44. 椎名泉、冒険者になる(後編-1)
「んじゃ、おれとやろっか」
主任さんは組んでいた腕を解きながら、俺と標的の岩との間に立ちふさがった。
「え……それってどういう」
『――椎名さんっそいつ魔法使う気だよ!』
どういうことですか、と続けるはずだった言葉は、ツノウサギの叫び声に遮られる。
「【氷よ】、【氷よ】――」
主任さんの手元を見れば、冷気のような白い気体が漂い、その下の地面ではパキパキと小気味良い音と共に氷が生み出されていた。
「え、あ、あの、主任さん?」
「ちょ、ちょっと主任なにやってんですか――っ!?」
主任さんが詠唱するたびに、足元からズズズ、と氷塊が生み出される。
……あれは確実にこちらに飛ばしてくるつもりだろう。
ウィステリアさんにとっても想定外だったようで、焦ったように叫んでいるが、主任さんに止まる様子はない。
「――【氷よ】!」
主任さんの鋭い声が上がるとともに、氷で出来た巨大な壁が、大波となって俺に襲いかかろうとする。あまりの迫力に飲まれそうになりつつも、俺はとっさにポケットに手を突っ込んでヒノオ石を掴んだ。
「て、【転移】!」
そして取り出したヒノオ石を、氷全部転移、と念じながら氷塊にぶつけた。
ヒノオ石は無事着弾し、そこを起点に氷壁は視界から消滅する。
「…………は……、」
消えた氷壁の向こう側に、主任の険しい表情が見える。掴みどころのないへらっとした印象の男だったが、その表情が崩れた初めての瞬間だった。
「ちょ、ちょっと、ウソ、ウソでしょ!? あの氷が全部消された……!?」
「おいアイツ、今度は氷魔法を消しやがったぞ!!」
「炎で蒸発させたってことか!? あの規模の氷塊を!?」
「つかあの受付野郎、あんな上級魔法使えたんか!? あんなんB……いや、Aランク以上の魔法なんじゃ――」
ウィステリアさんが驚いて声を上げるのを皮切りに、2階のギャラリー席もどっと盛り上がりを見せる。
「…………、ちょっと信じられねーな――【氷よ】、【氷よ】!」
主任さんは再び、詠唱とともに氷を生み出していく。
『左へ!椎名さん避けて!』
その時、丁度背後から聞こえたツノウサギの声に合わせて、俺は左へと飛び退いた。
瞬間、主任さんが撃った氷魔法が、先程まで俺が立っていた位置に着弾する。地面は深く抉れ、凍りついた状態になっていた。
「うーん、反応速度も悪くない……? や、優秀な指揮官くんがいるって感じかな?」
一歩間違えれば大怪我――というか、普通に死ぬ攻撃をおみまいしておきながら、主任さんはさして気にした様子もなく、俺の背後にいるツノウサギの方にチラリと視線をやった。
「お、おい待て! 見ただろ俺の魔法、まともにやって当たったらあんた死ぬぞ!」
攻撃の手が止んだ隙に、俺は慌てて声を上げる。
……人間相手に転移能力を使うつもりはないため、完全なハッタリだが。
地面の抉れ方と魔法の規模から察するに、この主任さんは多分、かなり、すごく、魔法がうまい。今まで戦ってきたひったくり犯や窃盗団とは完全に次元が違う――この男、ただのギルド受付主任というわけではないんじゃないだろうか。
とにかく戦闘を避けたくて中断を試みるも、主任さんはへらっとした表情で笑ったままだ。
「あっはは、やだな、おれを殺すつもりかよ。火力はちゃんと落としてくんないと――」
「で、できないんだよ、それが! 俺の魔法は0か1か、生きるか塵になるかの2択だ、手加減はできない!」
「へぇー……そりゃまた変わった大魔道士様だ」
……どうも引いてくれる気はなさそうだ。
とはいえ、このままマトモに相対していれば、確実にこっちが怪我させられてしまうだろう。“炎魔法使い”という主張が苦しくなるが、地面を転移させて主任さんを地中に落としてしまうべきだろうか――
そう思案していると、再び背後からツノウサギの慌てた声が上がる。
『!! 上、椎名さんっ!!』
その声に反射的に顔を上げれば、いつの間にか直径3mほどの氷塊が宙に浮いていた。先ほど2回詠唱していた内の一発が、この上空の氷塊だったのかもしれない――真っ直ぐ下に落ちてくるそれに目を瞑りそうになりながらも、なんとか左腕を振りかぶる。
「てっ……【転移】!」
ギリギリのところでタイミングが合った。
左手に通したトラックストラップと氷塊が事故を起こした瞬間、氷塊はふっと消え失せる。
「は……ッ、あ……あっぶねぇ……!」
……一瞬でも気づくタイミングが遅かったら、巨大な氷塊に圧死させられていたところだ。
すぐそこまで迫っていた危険に、心臓の鼓動が速まり、呼吸が細切れになっていたことに、遅れて気づく。
「…………ワォ、ほんとにびっくりだわ」
主任さんは巨大氷塊が消滅するのを見てついに諦めたのか、肩をすくめながら降伏するように手を振った。
「……いや、こっちがびっくりなんだが……」
『まったくだね……お疲れ、シーナさん』
俺は切れ切れになった呼吸を整えつつ、大きく安堵の息を吐く。
それと同時に、ウィステリアさんが怒りに頬を膨らませながら、後ろからずかずかと歩み寄って来た。
「わお、じゃないですよちょっと――っ!!新人さんになんてことすんですか、信じらんない!!バカじゃないですか!?バカなんですね!?」
「や――、新人とはいえこんだけの魔法が使える子なんだから問題無いっしょ。それに戦い慣れてないみたいだからさ、こーやって突然襲われる経験積んどいたほうがいいって」
「だ、だからってぇ……!」
「はは……、それはまぁ、一理ありますね……」
ごもっともすぎる主任の言葉に、俺は乾いた笑いを漏らした。
確かにいきなり戦闘が始まって驚きはしたが、いざというとき、獣や無法者相手に“突然襲ってこないでくださいよ”なんて言えないしな。
「……それより、君の話――対象物を灰も残さずに燃やす炎魔法だっけ? それにしては炎の欠片も見えなかったんだけど?」
「あーその、燃焼が爆速すぎて、炎が見えないんですよ」
「ふうん……そりゃすごいね」
「うぅ……、ジャッジメントが嘘じゃないって判定してるってことは、そうなんですよね。うぅ……疑ってしまってすみません、シーナさん、ファーテル様………!」
ウィステリアさんは水晶の結果をすぐに飲み込めなかったことを悔やんでいるようで、申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
別に俺は、というかファーテル様もそんなこと気にしないと思うが、信心深いというか、真面目な性格だな。
「いいですよ、納得してくれて良かったです……。それで、俺は合格ですか?」
「ん? んー、だね、合格、合格」
「や、やった、ありがとうございます!」
主任さんのゆるゆる合格発表に、俺は思わず明るい声を出す。
地球で長かった就活が終わったときよりも嬉しい。これで俺も晴れて異世界冒険者デビューだ!
「やた――っおめでとうございます、シーナさんっ!」
「おめでとう、よかったね!」
「ありがとう。ツノウサギも、さっきは助かった」
『……べつに、ボクは従魔としての仕事をしただけだから』
ショウやアカシアさんは自分のことのように喜んでくれた。ツノウサギも言葉は平坦だが、一仕事こなしたことに満更でも無さそうな声色だ。
アカシアさんが手を差し出したのにつられて、3人と1匹でハイタッチししつつ、新天地での就職を喜んだ。
「あ、そうだ。合格ついでに君ら2人は特待合格にしといてあげるよ」
「え――っ、ワタシもいいんですか――っ!?」
「すごいね、おめでとう2人共!」
……特待合格?
俺が主任さんの言葉に首を傾げる一方で、アカシアさんとショウはさらに嬉しそうな声で盛り上がっている。
そして彼らだけではなく、2階のギャラリー席の冒険者や職員達もざわざわと声を上げていた。
「マジかよ、特待……? 初めて見たぞ」
「あの制度、マジで使うことあんのかよ……」
……どうもただごとではないようだが、全く話についていけない俺は、一人首を傾げる。
「ちょ、主任!? ギルマスの許可もないのに勝手に……!」
「ま、事後報告しとけばいーんじゃん?」
「そんな勝手なぁ……!」
飄々とした態度で手を振る主任んさんに対し、ウィステリアさんはがっくりとうなだれている。
進んでいく話の中、俺は遠慮がちに手を上げた。
「……あのー、特待合格って、何です?」
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