57. 椎名泉、趣味を見つける(前編)
「――ではシーナさん、今日の報酬20,000リタスです!」
「ありがとうございます、ウィステリアさん」
ショウがケルナを出発してから数日が経った。
俺はというと、今までと変わらぬマイペース冒険者生活を満喫している。日々薬草採取の簡単な依頼を受けつつ、たまに出会う低級害獣を倒す毎日だ。
『結構稼げてるね』
「あぁ、これで貯金が5万リタスになった」
受け取った2万リタスを麻袋に入れながら、俺は答える。
そして『お腹が空いた』と言うツノウサギのリクエストに応えるべく、俺達はギルドを後にし、串焼きを買って宿へ戻る。ベッドに腰掛けて飯を食いつつ、もう片手で麻袋の中の硬貨を出し、数を確認した。
……この1週間の報酬を合算すると10万リタス前後。このまま行けば、ひと月に20万円くらい貯金ができることになる。このままコンスタントに稼いで、あと25年……50まで働いたら、まぁまぁ余裕を持って老後の生活が送れるんじゃないだろうか。
「週休2日で1日実働5時間以内、ストレスフリーで働いてこれだけ稼げるとは……、まったく有り難い話だな」
朝はゆっくり9時に起床、近くの喫茶店でモーニングを食べて一服。
そのまま11時にギルドに向かい、適当な依頼をチョイス。
4時くらいには戻ってきて、早めの夕食。
そのあと洗濯や水浴びを済ませて、ツノウサギとカードゲームをしながらダラダラしつつ、アイスを食べる。
そして12時には就寝……。
ケルナに引っ越してからの俺の生活は、だいたいこんな感じだ。健康優良児そのものである。
「それもこれもツノウサギのおかげだ。ありがとうな」
『……全部、椎名さんの魔力と能力のおかげでしょ』
「俺じゃ索敵はできないし、魔法も撃てないだろ。仕事がうまく行ってるのはお前のおかげだよ」
『別に……索敵は自分のためでもあるし、魔力は椎名さんから引いてるだけだから……』
ツノウサギはぶつぶつと言いつつも、やぶさかではなさそうな様子。俺はツノウサギに温かい視線を送りながら、その背をわしわしと撫でた。
……さて、ケルナでの生活にも慣れ、冒険者としてゆとりのある暮らしができるようになった。ここまで来ると、次に発生する問題はこれだ。
「………そろそろ、趣味がほしい」
『趣味?』
そう、趣味。俺の目指すたのしい異世界ライフ――“そこそこの自己肯定感と収入を得て、趣味を見つけてプライベートも充実させる”――の2本柱のうちの一つだ。
仕事が早く終わるぶん空白時間が長くなったし、そろそろ存分に楽しめる趣味がほしい。
「そういえば、ツノウサギは趣味とかあるのか?」
『趣味?』
「好きなこととか、暇なときしてることとか、そういうやつ」
『ん……雲のかたち、見てる』
「…………そっか」
……残念ながら、兎の趣味は全く参考にならなかった。
じゃあ人間の……、ショウ達の趣味は何なんだろう。思えば、意外にも彼らと趣味の話をした記憶がない。
「ショウとか、どうだったんだろうな」
『ショウさんか……ひと助け、とか言いそう』
「あり得るな。アカシアさんは……」
『アカシアさんも人助けとか言いそう』
「それもあり得るな……」
ツノウサギの的確な言葉に、思わず笑ってしまう。
まぁ、ボランティアというのも悪くはないが。でも、できればこう、インドアの趣味が欲しいんだよな。異世界転移したって所詮はアラサーモヤシ社畜かつコミュ障の根暗なのだから、もうちょっと人と関わらずに、室内で簡単にできることがいい。
そうツノウサギに告げると、その短い前足を組むようにしながら、『うーん』と唸った。
『料理は?』
「あ、それは悪くないな」
『あとは……楽器とか』
「それもアリか……、」
『絵は?』
「あ、それも良いかも」
……意外と選択肢はいろいろあるな。
とりあえず気になるのは料理か。この国は豊穣の天使ファーテルの加護を受けているため作物の育ちと味が異常に良いらしく、料理の平均レベルが他国と隔絶しているそうだ。なんなら日本の飯より美味い。
この街の食事処も当然美味かったが、……しかし正直、ラカイ町で食べていたショウの料理よりは、レベルが落ちた。彼の作る料理が美味すぎたのだ。あの味を日常的に味わえたらいいのだが、引っ越してしまったし。料理技術を上げれば俺も作れるようになるかもしれないし、挑戦してみようか……。
「……まぁ、欲を言うならテレビゲームとか、漫画とか、ラノベとかあったら良かったんだけどな」
『“まんが”? “らのべ”?』
「あー、絵が描かれた本のこと」
『本……それならエートスは?』
「エートス……?」
『ボクも詳しく知らないけど、本を集めた場所があるってヒトが話してるのを聞いたことある』
「え、もしかして図書館のことか?」
街であまり本を見かけないと思っていたが、そんな施設があるのだろうか。さすがにラノベはないだろうが、大衆小説のようなものならあるかもしれないし、見に行ってみてもいいかもしれない。
それに図書館といえば避暑地定番だ。最近暑くなってきたから、涼める場所が欲しかったんだよな。もしかしたら疑似クーラーとか付いてたりするかもしれないし……。
「よし、図書館探してくるよ。ツノウサギはどうする?」
『ボクも行く』
文字を読めないツノウサギには退屈な場所になるかもしれないと思ったが、意外にも乗り気でぴょんと肩の上に飛び乗る。
そのまま部屋を出発しようとすると、ドアを開けた先に偶然アカシアさんが通りかかった。
「あっシーナさん! こんにちは――っ!」
俺に気づいたアカシアさんは元気よく手を振ってくれる。冒険者としての装備をつけているし、服が若干煤けているから、丁度仕事から帰ったところなのだろう。
「アカシアさん、今仕事帰りか?」
「ハイッ! シーナさんは今からお出かけですか?」
「あぁ、ちょっとな。図書館を探しに行くんだが……、アカシアさんは場所知ってるか?」
「図書館ですか? ならメインロード沿いにありますよ! よかったら今からご案内しましょうか――っ?」
「え、いいのか? 仕事で疲れてるだろ?」
帰って来たばかりで申し訳ないように思うが、アカシアさんはにっこり笑って首をブンブン振った。
「ううん、お出かけ超嬉しいですっ! ちょっと待っててくださいね、すぐ準備しますから――っ!」
……相変わらず良い子だ。ありがたく好意に甘えさせていただこう。
部屋の外で待つこと数分、仕事着からシャツとロングスカートという軽装に着替えたアカシアさんが扉の向こうから現れる。
『おまたせしましたっ!』と申し訳無さげに言う彼女に首を振り、俺達は揃って図書館へと向かった。
アカシアさんは鼻歌まじりに俺たちを先導してくれる。その足取りは軽快で、表情も明るい。
……先日ショウとの別れに思いっきり大号泣していたものだから、その後大丈夫かと思っていたが。表面的には引きずってはいないように見えた。それでも、先程一緒に出掛けるとなったとき、いつも以上に弾けるような笑顔だったし、やはり寂しい思いはしているのだろう。これからはよく気にかけておいた方がいいかもしれない。
道中、俺はいつもより若干口数多めにアカシアさんに話しかけた。
「そういえば、アカシアさんの趣味ってなんなんだ?」
「趣味ですか? ……うーん、そですねぇ……!」
アカシアさんは目を閉じ、少し間を置いて小首を傾げた。
「なんだろう、人助けかなぁ?」
「やっぱりそうなんだな……」
……なんともアカシアさんらしいことだ。俺とツノウサギの予想は大当たりだったらしい。
「昔から、ザンやショウさんにリスミスタの精神を忘れないように――って言われてたので!」
「はは、それは英才教育だな」
アカシアさんは道中、いろんな話をしてくれた。
冒険者活動中、害獣に襲われていた行商人を助けたこと、難病にかかった老婆のため貴重な薬草を探しに行ったこと。ケルナに来てたった数日のはずだが、世のため人のためいろいろと活躍しているようだ。
話をするアカシアさんの声は、明るく弾んでいる。この町で充実した毎日を送って行く中で、きっとショウとの別れからゆっくりと立ち直っていけるだろう。
……いつか懐と時間に余裕ができれば、彼女を誘ってショウに会いに行くのもいいかもしれない。
「さっ着きましたよ――っ!」
他愛ない話をしながら歩くこと四半刻。アカシアさんは足を止め、目の前の建物を指差した。
『えっ』
「えっ………これが図書館!?」
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