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58. 椎名泉、趣味を見つける(後編)

 目の前にそびえ立つ建築物を前に、俺は思わず驚愕の声を上げる。


 図書館の外観というと、横に広めの長方形がドンと鎮座しているイメージだが、目の前の建築物はなんと、多面体で出来ていた。五角形のパネルが組み合わさる形で、丸っこいシルエットを形成し――例えるなら、そう、潰したサッカーボールのような形だろうか。


「ありゃ、シーナさんどうしました?」

「いや、その……随分変わった形だな」

「図書館はみんなこの形ですよ! 五角形は“知恵の天使”エーテル様の象徴なのでっ!」

「知恵の天使……そ、そうか、凄いな」


 ……この世界、妙なところで技術力の高さを発揮するな。

 呆気にとられていると、アカシアさんに『こっちです!』と腕を引っ張られ、建物の中へといざなわれた。


 奇抜な外観に反し、建物内は存外普通だ。

 天井や壁が斜めになっていること以外は、普通の図書館と変わらない印象を受ける。ずらりと並んだチェスナット調の棚にはぎっしりと本が詰め込まれていた。暖色のあたたかみのある吊り下げランプが館内を明るく照らしている。

 入ってすぐの場所には、貸出カウンターのような設備があった。


「図書館ご利用ですか?」


 カウンターの向こう側に座る女性――司書さんだろうか、彼女は入館した俺達に即座に気づいたようだ。

 声を掛けると同時に、彼女は俺の肩に乗るツノウサギが目に入ったのか、ぽかんとした表情になった。流石に図書館はペット禁止かと不安に思って尋ねるが、司書さんは『前例がないので規則すらありませんよ』と苦笑する。とりあえず危険がないことを説明すると、司書さんは笑って頷いた。


 そのまま、早速図書館についての説明を受けたのだが――


「え……利用料、月10万リタス!?」

『た、たかい……!』


 なんと、館内に立ち入るのに月額10万リタスかかるらしい。これは全く予想外だった。俺とツノウサギは驚き顔を見合わせる。


『それだけあったら……ええと、串焼きが……えっと、何本買えるの?』

「300本分だな……」

『10ヶ月分!?』


 ……まぁ、そうか。印刷技術が発達してない世界なら、妥当な金額設定なのかもな。

 俺とツノウサギが驚くのを見て、司書さんは“なんだ、世間知らずの庶民だったか……”と言いたげな視線を向ける。

 アカシアさんはそれを察してか、俺を見上げてぐっとガッツポーズを作った。


「10万リタスくらいなら、シーナさんなら余裕ですよね――っ? 聞いてますよ、主任さんから! シーナさんすっごく稼いでるって!」

「あら、そうなんですか?」

「あぁ、まぁ、ほどほどに……」


 ……確かに、払えない額ではない。10万リタスくらいなら、ちょっと仕事量を増やすだけですぐに貯まりそうだ。価値があるものには相応の対価を払わないということも理解できるし、利用料が高額なのは、全然納得するのだが。

 しかし……


「……地元ならタダだったんだけどなぁ」


 俺は思わず小声でポツリとつぶやいた。以前は無料だったものが、急に高額サービスになったというのは、なんとなく変な感じだ。

 その声は誰にも聞こえないくらい小さなものだったが、肩に乗っているツノウサギには届いたらしく『串焼き300本分がタダ……』と驚愕の声を上げている。


「どうします? 利用券、買われますか?」

「そうですね……ちょっと、今日は手持ちが少ないので、日を改めて伺います」


 俺の貯金は今10万リタスちょっと。利用券を買ったらまた貯金ゼロに戻ってしまうし、もう少し余裕ができてから買いたいところである。

 しかし俺の言葉に、ツノウサギは目を見開いた。


『え、利用券買うの?だって串焼き10ヶ月分だよ?』

「お前はどんだけ串焼きにこだわってるんだよ」


 その食への執念には思わず笑ってしまう。確かに文字を読めないツノウサギにはそれだけの額を投資する意義が実感できないだろう。


「駄目か? 勿論、生活の……飯の質は落としたりしない。代わりに仕事を頑張るから、協力してくれないか? ツノウサギがやりたくないなら、1人で頑張るが……」

『……まぁ、それなら別にいいけど』


 俺の言葉に、ツノウサギは不承不承といった表情で頷いた。

 仕事を頑張って所得向上を目指すにも、ツノウサギの協力の有無で大きく成果が変わってくるからな。とりあえず納得してくれたようで、俺は安堵した。


「じゃ、今日のところは帰ろう。アカシアさん、付き合ってくれてありがとうな」

「イエイエ! シーナさんとお出かけできてよかったです――っ!」

「……あー……、じゃあ、良かったらお礼に夕食でも奢るぞ。どこか行かないか?」


 俺は不自然に緊張した声でアカシアさんに尋ねる。


 それは単純に礼としての意味もあったが、まだショウと別れた寂しさを抱えているであろうアカシアさんに、少しでも元気をつけて欲しかったのだ。

 幼い頃からの友人兼兄だったショウの代わりが俺に務まるとは思えないが、彼女は俺を友人だと思ってくれているようだから、気を紛らわせることぐらいはできるかもしれない。

 女の子を食事に誘うなど初めての経験だし、なんとなく気が引けるが、ここはひとつ勇気を出すべきだろう。


「えっいいんですか!? シーナさんとご飯! やた――っ!」


 アカシアさんは弾けるような笑顔でぴょんと跳ねた。


 ……良かった。とりあえず喜んでくれているらしい。


 夕食には少し早い時間だったが、俺達はそのまま店へ向かった。

 行き先は以前ショウに教えてもらった店だ。老舗ながら小洒落た内装と料理を出してくれるので万人受けしやすいし、何より肉料理が充実しているのが決め手だった。肉食系のアカシアさんにはぴったりのお店だろう。


「うぅ〜〜っ、これすっごくおいしいです――っ!」

「口に合ったなら良かったよ」

「うふふっ、連れてきてくれてありがと―ございますっ!」


 予想通りアカシアさんには好評で、運ばれてきた肉料理を爆速で消費していく。その細い体のどこに収まっているのか不思議でならないが、良い食べっぷりは見ていて気持ちがいい。

 ……喜んでくれているみたいだし、また誘ってみようか。


 なお、結局“お礼”という目的は達成できなかった。会計のときになって、『前も焼肉パーティーしてくれたじゃないですか!』と頬を膨らませ、奢り返されてしまったのだ。

 15歳の少女に奢らせるという事態に俺は当然抵抗したが、取り出そうとした財布はアカシアさんの超握力によりポシェットの奥に沈まされた。……強い。そんな俺達のやり取りを暖かく見守る店員の視線が痛かった。


 ……お礼としての意味はなさなかったが、まぁ、多少は彼女の元気の足しになったようだし、良しとするが。

 俺はなんとか気持ちに折り合いをつけて、宿に戻った。



 ――さて、明日からはもうちょっと、金を稼ぐことに貪欲になろう。

 とりあえず10万リタス――もし俺の趣味に合致する蔵書があれば、毎月10万リタスの高額サブスク契約をすることになるからな。

 新たな目標ができたことを喜びつつ、俺はその日を終えた。







 椎名が図書館への期待を胸に、ベッドに潜り込んだ後。

 その隣の隣の部屋では、アカシアとサンによる団欒が盛り上がっていた。


「――でねっ、今日はおいしー料理屋さんに連れてってもらったんだよ――っ!」

「そうか、良かったなぁ」

「うん、たのしかった――っ!」


 アカシアは大きなクッションを抱きながらソファに腰掛け、バタバタと足を動かしている。ザンは酒のグラスを片手に窓際に腰掛け、そんなアカシアの様子を優しい目で見ていた。


「――あ、そういえばね、ザン……」

「ん?」


 アカシアは不意にバタつかせていた足を止め、真剣な眼差しをザンに向けた。


「今日ね、シーナさん、気になること言ってたんだ」

「……気になること?」


 ゆっくりと頷いたアカシアは、今日の出来事をザンに話した。椎名を図書館に連れて行ったこと、椎名が司書から利用券の価格を聞いて驚いていたこと、そして――


「――タダぁ!? 図書館がか!?」

「うん、確かに言ってた。シーナさん、“地元だったら図書館がタダで使えてた”って!」


 ……そう、椎名のあの言葉が、実はアカシアに滅茶苦茶聞こえていたのである。いくら声をひそめていたとしても、“静謐な図書館”と“アカシアの超人スペック”という条件の元では、全くの無意味であったのだ。


「図書館がタダで使えるなんて、ますます王侯貴族説が有力だよねぇ……!」

「あ、あぁ……そうだな……」


 アカシアの言葉に、ザンは呆然とした表情で頷く。

 椎名の考察通り、印刷技術が発達していないこの国で書物は高級品だ。また“公共サービス”という概念も薄く、それ故に“一般庶民が図書館を無料で使える”という発想が無いのである。


「まぁ王侯貴族なら、国立図書館は使い放題だろうが――……ハァ……マジでどっから来たんだよ、アイツ」

「……王侯貴族に、それらしい人はいなかったんだよね?」

「あぁ、エルエラ、ミュゼル、ファリス、3国全部の王族貴族に当たったけどな……どうしても見つからん。黒髪黒目だしミュゼルかと思ったんだが……」

 

 ザンは苦笑気味に言葉を返す。

 彼らは既に椎名が善良な市民であることに疑いを持っていないが、謎の凄腕魔道士が突如現れたともなれば、その正体が気になるというものだろう。実は密かに調査を行っていたのである。


「“()()()”力を借りれたら良かったんだがな……、今は無理だ」

「エーテル様の力かぁ……、そうだねぇ……」


 ザンは諦めたように首を振り、話はこれでお終いとばかりに立ち上がった。


「……ま、続報あったらまた教えてくれ」

「ふふ、畏まりました――……“――さま”!」

「はは、その呼び方止めろ」


 おどけたように畏まるアカシアに、ザンは笑った。


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