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54. 椎名泉、見送る(前編)

 ツノウサギが魔法を習得した、その日の昼。

 俺はツノウサギに請われるまま大量の肉を購入し、宿の厨房を借りて焼肉に勤しんでいたのだが――


『も、もう……むり……』

「買いすぎたな……もう食い切れん……」


 ……なんと、肉が大量に余ってしまう事態に直面していた。


 ツノウサギが暴食している姿を度々見ていたので、これぐらいなら食いきれるのかと思って言われるまま買ったものの、本人は深く考えずねだっていたらしい。


 俺とツノウサギは口元を押さえながら目の前に積み上がった肉を死んだ目で見つめる。

 肉はあと大皿に2盛りほどある。夕食に回すとしても過剰な量だ。この世界に冷凍庫などあるわけもないし、このままでは肉が腐ってしまうだろう。


 ……というわけで、俺達は応援を頼むことにした。


 まずはショウ。幸いにも彼は部屋に居たため、厨房まで来てもらうことにする。


「な、なにこのお肉……」

「あー、実は昼間な……」


 大量に積み上がった肉の前で呆然としているショウに、俺は昼間の出来事を話した。

 ルナバードに声をかけられ、バーストスネークの討伐に力を貸し、その礼を元手に肉を買いまくり、食いきれなくなってしまったことを。


「……そういうわけで肉が余ってるんだ。今晩、焼肉パーティーでもどうだ?」

「いいね!するする!」

「良かった、助かる」


 あとは、強力な助っ人になりそうなザンさん、そしてアカシアさんの手を借りたいところだ。

 そう思っていると、丁度タイミングよくアカシアさんが現れる。


「あれ――っ、いい匂いがすると思ったら! 何してるんですか――っ!?」

「アカシアさん、良い所に……!」


 俺が先程と同じ説明をすると、アカシアさんはニコニコ笑いながら頷いた。


「……うふふ、そうなんですねっ! じゃあアカシアとザンもご相伴にあずかりま――すっ!」


 ……よし、強力な助っ人ゲットだ。流石に成人男性2人の力を借りれば消費しきれるだろう。

 俺はほっとしつつ、夜のパーティーに向けて肉を切り始めた。





 ジュウウ、と肉が焼ける音と、部屋いっぱいに広がる香ばしい匂い。


 俺とショウ、ツノウサギ、それにザンさんとアカシアさんの4人と1匹は、夜分食堂に集まって焼肉パーティーを開催していた。


「お、結構良い肉じゃねェか!」

「だねっ、す――っごくおいしいです――っ!」

『うん、おいしい。お肉、おいしい』

「コラコラみんな!ちゃんと野菜も食べなよ!」

「へいへい!」

「わかってまーすっ!」


 ショウが焼き肉用トングをくるくると回しながら言うと、ザンさんとアカシアさんは元気よく返事する。

 ザンさんは予想通りの大食漢だったが、アカシアさんもかなりの肉食系女子だったらしい。2人共かなりの速度で肉をガツガツと消費してくれている。ツノウサギも昼間の分の消化が終わったのか、再び凄い速度で肉に食いついていた。


「にしてもシーナ、よくこんな高い肉が買えたなァ!」

「うふふ、昼間の報酬なんだって!」

「あ――……、なるほど、そーいう事かァ」


 ザンさんには昼間の出来事を説明していないはずだが、なぜか納得したように呟く。……アカシアさんから既に話を聞いていたのだろうか?

 ショウも野菜を焼きながら、ニコニコと答える。


「冒険者活動、軌道に乗ってきたみたいで何よりだよ。俺も安心してケルナを出られる」

「……そういえば、お前はいつまでここに居れるんだ?」


 ショウが居るのが当たり前すぎてしばらく意識していなかったが、この後ケルナの先の街に引っ越す予定だったはずだ。

 いつまでこの街に居られるのか、心の準備くらいしておきたいと思っていたのだが――


「ん? んー、明後日の朝かな?」

「ブッ!」

「はえっ!?」

『あ、明後日!?』


 ショウがあっけらかんとした声で答えるのに、ザンさんは飲みかけていた酒が気道に入ったのかゴホゴホと咳き込み、アカシアさんは肉を頬張りながら気の抜けたような声を出す。


「お、おい、そんな話聞いてないぞ」

「あは、ごめんごめん、急に決まっちゃってね」

「えぇ……そんなぁ――……っ」


 ショウの言葉にアカシアさんは悲壮感溢れる表情でうなだれ、ザンさんも苦い顔でちびちびと酒を飲んでいる。

 2人は俺よりショウとの付き合いが長い。突然の別れというのは、思うところがあるのだろう。


「ち……ちなみに行き先はどこなんだ? またこっちに帰ってくるのか?」

「目的地は王都かな。いずれこの街には戻るけど、しばらくは向こうで生活するつもり」

「そ……そうか……」


 ……俺はあまりこの世界の地理に詳しくないが、王都とここは結構距離があったはずだ。新幹線やら飛行機やらがないこの世界では、簡単に会える距離ではないだろう。


 そんな重い空気の中、食堂の入り口から宿のオーナーがひょこりと現れた。


「――お食事中、失礼いたしますよ。 ショウさん、貴方宛に荷物が届いてるんだが……」

「あ、はーい!」


 ショウはオーナーに連れられ、食堂から退室する。

 その姿が完全に見えなくなってから、アカシアさんは頭をテーブルの上にゴンッと打ち付けた。


「はああぁあああ……」

「だ……大丈夫か、アカシアさん」

「……だいじょばないですぅ――っ!」

「な、え、泣いてるのか!?」


 巨大すぎるため息をついたかと思えば、バッと勢いよく顔を上げるアカシアさん。その瞳には涙が滲んでいた。


「聞いてないよっ、こんな急にって……! 聞いてほしい話も、お出かけしようと思ってた場所も、いっぱいあるのに――……」

「そ、そうだったのか……」

「やだよ――……ずっとアカシアといてほしかったなぁ……」


 アカシアさんは両手でバンバンと机を叩き、一通り文句を言った後、再び机の上に突っ伏する。


 何か声を掛けてやるべきだとは思うが、泣いている年頃の少女を宥める方法を俺は知らない。テーブルの上のツノウサギが“椎名さん早く慰めてあげなよ” と言いたげな視線を寄越してくるが、どうしたらいいのかわからないのだ。


 そう思いながらオロオロしていると、ザンさんがアカシアさんの背中をバシバシと叩いた。


「あんま無茶言ってやんなよ。……どのみち、“ずっと”は俺達の隣には居てくれない。そんなん最初から分かってただろうが」

「そーだけどぉ……」

「……? そうなのか?」


 彼らとショウの出会いを知らない俺は、首を傾げる。

 アカシアさんは俺の様子に気づいて何故か慌てた様子で、ザンさんも俺達の様子を見て頭を掻いている。


「え、あー、えとっ、」

「あー……仕事だ、仕事。アイツ、仕事で結構住所を変えてるらしいからなァ」

「そ、そうナンデスッ!」


 ……なんか、追求しないほうが良さそうだな。

 気にはなるが、新入りの俺には話しにくいこともあるかと納得し、黙って頷いておいた。


「はぁ、でもだからって……! せめて何ヶ月くらいかは、ケルナにいてくれるのかな――って思ってたのに! こんなのあんまりだよ――っ!」


 そう言って、アカシアさんは再び机に突っ伏する。

 ……本当にショウのことが好きなんだな。


「……そういえば、アカシアさんってショウのこと好きなのか?」


 アカシアさんの様子を見て、俺はついポロリと呟いた。

 アカシアさんはショウに相当懐いてるみたいだし、距離感も近いし、色恋沙汰に敏感なお年頃だろうし、ショウは良い奴だし……以前からなんとなく気になっていたのだ。


 アカシアさんは一瞬キョトンとしたような表情になったものの、すぐにふわりと柔らかく笑う。


「ハイ、大好きですよ――っ! お料理上手だしー、お話上手だしー、すっごく優しいひとですからっ!」

「あー、そうじゃなくて、恋愛的な意味……で?」

「な……うぇ?へ!?」


 俺が聞き返すと、アカシアさんは大きな瞳をさらに見開き、妙な声を上げる。そこまで聞いて、俺はようやく我に返った。


 ……やばい、これ完全にデリカシーが無い質問……どころか、完全にセクハラなんじゃないか? 


 俺は慌ててアカシアさんに謝ろうとしたが、その前に彼女は両手を顔の前でブンブンと振った。


「ないない!ないですよ――っ! えっとね、ショウさんはね、ワタシのお兄さんみたいなひとなんですっ!」

「あ、あぁ、うん、そうだよな……変なこと聞いて悪かった」

「いえいえ! ワタシとショウさんはナカヨシですからね――っ!」


 ……ケラケラ笑いながら話すアカシアさんの様子から察するに、本当に恋愛感情はないのだろう。

 多感なお年頃であろう少女に余計なことを聞いてしまったことを反省しつつ、俺は彼女の話に耳を傾ける。


「ショウさんはね――、5年前にラカイに越してきたんですよ。ワタシは当時10歳だったんですけど――うちはその、普通の家庭じゃないというか……、ワタシはザンしか家族がいなくて……、だからショウさんがよく面倒見てくれてたんです」

「俺がよく仕事で家を空けてたからなァ。その間、アカシアを預かったりしてもらってたんだよ」

「へー……昔から面倒見の良い奴なんだな」

「ふふ、そうなんですよっ!」


 アカシアさんは満面の笑みで頷くも、ややあって少し目を細めた。弾けるような笑顔は、やがて過去を懐かしむような表情に変わる。


「……でもね、当時は結構荒れてたんですよ、ショウさん」

「……荒れてた?」


お読みくださりありがとうございます。

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