46. 椎名泉、初出勤する(前編)
俺は冒険者登録したその日のうちに、ギルドで“冒険者スターターキット”的なものを購入。身動きしやすいよう作られたウェストポーチと、小さめのナイフ、防御性に優れた革のベスト、応急手当のセットを手に入れた。……これで所持金が10万リタスを切ってしまったが、必要経費だと割り切るしかないだろう。
その後、資料庫にこもって冒険者としての立ち回り方や害獣の分布、薬草の種類などについて勉強して、座学もバッチリである。
――これで、とりあえずの準備は完了。
翌日、冒険者としての初仕事を受けるため、俺とツノウサギはギルドへ向かった。
朝10時過ぎのギルドは、昨日と同様、人の姿はまばらだ。
ショウ曰く、朝イチは押し合いへし合いの状態だそうで、社畜時代の首都圏通勤電車を思い出した俺は、出勤時間をずらすことにした。……こうやってフレキシブルな働き方ができるのもフリーランスの利点の1つだな。
「さーて、仕事、頑張るか」
地球では久しく口にしていなかった前向きな独り言を呟きながら、俺は掲示板の前に立つ。
『で、何するの? 害獣の討伐?』
「うーん、いきなりハードなのは避けたいな。もっと平和的な仕事にしないか?」
『……あれだけ大活躍しといて今更なにを……」
「あ、薬草の採取は? 初心者定番だよな」
『別に、ボクはなんでも』
掲示板には、採取に相当する依頼が5枚ほど貼り出されていた。どれも F ランクなので受注可能だ。
「どれがいいかな……ファーレスの葉1枚100リタス、レムノの花1輪500リタス、アリルの実1kg1,000リタス……うーん、重いものは腰に悪いし、避けたいんだよな――」
『あ……ファーレスの葉なら、街に入るちょっと前に群生地を見かけたよ』
「お、マジか。じゃあ今回はそれにしとこうかな」
1枚100リタスとは言え、群生地があるならそれなりの成果が期待できそうだ。街に近いというのも、危険が少なそうでポイントが高い。初回の依頼としては妥当なところだろう。
俺は掲示板の紙をはがして、受注のカウンターへと持って行った。カウンターの向こう側には、昨日世話になった主任さんが座っている。
「おはようございます。すみません、これ受けたいんですけど……」
「はよ――……え、薬草採取? 害獣討伐じゃなくて?」
「いきなりそれはレベルが高いかなって」
「えぇ……あんだけやれる癖に慎重すぎんか……まぁ、無駄死にされるよりはいーけど。……おけ、了解。いってら――」
主任さんは依頼書を持った手をひらひらと振る。
……相変わらず雑な対応だが、なんとも憎めない人である。
俺は主任さんに『行ってきます』と返しながら、初仕事へと向かった。
◇
出発から数10分、俺とツノウサギはケルナの街の外に出た。
街の出入りはまた“れいめいの門”の列に並ばなければいけないのかと思ったが、外に出るときに短期外出証を貰えば、別の入口から外出証のチェックだけで出入り可能らしい。
ツノウサギの先導で、俺は街道沿いにある森の前にたどり着いた。
『ここだよ』
「お、すごい。確かにいっぱいあるな。早速摘んでいくか」
ツノウサギが教えてくれた場所には、確かに数十本のファーレスの葉が茂っていた。その葉は真円に近く、草木の中でも見つけやすい。
「えっと……根は残した状態で、上の葉っぱだけちぎる、と」
『じゃ、ボクは周りを警戒してるね』
「あぁ、悪いな」
俺は害獣の気配が全く分からないし、こういうときにツノウサギが味方でいてくれるのは助かるんだよな。
俺は頼りになる相棒に警戒を任せつつ、無心で葉をちぎっていった。
「さて……結構集まったな」
十数分もすれば、手元には30本ほどのファーレスの葉が集まる。これでこの辺はあらかた取り尽くしてしまったから、もう少し稼ぎたければ捜索範囲を広げなければならないだろう。
「おーい、ツノウサギ?」
少し移動することを伝えようと声を上げるが、辺りにあのもふもふの薄い灰色の体が見当たらない。
どこかに行ってしまったのだろうかと辺りを見渡していると、森の少し奥の木陰から、ひょこりとウサギの姿が現れた。
『――椎名さん、このへんに住んでる同族に話聞いてきたんだけど、奥にもっと生えてる場所があるんだって』
「え、すごいなツノウサギ情報網」
『ほら、こっち』
ツノウサギは森の奥へ誘うように手招きする。
……とはいえ、このまま森に足を踏み入れていいものだろうか。薬草採取で荒稼ぎは魅力的だが、奥へ入るのは少し抵抗がある。昨日読んだ本にも、『初心者は森の奥には入らるべからず』と太字で書いてあったし。
「なぁ、森の奥って強い害獣が出るんじゃなかったか?」
『だから、何をいまさら……椎名さんなら大丈夫でしょ』
「えー……うーん、まぁ確かに、もうちょっと稼ぎたいしな……」
あまり気は進まないが、……まぁ、ツノウサギがいれば害獣の奇襲は避けられるか。ある程度心の準備ができていれば、俺も余裕をもって対応できるし。貯金もかなり心もとないし、稼げるときに稼いでおきたいしな。
俺は奥に進むことを決め、ツノウサギの案内に従って足を進めていった。
歩くこと十数分、俺とツノウサギは視界いっぱいに広がる壁に行き当たる。元々何かの建物だった一部が崩落しているようだ。
『この先だよ』
ツノウサギが前足で示した先には、幅20cm程度の小さな隙間が空いていた。ツノウサギくらいなら通れそうだが、成人男性が通れるほどの余裕はなさそうである。
「この先って……俺はその隙間通れないぞ」
『転移させたら行けるでしょ』
「あ、そうだな。じゃあ【転移】」
壁の一部にトラックストラップを当てながら、50cm程度の穴が空くように念じる。その瞬間壁の一部が消え、穴の向こうに廃墟の空洞が見えた。地面には植物が生い茂っており、ツノウサギが言うようにファーレスの葉もかなり混ざっていそうだ。
「おおー……これは……すごいな、穴場だ」
『でしょ。ヒトが来ないから手つかずになってるんだって』
……なるほど、確かにこれだけの瓦礫をどかしてまで探索しようとは思わないだろう。俺はツノウサギとその仲間に感謝しつつ、早速採取に取り掛かった。
「えーと、こっちがファーレス、これはただの草、こっちは採取、こっちは雑草、……」
『椎名さん、こっちにもあるよ』
「お、ありがとな」
周囲は草木が伸び放題の状況だったが、ツノウサギと手分けして探索しつつ、葉っぱをちぎっていく。
数十分も経つと、ファーレスの葉の山が出来上がった。
「ふ――……腰痛くなったきた」
出来上がった薬草の山に視線をやりつつ、俺は腰を伸ばすように立ち上がる。
しばらくしゃがんだまま仕事をしていたせいで、腰を捻るたびにゴキゴキと嫌な音が鳴る。
『けっこう集まったね』
「あぁ、200本くらい集まったんじゃないか? 1本100円だから、20,000リタスか」
『それって焼きボア何本分?』
「えーと……65本? くらいだな」
『大儲けだ』
「あぁ、草毟りで時給20,000円はかなり割良いな……」
……本来は、もうちょっと大変な依頼なんだろうな。
あまりにもあっけなく稼げてしまって、実感がわかないが。本当なら生息地の捜索から始めなければいけなかったところ、ツノウサギのアシストのおかげであっさり終わってしまった。イチから森の中を探す労力を考えると、彼がいてくれるありがたみがよくわかる。
『ねぇ、もういいんじゃない? 早く帰ってご飯にしようよ』
「もう昼過ぎか……、分かった、そうしよう」
一応携帯食を持っては来ているが、うまいもんじゃないしな。
すっかりヒトの料理の味をしめたツノウサギは、ちゃんとした飯が食いたいんだろう。本日のMVPである彼の希望は聞き入れるべきだ。
俺たちはケルナに戻るべく、もと来た道を引き返すことにした。
……が、森の小道をしばらく歩いていた時。ふいに、ツノウサギの足がピタリと止まった。
『――待って、椎名さん。近くでけものの気配がする』
「……マジか」
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