43. 椎名泉、冒険者になる(中編−2)
アカシアさんは悪意ゼロ善意100%のキラキラとした目で、ウィステリアさんに話しかける。
「シーナさんね、なんとなんとっバーストウルフも倒せちゃうんですよ――っ!」
「あ、ちょ、アカシアさん……!」
「ば、バーストウルフ!?」
慌ててアカシアさんの口を塞ごうとしたものの、時すでに遅し。
ウィステリアさんは目を見開き、カウンターから身を乗り出すように聞き返した。
「そうなんですか、シーナさん!?」
「え、あ、いや、その」
バーストウルフは上級害獣だと聞いていたし、そんなものを倒せると思われては期待値が妙に上がってしまうかもしれないと思い、あえてサンプルとして挙げなかったのだ。
“えっあれってそんな強い魔物だったのか?”のような異世界物お決まりのコースは辿るまい――そう思って、旅の道中2人から害獣基礎知識講座を受けてたというのに……!
そんな俺の思惑を知るツノウサギは『あー……』と諦めたような声を出している一方、そんなことを露も知らないアカシアさんは意気揚々と俺の戦歴を披露する。
その表情からは『シーナさんのいいとこ、もっといっぱい知ってもらわなきゃ!』という思いが簡単に読めた。彼女は純粋に、俺が冒険者として成り上がるためのアシストをしてくれているのだ。
「すごいでしょ!? シーナさんは大魔道士さまなんですよっ!」
「ア、ア、アカシアさん、ごめん、ちょっと待っ」
「本当なんですか? それが事実なら、シーナさんはBランク以上の力の持ち主ということになりますが……」
「い、いや、俺はBランクだなんて、そんな強いレベルじゃない――」
「!? 今、水晶、赤くなりましたよ!?」
「え、嘘」
ウィステリアさんの指摘を受け、慌てて手元を見ると、確かに水晶が赤く光っていた。直前の俺の台詞、『俺はBランクほど強くない』を受けて切り替わったのだろう。
とはいえ、先程のようにはっきりとした赤色ではないため、“概ね嘘寄り”というような判定だろうか。転移能力は最強とも呼べる能力ではあるが、使い手の俺の実力に左右されるところも大きい――俺のポテンシャルを勘案した上で、こうした微妙な判定が下りているのかもしれない。
……なんにせよ、“Bランク以上の実力がある可能性が高い”ということが証明されてしまったことになる。
「シーナ、ほとんど1人でバーストウルフを倒してたからねぇ。それも一撃で!」
「た、単独でバーストウルフ!? 一撃で!?」
「倒したっていうか消し炭だったよね。いや、灰も残ってなかったっけ?」
「消し炭!?灰!? 本当なんですか!?」
俺が呆然としている内に、遂にショウからの援護射撃(?)まで入ってしまった。ウィステリアさんは信じられないという表情で、次々とショウに合いの手を入れる。
さらにその盛り上がりを聞いてか、周りの冒険者たちのザワつきが大きくなった。
「……おい、聞いたか? アイツ、バーストウルフを単独撃破だと」
「ハッ、流石に嘘だろ、あんなモヤシにそんなことできるかよ」
「アレがBランクぅ?とてもじゃねぇがそうは見えねぇな!」
「でもジャッジメントの判定は絶対だろ?」
「それはまぁ、そうだけどよ……」
冒険者たちは各々言いたい放題言いつつ、俺と水晶に注目している。
……この状況で誤魔化すのは、流石にもう無理だな。
俺はついに諦めの境地に至った。せめて嘘にならない言い回しで話を繋げられそうな今、肯定したほうが良いだろう。
「あぁ、間違いなくバーストウルフは一撃でこの世から(転移させて)跡形もなく消し飛ばしたぞ……」
「え、えぇえ……!?」
俺が無の表情でそう告げると、ウィステリアさんは気の抜けた声を上げながら後方へふらついた。その視線はすぐに手元にある水晶玉にたどり着くが、先ほどの俺の発言をもって、色は既に青色に切り替わっている。
「……う……嘘は、ない……ようですね……」
「はい、嘘はないです」
「……しかし、にわかに信じがたいです……。バーストウルフを一撃で灰も残さずに滅する炎魔法――そんなものが現実に存在するなんて……」
「あー、なら、見せましょうか?」
「うーん、そうですね……」
ファーテル様のアーティファクトを信じていないわけではなさそうだが、彼女の思考回路が現実に追いついていないようだ。
ウィステリアさんはしばらく首をひねった後、カウンターの奥の部屋に向かって大きな声を出した。
「主任、ユー主任! ちょっとよろしいですか?」
ユー主任――そう声を掛けてからしばらくすると、茶色がかった金髪の男が奥の部屋から現れた。仕事中だったようで、書類に目を落としながらこちらに向かってくる。
「んー?どした、ウィスちゃん」
歳は俺やショウと同じくらいだろうか。その緩い口調や外見は、大学の陽キャグループに居そうな印象の男である。
男はウィステリアさんと同じ紺色のポンチョを着ているが、入っているラインの数が多く、バッジなども着用していることから、一目で上の方の人間だということが見て取れた。
「ユー主任、こちらの冒険者の方なんですが……」
のそのそと現れた上司に、ウィステリアさんは先程までのやり取りを説明していく。一通り話を聞き終わった主任さんは、『ふうん』と呟きながら腕を組んだ。
「なるほどなぁ。確かにそんな魔法は聞いたことないけど――まぁ、実技試験で一回見せてもらえばいんでないの。ジャッジメントに間違いはないと思うけどねぇ――……」
「……え、実技試験?」
思いがけない主任さんの言葉に、俺はピシリと固まる。
……いや、そうだよな。今まで気づかなかったが、異世界物でも実技試験はありがちな展開だ。転移能力を見せるだけならいいが、他にテストされる項目がハードな内容だったら試験に通らないかもしれない。
「ここの裏手に専用のお部屋があるので、そちらまでお越しいただけますか?」
「ま、君なら余裕っしょ。……さっきの話が嘘じゃないならね」
「や……どうですかね……」
……転移能力はともかく、地はアラサー社畜だからな。
俺は一抹の不安を抱えつつ、ウィステリアさんと主任さんの後ろを着いていった。
◇
案内されたのは、カウンターの奥の部屋。
そこには体育館半分程の大きさの吹き抜けスペースが広がっていた。吹き抜けの2階部分は客席のようなスペースがあり、先程の騒ぎを聞いていた冒険者や職員たちが見物のために駆けつけているようだ。
そして部屋の奥には、大きな傷や焦げ跡などがついた大岩や巨木がいくつか鎮座していた。
「じゃーまずは君からお願いしよーかね。あっちの標的、どれでもいいから魔法撃つか武器で攻撃して」
主任はそう言って、アカシアさんを指差した。
ご指名を受けたアカシアさんはやる気満々といった様子で、腕まくりしている。
「はーいっ1番手アカシア! 超全力でいっきまーす――【雷よ】!」
短い詠唱とともに、アカシアさんの手のひらから雷撃が迸る。それは20mほど先の大岩に直撃し、岩は木っ端微塵に吹き飛ばされた。その様子を見て、2階客席からはどよめきが起こっている。
流石に凄いな、と思いながら眺めていると、隣の二人――ウィステリアさんと主任さんの様子がおかしいことに気づいた。
「………え、えぇええっ!?」
「うっわ――……これは一周回って引くわ――……」
ウィステリアさんは呆然とした表情で腕の中の書類を床に落とし、主任さんも苦い顔で笑っている。
「……なんかすごい妙な反応じゃないか?」
ツノウサギとショウにだけ聞こえるような声で呟くと、2人は若干呆れたような表情で笑いながらも答えてくれる。
『あたりまえでしょ。アカシアさんの魔法もたいがい規格外だよ』
「雷魔法ってただでさえ珍しいのに、アカシアさんの威力は異常だからね。ほら、俺の雷より何倍も強いでしょ?」
「……確かに」
当のアカシアさんはというと、そんなギルド職員達の動揺をよそに、やりきった笑顔で俺達の方へ走ってくる。
「うふふっどうですか、ワタシ、合格ですか――っ!?」
「あ――……うん、いいよ、おっけー、合格、おめでと〜〜」
「やた――っ! これでワタシも冒険者だ――っ!」
思わず脱力しそうになる主任さんの雑な合格判定に、アカシアさんはぴょんぴょんとその場で跳ねた。
「凄いな、おめでとう」
「おめでと、アカシアさん!」
「えへへっありがとうございまーっす!」
アカシアさんはショウにがしがし頭を撫でられて嬉しそうだ。
まるで兄妹みたいだな、と微笑ましい気持ちで眺めていると、主任さんにポンと肩を叩かれる。
「じゃ、次は君な、シーナさん」
「あ、はい」
……とりあえず、ヒノオ石を投げて転移させればいいか。
主任さんに促されるまま、先程アカシアさんが立っていた位置……より、しれっと少し前に立つ。理由は簡単、俺の投石能力の限界がまだ検証できていないからだ。
標的との距離は、およそ20mに満たないくらい。
……まぁ、流石に届くはずだよな。中学の時、ハンドボール投げで20mは飛んだし、……うん。これで石が届かず不発に終わったら恥ずかしすぎる。
「ツノウサギ。悪いけど、思いっきり投げるから降りてくれ」
『うん、了解』
ツノウサギはぴょんと肩から飛び降り、華麗なフォームで着地すると、じっと俺を見上げた。
『……がんばって、椎名さん。さすがにコレ外しちゃったらかっこ悪すぎるよ』
「そっ……そうだな……」
俺は呼吸と姿勢を整え、トラック型ヒノオ石を握った左手を、思い切り振りかぶる。放たれた石は、まっすぐ前へと飛び出した。石はぐんぐんと飛距離を伸ばし、遂に標的の一つ、巨木にぶつかる。ゴッという衝突音と共に、木は瞬時に姿を消した。
「わ――っシーナさんさすがですっ!」
「うんうん、きれいに燃えたねぇ!」
「あぁ、ありがとう」
ショウとアカシアさんはいい加減転移能力に慣れてしまったのであろう、特に驚くこともなくパチパチと手を叩いている。
「え、う、ウソ……! ウソでしょ、本当に……!」
「……わー、マジかぁ」
一方、初見のウィステリアさんは呆然とその場に立ち尽くしていた。主任さんも驚きが一周回ったのか温度のない声で笑っている。2階のギャラリーもどよめきが大きくなり、あちこちで大声が上がった。
「き、き、き、消えた!? マジで消えやがったぞ!! どうなってやがる!?」
「あいつ炎魔法使いなんだよな!? 炎なんか見えなかったぞ!!」
「信じられねぇ、何が起こったんだ!?」
彼らは皆、身を乗り出すように1階を覗き込んでいた。騒ぎが大きくなったのか、心なしか先ほどよりもギャラリーが増えているように見える。
……あまりこの大騒ぎの中に長居したくないな。
俺は未だに呆然としているウィステリアさんと主任さんに声をかけた。
「それで、どうです? 合格ですか?」
「え、あ、は、はい、うん……そ、そう……ですね! いいですね、主任――」
そう言ってウィステリアさんが振り返った先には、主任さんが腕を組みながら薄い笑みを浮かべていた。
「……ん――、そだねぇ――……」
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