55. 椎名泉、見送る(中編)
荒れてた――それはつまり、盗んだバイクで夜走り出すとか、そういう類の奴か?
あまりにも想像し難くて聞き返すと、アカシアさんは眦を下げながら小首を傾げた。
「うん……、荒れてたっていうか、荒んでたっていうのかな……。いつも笑顔で、誰にでも優しいひとではあったんですけどね――……でも、その笑顔の裏側に心の疲れみたいなのが、あった気がして……」
「……あからさまってわけじゃないが、いつも何かを呪ってそうな雰囲気だったなァ。“神様も、天使様も、皆嫌い”……みたいな思想が見え隠れしてた」
「そう……なのか、」
アカシアさんとザンさんの言葉に、俺はドキリとする。
以前ショウが見せた、エミュファ教への懐疑的な態度――神や天使に対する不信感。“殆どの人間が国教信者”という世界で、異端とも言えるその思想。
……やはり、過去に何かあったのだろうか。ショウがラカイトに引っ越す、それよりずっと前に。
彼らの口ぶりから察するに、恐らく詳しい事情は知らないのだろう。そもそも知っていたとして、ここで彼らに聞くのは多分、間違っている。
俺は黙って2人の話の続きに耳を傾けた。
「……でもね、ラカイトでゆっくり過ごされていくうちに――だんだんだんだん、明るくなってくれたんですよ」
「そういや、ここんとこ特に元気そうだよな」
「ふふ、シーナさんが来てくれてからだよね――っ!」
「……え、俺?」
……俺はショウに負担をかけてばかりだったと思うんだが。いきなり現れて、金も常識も記憶もない状態で、世話焼かれてたわけだし。
そんな俺の思考を読んだかのように、ザンさんとアカシアさんは顔を見合わせて笑った。
「まぁ、なんつーか、波長が合ったって奴じゃねェか?」
「うんうんっ、シーナさんもショウさんと同じで、優しくて穏やかなひとですからね! 一緒にいて落ち着くんじゃないですかね? シーナさんといるショウさん、すっごく楽しそうですっ!」
「そう……なのか……?」
俺が首を傾げていると、そこにオーナーの話が済んだらしいショウが戻ってきた。
「――なーに、俺の話?」
「うふふ、ショウさんはシーナさんが大好きですよね――って話です!」
「えぇ、なにそれ」
ショウはクスクスと笑いながら椅子を引き、ゆっくりと腰掛けた。
「そーだねぇ、好きだよ。……シーナはさ、なんていうか……人がいいから」
ショウは人差し指をピッと俺に向けながら言う。そんな様子を見て、ザンさんとアカシアさんも『ほらね』と言うように笑って頷いている。
「そ……そうか? ありがとう」
……今までも、“お前良い奴だな'”というのは度々言われていた。課題を忘れた奴に見せてやったときなんかに――でも、彼らが言う“人の好さ”というのは、そういうことではないような気がした。
なんとなく気恥ずかしくなって酒に手を伸ばすと、ショウは目を細めながら、薄く笑った。
「……シーナのそれってさ、癖?」
「ん?」
脈絡のない言葉に、俺は首を傾げる。
……あ、答えに困ると飲み物に手を伸ばす所か?
そう思ってグラスを持った左手に視線をやると、ショウは『違う違う』と笑って答えた。
「悪かったとか、ごめんなさいとか、ありがとうとか、いっぱい言うじゃない? 俺やアカシアさん達にもそうだけど、ツノウサギくんにもそうだし。珍しいよね」
『……それはボクも思ってた。朝も言ったけど、人外相手に気を遣い過ぎじゃない?』
「そ、そうか? でも人語で意思疎通できてる以上、人と同等に扱わないのはおかしくないか?」
『その感覚がそもそも稀有なんだよね……』
ツノウサギは若干呆れたような視線を俺に向けている。しかしツノウサギだけでなくショウにまで指摘されるということは、やはりこの世界では一般的な価値観ではないのだろう。……地球においては、ペットは時に……いや、常時?飼い主よりもその立場が高かったりするのだが。
「……ふふ、シーナのそういうとこが好きだなって話だよ」
「うふふっワタシもです――っ!」
「ハハ、俺もそういうとこ気にってんぞォ」
『……ボクもまぁ、変なヒトにテイムされたんじゃなくて良かったけど』
「そ、それはどうも……」
……まぁ、そう思ってもらえるならいいか。
俺は眦を下げながら、曖昧に笑った。
その後、ショウの『さぁ食べるぞ――!』という声を切っ掛けに、和気藹々とした焼肉パーティーが再開された。
ショウは明日1日仕事で不在にするらしいので、今日が一緒に食べる最後の飯になる。俺は心の隅に寂しさを抱えながらも、最後の食事を楽しんだ。
◇
焼肉パーティーから一夜明けた今日、俺はケルナの中心地、ショッピング街へとやってきていた。
本当は昨日受けた薬草採取の仕事をしなければならないのだが、それは後回しだ。今日はそれよりも大切な用事がある。
「よし、今日はショウへの餞別を買うぞ」
『おー』
そう、ショウへの贈り物を買いに来たのだ。
昨日、これでしばしの別れになるならと、ショウに負担させていた俺の生活費を返そうと思ったのだが、『いいって言ってるでしょ――』と華麗に断られてしまったのだ。
……とはいえ、この世界の成人男性一人の生活費を考えると、彼には2,30万リタスの借りがあるのだ。流石にこれを無視して“さようなら'”とは言えない。しかし現金を渡そうとしても絶対に受け取ってもらえないのは明白だ。
そこで考えたのが、“そこそこ高価な贈り物をしよう”という作戦。受け取ってそのまま使うもよし、売り払うもよし。良い作戦だ。
ツノウサギは留守番でも良かったのだが、本人もなんやかんやでショウに懐いており、眠たい目をこすりながらも来てくれた。
『それで、なに買うの?』
「うーん、これと言って思いつかないんだよな。普通、男から男に物をやることなんかないし……。えぇと、引っ越すんだからかさばらないものが良いよな。あと、そこそこ高価で、換金性の高いもの……」
『じゃあアクセサリーとか?』
「やっぱりそうなるよなぁ」
ツノウサギの言葉に頷き、俺達はアクセサリー店が集中している区画へと向かった。
どの店も洒落たディスプレイが施されており、窓越しに伺う店内には、陽の光を反射してきらきらと輝く琥珀が並べられていた。
「……どこの店も琥珀が多いな」
『まぁ、ファーテルさまの象徴だもんね』
「さすがにそれを贈るのは……」
『ただの嫌がらせだね……』
「……とりあえず入るか。奥に他のもあるかも」
どこも格式高そうなので入るのは少し躊躇われるが、俺たちは意を決してアクセサリー店の中に入った。
「いらっしゃいませ――」
敷居をまたぐと、すぐに愛想の良さそうな店員が現れる。
店員は俺の肩に乗ったツノウサギを見て一瞬大きく目を見開いたが、そこは接客のプロなのか、即座に笑顔に切り替えて迎え入れてくれた。
「えーと……こう、透明な石とか、赤色の石のアクセサリーはありますか?」
宝石を示す言葉が分からなかったため、とりあえず適当な説明をしてみたが、店員はすぐに『あぁ』と手を叩いた。
「種類は少ないですが、ご用意はございますよ。ただ、少々お値段は張りますね……」
「……ちなみにおいくらで?」
「一番お求めやすいもので、100万リタスほどでしょうか」
『わー……予算オーバーだね……』
「す…すこしかんがえます……」
俺は口角を引きつらせながら、視線を逸した。
今回の予算は2、30万リタスだ。貯金額を考えるともう少し出せるが、あまり高額すぎるとショウに受け取ってもらえないかもしれないし。
「ん――、金とか銀のシンプルなアクセサリーなら手は届くか……? 貴金属製のはどこに――……お?」
『どうしたの?』
店内を見渡していると、琥珀のコーナーから少し距離を置いた場所、そこにひっそりと鎮座するショーケースに目が止まった。
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