48. 椎名泉、初出勤する(後編)
「……えっ」
――なんと、水晶は何故か青色に光っている。“嘘はついていない”という判定が下りたのだ。
主任さんの呆気にとられたような声につられて、俺も大声を出してしまいそうになったが、とっさに口元を押さえ衝撃を飲み込んだ。
『な、なんで? ウソついたのに青いままだよ、どうなってるの?』
「…………、」
……わからん。なんでだ。
ツノウサギと同じく混乱しつつも、今はそれを声に出すわけにはいかない。俺はなんとか平静を取り繕いながら、主任さんに向かって作り笑いを浮かべた。
「ほ……ほらね、嘘じゃないでしょ。ちゃんと炎魔法で倒されてますから、ゴブリン」
「……、はぁ……本当に嘘じゃないわけ……」
「えぇ、嘘はないです」
……水晶は、依然青いままだ。すべて本当だと見なされているらしい。
予想が外れたらしい主任さんは、それを見てすっかり黙ってしまった。
「……もうっユー主任ってばまだ疑ってたんですか?」
検証が一段落ついたのを察して、隣のウィステリアさんが口をへの字にしながら、主任さんの頭を書類でぺしりと叩く。
「や、ぜ――ったい炎魔法じゃないと思ったんだけどな……でもジャッジメントが狂うわけないし、マジなんか……」
「えぇ、マジです」
「あ、そ――……まぁ、そーなんだろうね、信じられんけど……」
主任さんは釈然としなさそうな雰囲気ではあるが、一応は納得してくれたようだ。
「えっと……ちなみに、なんで炎魔法じゃないと思ったんです?」
「逆に何で炎魔法だと思ってもらえると思ったの、あの説明で」
「ごもっともです……」
主任さんの質問返しに、苦笑で答える。
とはいえ、ここまで食い下がられたのは初めてであるし、なぜ彼がそこまで炎魔法ではないと思ったのか、後学のために聞いておきたいところだ。
主任さんは俺の前に4本の指を立てたあと、まず人差し指を折る。
「まぁ、まず、魔法を使った瞬間に魔力を感知できなかったっていうのが大きい」
「え、そんなの分かるんですか?」
「……や、普通の人はわからんだろーね。あとは単純に、チリも残らないなんておかしい、火の粉の一つも出ないなんておかしい、さらに本人も炎魔法だとは明言してない、まぁ、そんなとこ」
主任さんは続けて指を折りながら、その他の理由を話してくれる。俺は内心そりゃそうだと思いながら、主任の言葉に頷いた。
「……なるほど。最初の3つは、爆速で燃えるから感知できないだけだと思いますよ。最後のは、その、すみません。紛らわしい言い回しでしたね」
「ふーん……まぁいいや。疑っちゃってごーめんね。とりあえずおっけー、ゴブリンは討伐確認、ファーレスの葉は査定するから、そのへんで待っててちょーだいよ」
「ありがとうございます、お願いします」
なんとか査定にこぎつけたようで、俺はほっと息をついた。受付の主任さんが納得してくれたのなら、今後査定の際に毎回面倒なやり取りをせずに済むだろう。
主任さんとウィステリアさんに頭を下げ、俺とツノウサギはギルドの隅の人気のい
ないところで査定を待つことにした。
その理由は簡単――
「……どうなってんだ、あの水晶……!?」
『こっちが聞きたいよ、椎名さんがなにかしたんじゃないの?』
……あの超常現象について、ツノウサギと意見を交わすためだ。周囲に誰もいないことを確認して、俺はついに疑問を声に出した。
ゴブリンを転移で倒したにも関わらず、炎魔法で倒したことになっている――これはいかに。
「俺は異世界転移専門家なんだ、他は何もできない」
『じゃ……じゃあ、使徒さまであるシーナさんには効果がないとか……』
「でもこの前はちゃんと判定されたぞ」
俺もツノウサギと同じ可能性を思いついていたが、効果が無いことはないはずなのだ。つい昨日、水晶が俺の回答に従って青色赤色に切り替わるのを、確かに見た。たとえ“使徒様”であっても、正しく判定されるはずなのである。
『あぁ、そっか……え、じゃ、じゃあなんで……?』
「さっぱり分からん……。……あ、実は本当に炎魔法を使ってたとか……いや、でも、主任さんも“魔力を感じなかった”って言ってたしな――……あとは、例えばアーティファクトにバグが発生してる、とか……?」
……しかし、いくら考えても正解にたどり着けるわけがない。俺達はとりあえず、『まぁ乗り切れたし、なんでもいいか』という結論に至った。
次に教会に行ったときに、一度ファーテル様に聞いてみるのもアリかもしれない……答えてもらえるのかはわからないが。
そして俺とツノウサギの会議が終わると同時に、カウンターから俺を呼ぶウィステリアさんの高い声が聞こえた。
「シーナさん、おまたせしました! 報酬のお支払いです!」
「あ、はい、今行きます」
ウィステリアさんが差し出した革製のトレイには、1万リタス硬貨が3枚、5000リタス硬貨が1枚載っていた。
「ファーレスの葉が200枚、ゴブリン討伐5体!合わせて35,000リタスです!」
「ふふ、Fランクでここまで稼げちゃうなんてスゴイですね!」
「いや、全部ツノウサギのおかげです。彼が群生地を見つけてきてくれたんで」
俺が手を振りながら答えると、カウンター奥で書類仕事に戻っていた主任さんがこちらに向き直る。
「ま、従魔の力は主人である君の実力の内っしょ」
「えぇ……そういうもんですかね……」
「また明日も依頼受けに来てな――」
俺はウィステリアさんと主任さんに見送られながら、ギルドを後にした。
◇
ギルドを出た俺は、近くの露店でツノウサギご所望の猪肉の串焼きを買い、宿へと持ち帰る。
「うーん、初任給は何に使うかな……」
『お肉、お肉にしよう』
「そうだな……冒険者としての初めての給料だし、ちょっと特別なことにも使いたいんだが……」
宿の3階まで上がり、自室の前に立ったとき、ふと303号室――ショウの部屋の扉が目に入る。
そういえば以前、ショウと『ケルナに着いたら仕事終わりに飲み歩いたりしよう』という約束を交わしたんだったか。ショウを飲みに誘って奢る――初給料としてはいい使い道かもしれない。
「の……飲みに誘おうかな」
『いいんじゃない……え、なんでそんな最終決戦に挑む勇者みたいな顔になってるの?』
「……自分から誘うのってハードルが高いんだよ……」
人を飲みに誘うなんて、これが人生で初めてなんじゃないだろうか。
そもそも一人が好きだったし、誘ったら相手は迷惑するかなとか、面白い会話もできないしな、などとぐるぐると考えた結果、自主的に他人を誘うということをしてこなかったのである。
でもきっと、ショウは良い奴だし、迷惑だなんて思ったりしないだろうし、大丈夫なはず……、うん。俺は自分にそう言い聞かせながら、303号室の扉を3回ノックした。
「は――い! あ、シーナ?」
ノックしてすぐに、部屋の中からひょっこりとショウが姿を現す。
「あー……その、今晩、飲みに行かないかなーって思って……い、忙しかったら別にいいんだけど」
「えっ、うんうん行く行く!行きたい!」
俺の提案に、ショウはぱっと表情を明るくする。純粋に喜んでくれていそうなその反応に、俺は内心ホッとした。
「今日、依頼料入ったから奢るぞ」
「あ、もうお仕事こなしたんだ? すごいねぇ、がんばったね――でも奢りはいいです、俺のほうがお兄さんだからね!」
「2歳差なんか大した差じゃないって言ったのはお前だろ……」
なんとも都合のいいダブルスタンダードだ。
まぁ、今まで世話になった分のお返しも兼ねて、奢らせてもらうけどな。
「俺は今から仕事だから、帰ったらすぐシーナの部屋に迎えに行くよ!」
「了解、待ってる」
その夜、俺とショウは街へ繰り出し、ショウおすすめの飲み屋を数件回った。
どこも老舗で長年愛されてきた店らしく、美味い料理と酒を出してくれた。それに、ショウとの会話はいつも通り穏やかで心地いい。多少の沈黙で気まずくならないし、空気を読んで喋らなきゃというプレッシャーも無い。
“気のおけない飲みに行くのは楽しい”――別れ際、建前ではない『また飲みに行きたいな』という言葉がポロリと出て、そのことに気づいた。
次の約束を取り付けながら、俺はこういう人生がずっと続けばいいな、と心から願ったのだった。
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