせていると、雑用エリアに一つ、目を引く金額の依頼が貼ってある。
「ん、これは……」
『いいのあった?』
「……庭の草むしりと家屋と粗大ごみなどの撤去、棲み着いたホーンラットの駆除で5万リタス……だって」
『お掃除とネズミ駆除だけで? おとくじゃない?』
「あぁ……でも、面積が350ヴァイスって書いてるけど、どれくらいなんだ?」
『……わからない』
「受付で聞いてみるか」
俺は紙を掲示板から剥がし、カウンターへと持って行った。今日の当番もウィステリアさんだったようで、俺がカウンターに来るのを見て駆け寄ってきてくれる。
「ウィステリアさん、お疲れさまです。質問いいですか?」
「こんにちは、シーナさん。どうぞなんなりと!」
「この350ヴァイスって、どれくらい広いんですかね?」
「350……」
紙を指差すと、ウィステリアさんは目を閉じて『うーん』と唸る。
「そうですね……ざっくりとだけど、100m四方くらいかしら? 大邸宅くらいの大きさですよ!」
「おー……やっぱり広いんですね」
「ええ、依頼料のわりには結構大変なお仕事で……どなたも受けてくださらないんですよ」
ウィステリアさんは困ったように笑いながら首を振る。言われてみれば、他の依頼書に比べてこの紙だけ色が少し濃い茶色だった。長い間受注されず、日焼けしたのかもしれない。
「そうなんですか……。風魔法で草を刈ったり、炎魔法で燃やしたりしたら簡単そうだが……」
「風魔法で刈っても、草は残るでしょう? この住所から捨場は遠いし、なん往復もしないといけないんですよ。炎魔法は危険です。左右が木造住宅なので、万が一燃え広がったら危険ですから」
「……なるほど」
……高額なりの理由があるということか。
それに依頼書によると10年は手つかずの状態らしいから、なかなかの惨状なんだろう。まともにやったら数日かかりそうだ……が。俺ならトラックを持って庭を走り回ればいいだけだな。
「決めました、受注します」
「え、ホントですか!? ありがとうございます!」
俺の即決に、ウィステリアさんはパッと笑顔になる。よほど長い間処理されていなかったのだろう。
俺は依頼書を片手に、現場へと向かった。
◇
「はぁっ、はぁっ、はー……! け、けっこう大変だな……」
眼前に広がるのは、大草原――ではなく、古めかしい住宅地の奥の奥、その片隅にある長年手入れされていない土地だ。
そこは依頼書にある通り相当広いスペースで、高さ1メートルほどの雑草がぎっしりと天に向かって伸びていた。
俺はトラックを装備した腕をブンブン振りながら、その雑草の中を走っている。トラックに当たった草は即転移。その様は、さながら電動草刈機を装備しているかのようだ。俺の通った場所だけ、空白の道ができている。
ちなみに、棲み着いている鼠の討伐はツノウサギの担当だ。仕留めた鼠は、とりあえず麻袋エコバッグに入れてもらっている。
……最初は鼠も転移させようとしたが、すばしっこくて中々トラックが当たらないし、捕まえようにも毎度腰をかがめるのが辛かったのだ。
『大丈夫? 椎名さん、本当に体力ないね』
「そ……、そうだな……」
ツノウサギは呆れたような視線を俺に向ける。ねぎらいたいのか貶したいのか微妙なニュアンスだが、彼の言葉には反論のしようもない。
『でも、もう半分だね。まだ30分くらいしか経ってないけど』
ツノウサギは俺の肩にピョンと乗り、周囲の景色を見渡す。確かに、もう半分くらいは更地に返している。俺の体力不足感は否めないが、順調といえば順調だろう。
「これ、時給50,000リタスくらいになりそうだな」
『時給50,000リタス……1時間で串焼きが……えっと……?』
「あー、150本くらいだな」
『すごいね』
「だな。あとは、奥の方か……」
『……あれって……家?』
俺達の視線の先にあるのは、小さな木造の平屋と厩舎だ。その建物は、生い茂る草の間にぽつんと立っていた。
俺は草をかき分け転移させながら、家の方へと向かう。
古びたその建物は、木は腐りかけ、穴が開き、今にも朽ち果てそうな外観だ。側には幌馬車のような大きな荷台が1台放置されており、さらに家具などの粗大ごみも散乱していた。
「元は運送業者の土地だったのかもな……」
『これも転移するの? かなり大きいけど』
「まぁ、バーストスネークも転移できたんだからいけると思うが……【転移】」
俺はトラックストラップを厩舎と小屋にぶつける。トラックが当たった瞬間、その建物は視界から消滅し、跡には数平方メートルの更地が残った。
『……相変わらずの“ちーと”だね』
「まったくだ」
ツノウサギが呆れ返ったような声を上げる傍ら、俺は黙々と落ちている粗大ごみを転移させていく。そんなとき、不意に足元でカサリと紙が掠れる音がした。
「お……? なんか落ちてる?」
なんとなく気になって拾い上げたそれは、古びた小冊子だった。紙は劣化が激しく茶色に変色しているが、中が確認できないほどではない。パラパラと捲ると、地図のような図形と文字が描かれている。
『……これ、ファリス王国の地図じゃない? しかもかなり詳細だね』
「おー……前の方が国全体の地図で、後のページは地方の詳細な地図か? お、ケルナの地図もある。ちょっと古いし、いろいろ書き込まれてるみたいだが……」
捲ったページの中、特に目を引くのはバツ印をつけられた町とその書き込みだ。
【ニルダ市:宝石の街。ニルダ展示館】、
【ダヴィデ町:高級果実ダヴィの実、ダヴィディアナ商会直売所】、
【ユラノ町:水晶の町。ユラノ教会】、
【リスミ町:琥珀の町。リステル大聖堂】……などなど。
懐かしのラカイ町にもバツが付いていた。
【ラカイ町:希少薬草・ラカの花畑の街】……、ラカの花、これは俺がバイトで採取していた白い花のことだろうか。確かラカイの特産品だったはずだ。
荷物の配送先でも示しているのかと思いきや、どれも観光地を示すような書き込みばかりだ。ここに勤めていた誰かの私物だったのかもしれない。
『地図って貴重らしいよ。持って帰ったら?』
「そうだな……あるものは全部処分してくれってことだったし、もらっていくか」
まだこの国の地理をきちんと把握していなかったし、丁度いい機会だ。
俺は地図を懐にしまい、続いて粗大ごみを次々と消し飛ばしていく。残りの雑草も休み休み走り回っては転移させた。
仕事開始から1時間後、ようやくすべてが更地に返る。
「……ふー……終わりだな。ツノウサギ、鼠の方はどうだ?」
「50匹くらい仕留めたよ。全部袋に入れた」
「そんなに? 凄いな、お疲れ」
『別に……ネズミくらい、たいしたことない』
ツノウサギはふいっと視線を逸らす。褒めると『別に』と返されるのはお約束だが、そう言いながら満更ではなさそうな様子なのも、いつものことだ。俺はツノウサギの背中をワシワシと撫でた。
「せっかく狩ってくれたんだし、ギルドに買い取りに出そう。これで昼飯買えたらいいな」
『……そだね』
自分で倒した害獣が金になるというのは嬉しいのだろうか、ツノウサギはぴょこぴょこと耳を動かしている。
早速清算すべく、俺達は足早にギルドへと向かった。
◇
「ウィステリアさん、依頼達成しました」
「えっ、は、速い……!もうですか!?」
ギルドへ戻ると、ウィステリアさんがぎょっとした顔で俺達の帰りを迎えてくれた。
「えぇ、まぁ、炎魔法を使ったので」
「あ、あの炎魔法でですか!? え、延焼などは……」
「させてません。あの魔法、俺が燃えろと思った対象しか燃えないので」
「はぁ、なんとまぁ、相変わらずスゴいですねぇシーナさんの魔法は……!」
ウィステリアさんは感心したように頷く。
……相手が主任さんだったらまた怪訝な目を向けられていたかもしれないが、ウィステリアさんは素直に受け入れてくれるのでありがたい。
「あと、狩ったホーンラットって買い取りはしてもらえます?」
「ええ、1匹35リタスですが」
「35……じゃあ、1750リタスか。ツノウサギ、結構稼げてるぞ」
『……それって串焼き何本分?』
「だいたい6本分」
『へぇ……!』
ツノウサギは耳をぴょこぴょこと動かしながら、俺の肩から身を乗り出す。表情はいつも通りの無表情だが、その声音は若干弾んでいる。独力で害獣を退治して金を稼げたのが嬉しいようだ。
「ではこちら、ホーンラットの引取費用を合わせた金額です、どうぞ!」
「ありがとうございます」
ウィステリアさんが差し出した革のトレイには、〆て51,750リタスが載っている。俺はジャラリという金属の擦れる小気味良い音を楽しみつつ、硬貨を財布の中にしまった。
「一気に稼げたな」
『あと50,000リタスだっけ?』
「あぁ、まだ昼過ぎだし、飯食ってからもう一件行くか……」
再び掲示板に向かおうとしたところ、俺達の後ろに並んでいた男2人がボソリと呟くのが耳に入った。
「……ククッ……」
「ウサギさんなんか連れてネズミ狩りかよ」
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