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52.椎名泉、魔法を使いたい(後編−1)

 肉を焼き始めてから、おおよそ10分程が経過した。現在、その香ばしい匂いは崖上まで届く程になっている。

 この間、ルナバードたちは交代で罠を監視しつつ、俺が買ってきた食料をバクバクと消費している。よほど腹が減っていたのか凄い消費スピードだ。


 俺はというと、そんなルナバード達に混じってナッツを口に放り込みつつ、罠を監視しつつ――


「ピピピ、ピィ!」

『え?いやいや無理でしょ、この魔力量だよ、コントロールなんかできないって……』

「ピィ!ピッピピ!」

『え、ぇ……いや、うん、わかった、やってみる……』


 ……ルナバードにビシバシ指導を受けているツノウサギを見守っていた。


 俺と接触していないと魔力の共有はできないようなので、ツノウサギにはあぐらをかいた俺の足の隙間に座って練習してもらっている。


「た、大変そうだな……」

『まぁね……でも、なんとなく、やり方はわかったよ』

「え、マジで?」

『うん、まじで』


 ツノウサギは自信ありげに言い放ちながら、再び講習に戻った。

 ルナバードが何を言っているのか俺には分からないが、なんやかんやうまくやってくれているのだろう。


 しばらくその様子を見守っていると、やがて時折ツノウサギの身体から火の粉のようなものがパチパチと弾けるようになってきた。


「お……? なんか火、出てないか?」

『ん……、うん、もうちょっと……っぽい……!』

「おお……! が、頑張れ! 頑張れ、ツノウサギ!」

「ピィッ、ピッピピィー!」


 ツノウサギが唸るのに合わせて、角の辺りからパチパチと火の粉が散る。

 ……もう一息といったところだろうか。

 周りで飯を食っていたルナバード達も見守ってくれているらしく、ピィピィと高く鳴いた。俺も応援に力が入る。


『うー……っあ!』

「あ!?」


 ツノウサギがひときわ大きな声を上げたかと思えば、ちょうど角の正面からライターほどの火が吹き出ていた。


『あ……出た!炎!椎名さん、見て!炎!炎!!』

「え、凄い! お前、魔法使えてるぞ!!」


 いつも無表情のツノウサギが興奮気味に話すのに、俺もつられて興奮してしまう。……初めてハイハイをした親戚の子を見るオジサンの気持ちのようなものだろうか。

 ツノウサギはやりきった顔で俺を見上げた。


「やったな、ツノウサギ!」

『うん……、コツは掴めたから、あとは前に撃ち出すだけ……!』

「行けそうか?」

『うん、いけそう』


 ツノウサギは真剣な眼差しで、少し離れた位置にある岩を真っ直ぐに見据えた。同時に、ツノウサギの意図を察したルナバード達が射線を開けるように地面から飛び立っていく。


『行くよ――【炎よ】!」

「お――っ!」

「ピィ――ッ!」


 ツノウサギの詠唱と共に、1m大の火の玉が撃ち出され、50mほど離れた場所にあった大岩に直撃した。ドン、と辺りに響く破砕音。その岩は炎が当たった瞬間に、あっけなく砕け散った。

 ……かなりの威力の魔法のようだ。冒険者登録時の実技試験でアカシアさんが見せた雷魔法にも負けてないんじゃないだろうか。


「凄いな! ファイアーボール的なやつだ!」

『ふぁい……ぼうる?』

「炎魔法といえばファイアーボールだろ。異世界物でよく見るんだ」


 そう、かつて異世界物でよく見た魔法。巨大な火の玉を撃ち出し目標をバッタバッタとなぎ倒す主人公――俺の目指した冒険者の姿そのものだ。

 俺は『でかしたぞ!』と言いながら、ツノウサギの背中をわしわしと撫でる。ツノウサギも満更でもなさそうな表情だ。


『ふぅ……まぁ、良かったんじゃない。椎名さん、これで堂々と炎魔法が使えるって嘘がつけるよ』

「……? え、え? どういうことだ?」

『ボクが肩に乗って撃ったら椎名さんが撃ったように見えるでしょ。普通の低級害獣は魔法なんか使えないしね』

「え……俺が撃ってることにするのか? それってお前の手柄を横取りする感じになるんじゃ……」


 俺は眉をひそめながら言葉を返すが、ツノウサギ本人は目を瞑って首を振る。


『ボクがやったことにされる方が居心地が悪いよ。魔法なんか魔力ありきなんだから』

「そういうもんなのか……?」

『うん、そういうもの』


 ……ツノウサギの感覚はよく分からないが、本人がそう言うなら、まぁ良いか。確かにその方が俺にとっても都合がいいあし。それに“珍しい害獣だ”と言って、あちこちから良からぬ魔の手が伸びてきたりしても困るし……。

 ……ここはお言葉に甘えさせてもらうか。


「分かった、ありがとう。ならそうさせてもらうよ」

『これで害獣討伐の依頼も受けやすくなるね』

「そうだな……今度、頑張ってみるか」


 これで炎魔法と転移能力、俺は強力なカードを2枚揃えることができた。


 害獣討伐における懸念点だった俺自身の身体的なスペックの低さは、ツノウサギの索敵能力と炎魔法でカバーしてもらえるだろう。不意打ちによる攻撃を受けてもツノウサギが炎魔法で反撃してくれるだろうし、一対多数戦にもつれ込んでも炎魔法で牽制しながら戦えそうだ。

 炎魔法による遠距離攻撃と、一撃必殺近距離攻撃の転移能力――その時々で使い分けるのがいいだろう。

 戦略の幅が広がったことに、俺は喜んだ。


 しかしその時、そのお祝いモードを遮るように、崖の下を見張っていたルナバードが一匹高い声を上げる。


「ピッピピ!」

『なに、どうし――え?』

「どうかしたのか?」


 切羽詰まった様子のルナバードに首をかしげれば、ツノウサギが眉間にしわを寄せながら俺の方を振り返った。


『バーストスネークが来たみたい!』

「おぉ、マジか……」


 ツノウサギに『こっち!』と言われるのに従って、恐る恐る崖下を覗き込む。

 崖下では、大きな黒い蛇が木々の隙間を縫ってぬるりと姿を現していた。ルナバード達が言うように、全長は10mをゆうに超えていそうだ。奴から離れたこの位置でも、その迫力を感じられる。


「……で、でかい」

『おおきいね……』

「ピィ……!」


 俺達は揃ってその迫力に息を呑む。

 その傍ら、バーストスネークは焼かれた鹿肉が気になっているようで、スルスルと距離を詰めてくる。投資額5万リタスの罠は、きちんと罠としての役目を果たしてくれたらしい。


「よしよし、いいぞ――……! もうちょっと近づけ……!」


 焦りは禁物。バーストスネークが肉に食らいついた、無防備なその瞬間を狙うべきだ。


 ジリジリと崖の直下に近づくバーストスネーク。俺はポケットからトラック型ヒノオ石を取り出し、タイミングをはかる。


『――椎名さん、今!』

「あぁ、【転移】――」


 バーストスネークが肉に食らいついた瞬間、ツノウサギの掛け声と共にトラックを地面に向かって放り投げる。

 後はこのまま、重力に従って蛇の体に直撃したら勝利――そう確信した瞬間だった。


 トラック追突まであと少し、そのタイミングで辺り一帯に突風が吹いた。


「え」

『あ』


 まさかの事故直前、突風がトラックを攫い、それは明後日の方向に飛ばされてしまった。トラックは惜しくもバーストスネークのそばにコツンと音を立てて落ちる。


 ……え、そんなことある?


「なっ……流された!」

『次! 椎名さん、投げて!』

「あ、あぁ!」


 ツノウサギの声に急かされながら、俺はポシェットの中のストックに手を伸ばした。その時、バーストスネークがのっそりと動き、崖上の俺達がいる方を見上げた。


「スゥ――……」


 バーストスネークは目を細めながら、じっと俺の目を睨みつける。

 ……“おまえ、うまそうだな”とでも語りたげな視線だ。


「……やばい、滅茶苦茶目が合った」

『ワ――……』


 ツノウサギが温度の無い声を上げる傍ら、俺は口角を引き攣らせた。


お読みくださりありがとうございます。

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