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40. 椎名泉、アイスを食べる

「そうか、お前らは教会へ行ったのかァ」

「うん、すっごく立派できれいな教会だったよっ!」


 5人揃った食卓では、“今日の出来事”という話題で盛り上がっている。 


 ……が、2人の会話を聞く俺の内心はヒヤヒヤしていた。


 先ほどショウの国教の否定とも言える宗教観を聞いてしまっている以上、彼の前でそういった話は避けたいのだ。宗教というのは、いつどこの国であってもセンシティブな問題だ。


「ザ、ザンさんは今日は何してたんだ?」


 俺は話題を逸らすべく、ザンさんに向かって質問を投げかける。


 するとザンさんは、視線を空に彷徨わせながら『あー……』と呟いた。いつもスッパリとした口調のザンさんにしては、歯切れの悪い返事だ。


「うん、まぁ、仕事だな……」

「仕事か……、なんか、随分疲れてないか?」


 そう、先程から気になっていたのだが、ザンさんの声とテンションがいつもよりワントーン低い。


「あぁ、ワタシもさっき聞いたんですけど、ザンってば久しぶりに、こう――……あっ」

「……アカシア」


 アカシアさんは話し始めてすぐに『しまった』という表情に変わって、ザンさんに気まずげな視線だけを向けた。ザンさんはそんなアカシアさんの方を見て、口をへの字に曲げている。


「“こう”……?」

「あー、なんでもない、なんでもない」

「ななななな、なんでもないですっ、ハイッ!」


 途中で切られた単語を聞き返すと、ザンさんは手のひらをヒラヒラと振り、アカシアさんは首が千切れそうなほど、頭をブンブンと左右に振っている。


 ……いや、明らかに何でもないことはなくないか?


 無理に聞き出す必要もないだろうが、変に隠し事をされたのは初めてなので、少し気になるところではある。


 そう思っていると、隣のショウがゆっくりと口を開いた。


「……もしかして仕入れ“交渉”?」

「……、あ、あぁ……、うん、まァ、そんなとこだ」


 ショウの質問に、ザンさんは気まずげな声で答えた。


「仕入れ交渉? 難しい取引だったのか?」

「ザンさんのお店の主力製品って革でしょ。南東部に革の原材料になるブラックスネークの生息地があってね、その近くにオルトっていう革製品の加工で有名な町がある……いや、“あった”んだけど……」

「……あった?」

「……あぁ、そこが半年くらい前にピヌス団に襲われてなァ。供給が止まっちまったんだよ」

「ピヌス団……それって、ザンさんが前に言ってたヤバい盗賊団だよな?」


 俺はラカイでザンさんに聞いた話を思い出す。

 確か、獣を使役して街を襲わせる盗賊団で、目をつけられたら最後、人は骨、街は灰になるんだったか。なるほど、それで生産が止まってしまったということか。


「あぁ、お陰で何処も素材不足でなァ。……ま、その内回復するだろうし、革の産地は他にもあるから、とりあえずかき集めてくりゃなんとかなるけどな!」

「そうそう、個体数は少ないけど、ブラックスネークはこのへんでも狩れますしねっ!」

「そうか……、大変なんだな」


 ザンさんもアカシアさんも何でもないように言うが、小売業を営む人間の元に商材が入ってこないというのは、かなり致命的だろう。


「一応ケルナギルドでもブラックスネークの素材収集依頼は出されてるからな、お前らも冒険者になるんだったら受けてくれよォ!」

「へー……蛇の討伐か……」


 ザンさんの言葉を聞いて、俺は想像する。

 この世界の、規格外の大きさの害獣たち――それが蛇だったときの姿を――……


 ……あ、駄目だ。

 巨大爬虫類は、駄目だ。


 俺は脳裏をよぎる嫌な想像を、頭を振って散らす。

 巨大な猪とか巨大な猪とか、そういうのとは違うベクトルで相対したくない害獣だ。シンプルに気持ちが悪い。それに動きが素早そうだから、転移も難しいだろうし。ザンさんには申し訳ないが、無事冒険者登録できたとしても受注できないだろう。


「ふふ、だめだよザンさん、シーナに頼んだら跡形もなく燃やされちゃう」

「ハハッ!そうか、確かになァ!」

「あ、そういえばそうだな……」


 ……そっちの問題もあったか。

 よしんば転移できたとしても、死体が回収できなければ依頼を受ける意味がないもんな。


「そういえばさ、2人はまだ冒険者登録はしてないんだよね?」

「え? あぁ、教会に行ってたら時間がなくなって……」

「なら明日、俺が案内するよ。俺、ギルドの場所知ってるし」

「えっいいんですか――!?」


 ショウの提案に、アカシアさんは食い気味に返事する。

 ……単純に、ショウと出かけられるのが嬉しいのだろう。俺としてもありがたい話ではあるのだが……。


「いいのか? お前、仕事あるんじゃ……」

「ううん、大丈夫だよ」

「悪いなショウ、アカシアを頼んだぞ!」

「うん、まかせといて!」


 そう言って、ショウは柔らかく微笑みながら、ドンと自身の胸を叩いた。


 その後も和気藹々とした雰囲気で、食事の時間は過ぎていった。楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、ゴーン、とどこからか鐘の音が響くのを聞いて、ようやく就寝時間が近づいたことに気づいたくらいだ。


 俺たちは明日の朝ロビーで待ち合わせることを約束し、各々の部屋に戻っていった。


 301と掲示された自身の部屋の扉を開ければ、4畳半程度と手狭ながらも手入れの行き届いたワンルームが広がっていた。

 ここが当面の俺の城になる。

 壁は白く塗られており、床にはチェスナット色の板が敷き詰められている。部屋にはベッドと小さなサイドテーブル、キャビネットが備え付けられており、そばにはザンさんが運んでくれたのであろう俺の荷物が置かれていた。


「あー、疲れた……」


 俺は早速ベッドの上に倒れ込む。ふわりと香る清潔なシーツの匂いに、俺はようやく一息つけた。

 ツノウサギもベッドに飛び乗り、その前足でペシペシと俺の頭を叩いている。


『お疲れ。今日はいろいろあったもんね』

「あぁ……まさか天使と直接話をする羽目になるとは思ってなかった……」

『……使徒さまに直接会ったときのボクの気持ち、わかってくれた?』

「あー……、そうか、うん……、ごめん、悪かったよ……」


 言われて気づいたが、今日の状況は、俺と初めて対面したツノウサギと似たような状況だ。きっと多大なる心労をおかけしていたのだろう。当時はなるべくプレッシャーをかけないようにと思っていたが、大した配慮になっていなかったかもしれない。


『まぁ、もう慣れたけど。椎名さんはこう……なんか、すごい、人間!って感じだし……』

「や、実際、俺は人間なんだけどな……」


 ツノウサギには、俺が害獣やチンピラ相手にオタオタしている、天上の人とは程遠い姿をたくさん見られているからだろう。下手に背伸びする必要はないので、そう思ってもらえて万々歳だが。

 俺は若干情けないような気がしつつも、ツノウサギの負担になっていないことに安堵した。


『疲れたなら、もう寝る?』

「そうだな……」


 鐘の音と、窓から見える外の景色から察するに、もう夜9時近いだろう。この世界ではそろそろ就寝時間が近い。


 ……ただ、俺は今、猛烈になんとも言えない物足りなさを感じていた。


 俺が今置かれている状況としては、旅先でホテル泊。

 そして時間は夜、夕飯を食べた後である。


 ……となれば、やはり“アレ”がいる要るだろう――そう、アイスである!


「なぁツノウサギ、この世界にコンビニみたいな店って、ない……よな?」

「こんびに?」

「24時間開いてて、日用品や食料が買える店」

『そ……んな店あるわけないでしょ。なに、神様の世界にはそういうのがあるの?』

「いや、俺の地元にあったんだよ」

『ふーん、すごいね。じゃあいつでも焼き猪とか食べれるんだ』

「……猪肉は置いてないかな」


 ……このウサギ、本当に肉食系だな。というか食い気が凄い。

 俺が苦笑していると、ツノウサギはコテンと首を傾げた。


『何か要るものでもあるの?』

「うーん、やっぱりさ、ホテルで泊まりとなれば、近くのコンビニでアイス買って食うのが定石じゃないか?」

『えぇ……?』


 ツノウサギは眉をひそめ、怪訝そうな表情を俺に向ける。


 コンビニがない世界では馴染みがないかもしれないが、出張や旅行で安いビジネスホテルに泊まって、その辺で飯を食ったあと、コンビニでカップアイスを買ってホテルのベッドで食べる――これぞ旅先ホテルの過ごし方である。


『まぁ、アイスならさっきの食堂で食べてるひと、いたけどね』

「本当か!?」


 俺はがばりと飛び起き、慌てて1階の食堂へと走った。すでに食堂は無人だったが、厨房を覗いてみれば、料理人はまだ仕事中だったらしい。


「……あれ、お客さん? どうかしたんですか?」

「すみません、アイスってありますか。持ち帰りでお願いしたいんですが……」

「あ、アイス? えぇ、ありますよ」


 聞けば、“本日のシャーベット”というメニューがあるらしく、一つ2000リタスで売っているとか。……なんとコンビニアイスの20倍の値段である。この世界でアイスが作れるのは氷魔法を使える人間だけなので、少々お高くなっているらしい。


『うーん、高いね……串焼きが4つも買えちゃう……』


 ツノウサギは渋い声で俺を見上げる。


 ……が。


「2つください」

『……え、買うの』


 まぁ、買うよな。

 俺は自分とツノウサギの分の2つを即決で買い、意気揚々と部屋に戻った。


 ベッドの上に座り、手の中に収まる木の器、その上に鎮座する白いシャーベットを眺める。

 本日は“シェリネ”という、柑橘系の果物のシャーベットらしい。早速スプーンで一口分をすくい、口へと運ぶ。


「うーっ……うまい……」


 よく冷えたシャリシャリ食感に、グレープフルーツやレモンを混ぜたような味。初夏にピッタリのさっぱりした味だ。

 俺はそのまま流れ作業のようにシャーベットを口に運んだ。


「ホテルでアイス……やっぱこれだよな……!」

『よくわからないけど、……おいしいね、これ』

「だろ?」


 肉食系ツノウサギも満更でもなさそうで、勢いよくアイスを消費している。


 値段は地球の20倍もするし、欲を言えばカップのバニラアイスクリームが良かったところだが、これはこれで良い。

 俺は久しぶりのアイスに大変満足しながら、異世界初めての宿の夜を過ごしたのであった。



お読みくださりありがとうございます。


なろう系の話で『宿でアイスを食べる主人公』を全然見かけないなと思って、ずっと不思議に思っておりました。

自分も周りの人間もホテル泊の夜ではアイスを食べていたものでして、てっきりそういうものだと思っていたのですが……我が家と我が友のローカルルールだったのだろうか……。

皆様のホテルアイス事情が聞きたいです。

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