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53. 椎名泉、魔法を使いたい(後編−2)

 俺がバーストスネークの迫力に圧倒されていると、奴はそんな俺に見せつけるように、30 kg ほどあった肉をたった一口で丸呑みして見せた。

 俺自身は何かされたわけでもないのに、喉の奥から『ひぇ』という声が漏れる。


 バーストスネークは“次はお前だ”とでも言いたげな視線をよこしながら、ぬるりと崖を上がろうとしてくる。


『……椎名さん、ボクがやる!』

「えっ、い、いきなり実践って大丈夫なのか!?」

『任せて――【炎よ!】』


 ツノウサギはスーッと息を吸い込んだ次の瞬間、耳元で叫んだ。

 詠唱に合わせて、先ほどより一回り大きな炎の玉が崖下に向かって撃ち出される。それは蛇から少し外れた場所に着弾し、ドンッという大きな振動が地面を伝ってここまで届いた。


『うー、外れた……!』

「いや、でも牽制になってそうだぞ」


 ツノウサギは苦々しげな声を上げるも、蛇は炎を警戒してか登るのを中断した。牽制としては十分な成果だし、警戒しているということは当たればそれなりのダメージにはなるのだろう。


「ツノウサギ、無理に当てにいこうとか思わなくていいから、とにかく撃って撃って撃ちまくってくれ。魔力はいくらでもある!」

『わ、わかった――【炎よ】!【燃えろ】、【燃えろ】!』


 ツノウサギが詠唱する度に、立て続けに巨大な火の玉が打ち出され、地面を抉っていく。どうやらまだコントロールが定まっていないらしいが、徐々に感覚を掴んできたのか、蛇の近くに着弾し始めた。


「もう少しだツノウサギ!」

『よーしっ……燃えろ、燃えろ!【燃えちゃえ】!!』

「お――っ!」


 最後の詠唱とともに吐き出された炎が、蛇の胴体に着弾する。蛇はそれを嫌がるように爆炎の中で体をよじらせた。致命傷にはなっていないようだが、ダメージを負った今なら石ころ1つ投げつけたところで気にも留めるまい。

 俺はポシェットの中からヒノオ石を一つ取り出し、崖下に向かって放り投げた。


「――【転移】!」


 目論見通りトラックは蛇の胴体に追突し、同時に蛇は爆炎の中から姿を消した。

 ……チーム低級害獣と俺の勝利だ。


「――よし、討伐成功!」

「ピピッピィィ――!」

「ピッピ――ッ!」


 俺が声を上げると同時に、ルナバード一族は鬨の声を上げる。バサバサと翼を広げながら飛び上がり、全身で喜びを表現していた。同族の仇討ちに成功し、今後の安全も保証されたのだから、それは嬉しいことだろう。


『やったね椎名さ、……あっ』

「……ど、どうした?」


 ツノウサギも一度喜びを滲ませた声を上げたものの、途中でその言葉を切る。どうしたのかと様子を伺うと、固い表情で俺の顔を凝視していた。


『そ……そういえば椎名さん……だ、大丈夫?』

「? な、何がだ?」

『その、体調に変化とか……』

「え? 一切無いけど」

『えー……』


 ツノウサギが恐る恐るといった様子でいるのを不思議に思っていると、呆れたような視線を向けられる。


「な、なんだ? どうしたんだ?」

『いや、あれだけ魔法撃ってもなんともないんだと思って……』

「え、5発くらいしか撃ってないだろ?」

『十分多いよ。普通なら魔力切れで死んでる』

「そ……そうなのか」


 ……そういえば今まで相対してきた人間も、そんなにバカスカ魔法を撃ってこなかったな。あれは魔力量の都合だったのか。

 俺がツノウサギの言葉に頷いていると、頭上から『ピィ!』と高い鳴き声。つられて空を見上げると、ヒラヒラと葉っぱが降ってきた。


「ピッピピィ!」

「わっなんだ!? 葉っぱ!?」

『あ……それ、お礼だって』

「お礼?」


 慌てて両手を受け皿のようにして舞い散る緑を受け止めた。それは真円に近い形の葉が3枚連なるような形で、色は深緑――確か先日読んだ薬草図鑑にも載っていた品種だ。“粉にして飲むだけで効果が出る”というお手軽な薬草で、効果の差異はあれど、万病に効くらしい。とても珍しくて1枚数万リタスの価値があるとか……。


「え、これ、いいのか? 貴重な薬草なんだよな?」


 降ってきた葉っぱは合計で10数枚。今回の投資を余裕で回収し、お釣りを渡さないといけないくらいだ。


「ピッピピィ!」

「……そっか、ありがとう」


 ルナバード達が何と言っているのかは分からないが、表情から“もってけ!”という意思を察し、俺は頷いた。


『……みんな、椎名さんにお礼言ってるよ。“本当にありがとう。おかげでこの地で生きていけるわ。あなた、まるで天の使いね”、だってさ』

「はは……大袈裟だな」

『ファーテル様にお祈りしてたところで、ボクらが現れたんだってさ。だから余計にそう思っちゃったんじゃない』


 ツノウサギが “まぁ、実際使徒さまだけどね”と小声で付け足すのに、俺は苦笑を返す。

 別に“人助け”……いや、“鳥助け”?は、使徒様――トラックドライバーとしての仕事というわけではないが。……まぁ、なにはともあれ彼らが助かって良かったな。


『……で、椎名さん。それでお肉、たくさん買えるよね?』

「あ、あぁ……そうだな。薬草を売ったらメシにするか。好きなだけ食ってくれ」

『やった』


 本日の MVP には、たんと食わせてやらないとな。


 俺達は未だ盛り上がっているルナバード達に手を振って別れ、ケルナへの道へと戻る。俺達に対するルナバード達の喝采は、森を抜けるまで聞こえていた。






 ……というわけで、まずは薬草の換金だ。

 

 ギルドでは、薬草採取の依頼を受けていなくても、買取はしてもらえるらしい。薬屋に持ち込んだ方が高く買い取ってくれる場合が多いが、逆に安値で買い叩かれるケースもあるようだ。


 それなら、ウィステリアさんや主任さんのような信頼のできる相手に預けた方がいいだろう――……そう思ってギルドへ行ったのだが。


「シ、シーナさんこれ! テルの葉じゃないですか!」


 持ち込んだ薬草を見たウィステリアさんは、薬草を受け取るなり驚きの声をあげている。


「やっぱり珍しいものなんですよね?」

「えぇ、テルの葉――天使の葉です! その名の通り、万能回復薬の原料になるものですよ! こんなたくさん! よく手に入りましたねぇ……!」


 よほど珍しいのか、ウィステリアさんはしげしげとその葉っぱを見つめている。かなりの好感触、高価買取が期待できそうだ。


「それで、買い取りはしてもらえそうですか?」

「はい! 1枚5万リタスでどうでしょう!?」

「5万……じゃあ、10枚売ります」


 俺は即答した。街の薬屋に売った方が高い値がつくかもしれないが、この値段なら即決だ。 


「あら、残りの5枚はどうするんですか?」

「いざというときに持っていたいなと思って……」

「なるほど、いい考えですね!」


 俺は当然調薬などできないが、これは粉にするだけで薬になるらしいし、常備薬感覚で置いておいてもいいかもしれない、と思ったのだ。

 この世界の医療レベルはまだ知らないが、少なくとも現代日本よりは高くはないはずだしな。


「あ、なら早めに乾燥させたほうがいいですよ!」

「か……乾燥ですか?」

「シーナさん、炎魔法使いなんですよね? だったら炎で――……あ、でもシーナさんって“めちゃくちゃ燃やす”しかできないんでしたっけ……? サービスで、こちらで一緒に処理しておきましょうか?」


 いや、今日からは “そこそこ燃やす”ができるようになったんだが――そう思ってツノウサギの方にちらりと視線をやるが、無の表情で見つめ返された。


『……あんまり細かい制御は期待しないで』

「……すみません、依頼したいです」

「ふふっ、そうですよね! 承りました!」


 そして薬の買い取りがつづがなく終了したあと、俺は市場でツノウサギに要求されるだけの肉を買い集めた。俺も魔法使いデビューした上に大金を稼いだことにより気が大きくなり、ノリノリで次々と買い物袋に入れていく。

 その昼食は、1人と1匹による盛大な焼肉パーティーが開かれたのだった。










 ――さて時は少し遡り、椎名がグランドスネークを討伐した時のこと。


 椎名たちがいた崖の反対側にある丘の上に、2つの人影があった。

 1人は体格の良い、まるで熊のような男。もう1人は腰まで伸びる長い髪を三つ編みにした少女。ザンとアカシアだ。


「……終わったみたいだな」

「ありゃあ――っ……ワタシたちの出る幕なしか――っ!」


 アカシアは敬礼するようなポーズで背伸びをしながら、反対側の崖の様子を窺っている。


「はー……人間が獣に手を貸すとはな……」

「さっき主任さんが“鳥助け”に行ったって言ってたから、まさかなーとは思ったんだけどね――っ……! うふふ、やっぱりシーナさんってばいいひとだ――っ!」


 ザンが感心したように顎の鬚を擦り、アカシアは満開の笑顔でザンを振り返った。


「俺らの()()、取られちまったな」

「うふふ、いいじゃない、ルナバードさんたちは守られたんだからっ!」

「まぁな」


 ザンが苦笑気味に笑うのを見て、アカシアは彼の背中をバシバシと叩く。ザンは笑いながら一つ息をついて踵を返し、丘を下っていく。


「帰るぞ、アカシア」

「このあとどうするの?」

「こっちの仕事、シーナに取られたからな……。次だ、次」

「了解だよっ! 超全力でいっこーうっ!」


 ザンを追いかけるように、アカシアも森の奥へと走っていた。


お読みくださりありがとうございます。

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