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50. 椎名泉、魔法を使いたい(中編-1)

 しかし、何だって突然見ず知らずの俺に助けを求めようというのだろうか。


「とりあえず話は聞くが……、何があったんだ?」


 俺の質問を聞いたツノウサギが通訳に入り、リーダー格のルナバードがそれに答えるようにピューピューと高い声で鳴いた。


「ピー、ピュイ、ピピピ………」

『あー……それは……』

「なんて言ってるんだ?」

『この子たち、ずっとこの森で暮らしてたらしいんだけど……ちょっと前から大型のけものが棲みつくようになって、襲われるようになっちゃったんだって』

「な……なるほど……災難だな」

『そいつがすごく強くって、しかもすごく性格が悪い。食べる分以上にけものを殺して回ってるんだって。もう何十匹もやられてるらしいんだ。このままじゃ一族全滅も時間の問題だから、助けてほしいんだってさ』

「いや、それはもう移住したほうが良くないか……?」

『“出て行くのあっちの方”だって。……まぁ、逃げ出すのはプライドが許さないんじゃない』

「そ……、そうだよな、すまん……」


 ……確かに、同族がやられたのなら仇だって討ちたいだろうし、長年縄張りにしてきた土地を逃げ出すなど彼らの矜持が許さないだろう。害獣は総じてプライドが高いらしいしな。……俺だったら迷いなく逃げてしまいそうだが。

 軽率な発言だったと謝罪すれば、ルナバードたちは慌てた表情で首と羽を振った。


「事情は分かった。……でも、なんで俺なんだ?」



 食い入るような視線を向けるルナバードに、俺は首をかしげる。

 知り合いでも何でもない俺に、一族の命運がかかった頼み事をする理由が分からないのだ。俺は“歴戦の冒険者”という風貌ではない自覚はあるし、なぜそこまで期待を込めた眼差しを向けているのか。


「ピィ、ピ、ピピピッ」

『……キミたち、普通に失礼だね』


 俺の疑問に答えた鳥達の鳴き声に、ツノウサギは顔を顰める。


「え、なんて?」

『“椎名さんが尋常じゃない魔力持ちだから”だって。さっきこの辺りをルナバードが飛んでたらしくって、椎名さんならヤツを倒せるんじゃないかって話になったらしい』

「それだけなのか? だったらもっと強い冒険者に頼んだほうがいいんじゃ……」


 この辺りは冒険者も良く来るだろうし、俺より屈強そうな人間はごまんと居るのではないだろうか。あとその理由のどこが失礼なんだ?


『……あと、生態系最底辺のツノウサギと仲良くしてるし、いい人そうだから、自分たちを助けてくれるんじゃないかって思ったみたい。ルナバードは食用種じゃないとはいえ、羽毛は商品になるからね。下手に素性の分からない人間に助けは求められないんでしょ』

「あ、あ、うん……そうか……」


 ……確かにそれは“普通に失礼”だな。


 俺は苦笑しつつ、苦々しげな表情のツノウサギの背中を撫でる。

 ツノウサギはよく“低級害獣”を自称しているが、他人からそう称されるのはいい気はしないのだろう。


 俺は微妙に悪くなってしまった空気を入れ替えるため、口を開いた。 


「そ……それで、その襲ってくる害獣ってどんな奴なんだ?」

『ヘビだって。バーストスネークっていうやつ……』

「へ……び……?」

『うん、ヘビ』

「……はあああ!? いやいやいや、無理無理無理無理!!」


 俺は反射的にそう叫びながら手を振った。


『まぁ、確かに強敵だよね。大きさは太さ1mで長さ15mくらいだって』

「いや、ヤバすぎるだろ。強いとかそういう問題以前に、気持ち悪すぎる」


 地球で見るヘビの何倍だ? あのぬるっとした巨体が目の前に現れたと思うと……、いや、考えただけでゾッとする。


 しかも“バースト”ってことは、バーストウルフと同じシリーズ?クラス?の害獣ってことだろうか。完全にド素人冒険者の手に余る。あの狼だって、アカシアさんやザンさんの助けがあって倒せたのに――……


 ……いや、でも、待てよ。太さ1m長さ15mか……。


『まぁ、やっぱりそうだよね。じゃあ断る方向で――』

「太さ1mで長さ15mって、かなりデカいよな。そこまで大きいなら簡単に転移できるか……?」

『……え?』


 俺がポツリと呟くと、ツノウサギは怪訝そうな声を上げながら首をかしげた。


「いや、まぁ、普通サイズの蛇だとトラックを当てにくいだろ。でもデカいなら逆にいけるかなって……」

『まぁ……そう、かな? え、でもヘビ嫌いなんじゃないの』

「そうだけど、嫌いとか言ってる場合じゃなさそうだし……」


 そう言いながらチラリとルナバードの方に目をやると、俺達のやり取りを聞いていた彼らがピィピィと声を上げていた。どの個体も必死の表情だ。彼らは俺の言葉が理解できないようだし、ツノウサギが先ほど『断る』と言いかけたところで手を貸してもらえないと察し、焦ったのだろうか。


『え、なに……“お礼はする”って?』

「ピ、ピィピピ、ピィ!」

『……! それって……』

「ど、どうした?」

『し……椎名さん、あの左の子、祖父がバーストバードで、隔世遺伝で低級害獣なのに魔法が使えるんだって。あの子が、お礼代わりに従魔になってもいいって言ってる』

「え、マジか」


 ツノウサギは最前列の隅の方にいる鳥を指す。

 その羽は深い緑色で、滑らかで美しい毛並みだ。ルナバードの中でも相当美人さんに当たるのではないだろうか。


『……“人間、あなた魔法が使える獣を探してるんでしょ? 私は炎魔法が使えます。助けてくれるなら、あなたの従魔になる。だからお願い、助けて”……だって』

「え……」


 そのルナバードはキュルッとした瞳に涙を浮かべつつ、ふるふると震えている。

 家族や生まれ育った土地から離れたくはないが、一族を助けるためには仕方がない……と覚悟しているのだろう。


「……こ、ここで頷いたら相当駄目な奴じゃないか? 俺……」

『……別に本人がいいって言ってるならいいんじゃない』

「えぇー……」


 ツノウサギのドライな答えに俺は顔を引き攣らせながら、ルナバード達に向かって手を振った。


「そんなことしてくれなくていい。頼みは引き受けるし、無理なお願いをするつもりはないから、心配するな」

『……それ、伝えていいの? せっかくだしテイムしたらいいんじゃないの。彼女、そうとう珍しい種だと思うよ。魔法が使える低級害獣なんか聞いたことない』

「ペットはお前がいればいいよ。そんな何匹も責任持てないし」

『えぇ……そんな難しく考えなくていいと思うけどね……』


 ツノウサギは複雑な表情で溜め息をつく。その表情は、むざむざチャンスを逃すことへの呆れと、優秀な後輩従魔ができなかったことへの安心感が混ざっているようだ。

 そんなツノウサギの様子に、俺は内心ニヨリと笑ってしまう。なんやかんやでちゃんと俺に懐いてくれてるし、この生活を気に入ってくれてるんだよな。


「あ、じゃあ代わりにツノウサギに魔法の使い方を教えてくれるよう頼めないか?」

『……ん、了解』


 ツノウサギが俺の言葉を翻訳すると、ルナバード達は一斉に表情を明るくした。皆その美しい羽をはためかせながら、ピィピィと高い声で鳴いている。俺の返答を相当喜んでくれているらしい。


 ……とはいえ、戦いはこれからだ。


「じゃ、早速作戦会議といくか。さっさと討伐した方が良いもんな」

『そうだね……キミたち、そのヘビの生息地と習性を教えてくれる?』


 ツノウサギの言葉に、鳥達は順番に鳴き声を上げる。ツノウサギはその声一つ一つに頷き、聞き取りが全て終わった後で口を開いた。


『……つまり、話をまとめるとこうだね。バーストスネークはこの先の森に棲み着いてて、日中ご飯を探しに出るルナバードたちを見つけては狩っていく……と』

「なるほど……、じゃ、どうやってその蛇を見つけるかだな」

『それなら、有志が囮になるって言ってるよ』

「有志?」


 ツノウサギが指した先には、若々しい鳥が3匹、堂々とした佇まいで胸を張っている。“一族のために我こそは戦う”という勇敢な若者のだろう。その瞳は決意に満ちていた。


「ま、待て待て待て、そんなの危ないだろ。俺は反射神経鈍いし、襲われたら助けるのが間に合わないかもしれないぞ」


 俺が慌てて止めると、ツノウサギはなんでもない様子で『その辺は覚悟の上なんだって』と答える。


「いや、流石にそれは俺のメンタルに来るからやめてくれ……」

『けもの一匹に気を遣い過ぎなんじゃない? 群れとしては存続できるんだから、問題ないと思うけど……』

「意思疎通ができる動物にそんな割り切り方できるか!」


 俺がこれまで害獣を容赦なく転移できたのは、それが“人間の敵だから”と割り切れていたからだ。しかし人間と敵対せず、さらに意思疎通も図れる獣相手となれば、そう簡単に命を扱うわけにもいかない。


『えー……じゃあお金かかっちゃうけど、お肉でも買ってきて焼く?』

「あ、それ良いな。釣られて出てきたところを遠くからトラックを投げて一撃転移……安全だし簡単だ。早速街に買いに戻ろう」


 ツノウサギに翻訳を頼みながら、俺は腰を上げる。

 そしてルナバードたちに一度別れを告げようとした時、俺はふとあることに気づいた。


「あ、そうだ。戻ってくるまでの間、皆はどこか安全な場所で待っててくれ。間違っても飯を取りに行ったりしないでくれよ。必要なら、俺が街で買ってくるから」


 俺が外しているうちに襲われたりしたら、たまったもんじゃないからな。

 そう思っての提案だったが、ツノウサギは少し驚いたような表情で俺を見上げた。


『……さすが“結構いい人”』

「え? ……あぁ、ジャッジメントの判定の話か?」


 それは聞き覚えのある言葉だった。

 確かギルド登録時に、人の善性を判断するというジャッジメントに触れた際、ショウにそう言われたような気がする。


『けもの相手にそこまでする人、あんまり居ないと思うよ』

「そうか……? まあ、俺の元いた国を基準で考えるなら、特別良い人ってわけじゃないと思うぞ。人間が小動物を助けるほっこり動画がよくバズってたし……」

『……よくわからないけど、異世界の話みたい』

「はは、異世界の話だからな」


 ツノウサギの言葉に、俺は思わず笑ってしまった。

 この世界じゃ従魔やペットという存在が一般的ではないようだから、俺の価値観の方がズレているのだろうか。


 俺はルナバード達に一旦別れを告げ、急ぎ足でケルナへと戻った。

お読みくださりありがとうございます。

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