38. 椎名泉とアカシア
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アカシアさんとツノウサギの声に、意識が現実に引き戻される。頭を左右に振ると、2人が心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。
『あ……椎名さん、気がついた?』
「シーナさん大丈夫ですか――っ!? なんか、ぼうっとされてましたけど……!」
「いや……うん、大丈夫。その、祈りに集中してて……」
「へっ……、なぁんだ、そうでしたか!」
肩を揺すられながらブレた声で答えれば、アカシアさんは安心したように笑った。
「それだけ熱心にお祈りしたなら、きっとこの街で幸せに暮らしていけますねっ!」
「あ、あぁ……、だといいな」
笑顔全開のアカシアさんを前に、俺は眉を下げて微笑した。
……まぁ、幸せに暮らせるかどうかはともかく、天使公認でこの町に住むことが認められた以上、とりあえずは安心して暮らしていけそうではある。
「あっ、ねぇシーナさん、ワタシあっちのほう見てきていいですか!?」
「もちろんどーぞ。ごゆっくり」
アカシアさんは『やったぁ!』と声を上げて、駆けていった。
彼女が向かった先には、イコンのような絵画がいくつも壁に掛けられてある。おそらくここは極東の田舎町よりもずっと立派な教会なんだろう。アカシアさんは展示物を楽しそうに鑑賞している。
それをまるで保護者のような気持ちで眺めていると、肩に乗るツノウサギが前足でぽふりと俺の頬を叩いた。
『……ねぇちょっと、本当に大丈夫なの? さっき、微動だにしてなかったけど……』
「え? ……あぁー……、うん……」
『……え、え、ちょっと、なに? その反応……』
「あー、その、実は……」
……どうせツノウサギから他の人間には話が伝わらないわけだし、話してしまってもいいよな。
とはいえ、アカシアさんや神官に聞こえるとまずいので、小声で、簡潔に。俺は声をひそめてツノウサギに囁いた。
「……会ってきたんだよ」
『会ってきた? え、誰に?』
「…………」
『え……え、ちょっとウソ、まさか、エミュファさま? ファーテルさま?』
「後者」
『え、えぇー……!』
溢れんばかりに見開かれたツノウサギの瞳は、『信じられない』という思いを雄弁に語っている。そして話の続きを急かすように、ぺしぺしと俺の肩を叩いた。
『で、それで? どんな話したの? 使徒様トーク?』
「……どんなトークだ、それ」
興味津々といったような様子で尋ねるツノウサギに、俺は思わず小さく笑った。
「普通の人間じゃなさそうだけど何者だ、って。あと、この世界でどう生きていくつもりかって聞かれたよ」
『……へぇ…それで?』
「ちょっと特殊な力があるだけの人間で、この世界では平和に生きていきたいですって言って、OK出た」
『えー……自分の管理してる世界にこんな得体のしれないひとが来たら、もっといろいろ問い質すと思うけどね……』
「話してたらそいつが悪いやつかどうか分かるんだってさ。それで無害な奴だと思ってくれたんじゃないか」
『ふうん……さすが“正義と豊穣の天使様”だね』
「あぁ、その辺りの判定は専門分野なのか」
思えば、教会に設置してある結界も“悪いもの”だけ入れないようにしているんだったか。そのあたりもファーテル様の“正義”の力を利用したものなんだろう。
ツノウサギの言葉に頷いていると、教会をあらかた見物し終わったアカシアさんが俺の方向いて手を振っていた。
「シーナさ――んっ! ワタシ、“ミューヴ”やりたいんですけど、シーナさんはどうします?」
「“ミューヴ”……?」
アカシアさんが指差した場所には、古びた大きな木箱が置いてあった。“ミューヴ”と呼ばれたその箱の傍に寄って見てみると、それは50cm四方の大きさで、蓋には三角の穴が開いている。
「アカシアさん、これ何なんだ?」
「箱の中から番号が書かれたカードを一枚引いて神官さんにお渡ししたら、番号に応じた紙をいただけるんです! 自分の運命とか、天使さまの助言とか、いろんなことが書いてるんですよっ!」
「へぇ、御神籤みたいなものか……いいな、俺、御神籤だいすき」
「やたっ、じゃあ一緒に引きましょ――っ! 神官さーんっ、すみません、いいですか――っ?」
アカシアさんがぶんぶんと手を振って、入り口近くにいる神官を呼ぶ。その声に気付いた女性の神官が、穏やかな笑みを浮かべながら俺たちの方に近づいてきた。
「御神籤をご希望ですか? 1回、1000リタスです」
「はーいっ、これでおねがいしますっ!」
アカシアさんはポシェットから1枚の硬貨を取り出して、神官に渡す。
日本に比べてずいぶん高い印象だが、折角の機会だしやってみたい。人知を超えた力が働く世界だ、何かのご利益が期待できるかもしれないし。
「ツノウサギもやりたいよな?」
『……まぁ、やぶさかじゃないけど』
肩に乗るツノウサギに声をかければ、ちらっと箱の方を一瞥…といや三瞥くらいした。どうも相当気になっている様子だ。
俺は苦笑しながら神官に2000リタスを渡した。
「2回、お願いします」
「御神籤はお一人様1回までです。何回引いても結果は変わりませんよ?」
「あ、いえ、ツノウサギの分もお願いしたいんです」
「え……は、はい?」
『……まぁ、普通ウサギに引かせるひとはいないよね』
「そ……そうなのか?」
目を丸くする神官と、呆れたような声のツノウサギに、俺は首をかしげた。
……まあ確かに、地球で『ペットの分の御神籤を引いた』という人と出会ったなら、『変わったことをするなぁ』と思ってしまいそうだ。ツノウサギは一応喋れるし、ボディがウサギであること以外人間とそう大差がないから、あまり気にしていなかったが。
しかし籤に興味はありそうだし、これで引かせてやらないというのは、ちょっと不憫だろう。
「は、はぁ……まぁ……えぇ、まぁ、そういうことなら、構いませんけど……」
「よかった。じゃあこれで」
「はぁ、ではどうぞ……」
戸惑いながら硬貨を受け取った神官は、隣に鎮座する大きな木箱を手のひらで示す。
まずはアカシアさんがその三角形の穴に手を入れ、1枚の木札を取り出した。書かれている番号は1721番……この木箱には相当な数の札が入ってるらしい。
続いて、俺も木箱に手を入れる。中をかき回すように手のひらを回すと、大量の札が渦を巻く感触。そこで人差し指にコツンと当たった木札に、奇妙な違和感を感じた。
「ん……?」
……なんだろう。なんだかすごく、『これだ』っていう感じがする札がある。
俺はその不思議な引力に逆らわず、1枚の札を抜き出した。番号は1000番ちょうどだ。
そして次は、ツノウサギの番。もしかして手が届かないんじゃと危惧していたが、大量に木札が入っていることが幸いし、なんとかてっぺんには手が届いて引けたようだ。ツノウサギは17番。
それぞれ引いた札を神官さんに渡せば、『少々お待ち下さい』と言って、奥の部屋から3枚の紙を出してきた。
日本の御神籤と違って紙は三角形で薄茶色。ぺらりと裏返してみると、文章は2行だけで、その上にはデカデカと『大吉』と書かれていた。
「お、俺とツノウサギは大吉か」
「えーっ! シーナさんもツノウサギさんもすご……って、エッ、ワタシもだ――っ!?」
『え、みんな一緒なの?』
「ぇ、えぇ……!? み、皆様すごいですわね……!?」
……大吉の排出率があまりにも高すぎないだろうか。
いや、地球でも大吉多めとか凶なしとか、そういう御神籤があるらしいし、これも中身が相当忖度された接待御籤的なやつなのかもしれない。
「これ、中身は大吉ばっかりだったりするんです?」
なんとなしに聞いてみると、神官さんとアカシアさんが慌てた様子で首を振る。
「そ、そんなわけないじゃないですかっ! 確か割合的には大吉と大凶が約10%、中吉、小吉、半吉、凶が約20%くらいですよ――っ!」
「えぇ、それでも9割の方は小吉か半吉を引きますからね、連続で大吉なんて本当に何十年ぶりかしら……!」
「9割って……籖の割合と実際の確率のバランス、おかしくないか?」
アカシアさんの話が事実なら、小吉か末吉を引く確率は約40%だ。9割がそのどちらかというのは計算が合わない。
「結果は入っているくじの割合で決まるんじゃなく、その人の運命に基づいて決まりますからね、大吉とか大凶とか極端な結果はめったに出ないんですよ!」
「なるほど……単なる確率論じゃないんだな」
「ハイッ! ミューテル様のお力をお借りしてるアーティファクトですから、間違いないですっ!」
「ミュー……テル様?」
「お隣のミュゼル帝国を治められてる、天空と運命の天使様ですよ!」
……なるほど、それなら内容の信頼度も高そうだ。
御神籤に目を落とせば、『大吉』の下に2行だけ文章が書かれていた。
「えーと……“未来、良し”……“おまえが信じる道こそ、おまえの正しい道である”、……か」
「ふふっよかったですね!これはもう冒険者活動が大成するも同然では!?」
「そ……そうかな」
「お互いがんばりましょうね――っ!」
アカシアさんが可愛らしくガッツポーズするのを見て、俺は小さく笑った。
冒険者としてちゃんとやっていけるか不安もあったが、天使が太鼓判を押してくれるというのなら、少しは自信がつくというものである。
「ね、ツノウサギさんはどうでした!?」
『えっと……よめない』
「あ、お前、字は読めないんだな。んーと……“天の助けあり、加護を与えしもの現る”、だと」
「……これは確実にシーナさんのことですねっ!」
『うん、シーナさんだね』
「ツノウサギは大事なペット……家族だからな。もちろん守るぞ」
ツノウサギの背中を撫でながら、俺は自信を持って答える。
彼は頼もしい友人であり、俺をよく理解する家族でもある、大切な存在だ。ツノウサギにとっても俺が大吉の存在だというなら、嬉しいが。
「えっと……ワタシは、“ずっと探していたものが見つかる”……かぁ!」
「へぇ、良かったな。何か探し物があるのか?」
教えてくれれば俺も捜索に協力するが、と思って聞いてみれば、アカシアさんは目を瞑って唸った後、ぽんと手を叩いた。
「うーん、これもシーナさんのことかもしれませんっ!」
「……へっ?」
「ワタシ、一生仲良くしてくれるよーなオトモダチを探してたんですよねっ! シーナさんだったらいいな――っ!」
「そ、そうか……」
予想の斜め上を行くアカシアさんの言葉に戸惑い、喉から間抜けな声が漏れる。
……なんだこれ。なんか凄いむず痒い感じがする。
もちろん悪い意味じゃなくて、照れるとか、くすぐったいとか、そういう感じだ。
『おれたち親友だよな』とか、『一生友達でいような』などと言い合う時代は、遥か昔に終わってしまった。かつてそう言い合った仲間たちとは中高、大学と離れゆくにつれすっかり疎遠になって、SNSや人伝に結婚しただとかなんだとか聞く程度だ。
……でも、そうなったのは自分のせいだったな。全部、全部。
それもこれも、俺が人付き合いが苦手で、ずっと受け身だったせいだ。
ソロ活という簡単で楽しい方に流されて、孤独に行き着いて。その生き方は気楽で悪いわけじゃなかったけど、ときおり感じる“社会から疎外された感覚”と、“将来に感じる閉塞感”――そう、どうしようもなく、気持ちが沈むことがあって……。
「シーナさんはね、優しくてー、強くてー、でもたまにすっごい抜けてるでしょ? そういうところ、アカシアはスキです! ワタシたち、きっといいオトモダチになれると思うんですよね――っ!」
……アカシアさんは純粋で真っ直ぐで嘘がつけない性格だから、きっと本心だろう。
歳はずっと離れてるし、性格もまるで光と影で正反対で、性別だって違う、それでも――
「……俺も」
自然と、口が開く。
「俺も、アカシアさんとずっと友達でいれたらいいと思ってるよ」
そんな言葉が、するりとこぼれ落ちた。
いつも楽しそうな超全力少女、それでいて何故か『騒がしい、落ち着かない』とは思えないのが、彼女の不思議な魅力だ。明るく優しく気遣い上手な彼女といるのは、純粋に楽しい。
本来なら性別と年の差のせいで何を話していいかも分からなかっただろう、しかしそんな俺が彼女と自然に話ができるのも、彼女の人柄が為せる技だ。彼女とのつながりは、今度こそ、絶対に失わないままでいたい。
アカシアさんの大きな緑の瞳に映る俺は、穏やかに微笑していた――
……って、いや、やばい。
アラサーにもなって、すっっっごい恥ずかしいこと言った気がする。
そう思ったのは、すべて喋りきって口を閉じたあと。時すでに遅しというやつだ。俺の言葉を聞いたアカシアさんは、目をきゅるんと見開いて、超全力の笑顔を浮かべている。
「……! ほんとうですか!? ゼッタイですか!?」
「あ、あぁ……う、うん……」
「いつか記憶が戻ってもですか!?」
「記お……、お、おう」
「やた――っ! うれしいですっ!」
アカシアさんは俺の両手を掴み、ピョンピョンと跳ね上がった。
……うん、まぁ、喜んでくれてるなら良いんだが。
俺は気恥ずかしさを振り払うように、神官の方に向き直った。
「あ、あのー……こ、これって持って帰ってもいいんですか?」
「えぇ、ぜひ宝物にしてくださいね」
「うふふっ、ワタシ、畳んでロケットに入れておこうかな――っ!」
いまだニコニコ顔のアカシアさんに『そろそろ行くか』と声をかけ、俺たちは教会を後にした。
「ではでは、お次は冒険者ギルドへ行きましょうかっ!」
「あー……でももう夕方だぞ。今から行くと遅くならないか?」
西の空を親指で指せば、傾きかかった太陽の姿が。空は若干オレンジ色に染まりかけている。
「へあっ、もうそんな時間でしたか……!? ご、ごめんなさい、ワタシがのんびりしてたから……!」
アカシアさんは鳩が豆鉄砲を食らったような表情になったかと思えば、すぐにしゅんと眉尻を下げる。
「いやすまん、俺ものんびりお祈りしてたし……、まぁ、明日行けばいいよな」
「うぅ、そうですね……! 今日のところは一旦戻りましょう……!」
時間だけはたっぷりある。金もまぁ、当面は大丈夫だろうし、そう急ぎ足になる必要はないだろう。
俺達は『教会、楽しかったな』と言い合いながら、宿に向かって歩いた。




