34. 椎名泉、取り押さえる(後編-3)
「お前達か、この騒ぎを起こしたのは?」
何の騒ぎだと言って駆け込んできたのは、紺色のコートを着用した男。門のところで見たのと同じ服装だ、彼が警務局員なのだろう。彼の後方には部下らしい男が3人控えていた。
そして彼らの背後には、近隣住民らしい人々が10数人集まっている。
「――おい、さっきの音はなんなんだ!?」
「こっちは朝まで仕事だったんだぞ! 寝てるとこ起こされてエライ迷惑してるんだよ!」
彼らの口から発されるのは、騒音被害への苦情の数々だ。
「え、あ、ご、ゴメンナサイ――っ!」
「す、すみません、お騒がせして……」
……それはまぁ、これだけの音がしたら、何事かと騒ぎになってしまうだろう。
謝るアカシアさんの前に出て、俺は頭を下げた。近所迷惑というところまで頭が回っていなかったと反省していると、さらに横からザンさんとショウが割って入る。
「あー、騒がせて申し訳ない! タチの悪い窃盗団の捕縛中だったんだ!」
「局員さん、れいめいの門で宝石が盗まれたっていう話、聞いてない? その犯人の拠点がここだったんだ」
二人の言葉に、局員はハッとした顔になり、近隣住民たちの間ではざわめきが起こった。
「た、確かにその話は入ってきてるが……そ、それで犯人はどうなった?」
「すでに制圧済みだ! こっちのシーナがな!」
「と、こっちのツノウサギとショウとアカシアさんが、です!」
ドヤ顔のザンさんが親指でクイッと俺を示すのを見て、慌てて口を挟む。
「宝石なら犯人が持ってると思いますっこっちへどうぞ――っ!」
そう言ってアカシアさんは、抜けた床の向こうにいる犯人たちを指した。局員達は床が抜けた先の地下室を見て首を傾げ、さらに天井を見上げて反対側に首を傾げる。
「……そ……その前に、この斬新な建造物は何なんだ? 地下から3階まで吹き抜けなんだが?」
「あぁ、それはシーナが床を抜いたんだよ」
「そうか、床を抜いたか……ってオイ、どういうことだ!?」
「シーナさんが窃盗団の人たちを捕まえるために、3階の床を抜いて2階に落として、さらに2階の床も抜いて1階に落として、それでもまだ抵抗されたからさらにもう1回抜いて、地下に落としたんですよ――っ!」
「だからどういうことなんだ、それは……」
局員は頭痛を抑えるかのように、目元を親指と人差し指で押しながら答える。俺がアカシアさんの説明に苦笑していると、局員はハァ、と一息ついたあと、引きつった顔で続けた。
「……そういやさっき、門のところで同僚が盛り上がってたな。なんでも『対象を灰も残さずに燃やし尽くす炎魔法使いが現れた』って……眉唾モンかと思ってたが、ありゃもしかしてお前か……?」
「た、多分そうだと思います……」
「にわかに信じがたいがなぁ……」
男は舐めますように俺を見ながら言った。
……まぁ、どこからどう見ても立派な……いや、立派ではないアラサーモヤシ社畜の男だ。これで『凄腕の魔法使いです』などと言われても、にわかに信じ難いだろう。
『……椎名さん、一回見せてあげたら?』
「そうだな……じゃあ、一回お見せします」
ツノウサギの提案に、俺はポケットからトラック型ヒノオ石を取り出して、地下室の隅に落ちていた2m大の木片に向かって投げつけた。
「ひぃっ」
「う、うわぁああっ」
すっかり戦意喪失モードの窃盗団たちは、恐怖に引きつった声を出しながら、石を投げた方向から大袈裟なほど距離をとる。
『なんか……すごい怖がられてるね。当たり前だけど』
「あ、あぁ……。わ、悪かった、殺したりしないから、心配しないでくれ!」
窃盗団に聞こえるように大声をあげると、彼らはコクコクと高速で首を振る。
そんな様子を見て、『急に大人しくなったな……』と不思議に思っていたが、そういえばさっきポンポン上から石を投げ入れて家具を消したんだったか。アレがメンタルに効いてしまったのかもしれない。
今思えば、“上から降ってくる石に当たれば即消滅”というのは、かなりの恐怖体験だろう。本当のところ、俺が『転移しろ』と念じたものしか転移しないため、彼らは全く安全だったわけだが……そんなことを彼らが知る由もない。無駄にビビらせてしまって申し訳ないことをしたな。
そんなことを考えているうちに、石は放物線を描いて板の上にコツンと当たり、その瞬間、視界から消滅した。
俺が『どうだ?』と声をかけながら局員の方を振り返ると……
「………!?、!?、!!?!?」
局員は眼球がこぼれ落ちそうなほど、目を見開いて驚いていた。近隣住民たちは家の外なので何が起こっているか分からないだろうが、これ以上騒ぎを大きくするのは避けたいので好都合だ。
「まぁ、こんな感じだ。直接触るか、火種……ヒノオ石をぶつけた対象は完全に燃え尽きて消滅する」
「はぁ……え、あ、はぁ……? そ、そんな炎魔法聞いたことないが……!?」
「そうなのか? 今、王都の方にも“極炎魔法使い”っていうのがいるって聞いたぞ。こういう手合いは結構いるんじゃないか?」
「い、いや、たしかにそういう噂はあるが……」
「だろ? その人が使ってるのと同じような魔法だと思う。俺の住んでた町の皆はそう言ってたぞ。間違いない」
『ゴリ押しだね……』
ツノウサギは半ば呆れたような声を出して渋い顔をしているが、このまま勢いで乗り切れそうである。俺はダメ押しとばかりに話題を転換すべく、アカシアさんに声をかけた。
「そうだ、そういえばアカシアさん、箱がどうとか言ってなかったか?」
「あぁ、そうですそうですっ! 局員さん、あそこの箱なんですけど……」
「箱?」
アカシアさんが地下の隅の方を指差すと、局員もそれにつられて意識がそちらに向いたらしい。
……計画通り。
俺が心の中でほくそ笑んでいると、局員は再び目を見開き、一緒に来ていた部下たちの方を振り返った。
「お前達!! すぐ梯子か何か用意しろ、“紋章”入りだッ!」
「は……はい!」
局員の指示を聞いた部下たちは、弾かれたように駆け出した。
……一方の俺はというと、彼らの様子を見て聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「……“紋章入り”?」
「あの箱の側面に描かれてるの、貴族の紋章なんですよ……!」
「だね……あれはガーバー男爵家と、ダヴィディアナ子爵家のしるし、かな」
アカシアさんとショウの言葉聞いて、俺は地下室の隅に目を凝らす。確かに木箱の側面には、なんとも形容しがたい複雑な文様が描かれた箱が10個ほど転がっていた。
「……なるほど、貴族からの盗品か」
随分と度胸の要る仕事をしたものだなと、俺は呆れ半分に頷いた。
そうしているうちに梯子を取りに行った局員が帰還した。彼らはそれを使って地下室に降りていき、まず窃盗団を取り押さえた。もちろん抵抗されないように、俺は上から睨みをきかせておく。
「――あ、エメラダ、ありました! 盗難の報告があった個数とも一致します!」
「くそ……っ」
アカシアさんの言う通り、宝石は彼らが持っていたらしい。局員に取り押さえられ、苦々しい顔をしながら唾を吐き捨てている。
「小箱の方は!?」
「……、中身は貴金属……アクセサリー類です! どれもガーバー家かダヴィディアナ家の紋章が入ってますね……!」
「お、おい、それは俺がやったんじゃねぇからな!拾いもんだ!」
局員の言葉を聞いて、窃盗団の男の一人が焦ったように声をあげた。
「ず、随分前の話だが、金になると思って拾ってきたんだよ!」
「拾った?どこでだ?」
「そ……それが覚えてねぇんだ。酒屋の帰りで酔っ払ってて……」
「適当な嘘をつくな! こんなものがその辺に落ちてるわけ無いだろうが!」
「嘘じゃねぇよ、天使に誓って嘘なんかついてねぇ!」
局員の言い分はもっともだが、窃盗団の方も必死になって抗弁している。局員はそんな男を一瞥して、『フン』と息をついた。
「まぁいい、審問にかければわかる話だ」
「おうよ、俺たちは無実だからな! 審問でもなんでも来いってんだ!」
そう言って、男は自信ありげにドンと胸を叩いた。
……いや、そんなに自信満々に言えるほど、お前は真っ白な人間ではないと思うのだが。
まぁ、貴族の持ち物を盗んだのと、商会の荷物を盗んだんじゃ、罪状が全く違うのだろう。彼らが必死になるのは、貴族制のない国から来た異世界人の俺でもよく分かる。
「……ま、何はともあれ、大手柄だな」
窃盗団と部下の会話を聞いていた局員が、肩をすくめて笑った。
「シーナのおかげだね! 床を燃やさなきゃ見つかってなかったんだし!」
「いや、どうせ後で地下への入り口が見つかってただろ」
この国の犯罪捜査がどうなっているのかは分からないが、いわゆる家宅捜索らしいものはするだろう。俺が手を出さなくとも自力で見つけていたはずだ。
「まァ、見つけといて良かったんじゃねェか? 協力金増額は間違いねェだろうさ!」
「そ……そうなのか?」
「あぁ、勿論だ! その辺は子爵家と男爵家に確認してから、両家から報酬が下賜される。その辺りはまた後日連絡させてもらおう!」
「……え!?」
……それってつまり、貴族との繋がりができるかもしれないってことか?
局員の言葉に、俺はピシリと固まった。
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