32. 椎名泉、取り押さえる(後編-1)
「で……行くって言っても、どこから建物に入るんだ?」
「うーん、正面玄関から突撃するのはさすがにまずいよねぇ……」
そう言ってショウが指差すのは、今にも崩れ落ちそうな廃墟の扉。開けるだけで確実に蝶番の擦れる耳障りな音が高らかに響いてしまうことだろう。
「あそこから入りましょうっ! ほら、木箱を足場にして窓から侵入できます!」
「なるほど、良いルートだね」
アカシアさんが指差したのは、建物の横に面している細い路地。薄暗いその道には乱雑に木箱が積まれたまま放置されており、そばの窓はガラスが割れて全開状態だ。
「じゃ、行きましょうっ!」
「オウ、気をつけて行ってこいよォ!」
「ザンさんもね!」
とりあえず建物には俺とショウとアカシアさんが入り、ザンさんは建物の外で待機、ということになった。万が一建物から犯人が逃げ出したら大変だ――ということらしい。
貴重な戦力が減ってしまったことに若干の不安を抱えつつ、俺は建物の中に入った。
「こっちですっ」
アカシアさんの先導で、俺達は階段を上がっていく。彼らのねぐらは最上階の3階らしい。一歩進むたびにギシッと嫌な音が鳴ってしまうが、もともと風を受けてキシキシ小さく音を立てており、それに紛れているので問題はない。
俺たちは慎重に足を摺るように進んでいった。
「この部屋です……!」
アカシアさんが指差したのは、古びた木製のドア。そこに耳を押し当ててみると、男達の声が聞こえた。
「――しっかし、なかなかちょろい仕事だったよなぁ」
「こうもあっさり行くとは思わなかったぜ!」
「騒ぎがやたら大きくなったのが幸いしたな。あの極炎魔法使いが周りの目を引いてくれたおかげで、馬車の方にはちっとも注目されずに済んだ!」
……ぐう。
やっぱり俺が盗人共の計画達成に助力する形になってたのか。
「だ、大丈夫だよ、これで宝石を取り戻したら問題ないし」
『そ、それに協力金が稼げるんだから、むしろよかったでしょ』
「そ……そうだな……」
再び罪悪感に心を抉られそうになっていたところ、ショウとツノウサギが慰めるように囁いた。
……うん、まぁ、この男がこの窃盗団の一員だなんて知らなかったし。放っといたらショウが怪我させられてるところだったもんな。俺はなんにも悪いことはしていないはずだ。
俺は気を取り直し、一つ咳払いをした。
「それで、どうする? 人数は向こうの方が多いんだし、このまま突撃するのは危ないと思うんだが……」
「うーん……とりあえず、仲間を何人かおびき出して、順番に取り押さえない?」
「下の階で大きな音をたててみるとか、どうですか? 何人か誘い出されてくれるかも……!」
「よし、それでいこう」
俺は2人の提案に頷いた。少数を誘い出し、ドアの近くで待ち伏せして、部屋入ってきた人間を3人がかりで取り押さえる――比較的安全な策だろう。
「じゃ、とりあえず下の階に……」
そう言ってアカシアさんが再び階段に戻ろうとした時、ツノウサギがピンと耳を立てて声を上げた。
『――まずいっだれか階段の方から来るよ!』
「えっ……!?」
俺たちは階段を上がってすぐの廊下に立っている。
廊下の向こうは行き止まりで、この盗賊たちがいる部屋しか入れる場所がない――下から上がって来られては、隠れ場所が存在しないのだ。
俺は驚いて声を上げてしまったが、それがいけなかった。
「おい、今なんか後で声がしなかったか?」
「ぁあ?」
部屋の中にいた窃盗団が俺たちの存在に気づいてしまったようだ。しまったと思った時にはもう遅い。
「あっ、バレちゃいました?」
「みたいだねぇ」
『ご、ごめん……!』
「す、すまん、ツノウサギ下から誰か来るって!」
やばい、完全に俺のミスだ。俺とツノウサギが慌てて謝罪するが、2人はさして気にした様子もなく、アカシアさんは階段の方に、ショウは扉の方に向き直る。
「ありゃりゃ、挟まれちゃったねぇ」
「ですね――、よーし、超全力でがんばっちゃいますよ――っ!」
……うん、相変わらずのマイペースっぷりだ。
さすが異世界在住歴28年と15年といったところだろうか。荒事に対する心の余裕が俺とは大違いである。
そして間髪入れず階段の陰から現れたのは、先程門のところで喧嘩を吹っかけた男だ。彼は俺たちの姿をみとめて、大きく目を見開いた。
「て、てめぇらなんでここに!?」
「【雷よ】!」
「ひぎゃああああっ!!」
初手はアカシアさんがぶっ放す。
彼女の右手から放たれた雷撃は、見事男を貫いた。男は気絶したようで、その場に膝から崩れ落ちる。あの巨体のイノシシを一撃で倒せる雷だ、手加減はしてくれているだろうが、人間が耐えられるわけがないだろう。
「よしっまずひとりだよっ!」
「拘束しておこうか。俺、縄持ってきたよ」
「準備いいな。頼む」
ショウは自身のショルダーバッグから頑丈そうな縄を取り出した。それと同時に、部屋の中から男の怒声が聞こえる。
「あ!? 今のディーンの声じゃねぇか!?」
「おい、どうした!?」
窃盗団たちが遂に異変に気づいたらしく、扉をバンと勢い良く開けた。その扉の奥を見る限り、窃盗団は1、2、……7人ほどの男が居るようだ。
「! ディーン!?」
「て、てめぇらさっきの……」
「なんでここが分かった!?」
扉から飛び出してきた男の一人が、俺の胸ぐらを掴みかかるようにな勢いで向かってくる。その間をバチンと白い光が通り抜けた。
「大人しくしろ! お前たちの悪事はぜーんぶお見通しなんだから!」
ショウの雷だ。アカシアさんより幾分威力は低いが、雷を掠めた男は低いうめき声を上げながらその場にしゃがみこんだ。
「ちっ……雷使いか、面倒な奴だな!」
「おい、気をつけろ!後ろの男が極炎魔法使いだ!」
「フン、こんなガキどもに負けるわけねぇだろ、くらえっ煙幕!」
窃盗団の男が叫びながら、黒い球体のようなものを地面に投げつけた。球体は地面に衝突すると同時にプシュと音を立てて、周りに濃い灰色のスモークを吐き出していく。それは瞬く間にこのフロアに広がり、視界が完全に煙に覆われてしまった。
「あーっはっはは! 雷魔法だろうが極炎魔法だろうが、当たらなきゃ意味ないんだよ!」
男は勝ち誇ったように高笑いを上げる。
……まぁ、確かにその通りなんだが。
「煙幕【転移】」
「はっはっは……はぁ!?」
……まぁ、煙が俺たちに効くならば、の話だ。トラックストラップを通した腕を軽く振るだけで、煙は瞬時に転移できた。
窃盗団達はみな呆然とした表情で俺の方に注目しており、味方である2人と1匹も驚いた様子で俺に視線を向けている。
「や、やっぱりシーナさんすごいですね……!?」
「煙を燃やすって、どうやったらそんなことできるのか不思議だよ……!」
『……“燃やして煙が出た”なら理解できるんだけど、“煙を燃やして消した”って、ちょっとムリがない、椎名さん……?』
確かにツノウサギの言うとおりだが、転移しなければわが方は総崩れだっただろう。致し方ない、とひとり頷いていると、部屋の奥で男が動き出したのが見えた。
「チッどうなってやがんだよ、クソ!」
「え」
男はクロスボウのような武器を手に取り、こちらの方に構えようとしている。
俺は咄嗟に『まずい』ということだけ理解できた。
さすがに飛んでくる矢を触って転移はできないし、雷魔法で跳ね返せるのかどうかも分からない。そして当然ながら、矢を華麗に避けるという高等技術がアラサーモヤシ社畜にできるわけもない。
俺は慌ててショウとアカシアさんを廊下の奥に押しのけて叫んだ。
「2人共下がれ!床【転移】!」
その場にしゃがんだ俺は、部屋の中の床を殴りつけ、トラックと床で事故を起こした。
「はぁっ!?」
「へっ、ふ、おおおっ!?」
男達はまさか床が抜けるとは予期していなかったであろう、間抜けな声と共に下の階に落下していった。抜いたのは床のみだったため、家財共々、窃盗団たちは下の階に転落していく。下の階の家財と衝突するガッシャーンというド派手な音が建物内に響いた。
「ぐああっ……」
「うぅ……」
抜けた床から下の階の様子をそっと覗えば、上にあった棚や木箱が下の階の棚に折り重なっており、中に入っていた陶器類などの家財が散乱していた。大惨事だ。
何人かは着地に失敗したのかその場で呻いている一方、咄嗟に受け身をとれた男達は態勢を立て直そうとしている。
『また豪快にやったね……』
「すご――いっ、一網打尽じゃない!?」
「ナイスですシーナさんっ!よーしっワタシも超全力で活躍するんだから――っ!」
そう言ってアカシアさんは、抜けてしまった床の上からひょいっと飛び降りる。その大胆な行動に驚いたものの、アカシアさんは難なく家財の上に着地した。
「おお、凄……って、感心してる場合じゃないな、加勢しないと」
「そうだね、よーしがんばるぞー!」
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