35. 椎名泉、取り押さえる(後編-4)
『大変な名誉だぞ!』と笑う局員を尻目に、俺は意識が遠のく気配を感じた。
貴族から報酬をいただく――それはつまり、俺と貴族の間に繋がりができてしまう……ということだ。
俺は地球で読んだ異世界モノの小説をひとつひとつ思い出す。ひょんなことから貴族と知り合って、あれやこれやと“お願い”され、その期待を一身に背負うことになる、責任の重い、“やりがいのある人生”……。
『ちょ……ちょっと、まずいんじゃないの、これ。椎名さんの言う、わー……“わーくらいふばらんす”? あれ、叶わなくなるんじゃない』
「あ、あぁ……あぁ!」
唯一俺の目指す所を知るツノウサギの言葉に、俺はぶんぶんと首を縦に振った。
そう、俺にとって大事なのはワークライフバランス。人生の目標は、『ほどほどに自己肯定感を高められながらプレッシャーなく仕事して、そこそこ余裕のある収入を得て、趣味を見つけてプライベートも充実させる』だ。
要は波のない安定した人生を送りたいのだ。貴族とお知り合いになるなどというビックウェーブ、そんなものに乗るのはできれば避けたい。
ここはショウか、ザンさんかアカシアさんにその辺の対応をお願いしたい……そう思って3人の方を振り返ると、何故か皆ニコニコ顔で手を振っていた。
「あ、俺は仕入れが終わったらすぐ帰るから要らねェぞ! アカシアも不在にすることが多いんだろォ? シーナとショウ、2人で全部受け取っといてくれよ!」
「うんっ! 全部どうぞですよ――っ!」
「あ、俺はすぐ街を出るからいらないよ! シーナがもらっちゃって!」
「え? え、え、え、ちょ、」
……まさかの全員受取拒否!?
思いがけない展開に言葉が出ずにいると、局員は彼らの言葉に頷きながら俺に視線をやる。
「それじゃ段取りがつき次第、お前に連絡を入れるから連絡先を――」
「お、俺も!俺もいいです!結構です!善意の協力者ってことで、報酬不要で!できれば、そう、俺のことは、その、貴族の方には伏せておいてください!」
『必死だね、椎名さん……』
俺は文法も滅茶苦茶な状態で、慌てて声を上げる。局員はそんな俺の様子を見て、『ほう……』と意外そうな声で言う。
「なんだ、お前も“そのクチ”か?」
「え、そ……そのクチ?」
「たまにいるんだよ、そういう、貴族様と毛ほども関わり合いになりたくねぇっていう変わりモンがなぁ」
「そ……うなんですか……」
肩をすくめて笑う局員の言葉に、俺は少しほっとした。
少数派でも同じようなマインドを持っている人間がいるというなら、心情的に断りやすい。
「でもまぁ、そんなに大層なことになるわけじゃないぞ? ただ警務局経由で報酬を受け取って、それで終いっていうケース殆どだ」
「そ……そういうものなのか?」
「あぁ、ま、ついでにワンチャン狙って自己アピールする奴が多いがな」
……まぁ、それはそうだろうな。
もし万が一貴族に気に入ってもらえたら、その後の生活は安泰だろう。アピールしたがる人間の気持ちも、まあ、わかる。……俺は絶対ゴメンだけどな。
そんなことを考えていると、隣で話を聞いていたアカシアさんがキョトンとした顔で挙手した。
「ハイハイッ、“ワンチャン”ってなんですか――っ?」
「貴族への仕官だよ。俺はこんなに優秀なんですよ、よかったら俺を雇いませんかってアピールするんだ」
「エッ、し、仕官ですか!?」
「よくある話だよ、冒険者から貴族家に仕える騎士へ登用っていうシンデレラストーリー……」
「え、え――っ!」
アカシアさんは頬に両手をあてて驚いている。
俺は異世界モノを熟読しているお陰でそういうルートがあるのを知っていたが、一般的な商人の娘さんであるアカシアさんは、初耳なのかもしれない。
「シーナの実力を知ったら、間違いなく仕官の話になるんじゃないかなぁ?」
「ハハ、間違いないな。戦闘員、開拓作業員、使いようはいくらでもあるし――」
「だ、だめ! 仕官なんて、そんなのゼッタイだめです――っ!」
ショウと局員が意気投合していると、アカシアさんは慌てたように俺と2人の間に両手を広げて割って入った。
そんなアカシアさんの様子を、2人は不思議そうな顔で見ている。
「え、だめなの? だって大出世だよ、平民の冒険者が貴族に取り立てられるなんて」
「だ、だめだめっ! だってガーバー家もダヴィディアナ家も、領地すっごく遠いんですよ!? かんたんに会えなくなっちゃうじゃないですかっ!」
「あー……それは確かにそうだねぇ……」
「シーナさんが貴族にとられちゃうの、ワタシやだ――っ!」
そう言ってアカシアさんはグイグイと俺の腕を引っ張り、10cm下からきゅるんとした瞳で俺を見上げる。
「ねっシーナさんも嫌なんですよね? だったらケルナで冒険者しましょ? そっちのほうが楽しいですよっ!」
……う。ちょっと、こう、心にドゥンときた。
いや、もちろん変な意味じゃなくて。
この感情には覚えがる――あれだ、『歳の離れた小さい従兄弟が遊びに来て、帰り際に帰りたくないとダダをこねられた』、あの時と同じ感情。アカシアさんも俺を『近所のいいお兄ちゃん』くらいに思ってくれているのだろうか。
俺は嬉しいようなむず痒いような気持ちになりつつ、彼女の手をポンポンと叩いた。
「いや、仕官なんか目指してないぞ。俺はワークライフ……んんっ、じ、自由な生活がしたいしな」
「ほんとですか!? よかった――っ!」
アカシアさんは破顔しつつ、俺の手を掴んだままぴょんと跳ねる。その超全力の勢いに掴まれていた腕が脱臼しそうだったが……、まぁ、彼女が嬉しそうなのでよしとする。
そこで、今まで黙って話のなりゆきを聞いていたザンさんが口を開いた。
「……まぁ、俺もその方が良いと思うぞォ。お前の炎魔法がどこまでの力なのかは知らねェが、荒事に使う道具としちゃ超優等だろうよ。貴族共はこぞって“有効活用”したがるに違いない」
そう話すザンさんの表情は、普段の“気のいい親父”ぶりからは想像できないようなものだった。いつになく神妙な面持ちで、いつになく真剣な声色。
俺はその雰囲気に飲まれるように、彼の話に耳を傾ける。
「でもシーナ、お前は人間をどうこうするのに抵抗感を持ってる。無用な殺生は遠慮したい。無用じゃなくても殺生は遠慮したい。盗人共に気を遣ってやれるお前は、多分相当お上品な倫理観と道徳を持ってるんだろう。だが貴族の手駒になれば、命令されたら何でもやる必要がある――そう、何でも、だ。……だったら冒険者やってる方が、まだ無難ってモンだろうよ」
「あぁ……そうだな」
ザンさんの言葉に、俺は静かに頷いた。
確かに冒険者をやっていても、盗賊団やら何やら、危ない人間と出くわすことはあるだろう。だがそれでも、戦うのか逃げるのか、殺すのか殺さないのか、自分でその選択をすることができる。
だがもし、貴族に雇われる立場なれば。……きっと俺には選択権は与えられない。そういう意味でも、俺は絶対にそうした立場になるべきではないのだ。ザンさんの言葉は至極真っ当だろう。
俺がそれを正しく理解しているとわかったのか、ザンさんは『分かってんならいい』、とどこか満足そうにつぶやいた。
そうして話が一段落ついたのを察し、局員がパンッと手のひらを叩いて場を仕切りなおした。
「……ま、どうしても嫌だって言うなら……もったいないとは思うが、報酬は辞退で構わない。お前が盗品を見つけ出したことは言わないでおこう。だが口止め代わりに、俺の出世の材料にさせてもらうぞ」
「喜んで。頼みます、本当に……」
……そうそう、やっぱり、こういうのは出世欲のある人間に任せるべきだ。
俺は自分が望む方向に話が帰着したことに安堵し、息をついた。
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