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56. 椎名泉、見送る(後編)

「……これ、凄い綺麗な青色だな」

『ほんとだ。海の色みたい』


 ショーケースの中には、しずく型の青い宝石がついたイヤーフックが1セット置いてあった。宝石類に興味はない俺でも、その抜けるような青の美しさだけは理解できる。


「値段は……50万リタス、か」


 高いといえば高いが、かろうじて手が出せない値段ではない。

 ショウは以前両耳に琥珀のイヤーフックをつけていたが、その片方を俺にくれたせいで今は片耳しかつけていない。これを買って2人で分けたら、1個25万リタス相当だし予算も適正。男同士でお揃いってのもあれだけど、まぁ今更だし、別にいいか。


「おぉ、お目が高い! そちらはとても珍しい逸品なんですよ! “あなたの未来に祝福を”という意味があるんです」

「そうなんですね……、すみません、これ、買います」


 これから引っ越すというショウには丁度良い。俺はほとんど即決でそのイヤーフックを買った。

 店員は丁寧に梱包してくれそうになったが、慌ててお断りする。片方は俺の物にするし、飾り気ない方がショウも受け取りやすいだろう。


 ……ちゃんと受け取ってくれるだろうか、喜んでくれるだろうか。

 期待と不安を胸に、俺は店を後にした。








 翌日、荷物をまとめてショウは宿を出発した。俺とツノウサギ、アカシアさんとザンさんも勿論一緒だ。乗合馬車に乗って行くというので、俺達は乗り場まで見送りに行くことにする。


「乗合馬車なんて出てるんだな」

「大きい街の間は定期便があるんだよ」


 辿り着いた先は街の北側、バスターミナルのような場所だ。U字状の道沿いに、行き先を書いた看板が等間隔でいくつか並んでいる。奥には案内所のような小さな小屋が建っており、時刻表が掲示されていた。


「……じゃ、これでお別れだね」


 ショウが悲しそうな微笑みで振り返ると同時に、アカシアさんがショウの腰にタックル――いや、思い切り抱きついた。ショウは超全力タックルに大きくよろめいたものの、なんとか持ちこたえたようだ。


「うぅ〜〜っやだぁあああ行かないでくだざい"ぃぃ"いいぃ!!」

「オイ、アカシア……あんまりショウを困らすなよォ」

「だってぇえ"ええ"ええ!!」

「いいよザンさん、……アカシアさん、今まで本当にありがとうね」

 

 アカシアさんは一昨日どころではない大号泣っぷりだ。ショウはそんなアカシアさんを慈しむような微笑みで見つめている。その様子は本当に兄と妹のようだ。


「うぅ〜~〜っ!! ショウさん、アカシアたちはショウさんのこと、ゼッタイ大好きですからねっ! お別れしても、天地がひっくり返っても、何があっても、ゼッタイゼッタイッ! ずっとずっと大好きですからっ! ショウさんが困ったときにはいつでも超全力で駆けつけますからねっ! お手紙とかもちゃんと送ってくださいよ――っ!」


 アカシアさんはビシッと人差し指を向けながら、超全力のマシンガン別れの言葉をぶっ放す。

 ショウはふっと微笑み、ポンポンと彼女の頭を撫でた。


「……ありがと、アカシアさん」

「うぅ……っ! こちらこそありがとです……っ!」


 アカシアさんはまだ涙腺決壊状態だったが、それでとりあえず納得したのか、ゆっくりとショウから体を離す。


「シーナ、ツノウサギくんも、今までありがとうね」

「それはどっちかって言うと俺の台詞なんだが……」

『……ショウさんのご飯、おいしかった。ありがと』


 俺はショウと握手しながら、ポシェットの中のイヤーフックを取り出し、ずいっと差し出した。


「これ、餞別だ。大したもんじゃないけど。着けるも売るも自由にしてくれ」

「え……」


 ショウはイヤーフックをぽかんとした表情で見つめたまま、小首を傾げる。


 ……え、なんだ、その反応? 

 “いいよ、いらないよ!”とか、“そんなの悪いよ!”と断られた場合のシミュレートならしていたが、その反応は予想外だ。


「……シーナ、これ“青琥珀”?」

『えっ』

「……え!? これ琥珀なのか!?」


 ショウの言葉に、俺とツノウサギは目を見開く。


 え、だって、青いぞ、青いのに?

 だって琥珀って昔の樹液が固まったやつだろ、なんで青色なんだよ。

 いや、確か特別な加工をしたら青くできるんだったか?

 でもこんな中世?近世?みたいな時代にそんな技術あるのか?


 俺が混乱している傍ら、ザンさんとアカシアさんが感心したような声を上げる。


「お前、大分奮発したなァ! 青琥珀はかなり珍しいだろ?」

「うんうんっ! 確か、“あなたの未来にファーテル様の祝福がありますように”――ってお祈りしてあげるんだよねっ!」

「そ、そうなのか……!?」


 ……“ファーテル様の”……あの店員、確かそこまで説明はしてくれてなかったよな。いや、逆に知らない方がおかしい一般常識だったのか。

 俺は意図せず嫌がらせじみた贈り物をしてしまったことに気づき、慌てて両手と首をブンブン振った。


「いや、その、俺は別に宗教的な意味とか、ご利益的なのを期待して買ったんじゃないんだ。つまり、その、ほら、【お前のご健勝を心よりお祈りしてる】感じというか……」

「ゴケショー……?」

「と、とにかくお前の健康とか幸せとか、諸々がなんか良い感じに良い感じになることを祈ってるってことで……」

『いい感じに、いい感じに……椎名さん、落ち着きなよ』


 焦りのあまりマトモな文章が構成できず、語彙力も低下していく。

 恐る恐るショウの方を見ると、不思議そうな顔をしてはいるものの怒ってはいないようだ。俺はその様子に少し安堵し、一度息を吸い込んで気を落ち着けてから再び口を開いた。


「お……俺はさ、お前のおかげでラカイ町っていう新天地で生きていけただろ。俺がお前に助けられたみたいに、お前の人生もうまく行けばいいなって、お前の前途に祈ってるってこと……です」

「俺の、前途……」


 あくまでも神頼みではないですよ、宗教的な意味はないですよ、お前自身に願ってるんですよ、ということを伝えておく。……別に神様なんか経由しなくても、ショウの人柄ならきっと何処でもうまく行くだろうしな。 


「あ、その、次の街で売ってくれて、良いんだからな」

「ふふ、そんなことしないよ、もったいない! ……ありがと、着けていくね」

「え、無理しなくていいぞ、だってお前――」


 “ファーテル様、嫌いなんだろ”という言葉が口から滑り出しそうになったが、俺は慌てて口を噤む。人の多い往来でぶちまけていい言葉ではないかもしれないし。

 しかし俺の言葉を察してか、ショウは眦を下げながらやわらかく笑った。

 

「……シーナのことは、全然、嫌いじゃないし――」


 ショウはそう言いながら、空いている片耳へとイヤーフックを掛ける。

 右が琥珀色、左が青色。俺の見立て通り、その2つは最初から対であったかのようなバランスの良さだ。シャランと揺れるイヤリングは陽の光を通して柔らかく輝いている。


「まぁ、シーナと会えた偶然については、お上の方々に感謝してもいいかもね。“感謝します、私の主(アルシェイ、リズミ)”!」


 ……ショウの口から、天上の存在に対する感謝の言葉を聞いたのは初めてかもしれない。その笑顔はどこか吹っ切れたような清々しい笑顔だった。


「……!」

「ショウさん……!」


 ザンさんとアカシアさんも一瞬驚いたように目を見開き、2人はすぐに顔を見合わせて笑った。“荒れていた”というショウを見守っていたのであろう彼らにとっては、衝撃的で喜ばしい変化なのかもしれない。


「……ありがとうね、シーナ! ラカイを守ってくれたこと、感謝してるよ。一緒にいて楽しかった!」

「こちらこそ……、ありがとう、ショウ」


 左手を差し出したショウの手を握り返す。

 交わる視線、その瞳の奥に泣きそうに笑う俺が居た。どちらともなく手のひらをぐっと握り直し、俺たちは頷いた。


「――ただいま8時になりました。エミレ行きにご乗車の皆さん、お急ぎください。もうまもなく発車します」

「あ……行かなきゃ」


 案内係のアナウンスとともに、ショウは荷物を荷台に上げ、馬車に乗り込んだ。乗客はショウで最後だったらしい、荷馬車はすぐにゆっくりと進み始めた。


「ショウさんっ、またゼッタイ戻ってきてくださいね――ッ!」

「達者でなァ――!」

『ばいばい、ショウさん!』

「みんなも元気でね――っ!」


 ……たった3ヶ月、されど3ヶ月。十分すぎる時間を、ショウと過ごした。そんな彼とこれでしばらくのお別れ。


 スマホもない、ガラケーもない、電話もない、こんな世界だ。そういえば、手紙の出し方だって俺はまだ知らない。

 別れに対する寂しさが、不安が、どっと胸に押し寄せる。


 そのとき、俺はふと高校の卒業式を思い出した。

 号泣する同級生だっている中、俺は悲しくはならなかった。“これでお別れか”、と上辺で残念そうに言えても、人付き合いが希薄だった俺は感情移入しきれなかったのだ。


 俺は今、正しく彼らの気持ちを理解する。


 次いで思い出すのは、自然消滅してしまった友人達のこと。また会おうと言いながら二度と会うことのなかった彼らのことだ。


「……またな、ショウ! 絶対に、また会おう! 必ず会いに行くから!」

「……うん、待ってるよ、シーナ!」


 ショウとはここで終わらせたくない。

 この世界でできた初めての友人で、恩人で。そんな簡単に切れていい縁じゃない。俺はこの男ともっと友人で居たい。


 ――だから、今度は俺から会いに行こう。


 そんな思いを胸に、俺は馬車の行く先へと大きく手を振った。

 







 ショウが乗合馬車に乗り込んだその夜。馬車は小さな町に停車し、一夜を明かすことになった。

 ショウは安宿を取り、その窓辺で煙草を吸っている。


「“俺の前途に祈る”、か……神様に祈らない祈りって、なんだか不思議な概念だな……」


 彼の右手が優しく触れるのは、耳元の青い琥珀だ。エミュファ教を忌避してきた彼だったが、椎名に贈られたそのアクセサリーを存外気に入っているらしい。


「……でも、いいね、それ」


 フゥ、と煙を吐き終わったその口元には、緩く微笑みをたたえている。


 しかしそれも僅かばかりの間で、その微笑みは徐々に無表情に溶けていった。ややあって、彼は窓の向こうの紺色の空を見上げる。


「待ってる、かぁ……なんであんなこと言っちゃったかな――……」


 ショウは窓ガラスに映る悲痛な表情を見ないふりしながら、自嘲気味に笑う。


「……もう会えないよ……2度と会えるわけない……、これから俺は――んだから……」


 誰に言うでもない、その小さな小さな呟きは夜に溶けていく。


「……――お前に言えば、力を貸してくれたのかな、シーナ。お前は人が好いから……。でも巻き込めない、これは俺の問題……。 1人で……1人でなんとかしなきゃ――……」












 ――さて、かくして2人は別れを告げることになったわけだが……。


 こういう感動的な別れ方をしたときに限って、ひょんなことで再会することになるのがコメディの“お約束”というものであろう。彼らの物語も例に漏れず、少し先の未来で2人は再会することになる。


 それまでの間、さよならだ。



※【エミュファ教典 第174巻 外伝 異界の天使と〇〇〇〇〇】 より一部抜粋


お読みくださりありがとうございます。

※誠にすみませんが、町名をマイナーチェンジしました。本編に影響はありません。

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