47. 椎名泉、初出勤する(中編)
ツノウサギが厳しい視線を向ける先には、ただ静かな森が広がっているようにしか見えないが。彼が『居る』というのなら、そこに害獣が居るのだろう。
……調子に乗って奥へ入りすぎたかもしれない。
「強い奴か?」
『や、足音が軽いし、小物っぽい。でも群れてるみたいだから……ゴブリンかな』
「……ちなみに回避ルートは……」
『無理じゃないかな。進んだら気づかれると思うよ』
「……はぁー……行くしかないかぁ」
『なんでそんなに嫌そうなの……今まで散々格上の獣と闘ってたくせに』
「今までのは巨体で猪突猛進タイプの獣が多かっただろ。だから転移させやすかっただけだ」
……だから、正直かなり気が進まない。
ゴブリンは異世界無双物で踏み台にされやすい奴だが、俺にとっては相性が悪そうなのだ。一対多の戦いになるから、一気に転移させにくいし、それに武器なども使うだろうし、普通の害獣より頭が回りそうだし……、戦闘は避けたいところだったのだが。
致し方ないと諦めめつつ、俺とツノウサギは慎重に前に進むことにした。
そして歩くこと数十メートル、木陰に隠れながら行く先の道を伺うと、確かにツノウサギの言うとおり、5匹の2足歩行の獣が群れて森の中を歩いていた。
1mほどの身長に、緑色の肌、狡猾そうな顔面、汚れた腰布。まさにゴブリンのイメージそのままだ。棍棒片手に周囲の様子を伺っているようなので、狩りの最中なのかもしれない。
『じゃ、やっちゃって、椎名さん』
「あ、あぁ……じゃあ、まず地面を【転移】」
複数相手に接近戦は避けるべし。俺はトラック型ヒノオ石をゴブリンの足元に投げつけ、2m四方の地面を転移させた。
「ギャッ!!」
「ギエエエッ!?」
ゴブリンたちは突如体が宙に浮いた感覚に声を上げ、そのうち3匹の身体は地中に消える。
『ん、いい感じじゃない?』
「いや、2匹避けられた!」
どうやらギリギリを狙い過ぎたらしい、穴に落ちる前に転移対象外だった地面に飛び移った2匹のゴブリンが残っていた。
ゴブリンたちは驚いたような表情を見せつつも、すぐに石が飛んできた方向――俺たちのいる方向に走ってきた。迫るゴブリンとの距離は、およそ20m。
「地面【転移】!」
俺はポケットの中のヒノオ石を掴み、再びゴブリンたちの足元に向かって投げつける。石が着弾した場所を基点として、再び2m四方の穴があいた。
俺に向かってきていたゴブリンのうちの1体がその穴の中に落ちる。
『おちたっ!』
「よしあと一体……!」
あと一匹は再びかろうじて穴を回避したようだ。残る敵はすぐそこまで迫ってきていたが、これだけ距離が縮まれば当てやすい。
「ならお前、【転移】――」
左手に握っていたヒノオ石を前方に向かって何発か投げつける。そのうちの一発が胴体に命中し、その瞬間、ゴブリンはフッと姿を消した。
後は穴に落としたゴブリン達をどうにかするだけだ。
恐る恐る大穴に近づくと、ゴブリン達がなんとか壁をよじ登ろうとしているところだった。
「悪いな――お前たちも【転移】だ」
俺はヒノオ石をゴブリンたちに投げつけ、異空間へと転移させる。
この場に残ったのは、俺とツノウサギの二人だけ。……完全勝利である。
『……お見事だね、椎名さん』
「あぁ、なんとかな……」
今回はツノウサギが事前に警告してくれていたおかげで、気持ちに余裕を持って倒すことができた。
とはいえゴブリンには結構な接近を許してしまったし、緊張感のあるバトルだった。棍棒を持ったえらい形相のゴブリンが目の前まで迫るのは、なかなかの迫力だ。
俺はふ――、と大きく息を吐いた。
『そういえば、これも討伐したらお金もらえるの?』
「あぁ、ゴブリンの討伐っていう常設依頼があったな。確か常設依頼は達成した後に報告しても依頼料がもらえたはずだ」
『そうなんだ、じゃ、いっぱい稼げてよかったね』
「そうだな……」
ゴブリンは一匹討伐で3000リタスだったはず。薬草と合わせておおよそ35000リタスの報酬になるのではないだろうか。実働2時間ほどでこれだけ稼げるのはありがたい。
宿代と食費……あと毎夜のアイス代を考えれば、一日15,000リタスもあれば暮らしていける。俺が望む“それなり収入を得て、そこそこ余裕をある生活を送る”というのは達成できそうである。
「俺、結構冒険者としてやってけそうじゃないか?」
『……ボクは最初から、椎名さんなら余裕だって言ってる』
「はは、そうだっけか」
とりあえず初仕事は無事達成、ゴブリンのおまけ付き。
予想が上方修正された結果にホクホクしつつ、俺は軽い足取りでギルドへと戻った。
◇
ギルド到着後、早速受付カウンターに向かう。
まだお昼時なので、冒険者の姿は相変わらずまばらだ。カウンターではウィステリアさんが、その奥では主任さんが書類仕事をしているようだった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、シーナさん!」
「え、帰ってくんの早くない?」
カウンター越しに声をかければ、ウィステリアさんは満面の笑顔で、主任さんは呆れたような声で笑いながら出迎えてくれる。
「ファーレスの葉の採取と、ついでに帰り道でかち合ったゴブリンを5匹討伐してきました」
「……それって例の極炎魔法?」
「えぇ、なんで、討伐を証明できるものが手元にないんですけど……」
「だよね――。……ちょっと、アーティファクト触ってもらっていい?」
主任さんはヘラリと笑いながら、カウンターに載せられた水晶を指差す。
俺が依頼を受けたのを見て、後で必要になると踏んで事前に引っ張り出してきてくれていたのだろう。
「わかりました。えーと、“さっき、ゴブリン5匹を討伐してき……」
「あ、待って。宣誓はゴブリンを5体を炎魔法で討伐、でどーぞ」
「え」
『えっ』
主任さんの言葉に、俺とツノウサギは驚きの声を上げる。
“炎魔法で”とわざわざ言わせるということは――俺が使っている魔法が炎魔法ではない別のものだと、疑われているのだろうか。昨日の実技試験の時になんとか納得してもらえたものと思ってすっかり油断していた俺は、内心狼狽する。
「……どうしたの?」
「あ、いや……」
俺はなるべく無表情に努めているが、主任さんは俺の胸中の動揺を見透かすかのように、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべている。
「例の極炎魔法で倒してきたんでしょ? 威力がいくら強かろーが炎魔法は炎魔法だし、嘘判定にはならんよ――」
「えぇと、それはそうですけど……」
「……昨日、ウィスちゃんから聞いたんだよね――。ウィスちゃんが君にした質問の内容と、それに対する君の答えを」
「え……」
「いくつか気になるところはあったんだけど……まぁまず、君、炎魔法で獣を倒したとは言ってなかっただろ。だから確認しとこうと思ってね」
「そ、そうでしたっけ?」
とりあえず外面はすっとぼけておくが、内心で『そうなんですよね――』と合いの手を入れる。
……ここはどう対応すべきだろうか。
周りの冒険者たちも俺と主任さんの会話に興味を持ったのか、こちらに視線が集中している気配を感じる。
「おい、アイツ噂のルーキーじゃないか?」
「あ? 灰も残さない炎魔法使いって奴か?」
「マユツバもんだな。どうせ適当に話盛ってんだろ、バカらしい」
……この公衆の面前で転移能力持ちだとばれてしまうのは避けたいな。
であるなら、主任さんに別室への移動を願い出て、洗いざらい吐いてしまうべきだろうか。これならバレる相手は彼だけで済むが……、いや、果たして話がこの2人の間だけで済むのかは分からない。
それに別室に移動したことで、他の冒険者達に何かあると勘ぐられてしまう――
にっちもさっちもいかず答えに窮していると、主任さんは俺の右手をぐいっと引っ張って、強引に水晶に触れさせた。
「ほら早く!言って、“俺は炎魔法でゴブリンを討伐してきました”って!」
「え、あ、?」
「だから、“俺は炎魔法でゴブリンを討伐してきました”!! ハイ、言えって!」
「あ、お、俺は炎魔法でゴブリンを討伐してきました!」
俺は主任さんに急かされるまま、反射的に口の中から言葉が飛び出したような状態で宣誓を行った。ツノウサギの『ちょっと、バカ!』という声が聞こえて、俺はようやく我に返る。
……や、やってしまった。
恐る恐る水晶の方を見ると――
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