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45. 椎名泉、冒険者になる(後編-2)

「あれ、シーナさん知らないんだ? 登録料を免除した上での合格ってやつだよ。あと登録後のランクアップが一般合格より加速する」

「……え、マジか」

「ギルドとしては優秀な人間を逃したくないからさ――、そーいう人はタダで登録してるんだわ」

「なるほど……、ありがたい、助かります」


 現状貯金に余裕があるわけではないので、10万リタスが浮くのは大助かりだ。

 しかし、礼を言う俺に対し、主任さんは肩をすくめて笑った。


「ま、君ほどの人間ならすぐに10万リタスなんかはした金になるっしょ」

「はは……どうですかね……」


 10万円――地球での俺の給料の約2/3に相当する大金だ。それが“端金”になるときが来るなんて、想像もできない。

 そもそも、俺はある程度余裕のある収入を得たいだけで、あんまりガツガツ稼ぐつもりもないしな。


「もう……仕方ないですね、では最後にギルドタグをお渡ししますので、受付へどうぞ!」


 どうやら主任さんの勝手を受け入れたらしい、ウィステリアさんは疲れた表情から復活し、俺たちは揃って再びギルドホールへと向かった。


 ウィステリアさんは『少々お待ちくださいね』と言い残して、受付の奥の方へ向かっていく。

 カウンターに1人残った主任さんは、独り言のようにぽつりと呟いた。


「――にしても、あんな炎魔法あるもんなんだ。おれ、初めて見たわ」

「そ……そうなんですか? でも最近、王都にすごい炎魔法使いがいるって聞きましたよ。俺みたいなのも、実は結構いるんじゃないですかね?」

「……あぁ、彼か。……なるほどね」

「主任さん、その魔道士を知ってるんです?」

「あぁ……、ちょっとね。先月まで出張で王都にいたし。……まぁ、アレに似てるっちゃ似てるかもな」


 主任さんは腕を組みながら、含みのある声で頷いた。

 ……どういう反応なんだ、それは。どこか納得したようでもあり、どこか釈然としないような声色だ。


 気になりはしたが、それきり主任さんは黙ってしまった。深く追求するとボロが出そうな気がするので、とりあえずほうっておくのが正解だろう。


 そのうち、ウィステリアさんが2枚の小さな札を下げてカウンターへと戻ってくる。


「お待たせしました! こちらがギルドタグです。ずっと身につけておいてくださいね」


 ウィステリアさんが差し出したのは、革紐が通された小さな木片。片面には自分の名前と、ランクを示す“F”の文字が焼き入れてあった。

 

「依頼を受けるときは、依頼書とこのタグを受注カウンターまでお持ちくださいね」

「わかりました、ありがとうございます」

「ありがとうございま――すっ!」


 俺とアカシアさんはタグを受け取り、早速首にかけた。


 ……うん、冒険者って感じだ。


 社会人として初めてスーツに袖を通した時――いや、それ以上の満足感に心が満たされる。


「じゃあワタシ、早速依頼を受けますねっ!」

「え、もう行くのか。早いな」


 さすがいつでも超全力のアカシアさんだ。ちょうどお昼時だが、きっと憧れの冒険者になれてウズウズしているのだろう。


「良かったらシーナさんも一緒に行きません――っ?」

「……え、いや、アカシアさんの足手まといになりそうだし、それはちょっと……」

「エ――ッ、足手まといになるのはどっちかって言うとワタシじゃ……」

「そ、それにいろいろ準備も要るからな。活動開始は明日からにするよ」


 アカシアさんは心底不思議そうな顔で首をかしげているが、彼女とは冒険者としての素地が違いすぎる。……どうあがいても俺が途中で体力が尽きてギブアップする未来しか見えないのだ。


 ……とはいえ、ここで正直にそう言ってしまえば、『じゃあシーナさんに合う依頼にしましょ――う!』とか気を遣われてしまいそうなので、俺は当たり障りのない理由でそっとお断りすることにする。


「んー、確かに……装備とかいろいろ揃えるもの、ありますもんねっ! それじゃワタシはお先に行ってきます――っ!」

「あぁ、いってらっしゃい」

「気をつけてね、怪我しないようにね――!」


 トップスピードで走っていくアカシアさんに、俺たちは手を振って見送った。


「さてツノウサギ、俺達はいろいろ準備するか」

『それがいいね』

「なら、ギルドで初心者装備一式を売ってるから見てみたら? あとあっちに冒険者用の資料室があるよ。たしか“冒険者の心得”みたいな本が何冊か置いてあったんじゃないかな」

「マジか。それは助かる」


 これから装備品を売ってる店を探してあれこれ見て回るの、なかなか大変だと思ってたんだよな。スターターパックがあるならありがたい。


「……じゃ、もう俺は居なくても大丈夫かな?」

「あ……やっぱ気ぃ遣って来てくれてたんだな。付き合わせて悪かった」


 予想はしていたが、ショウが来てくれたのは世間知らずの俺を一人でギルドへ行かせるのが憚られたからだったようだ。仕事もあるだろうに、付き合わせてしまって申し訳ないことをしたな。


 しかし俺の胸中をよそに、ショウはふわりと笑って俺の肩を叩く。


「気にしないでいいよ。シーナって変に抜けてるとこあるから心配だったんだけど、俺、あんまり必要なかったね」

「いや、来てもらえて助かったよ、本当に……」


 ショウとアカシアさんの力がなければ、ウィステリアさんの質問攻めにうまく答えられなかったかもしれないしな。

 そういう意味で来てもらえて非常に助かったが、そうした事情を何も知らないショウは首を傾げている。


「そ……そう? もし本読んでわかんないことあったらいつでも聞いてね」

「あぁ、ありがとう」


 ショウの気遣いに礼を言いつつ、俺達は手を振って別れた。







 さて、椎名泉が冒険者登録に成功した、その日の夜。


 ケルナギルドの休憩室では、2人の職員――ギルド受付のウィステリアと受付主任ユーが隣り合ってソファーに腰掛け、休憩を取っていた。


「はぁ――……にしても、今日の新人さんはふたりともすごかったですよね……! まぁ、私的にはいっっつもちゃらんぽらんなユー主任があそこまでの魔法が使えるのにも驚きましたけど――」


 ウィステリアが興奮気味に話すに対し、ユーは組んだ足に肘を載せて顔を支えつつ、神妙な面持ちで一枚の書類――椎名とアカシアの冒険者登録用紙をを眺めていた。


「…………」

「……あの……主任?」

「……ウィステリアはあの子たち見て、どう思った?」

「どうって……」


 ウィステリアはユーの言葉に戸惑いを見せる。

 彼女が彼らに抱いた印象は“規格外の魔法使い”――それ以上言い様が無かったのだ。


「――あの子達、全員どっかおかしーんだわ」


 ややあって、ユーは書類から顔を上げ、ウィステリアの顔を見上げた。


「おかしい……、ですか? 確かに、皆さん規格外ではありましたけど……」

「例えばあの女の子――なんか()()()()()()がするんだよね」

「え」

「パッと見、使ってるのが純粋な雷魔法じゃなさそうだった。……少なくともフツウの女の子じゃあないな」

「じゅ、純粋な雷魔法じゃない雷魔法ってなんですか、それ……」

「なんか、不純物が混ざってる感じすんだよね――……。それがなんなのかは、よく分からんけど」

「え? え?」


 普通に高威力の雷魔法が使える少女――そう思っていたウィステリアは、ユーの話に目を白黒させる。


「それから、シーナって子――……あれは本当に炎魔法でやってんのかねぇ? あんなん見たことないわ」

「でも実際、シーナさんみたいな炎魔法使いが王都にいるんですよね?」

「……まぁ、確かに“奴”は超高威力の炎魔法が使えたよ。ただし当然、燃やすだけだから骨や灰は残る。あの子のはそれすら残さないだろ。奴の魔法の上位互換なのか、それとも、あるいは――全く違う魔法なのか……」

「うーん……炎魔法以外で相手を消滅させられそうな魔法なんか、ありますかねぇ……」


 ユーの考察は正解ではあったが、“魔法は6属性のみ”というこの世界の常識に縛られるウィステリアは、それ以上の発想に至れない。ユー自身も、彼女の質問に答えが見出せないまま、話を続ける。


「……ま、確かに2人の魔法に共通点はあったけどね。尋常じゃない魔力量があるっていう点と――()()()()()()()()()()()

「詠唱……ですか?」

「まぁ、ちゃんと聞き取れたわけじゃないけどね。王都の魔道士は“ファイアーボール”、シーナって子は“てーい”……みたいな発音だったかなぁ」

「……んん? 王都の魔導士さんの方は意味はわかりますけど、珍しい詠唱ですね。シーナさんの方は……どういう意味でしょう、共通言語じゃないですよね?」

「恐らくは。地方言語なのかもな。一体何者なのやら……」


 ユーは半ば諦めたように、背中をソファにどっと預ける。


「まぁ、シーナって子とアカシアって子は、ジャッジメントの判定から見て悪い子じゃないのは間違いないかから、いいんだけどね。問題は奥の子なんだわ――」

「……えっ……奥の、って、えっと、ショウさんですか!?」

「そ。あの子も何かあるよ」


 ウィステリアはユーの思いがけない言葉に声を上げる。ショウは今回の冒険者登録には一切関わらず、超級新人たちを後ろでニコニコ見守っていただけの存在だったからだ。


「彼、魔力量含め、実力が一切読めなかったんだよ。“雷魔法使いで、アカシアって子より出力がずっと低い”――そう自称してるけど、あれは絶対にウソ。少なくともおれに対して力を隠蔽できる程度の実力はあるわけだし。それにジャッジメントにも触ってないから、いい子か悪い子かもわかんねーし……」

「そ……そうなん……ですか」

 

 ユーの話は、ウィステリアにとってよく分からない次元の話だった。

 とはいえ、昼間の実技試験の様子から、彼が魔法の熟練者であることは彼女も察している。ゆえにその言葉に間違いはないのだろうと、小さく頷いた。


「――とにかく、あの子たち皆只者じゃない。全員どこかおかしくて、全員ワケアリだ」


 ユーは話はここまでと言うように、資料を目の前のテーブルの上に放り出す。


「……今の話、他言無用ね。2人共危険人物ってわけじゃないし。確信はあるけど、所詮おれの感覚頼りの憶測にすぎないから」

「わ、わかりました」

「……あぁ、それと――ウィスちゃん、シーナって子にした質問の内容……全部覚えてる?」


 ユーは薄い笑みを浮かべながら、ウィステリアに問うた。


お読みくださりありがとうございます。

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