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41. 椎名泉、冒険者になる(前編)

 ケルナで初めての夜を過ごした、次の朝。


「おはよう、ショウ、アカシアさん」

『おはよう』


 俺とツノウサギ、ショウ、アカシアさんの4人は約束通り宿のロビーで落ち合った。

 ショウ曰く、朝一番と夕方のギルドは激混みらしいので、朝10時に待ち合わせて冒険者ギルドへ行くことになったのだ。


「おはよ、2人とも」

「おはようございます! それじゃ、出発しましょ――うっ!」


 アカシアさんの元気のいい声に合わせて、俺達は冒険者ギルドへと向かった。





 宿から歩くこと十数分。

 街のメインストリートに行き着いてすぐ、ショウは道路脇に立つ建物を指差した。


「ここが冒険者ギルドだよ」


 それはレンガ造りの4階建ての大きな建物だった。建物のそばには、冒険者らしき人々の姿がチラホラと見受けられる。


「おおー……」

「大きい建物ですね――っ!」

「街の大きさに比例してギルドの規模が決まるからね」

「……でも、それにしてはあんまり人がいないな?」


 窓越しに見える建物の中は、閑散としているように見えた。建物の大きさにしては随分と寂しい印象だ。


「今はみんな出て払ってるんだよ。朝一番に受注して、夕方に帰ってくるっていうのがよくあるパターンだからね」

「なるほど、そういうことか」

「さっそく登録に行きましょうっ!」


 興奮するアカシアさんにせっつかれるように、俺達は建物の中に入った。

 ゴツい木製の扉を開けば、中は2階までが吹き抜けになったホールが広がっている。壁際には依頼内容を張り出してある掲示板があった。


「おーっ……凄い、これこれ! やっぱこういうやつだよな……!」

『イメージ通りだった?』

「あぁ、異世界物の定番って感じだ」


 ホールの奥には受付らしきカウンターが並んでいた。それぞれ依頼、受注、事務と書かれた板が吊り下げられており、俺たちは事務のカウンターへと進む。


 受付には20代くらいの女性が座っていた。ギルドの制服だろうか、彼女は紺色のポンチョを羽織り、長い茶髪を揺らしながら書類整理をしているようだ。


 女性は俺達の存在に気づいたのか、ふわっと微笑みながら『こちらにどうぞ』と手を振る。


「ようこそ、ケルナギルドヘ。はじめましての方ですよね、本日はギルドに新規登録でしょうか?」

「ハイ! ワタシとシーナさん、2人登録したいですっ!」

「かしこまりまし――」


 女性は俺とアカシアさんを交互に見るが、俺の肩で視線が止まり、そのままぴしりと固まった。


「って、あっ、えっ……が、害獣……!?」

「そうですけど――……あ、」


 もしかして、ギルドはペット禁止だったりするのだろうか。

 俺はしれっと動物を連れ込んでいたことに気づき、慌ててツノウサギを抱え上げる。


「も、申し訳ない、従魔禁止でした?」

「あ、あぁ、いえ、すみません、珍しいので驚いてしまって……。すごいですね、害獣をテイムできるなんて!」


 そう言って、女性はすまなそうに頭を下げる。


 ……従魔は珍しい珍しいと言われがちだが、冒険者ギルドでもその扱いなんだな。冒険者でテイマーはよくあるジョブのイメージだが、この世界ではそうでもないらしい。

 周囲にいた冒険者たちも、物珍しげな視線をこちらに寄越している。


「んん……では改めまして、私は当ギルドの受付で、ウィステリアと申します。登録前に冒険者のお仕事について説明は必要でしょうか?」

「シーナは一応聞いておいたほうがいいんじゃない?」

「そうだな……じゃあ、お願いします」


 記憶喪失(嘘)の俺を慮っての発言だろう、俺はショウの提案に頷いた。


「こほん、では、まず……冒険者とは、市民や国からの依頼を請け負う仕事です。内容は主に害獣の討伐が多いですが、素材採取に雑用など、さまざまなものがあります。依頼は掲示板に張り出されていますよ」


 ウィステリアはカウンター抜け、掲示板の方に案内してくれる。高さ2m、幅5m近い大型の木製ボードには、薄茶色の紙が何枚か貼り出されていた。


「なになに……平原のグランドウルフの討伐、ゴブリンの討伐……薬草採取に、家の掃除……まであるのか」

「受けられる仕事はご自身の冒険者ランクに応じて決まります。ご新規さんはFランクからで、最高ランクはS。いろんな依頼を受けることでランクアップすることが可能です。もちろん上に行けば行くほど報酬は高くなりますよ」

「なるほど……だいたい俺が思ってたのと同じ感じだな」


 ランクアップを目指して依頼をこなす。俺が予想していた異世界の醍醐味そのものである。その日その日で様々な依頼を受け、自由気ままな生活を送る――素晴らしい生活だ。俄然、冒険者にとしての人生に期待が高まってくる。


「また、基本的に登録料として10万リタスいただきます。……ここまでで、なにかご質問はありますか?」

「いえ、だいじょ……、あっ!!」


 一度はウィステリアさんの質問に首を縦に振ったものの、俺はここに来て重大すぎる一つの問題に思い当たった。


「こ……これ、害獣を討伐したことはどうやって証明するんだ?」

「うん? あぁそれは、害獣の尻尾とか討伐を証明できるものを受付に持っていって――……あっ、」

「あ――……っ!」

『……そ……それは盲点だったね』


 ショウの言葉に、アカシアさんとツノウサギ――俺の“炎魔法”をよく知る彼らは気づいたようだ。俺が“相手をまるごと消滅させる”という討伐方法を取るため、証明部位の回収が不可能である、ということに。


「ど、どうかされたんですか、皆さん?」


 俺達の微妙な反応に、ウィステリアさんは首を傾げる。


「えーと……、例えば、討伐を証明する部位を回収できない倒し方をしたら、どうなるんですかね?」

「しょ、証明部位が回収できない倒し方ですか!?」


 ウィステリアさんは驚いた声を上げたあと、『うーん……』と唸って黙ってしまった。そばで俺たちの会話を聞いていた冒険者達も、怪訝そうな表情を浮かべている。


「普通、そんなケースはないんですかね?」

「まぁ……倒した害獣は素材として買い取りに出せますから、皆さん普通は何かしら持って帰って来ますし……。別に、まるごと一体持って帰ってくる必要はないんですよ? 尻尾とか、牙とか……そういうちょっとしたものでいいんです!」

「いや、その、俺が倒すとちょっと……原型が一切残らないので……」

「い、一体どんな倒し方をしたらそうなるっていうんですか……」


 ウィステリアさんは苦笑いを浮かべながら突っ込みを入れる。周囲の冒険者も『何言ってんだコイツ』という表情である。


 ……うーん、これは少し不味いことになったかもしれない。


 いくらなんでも転移能力抜きで害獣は倒せないし、仮に直接転移させずに倒す方法――例えば地面に落とし穴を作る方法を取ったとしても、落ちた獣をどう始末するのだという話だ。俺は血や内臓を直視できるタイプの人間ではないし、獣を正面切って殺しに行くような度胸はないし。


 思わぬところで躓いてしまったと思案していると、ショウが『そうだ!』と手を叩いた。


「ね、そういうことなら“ジャッジメント”を使えばいいんじゃない?」

「あぁ! なるほど、いい案ですねっ!」

「そ……そうですね、あれを使って証明できるなら、討伐されたものとみなして問題ありませんが……」


 目の前で繰り広げられる、耳慣れない単語が飛び交う会話。俺はその会話の切れ目に、すかさず手を挙げた。


「えーと……ジャッジメントって、何だ?」

「ファーテル様のアーティファクトのひとつですよっ!真実と嘘、善と悪を判定できるんです!」

「確か、ギルドなら置いてるんだったよね?」

「えぇ、このあと使いますし、お持ちしましょうか!」


 そう言って、ウィステリアさんはカウンターの奥の部屋へと走って行った。俺たちも彼女を追うように受付カウンターの方に向かえば、同時に戻ってきたウィステリアさんが、カウンターテーブルにゴトリと1つの球体を置く。


「こちらがジャッジメントです!」


 ウィステリアさんが手のひらで示したのは、直径20cm大の水晶玉。それは真鍮製の細工が施された台の上にどっしりと鎮座している。一見ただのガラス玉のように見えつつも、その玉の中にはオーロラのような光が閉じ込められているようだった。


「水晶か……教会にあったのに似てるな」

「同じ天使が作ったやつだからじゃない?」

「うふふ、毎回デザインするのが大変だったんですよっ!」

「はは、なるほどな」


 アカシアさんのゆるい発言に笑っていると、ショウがカウンターに頬杖を付きながら水晶を指差した。

 

「使い方はかんたん。触って喋るだけで、嘘か本当かジャッジされるんだ。例えば、ええと……“俺はツノウサギです”」


 ショウが水晶に触れながらそう言うと、水晶がボワリと赤く光った。


「おお……色が変わった」

「嘘だったら赤く光るんだよ」

「へぇ、便利だな。じゃあ“俺は人間です”って言ったらどうなる?」

「本当のときは青になる。やってみたら?」


 ショウの言葉に、俺はどこかワクワクした気持ちで水晶に左手を伸ばす。


「えっと、“俺はにん……」



お読みくださりありがとうございます。

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