36. 椎名泉、教会へ行く
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その後、簡単な実況見分が行われ、最寄りの警務局まで局員に案内された。
今回、貴族家からの報酬は辞退することにしたが、エメラダの盗難に関しては警務局の方から協力金が出るらしい。受け取った金額は20万リタスほどで、それを俺達4人で按分した。
ショウとザンさんは『ほとんど何もしていないから』と受け取りを拒否しそうになったが、今度は何とか言いくるめて分け前を渡すことに成功。俺は謎の達成感を得たのだった。
局員に見送られながら警務局を後にして、俺たちはようやく気を落ち着けることができた。
「はぁ……、ようやくケルナに到着って感じだな」
「うん、なんだかいきなり疲れちゃったねぇ……」
ため息混じりのショウの言葉に、俺は深く頷く。
5日かけた馬車旅を終えて早々、喧嘩(嘘)の仲裁、窃盗団との対決……イベントが目白押しだ。まだ日は高い時間だが、正直、もうホテルで休みたいぐらいの気持ちになっていた。
「……あ、そうだ、泊まるところ決めないとな」
そういえば、そもそもどこに泊まるかを決めていない。
ショウが『そうだねぇー……』と疲れた声で答えるのを聞いて、アカシアさんがすかさずビッと手を挙げた。
「あっ宿、決まってないんですね! ならワタシたちと同じところにしませんか――っ!?」
「え……いいのか? 探す手間が省けてありがたいが……」
現代社会ならネットで数回タップすれば予約できてしまうところ、この世界では地道にホテルを探して宿泊できるかどうか確認して回らなければならない。疲れた体とって、アカシアさんの申し出はかなりありがたい。
「お、いいんじゃねェか? 俺の昔の知り合いがやってる所なんだが、紹介制だから変な客も居ねェし、飯はうめェし、コスパは最強だな!」
「へー、ザンさんがそう言うなら間違いないね。じゃあ便乗させてもらおうかな」
「だな。よろしく頼む」
俺とショウがそう答えると、アカシアさんは嬉しそうにピョンピョンとその場で跳ねる。
「やた――っ! じゃあ早く行きましょうっ!」
「待て待てェ! れいめいの門に置いてきた荷馬車を回収してからだ!」
そう言って、ザンさんは今にも走り出しそうなアカシアさんの首根っこを掴む。アカシアさんが『ふげえ』、と妙な声を出して後ろ向きに引っ張られる。
「ふふっ、ね、夜はみんなで枕投げとかしましょうねっ!」
「いいよ、シーナと俺対アカシアさんならね」
「え……そ、そんなのワタシが不利じゃないですかっ!」
「アカシアさん強いんだもん。シーナ、枕飛んできたら遠慮なく燃やしちゃってね」
「オイオイ、俺の知り合いの宿だっつってるだろうが、遠慮しろ遠慮ォ!」
「そうですよ、真面目にアカシアと遊んでください――っ!」
笑うショウに、頬を膨らますアカシアさん。だがその表情は、拗ねているというよりかは、喜びが勝ったような表情だった。
……きっとショウと別れるのが寂しいんだろうな、と俺は察した。
ショウはこの後別の街に引っ越すと言っていたし、そうなれば彼とはしばしお別れだ。アカシアさんは出会って3ヶ月少々の俺にも『行っちゃやだ!』と言うくらいだ、きっと長年ご近所さんだったショウと離れるのが嫌なんだろう――だから、ショウと同じ宿に泊まりたいし、構って欲しい。
普段しっかりしてる印象だけど、こういうところ可愛らしいんだよな。
……そう思って頬を緩ませていると、『もう、なに笑ってるんですかシーナさんっ!』と怒られてしまったが。
◇
アカシアさんに案内されたのは、れいめいの門近くの細い路地を抜けた先だった。
「ここが我が家御用達の宿屋、その名もココノハ亭で――すっ!」
建物と建物の隙間を縫うようにして辿り着いた先には、白い壁に橙色の煉瓦屋根の家。宿の看板は出ておらず、言われなければただの民家にしか見えなさそうな場所で、まさに隠れ家的な宿だ。
「おやっさん、来たぞ、俺だァ――!」
ザンさんはその建物の戸をバンと開いて、大声を上げる。
1階はロビーになっているらしく、共用スペースらしい空間と、奥に受付カウンターのようなテーブルがあった。見た感じ、清潔感があるいい宿だ。
「……ん!?おお、ザンさんか!久しぶりだなぁ――!」
ザンさんの声に反応するようにカウンターの奥から出てきたのは、一人の初老の男。彼がザンさんの知り合いなのだろう、2人は挨拶もそこそこに、何やら盛り上がり始めた。
「それじゃ、ザン、手続きと荷物お願いねっワタシたちは出かけるから!」
「オウ、気ィつけて行って来いよ――!」
アカシアさんの声に、ザンさんがひらひらと手を振って答える。
手続きを任せてしまうのは申し訳ないが、まあ、昔の知り合いなら俺達が居ては語らいの邪魔になるかもしれない。
アカシアさんに促されるまま、俺たちはココノハ亭をを後にした。
「――で、これからどうするんだ? まず冒険者ギルドか?」
「え? モチロン、まずは教会ですよ――っ!」
アカシア指差した方向を見ると、赤煉瓦の尖塔が建っていた。周囲のから頭一つ抜き出て、細かな装飾がされているその建物は、まさに教会らしい威厳を放っている。
「んー……、教会か。ならみんなで行ってきてくれる? 俺はちょっと、仕事の用があってね。それにここに長居するつもりはないからさ」
「そうですか……じゃあ2人で行ってきますねっ!」
「うん、いってらっしゃい」
……うん?
会話の流れについて行けず、俺は2人を前に小首をかしげる。
疑問をぶつける前に、ショウは手を振りながら教会とは反対方向――街の西側に向かって歩いて行き、この場には俺とツノウサギとアカシアさんだけが残った。
「……アカシアさん、教会に何か用でもあるのか?」
「……えっ!?」
不思議に思って尋ねてみたところ、アカシアさんは俺の方を見て目を丸くしており、肩に乗っているツノウサギも『あ――……』と、気まずそうな声を出している。
「あ、そっかっ、シーナさん記憶喪失なんでしたね! えと、引っ越して住むところが決まったら、教会にお祈りに行かないといけないんですよ――っ!」
「お……お祈り?」
「天使さまと神さまに引っ越したことを報告して、これからこの地で幸せに暮らしていけますようにってお祈りするんですっ!」
なるほど、とアカシアさんの話に頷いていると、今度はウサペディアからの解説が入った。
『……神さまっていうのは、この世界を作ったって言われてるひとね。名前はエミュファさま。この世界のひとは皆、その存在を信じてるんだ。それこそ犯罪者とか、よっぽどの人間以外は……』
「あぁ……エミュファ教っていうやつか」
以前ショウが言っていた、“リスミスタ”――“困っている人は助けるべし”を説いている宗教だ。
『そのエミュファ様が3人の天使を造って地上に送ったらしいんだけど、このファリス王国に送り込まれたのがファーテル様。だからこの国の教会はエミュファさまとファーテルさまを祀ってるんだよ』
……ツノウサギの言い方から察するに、この国で エミュファ教を信じていないのはかなりの異端者らしい。
このまま無知な俺を放置しておくとまずいと思ったのか、ツノウサギは早口で説明してくれた。
「この国ですこやかに生きていけるのは、エミュファさまとファーテルさまのお力あってのことですから、ちゃんとお礼を言わないといけないんですよ!」
「なるほど……。熱心に信仰してるんだな、アカシアさんは」
「それはモチロン! ワタシ、ファーテルさまもエミュファさまも大好きですからっ!」
アカシアさんは弾けるような笑顔で胸をドンと叩いた。……しかしその笑顔はすぐにシュンとした表情になり、さみしそうな声で呟く。
「でもシーナさん、天使さまのことも忘れちゃってるんですね……」
「あ、あぁ……みたいだな」
……忘れていると言うか、そもそも知らないわけだが。
それにアカシアさんには悪いが、俺たち日本人――クリスマスを祝ったかと思えば大晦日に除夜の鐘をつきに寺へ行って元旦に神社にお参りに行く人種には、宗教というのはなかなかとっつきにくい概念だ。
「でもシーナさんも間違いなくファーテル様を信仰されてたと思いますよっ! だって“ファーナ”をつけてますからっ!」
「“ファーナ”?」
「そのイヤーフックですっ!」
「あぁ……ファーナって、琥珀か」
自身の耳元に手を添えれば、シャランとアクセサリーが揺れる感触。これはショウからもらった、しずく型の琥珀のような装飾品だ。
初めて出会った頃――ショウが服を一式貸してくれる時、彼が両耳につけていたイヤーフックの片方を差し出したので、それ以来ずっと着けていたのだ。
「そういえばこれ、皆つけてるよな」
てっきり民族衣装の一部かと思っていたが、宗教的なアイテムだったらしい。確かにアカシアさん含め大体の人間が、首に大粒の琥珀を繋げたネックレスをつけていた。
「これはファーテル様の愛が宿ると言われているものなんですよっ! だから、みんなつけてるんです!」
……なるほど。ショウがこのイヤーフックを貸してくれたのは、周りの人間に異教徒だと不審がられないようにするためだったのかもしれない。
……というか逆に、琥珀をつけてない異端者の俺をよく助けようと思ったものだ。
「それじゃさっそく行きましょう!」
「そうだな……あ、お祈りの仕方とかも忘れてるから、やり方を教えてくれ」
「ふふ、わかりましたっ!」
そう言って笑うアカシアさんに連れられ、俺たち一行は教会に到着した。
赤煉瓦壁が特徴の5階建てで、地球の感覚で言えばキリスト教の教会によく似ていた。
俺はアカシアさんに促されるまま、中に足を踏み入れる。
入り口の近くに神官が2名座っている。部屋の窓はすべて色ガラスで、天井からは金属製の鳥がまるで千羽鶴のような状態で吊り下がっていた。
「――ようこそ、ケルナの教会へ。祈りをどうぞ」
神官の凛とした声に促されて、部屋の奥へ進む。奥は吹き抜けの空間になっており、窓から取り入れられた自然光が、高さ1mほどの台座に乗る小さな水晶を照らしていた。
「……これ、きれいだな」
「ファーテルさまが作ったと言われる結界水晶ですっ! 悪いものを排除するから、教会には悪いひとなんかは入ってこれないんですよ!」
「それはすごいな……」
そういえばラカイが狼に襲撃された時、ツノウサギがそんなことを言っていたな。
どういう原理かはわからないが、すごいテクノロジーだと感心していると、アカシアさんががしりと俺の肩を掴んで下に押した。
「ささ、シーナさん、この水晶の前でぎゅって両手を握ってください……うん、そんな感じです」
「あ、あぁ」
「そのまま、“ワタシはシーナです、お陰様で無事ケルナに引っ越してこれました、これからよろしくお願いします”って心のなかで言うんですよ!」
「わ……わかった」
俺はアカシアさんに言われたとおり、手を組み、目を閉じた。
(えぇと、はじめまして、天使様、神様……俺の名前は椎名泉――)
――俺がそう念じ始めると同時のことだった。
瞼を閉じて真っ暗だったはずの視界が白く反転し、くらりと意識が滲む感覚。
「………あっ?」
この感覚には覚えがある。
そう、かつて地球に居たころ、地球の管理者ゼリウスの居る白い世界に飛ばされたときと同じ感覚――
恐る恐るの蓋を開ければ予想通り、俺はかつて見たような真っ白な世界にいた。慌てて辺りを見渡すが、肩に乗っていたツノウサギも、隣にいたアカシアさんも居なくなっている。
まさかゼリウスに、俺がこの世界にいることがばれてしまったのか。
またあの世界に呼び出されてしまったのか。
どこまでも続く真っ白な景色とは対照的に、俺の心は絶望に、真っ暗に変わっていく。
「――大丈夫か?」
ゼリウスに呼び出されたときと同じく、どこからともなく聞こえる声。
しかしその声はかつて聞いた少年のような声ではなく、青年のような声で、しかしどこか威厳のある、そんな声色だった。
俺は未知との対面に、ごくりと唾を飲み込んだ。




