51. 椎名泉、魔法を使いたい(中編-2)
ルナバード達と別れた俺とツノウサギは、ケルナの街へと戻った。その門をくぐった時点で、俺は一つのミスに気付く。
「あ、しまった……、そういえばルナバードって何食うんだ?」
『うーん……きのみとかでいいんじゃない?』
「木の実にもいろいろ種類があるだろ? うーん、さっき聞いとくんだった……」
『ならギルドの資料庫で調べたら?』
「あ、そうだな。寄ってくか」
俺はツノウサギの提案に乗り、早速冒険者ギルドへと向かう。
資料庫へ入ろうとすると、勤務中だった主任さんに見つかったようで、『あれ、シーナさん?』と声をかけられる。
「今日は一段と戻り早くない? まだ12時じゃん」
「あ……いや、今、所用で戻ってきたんです」
……そういえば、薬草採取の依頼を受注して森に行ったんだった。
すっかりルナバードの問題に気を取られていたが、この件を片付けたらすぐに仕事に取り掛からないと違約金が発生してしまう。
「ふーん……所用って何?」
「なんか、話の流れで鳥の生存競争に手を貸すことになって……、彼らの飯の調達に戻ってきたんですよ」
「面白すぎんか? どんなノリだよ」
そう言いながら、主任さんはけらけらと笑う。
鳥達にとっては笑い事ではないのだが、確かに薬草採取の仕事に出ていたはずの男が1時間と経たず鳥の餌を探しに戻ってきたというのは、シュールな絵面かもしれない。
「よく分からんけど、よくまぁそんな金にならなさそーなことに手を出すねぇ」
「今はそこそこ懐が温かいんで。……それに他人に手を貸すのって余裕のあるときじゃないとできないじゃないですか。だから貸せるときに貸しとこうかなと」
「あぁ……なに、“リスミスタ”で徳を積もうって? 意外と敬虔なんだ?」
主任さんは意外そうな表情で答える。リスミスタ――エミュファ教の最たる教え、“困っている人は助けるべき”という考え方だ。
……もちろん、そういった意味合いもある。
が、純粋な善意だけではない俺は、気まずげに視線をそらす。
「……そうですね、あとは自己肯定感を高めるため……ですかね」
「自己肯定感?」
「心豊かに生きていくためには必要じゃないですか。まぁ金にはならなくても、鳥達は助かるし、俺は助けたという事実に自己肯定感が高まるし、win-winです」
「……ふうん?」
主任さんは分かったような分からないような顔だ。
……まぁ、彼は見るからに“陽キャ”って感じだし、自分に自信がありそうだし……あんまり自己肯定感がどうとか意識せずに生活できていそうだしな。……羨ましい話だ。
「それじゃ、俺は急ぐので」
「はいよ。……まぁ、本業はおろそかにしないでよ。依頼達成期限1週間だからね、早いとこ達成してきてね――」
「わかりました」
ひらひらと手のひらを振る主任さんに手を振り返し、俺は資料室へと向かう。
資料はすぐに見つかり、ルナバードの主食、ついでにバーストスネークの好む肉の種類まで知ることができた。あとはそれを調達に行くだけだ。
俺は続いて街の中心部、市場の方へと急いだ。
毎日仕事がすぐに終わるため、街の散策もそれなりに進んでいる。ギルド周辺や中心部については、すでにどこに何があるか把握しつつあった。
市場の形は概ねラカイで見た形と同じだ。大きな平べったい屋根の下に、チェスナット色の長机がずらりと並べられ、商人たちが各々のスペースで商品を売っている。食品から日用品、工芸品まで色とりどりの商品が並べられていた。
異国情緒の漂う市場は俺の観光欲をくすぐるものの、今日はそれどころではない。俺はまっすぐに食品関係の露店に行き着き、まずはルナバード用の食料を買い込んだ。
「えーっと、ラシュトの実がだいたい3kg、あとパンを沢山……こんなもんかな」
『これで足りるかな?』
「分からん……でもこれから肉も買わないといけないし、あんまり多いと腰を痛めそうだしな」
地面に置いた3つの麻袋を、遠い目で眺める。全部で5kgくらいだろうか。ここ更に十数キロの肉が追加される。……慢性的な腰痛持ちには辛い話だ。
俺は麻袋を担ぎながら、続いて肉屋に向かう。
肉屋ゾーンには机の上のみならず、店舗の奥の方までつやつやの赤い肉が吊り下げられるような形で陳列されていた。何の肉か分からないのが怖いところだが、どれも新鮮そうで美味そうだ。
「いらっしゃいオニーサン! 何をお求めだい?」
肉屋の店主は愛想良く出迎えてくれる。
「グランドディアーの肉ってあります? 予算は……えっと、5万リタスで」
『えっ!?』
「おお、そりゃまた随分豪勢なご馳走だなぁ!」
5万リタス――俺の所持金を多少の余裕をもって残すくらいの予算を提示する。
肉は多いほど良いだろうし奮発しよう……と思っていたのだが、ツノウサギは眉間にしわを寄せながら、俺の頬をべしべしと叩いた。
『ちょ、ちょっと、そんなにいっぱい買うの?』
「だって少なかったら罠にかからないかもしれないだろ」
『それはそうかもしれないけど……、もったいなさすぎない……?』
「まぁな……、でもほら、魔法を教えてもらうための投資だと思えば安い」
『そう……かもしれないけど……』
ツノウサギはそう言いつつも、不満げな表情で俺を見上げる。
……その視線が非常に痛い。
確かにここまで高い肉をツノウサギに食わせたことはないし、納得し難いだろうな。ツノウサギは超肉食だし、食に対する情熱が凄いし。
後で必ずいい肉を食わせてやろうと決意しながら、俺は店主に5万リタス支払った。
「ホラオニーチャン、グランドディアーの肉、30kgだ!」
「そ、そんなにあるのか……」
店主が切り出してくれたのは、両手で抱える必要がありそうなほどの塊肉だ。俺はそれをなんとか麻袋に入れて背負った。ズンと来る重みに、果たして現場まで持っていけるのか、一抹の不安がよぎる。
「い……行くか」
『……だ、大丈夫?』
ツノウサギの不安げな声に無言で答えながら、俺たちは再び森へと向かった。
◇
休み休み進みつつ森に戻った俺達は、早速ルナバード達と合流する。彼らには安全な森の入り口周辺で待機してもらっていた。
「ただいま。罠用の肉とお前たちの飯、買ってきたぞ」
「ピ、ピピ!」
ルナバード達は俺達の帰還を喜ぶようにバサバサと飛び跳ねた。彼らの視線は俺の背中の麻袋へと集中している。相当腹が減っているようだ。
……まあ天敵の存在を気にしながらじゃ、満足に飯を集めることなんてできなかっただろうからな。
「じゃあ、あとはこの罠をどこへ配置するかだが……」
『罠にかけるのにいい場所があるらしいよ。近くに切り立った崖があるんだけど、そこの崖下が平地になってて、遮蔽物もないみたい。崖下に肉を置いて、ボクらは崖の上で待ち伏せたらいいんじゃないかな』
「お、いいな。じゃあ案内頼む」
「ピィピィ!」
俺とツノウサギは、リーダー格のルナバードの先導でその崖の上に向かうことにした。
そして、森の中30kg以上の荷物を抱えながら進むのは大変だと思っていたが、どうやらルナバード達が崖下まで運んでくれるらしい。森の道を進んだ場合、途中で害獣に襲われる可能性があるため空輸した方が良いとの提案だ。
ブロック肉をいくつかに分割し、それぞれ麻袋に入れて紐で縛った。 これをルナバード達数匹でグループを組んで持って行ってもらう。
「……よし、皆気をつけてな」
「ピピッ!」
空輸班を見送ってから、それ以外のルナバードに先導され、俺達は森の中に入った。
四半刻もすると、目的の崖下に到着する。そこには高さ5mほどの切り立った崖があり、その下には広めの平地が広がっていた。
肉に夢中になっている隙に、この上から小石を投げ当てれば俺たちの勝利。簡単なお仕事だ。
「じゃあ罠をセットしよう」
『どうするの?』
「森で枝を拾ってきた。これを燃やして肉を焼くぞ」
俺は平地のど真ん中に枝を積み重ね、その周りに枝を刺したブロック肉を配置する。これで準備は万端だ。
「炎魔法使いのルナバードがいるんだよな? 着火、頼んでいいか?」
「ピッ!」
俺が薪を指差すと、ルナバードの1匹が高い声で鳴く。先ほど俺の従魔になると申し出てくれた鳥だ。
彼女は俺の言葉は分からないようだが、雰囲気で要求を察してくれたらしい。その鳴き声に応じるように、彼女の元に小さな炎が生まれ、薪へと飛んでく。
「おぉ、凄いな……」
『ほんとに魔法、使えるんだ……』
火の玉は薪に着弾し、パチパチという子気味良い音を立てながら、じわじわと燃え広がっていく。
その様子に思わず手を叩くと、ルナバードは照れたような鳴き声で鳴いた。
「お、なんかいい匂いしてきた」
『……そだね』
……これは強烈な飯テロだ。
薪が燃え始めると同時に、強烈な肉の香りが辺りに広がる。初夏の新緑の香りを上塗りするそれは、まさに飯テロとしか言いようがない。
ツノウサギは肉の焼ける様子を無言でじっと見つめていたが、蛇がやってくるであろう場所に長居するわけにもいかない。そっと持ち上げて回収し、ルナバード達と共に崖上へと向かう。
「じゃ、あとは飯でも食いながら待とう――ついでに、魔法講習を頼めるか?」
「ピッピィ!」
炎魔法使いのルナバードは力強い声で鳴きながら、その翼をはためかせた。
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