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42. 椎名泉、冒険者になる(中編−1)

 水晶まであと1cm――そんな距離まで指先が近づいた時だった。


『ま、まって椎名さん、だめ、まって!』


 肩に乗っていたツノウサギから鋭い声が上がると同時に、肩が一瞬沈みこむ感覚、次いで伸ばした左手に重い衝撃が走った。


「い"ッ!!?」

「ツ、ツノウサギさん――っ!?」


 あまりの痛みと衝撃に呻くと、傍で見ていたアカシアさんから悲鳴のような声が上げる。

 一瞬過ぎて何が起こったのかよく分からなかったが、おそらく肩から飛び降りたツノウサギが俺の左腕にウサキックをかましたのだろう。一瞬骨が折れたかと思った。

 腕を蹴り飛ばしたツノウサギはそのままカウンターに着地し、焦ったような顔で両前足を振っている。


『もう、なに言うつもりだったの……! 椎名さんは“人間じゃない”って判定されるかもしれないでしょ、使徒さまなんだから!』

「え!? あ、そ、そうか……!」


 ツノウサギの言葉に、俺はハッとする。


 俺自身は『自分は人間である』と認識しているが、この世界のアーティファクトがどんな判定を下すのかは分からない。それこそツノウサギが言うように、神から授かった力がある、イコール使徒、イコール人間ではない――そういう判定がされる可能性はゼロではないだろう。これでもし嘘判定をされてしまったら、大騒ぎになるどころの話ではない。


「え……、だ、大丈夫、シーナ?」

「ど、どうしたんですかおふたりとも!? けんかですか――っ!?」


 ツノウサギの声が聞こえないショウとアカシアさんは、心配そうな表情で俺達を交互に見ている。

 ……傍から見たら、急にツノウサギが俺を攻撃したようにしか見えないからな。


「い、いや……はは、なんでもない。蚊でもいたんじゃないか?」

「え、蚊?」

「あ、アグレッシブな叩き方ですね……!」


 俺はお約束の誤魔化し方をしつつ、深く追求されない内に、再び水晶に向き直って手を伸ばす。


「えーと、“俺はにん……人参が苦手です”……お、青になった。面白いな、コレ」

「えっ、シーナさんにんじんがお嫌いなんですか!? なんかおかわいらしいですねっ!」

「はは……」


 ……子供っぽいと思われてしまったかもしれないが、取り急ぎ話は逸らせたな。

 俺は引き攣った笑顔を取り繕いつつも、駄目押しで話題を転換すべく口を開いた。


「そ、そういえば、善悪を判断するっていうのはどういうことなんだ?」

「犯罪者だと触れたときに赤く光るんだ。青だったらいい人。度合いによって発光レベルも変わるよ」

「ギルド登録時には必ず判定を受けてもらってるんです! なのでお二人とも、水晶に触れてもらえますか?」


 ウェステリアさんの言葉に、アカシアさんが『ハーイッ!』と元気いっぱいの返事で応じながら、水晶に手を伸ばした。


「じゃあまず、ワタシ触りますねっ!」


 アカシアさんは純心無垢で優しく思いやりのある少女だし、相当真っ青に光そうだ――そう予想しつつ、様子を見ていると。


 ――突如、視界が真っ白に染まった。


「うぇっ!?」

『ちょっ……なに!?』

「うわぁ――……これはすごいね……」


 突然景色がホワイトアウトしたことに、ツノウサギは驚きの声をあげ、ショウは感心と呆然が入り混じったような声を上げる。

 とてもではないが、まともに目を開けていられる光量ではない。うっすらと開いた目でなんとか状況を確認すれば、正確にはホワイトアウトしたというよりは、青白い光に辺りが包まれているような感じだ。光はホール全体に届いているらしくあちこちから職員や冒険者の『目が!目がああああ!』という叫び声が聞こえてきた。


「わーっ、め、目がチカチカします――っ!!」

「は、離してっ!離してください、もう結構ですからっ!」


 ウィステリアさんの必死な声が上がると同時に、アカシアさんが水晶から手を離したのか、光はフッと消える。おぼろげながら、元のギルドのホールが見えるようになってきた。

 居合わせた冒険者達の混乱も落ち着いたようで、あちこちで驚嘆の声が上がっている。


「な、なんだ今の!?」

「あのカワイイ娘が水晶を光らせたみたいだぞ!」

「へぇー……そりゃまた凄ぇイイ女だなァ……」


 ……ついでに、一部の男共からのよからぬ視線を感じる。


 まぁ、どこからどう見ても完璧な美少女の彼女が、清らかな心の持ち主ともなれば、男は放っておかないだろう。その気持ちに共感は出来ても、よこしまな視線にアカシアさんが晒されるのは気分のいいものではないが。


 しかし、当のアカシアさん本人はそうした視線に気づいているのか気づいていないのか、嬉しそうな超全力の笑顔でぴょんぴょんと跳ねている。


「えへへ、いっぱい光っちゃいました――っ!」

「あ、あぁ……、凄かったな。今の、青なんだよな?」

「うん、限界まで光ったんじゃない? もう、聖女……いや天使を自称してもいいんじゃないかなぁ」

「だな……」

「……へっ!? あ、あ、いやいや、ワタシなんかがそんな、おそれ多いですよっ!」


 俺がショウの言葉に頷いていると、アカシアさんは慌てた様子でブンブンと両手を振った。


「でも、受付をしていて初めてですよ、ここまでの光は……! あなた、とっても素敵な人なんですね!」

「え、えへへ……ワタシを育ててくれたひとが、すっごくいいひとだったので! 教育のたまものってやつですね――っ!」


 ……うん、こういうところがアカシアさんの良い人ポイントの一つなんだろうな。

 照れたように笑うアカシアさんを見ながら、俺はそう思った。


「ふふ、では次シーナさん、お願いします」

「あー、はい」


 先ほどアカシアさんが前代未聞の発光量を出したからだろうか、周囲の職員や冒険者たちの『あいつもすごいやつなのか』という視線が集中している気配を感じる。


 ……やりにくいことこの上ないな。

 俺は凡人だぞ、と気まずい思いを抱えつつ、水晶に触れる。


「うん、普通の青だな……」


 結果は、至って普通の青。

 悪くはないが良すぎることもない、そんな程度だろうか。


 そう思ってショウ達の反応を伺えば、アカシアさんほどではないものの、『おぉー』という悪くはなさそうな反応が起こっている。


「やっぱりシーナも“結構いい人”だねぇ」

「え、でも全然光ってないぞ」

「これでも充分すぎるくらいだって。比較対象がおかしいだけだよ」

「そうなのか?」


 じゃあショウも触ってみてくれよ、と続けそうになって、俺は口を噤んだ。

 どう考えてもショウはアカシアさんレベルに人がいいわけで、またサーチライトレベルで発光するに決まっている。

 

 そしてショウの言う通り、ギルド登録には十分だったようで、ウィステリアさんは『うん、オッケーです!』と明るい声で笑った。


「では判定も全く問題ないようですし、登録を進めましょうか。こちらの用紙に記入お願いします!」


 そう言って、ウィステリアさんはカウンター下から薄茶色の紙を2枚取り出した。

 受け取った紙に視線を落とせば、アンケートのようにいくつかの項目が記載されている。


「えーと……名前と年齢と住所と、技能か」


 とりあえず名前はシーナ、歳は26、住所は宿の住所を書き込んでいく。

 技能は選択形式だった。剣術、槍術、弓術、体術、それに魔法の6属性から選べるようだ。


 ……まぁ、とりあえず“炎”でゴリ押すしかないな。 


 俺は“炎”の単語に丸をつけ、記入漏れがないことを確認してからウィステリアさんに紙を差し出した。


「……えーと、書けました」

「ワタシもですっ!」

「はい、ありがとうございます。では簡単に質問させてもらいますね。お二人とも、答えるときは水晶に触れたままお願いします」


 ……なるほど、そういう使い方もするのか。

 下手に俺の“炎魔法”について突っ込まれるとボロがでるかもしれない。答えには気をつけないといけないな、と俺は気を引き締めた。


「ええと、シーナさんは炎魔法で、アカシアさんが剣、槍、弓、体術に雷魔法ですか」

「ハイッ!」

「すごいなアカシアさん、そんなにいろいろできるのか?」

「うふふ、ザンにいろいろ教えてもらってるのでっ」


 先の狼襲撃事件で彼女の剣の腕がかなりのものであることは知っていたが、他にも武術を嗜んでいるとは知らなかった。

 そのバイタリティの高さに感心していると、ウィステリアさんは難しい顔で手をあげた。


「うーん……、シーナさんは魔法以外はダメなのでしょうか? 冒険者になるなら、魔力切れに備えて魔法以外も使えないと厳しいですよ?」

「えっと……俺、魔力が人より多いみたいなんで、大丈夫だと思います」


 俺は水晶に触れながら答えるが、もちろん青判定である。“魔法が使えること”は肯定していないが、“魔力が多いこと”は嘘じゃない。


「そうなんですか? でも、魔法しか使えないというのは心もとないですね……。炎魔法の威力はどれくらいですか?」

「えーっと……」


 ……尋ねられているのは“炎魔法の威力”だ。このまま具体的なレベルを答えると“嘘”になるかもしれない。

 俺が答えを決めかねていると、それをどう解釈したのか、ショウとアカシアさんが代わりに声を上げた。


「うーん、なんていうか……シーナの魔法の強さって、すごすぎて形容しにくいよね?」

「ですよね! シーナさん、めちゃくちゃすっごい魔法を使うんですよ――っ!」

「はぁ……めちゃくちゃすっごい……ですか?」


 二人のざっくりとした評価に、ウィステリアさんは疑問を投げかける。


 ……な、ナイスアシストだショウ、アカシアさん……!

 俺は心の中で二人に手を合わせた。2人のアシストのおかげで、“炎魔法の強さ”と限定されていた質問の内容がすり替わった。


「どんな害獣でも一瞬でぶっ飛ばして、無力化できますよ」


 俺はチャンスを逃さないよう、すかさず声を上げる。

 ……そう、(転移能力で異空間に)ぶっ飛ばして、無力化できる。全然嘘じゃない。水晶はもちろん青いままだ。


「そ、そうなんですか? 具体的にどういった(炎魔法での)討伐経験をお持ちなんですか?」

「そ……うですね……猪……グランドボアを(転移能力で異空間に)ぶっ飛ばしましたね」

「なるほど、グランドボア……でしたら、まぁ、問題ありませんかね」


 微妙に噛み合っていない会話だが、特に違和感を抱かれることもなかったようだ。俺はなんとか彼女の質問を乗り切ったことに安堵する


 ……正確に言うと、さらにワンランク上の害獣であるバーストウルフを討伐した経験もあるが、それはあえて言わない。変にデキる奴だと思われ、妙に期待されたり、面倒な仕事を振られたりするのを避けたいからだ。俺が目指すのは、“そこそこよりちょっと上”くらいのポジションだから、初っ端はこれくらいが丁度いいんじゃないだろうか。


 ……が、次の瞬間、アカシアさんから超特大の爆弾を落とされることになる。


「もう、なに言ってるんですか、シーナさん! シーナさんの実力はそんなもんじゃないですよね!?」

「……えっ」

お読みくださりありがとうございます。

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