41. 椎名泉、冒険者になる(前編)
ケルナで初めての夜を過ごした、次の朝。
「おはよう、ショウ、アカシアさん」
『おはよう』
俺とツノウサギ、ショウ、アカシアさんの4人は約束通り宿のロビーで落ち合った。
ショウ曰く、朝一番と夕方のギルドは激混みらしいので、朝10時に待ち合わせて冒険者ギルドへ行くことになったのだ。
「おはよ、2人とも」
「おはようございます! それじゃ、出発しましょ――うっ!」
アカシアさんの元気のいい声に合わせて、俺達は冒険者ギルドへと向かった。
◇
宿から歩くこと十数分。
街のメインストリートに行き着いてすぐ、ショウは道路脇に立つ建物を指差した。
「ここが冒険者ギルドだよ」
それはレンガ造りの4階建ての大きな建物だった。建物のそばには、冒険者らしき人々の姿がチラホラと見受けられる。
「おおー……」
「大きい建物ですね――っ!」
「街の大きさに比例してギルドの規模が決まるからね」
「……でも、それにしてはあんまり人がいないな?」
窓越しに見える建物の中は、閑散としているように見えた。建物の大きさにしては随分と寂しい印象だ。
「今はみんな出て払ってるんだよ。朝一番に受注して、夕方に帰ってくるっていうのがよくあるパターンだからね」
「なるほど、そういうことか」
「さっそく登録に行きましょうっ!」
興奮するアカシアさんにせっつかれるように、俺達は建物の中に入った。
ゴツい木製の扉を開けば、中は2階までが吹き抜けになったホールが広がっている。壁際には依頼内容を張り出してある掲示板があった。
「おーっ……凄い、これこれ! やっぱこういうやつだよな……!」
『イメージ通りだった?』
「あぁ、異世界物の定番って感じだ」
ホールの奥には受付らしきカウンターが並んでいた。それぞれ依頼、受注、事務と書かれた板が吊り下げられており、俺たちは事務のカウンターへと進む。
受付には20代くらいの女性が座っていた。ギルドの制服だろうか、彼女は紺色のポンチョを羽織り、長い茶髪を揺らしながら書類整理をしているようだ。
女性は俺達の存在に気づいたのか、ふわっと微笑みながら『こちらにどうぞ』と手を振る。
「ようこそ、ケルナギルドヘ。はじめましての方ですよね、本日はギルドに新規登録でしょうか?」
「ハイ! ワタシとシーナさん、2人登録したいですっ!」
「かしこまりまし――」
女性は俺とアカシアさんを交互に見るが、俺の肩で視線が止まり、そのままぴしりと固まった。
「って、あっ、えっ……が、害獣……!?」
「そうですけど――……あ、」
もしかして、ギルドはペット禁止だったりするのだろうか。
俺はしれっと動物を連れ込んでいたことに気づき、慌ててツノウサギを抱え上げる。
「も、申し訳ない、従魔禁止でした?」
「あ、あぁ、いえ、すみません、珍しいので驚いてしまって……。すごいですね、害獣をテイムできるなんて!」
そう言って、女性はすまなそうに頭を下げる。
……従魔は珍しい珍しいと言われがちだが、冒険者ギルドでもその扱いなんだな。冒険者でテイマーはよくあるジョブのイメージだが、この世界ではそうでもないらしい。
周囲にいた冒険者たちも、物珍しげな視線をこちらに寄越している。
「んん……では改めまして、私は当ギルドの受付で、ウィステリアと申します。登録前に冒険者のお仕事について説明は必要でしょうか?」
「シーナは一応聞いておいたほうがいいんじゃない?」
「そうだな……じゃあ、お願いします」
記憶喪失(嘘)の俺を慮っての発言だろう、俺はショウの提案に頷いた。
「こほん、では、まず……冒険者とは、市民や国からの依頼を請け負う仕事です。内容は主に害獣の討伐が多いですが、素材採取に雑用など、さまざまなものがあります。依頼は掲示板に張り出されていますよ」
ウィステリアはカウンター抜け、掲示板の方に案内してくれる。高さ2m、幅5m近い大型の木製ボードには、薄茶色の紙が何枚か貼り出されていた。
「なになに……平原のグランドウルフの討伐、ゴブリンの討伐……薬草採取に、家の掃除……まであるのか」
「受けられる仕事はご自身の冒険者ランクに応じて決まります。ご新規さんはFランクからで、最高ランクはS。いろんな依頼を受けることでランクアップすることが可能です。もちろん上に行けば行くほど報酬は高くなりますよ」
「なるほど……だいたい俺が思ってたのと同じ感じだな」
ランクアップを目指して依頼をこなす。俺が予想していた異世界の醍醐味そのものである。その日その日で様々な依頼を受け、自由気ままな生活を送る――素晴らしい生活だ。俄然、冒険者にとしての人生に期待が高まってくる。
「また、基本的に登録料として10万リタスいただきます。……ここまでで、なにかご質問はありますか?」
「いえ、だいじょ……、あっ!!」
一度はウィステリアさんの質問に首を縦に振ったものの、俺はここに来て重大すぎる一つの問題に思い当たった。
「こ……これ、害獣を討伐したことはどうやって証明するんだ?」
「うん? あぁそれは、害獣の尻尾とか討伐を証明できるものを受付に持っていって――……あっ、」
「あ――……っ!」
『……そ……それは盲点だったね』
ショウの言葉に、アカシアさんとツノウサギ――俺の“炎魔法”をよく知る彼らは気づいたようだ。俺が“相手をまるごと消滅させる”という討伐方法を取るため、証明部位の回収が不可能である、ということに。
「ど、どうかされたんですか、皆さん?」
俺達の微妙な反応に、ウィステリアさんは首を傾げる。
「えーと……、例えば、討伐を証明する部位を回収できない倒し方をしたら、どうなるんですかね?」
「しょ、証明部位が回収できない倒し方ですか!?」
ウィステリアさんは驚いた声を上げたあと、『うーん……』と唸って黙ってしまった。そばで俺たちの会話を聞いていた冒険者達も、怪訝そうな表情を浮かべている。
「普通、そんなケースはないんですかね?」
「まぁ……倒した害獣は素材として買い取りに出せますから、皆さん普通は何かしら持って帰って来ますし……。別に、まるごと一体持って帰ってくる必要はないんですよ? 尻尾とか、牙とか……そういうちょっとしたものでいいんです!」
「いや、その、俺が倒すとちょっと……原型が一切残らないので……」
「い、一体どんな倒し方をしたらそうなるっていうんですか……」
ウィステリアさんは苦笑いを浮かべながら突っ込みを入れる。周囲の冒険者も『何言ってんだコイツ』という表情である。
……うーん、これは少し不味いことになったかもしれない。
いくらなんでも転移能力抜きで害獣は倒せないし、仮に直接転移させずに倒す方法――例えば地面に落とし穴を作る方法を取ったとしても、落ちた獣をどう始末するのだという話だ。俺は血や内臓を直視できるタイプの人間ではないし、獣を正面切って殺しに行くような度胸はないし。
思わぬところで躓いてしまったと思案していると、ショウが『そうだ!』と手を叩いた。
「ね、そういうことなら“ジャッジメント”を使えばいいんじゃない?」
「あぁ! なるほど、いい案ですねっ!」
「そ……そうですね、あれを使って証明できるなら、討伐されたものとみなして問題ありませんが……」
目の前で繰り広げられる、耳慣れない単語が飛び交う会話。俺はその会話の切れ目に、すかさず手を挙げた。
「えーと……ジャッジメントって、何だ?」
「ファーテル様のアーティファクトのひとつですよっ!真実と嘘、善と悪を判定できるんです!」
「確か、ギルドなら置いてるんだったよね?」
「えぇ、このあと使いますし、お持ちしましょうか!」
そう言って、ウィステリアさんはカウンターの奥の部屋へと走って行った。俺たちも彼女を追うように受付カウンターの方に向かえば、同時に戻ってきたウィステリアさんが、カウンターテーブルにゴトリと1つの球体を置く。
「こちらがジャッジメントです!」
ウィステリアさんが手のひらで示したのは、直径20cm大の水晶玉。それは真鍮製の細工が施された台の上にどっしりと鎮座している。一見ただのガラス玉のように見えつつも、その玉の中にはオーロラのような光が閉じ込められているようだった。
「水晶か……教会にあったのに似てるな」
「同じ天使が作ったやつだからじゃない?」
「うふふ、毎回デザインするのが大変だったんですよっ!」
「はは、なるほどな」
アカシアさんのゆるい発言に笑っていると、ショウがカウンターに頬杖を付きながら水晶を指差した。
「使い方はかんたん。触って喋るだけで、嘘か本当かジャッジされるんだ。例えば、ええと……“俺はツノウサギです”」
ショウが水晶に触れながらそう言うと、水晶がボワリと赤く光った。
「おお……色が変わった」
「嘘だったら赤く光るんだよ」
「へぇ、便利だな。じゃあ“俺は人間です”って言ったらどうなる?」
「本当のときは青になる。やってみたら?」
ショウの言葉に、俺はどこかワクワクした気持ちで水晶に左手を伸ばす。
「えっと、“俺はにん……」
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