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31. 椎名泉、取り押さえる(前編-3)

遅くなりましてすみません

繁忙期が落ち着いたので、今日から毎日更新がんばります


「うーん……アカシアさん、大丈夫なんだろうか……」


 俺たちと別れたアカシアさんは、ザンさんの指示通り、列の前方に並んでいた老夫婦に声をかけて間に入れてもらっていた。彼女の人懐っこい性格をもってすれば、交渉は雑作もなかったようだ。

 彼女が門を越えるのを見届けたあと、騒ぎの渦中にいた男も門を越えたのを確認した。今頃アカシアさんは、あの男の後を追っていることだろう。


『大丈夫でしょ。あの子、しっかりしてそうだし』

「まァ上手い事やってるだろ! 俺達もさっさと門抜けねェとなァ!」


 俺が安否を気にしている傍らで、ツノウサギは平然とした声で答え、さらに父親であるザンさんは豪快に笑っていた。


 ……まぁ、実の父親がこう言っているなら問題はないんだろう。日本人の感覚としては、15歳の少女を一人犯罪者(仮)のもとに向かわせるのは、かなり忍びないのだが……。 

 ようやく門の前までたどり着いたのは、彼女と別れて1時間が経った頃。

 門の直下では、紺色のロングコートを身にまとった男が仁王立ちしている。


「そこで止まってくれ。ええと、成人……1…、3人、か? ……?」


 男は俺たちの方を一瞥して人数を数えたかと思えば、その視線が俺の肩で止まり、一瞬体が固まった。どうもツノウサギを見て驚いているらしい。


「あとペット1匹だ」

『……椎名さん、“ぺっと”じゃ通じないよ』

「従魔1匹だ」

「あ、あぁ……従魔……従魔か、めずらしいな」


 男は感心したように頷きながら、ツノウサギをジロジロと見ている。


「ん、まぁいい。では……お前たちはどこから来た? ケルナに来た目的は何だ?」

「ラカイから商売に来た。こっちは冒険者志望だがなァ」


 そう言いながら、ザンさんは俺の方に視線を向ける。


「ふうん? ひ弱そうだが大丈夫だのか?」

「失礼な! シーナはすっごくすっごく強い大魔道士なんだからね!」

「あぁ、そういやさっき荒くれ者を極炎魔法使いが取り押さえたって知らせが来てたな。まさかお前か?見かけによらずやるじゃねぇか!」

「あ、あぁ……まぁ……」

「……それで、その男は今どうしてる?」


 俺が勢いに押されるように首を縦に振っていると、横からザンさんが何気ない顔で口を挟んだ。


「あぁ、条例違反で罰金を払って釈放だ。本人も急にカッとなったらしくてな、大人しく従ってくれたよ」

「そうか……」


 ……あそこまで激昂している人間が、そう簡単に大人しくなるだろうか。いや、なるまい。

 やはり騒ぎは狂言で、さっさと釈放されて仲間と合流する算段なのかもしれない。

 同じ結論に至ったのであろう、俺たち3人は無言で目配せしながら頷いた。


「――ん、まぁ積荷にも不審な点はないな。通ってよし!」

「オウ、ありがとさん!」


 やがて積荷の簡単な検査を終えた門番が、ピッとの町の方を指さした。

 荷物検査があるなら、そこで犯人が見つかるのではとも思ったが、これだけゆるいならすり抜け放題だろう。まぁ、じっくり検査してたんじゃ、物流が止まるだろうしな。


 行くぞというザンさんの声に促され、俺たちは街の中に入る。

 れいめいの門――その石造りの分厚い門を越えると、そこには。


「お――……!」


 ラカイよりずっと栄えた、ヨーロッパ風の街の姿があった。

 家はどこも3階4階の高さで、白やくすんだ緑、橙色の外壁に、赤煉瓦の屋根が乗っかっている。そんな建物が大通りに沿ってズラリと並んでいた。

 門から真っ直ぐ伸びる大通りの両側には石畳の歩道が整備されており、等間隔に街灯のようなものまで立っている。

 道行く人々や馬車の数も多く、活気に満ち溢れている様子だ。


「すごい、ラカイと全然雰囲気が違うな」

『ひとも建物もいっぱいだね……』

「ふふ、東部で1番の街だからね!」


 俺はおのぼりさんよろしく、あたりをキョロキョロと見渡した。


 あの露店の串焼きが美味しそう。

 あの洒落た看板の店は何の店だろう?

 あの細い路地の向こうはどこに繋がってるんだろう?


 まさに異世界という街並みを前に、俄然ワクワク感が湧いてくる。


 ……が。


「――って、今はそれどころじゃなかったな……」


 俺たちは今、窃盗犯(仮)の後を追っている途中だ。

 異世界の街並みを前にうっかり理性を失いそうになっていたが、今は楽しんでいる場合ではない。


「まァ観光は後から楽しみな! とりあえずアカシアと合流すんぞォ!」

「だねっ! 門で待ち合わせだったよね、もう戻ってるかな?」

『あ……、あっち、アカシアさんの声がしたよ』


 ツノウサギはピンと耳を立てながら、大通りの方を見た。

 つられてそちらの方に視線を向けてみれば、凄まじい勢いで走ってくる超全力少女の姿が。


「みんな――っ!ちょうどいいタイミングですね――っ!」

「アカシアさん! 大丈夫だったか?」

「ハイッ無事任務達成してきましたよっ!」


 アカシアさんは俺たちの前でキッと急ブレーキを効かせて止まり、ビシッと敬礼ポーズをとった。

 見た感じ傷を負ったようでもなさそうなので、無事尾行は成功したのだろう。俺達はほっと息をつくが、しかし彼女の言いようから察するに……


「アカシアさん、任務達成ってことは……」

「ハイ、大当たりです――っ! あのひと、町のすみっこの廃墟でガラの悪そうな人たちと落ち合ってたんです! 無事にエメラダを盗み出したとかなんとか、アヤシイお話をしてましたよっ!」


 ……本当に当たりだったらしい。これで証拠も掴めたし、あとは警務局の人間に事情を話しに行けばいいだろう。

 俺がそう思って口を開きかけたとき、ザンさんが拳を反対側の手のひらにパンッとぶつけた。


「よっし、んじゃ行くかァ!」

「そうだねザンっ! 悪いひとは御成敗だよ――っ!」

「ふふ、俺は大して役に立たないだろうけど、がんばるよ」

「大丈夫ですよっショウさんはワタシが守りますからっ!」

「あはは、頼もしいなー」


 ……あれ?なんか俺たちが直接悪党退治に行くような流れになってないか?


「な、なぁ、俺たちで犯人を捕まえるのか? 警務局の人を呼んだほうが良いんじゃ……」


 すっかりやる気満々の3人を前におずおずと挙手すれば、彼らは示し合わせたように首をかしげた。

 え、なにこれ俺の感覚がおかしいのか?


「いや、まぁ、別にそれでも良いがなァ……、オメェ、金稼ぎたいって言ってなかったか? ここで小悪党共をとっ捕まえりゃァまた報奨金が出るぞォ!」

「そうだね!これはチャンスだよ、シーナ!」

「い……いや、正直、金をもらえても対人戦は避け」


 たいんだが……、と続けようとした言葉は、体を横から引っ張られる衝撃に遮られた。


「さっ行きましょう、シーナさん! 善は急げですっ!」

「え、ちょ、」


 にっこりスマイルのアカシアさんが、超全力の勢いで俺の腕をグイグイと引っ張り、走り出す。俺はそんな彼女に半ば引きずられるように足を動かした。

 ツノウサギは俺の負担を軽減させるためか、ピョンと肩から飛び降り、一緒に駆け出す。


『……まぁ、いいんじゃない。椎名さんがいれば負けることないでしょ』

「お前さっき見てただろ、俺は対人戦はズブの素人なんだよ!」


 いや、対獣にしても素人ではあるのだが!

 人間は攻撃の仕方にバリエーションがあるし、知能が働く厄介な相手だ。相対するには、俺のスペックが圧倒に的足りていない。

 ツノウサギも俺の言葉に思うところがあったのか、スッと視線をそらしながらつぶやいた。


『……まぁ、がんばってね』


 ……その反応はその反応で傷つくぞ、お前……。




 アカシアさんに腕を引っ張られながら走ること十数分。


 俺たちは街の西の方に来ていた。

 門を抜けてすぐのところとは違い、建物の老朽化は激しく、あちこちにヒビが走っている。往来を歩く人々の身なりも綺麗とは言い難かった。貧民街とは言わないが、それなりに貧しい者が集まっているのだろう。悪い人間がねぐらにするにはちょうどいい立地かもしれない。

 アカシアさんはそのエリアの一角の建物を指さした。


「あっちの建物に入っていきましたっ!」

「わー……随分古い建物だね」


 ショウの言うとおり、建物はかなり劣化が激しく、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどだ。さながらホーンテッドハウスのような外観は、踏み込むのに若干躊躇いを感じてしまう。しかし他の3人は変わらず乗り気のようだ。


「よーし、超全力で行ってみまショ――っ!」


 アカシアさんの場違いなほど明るい声に、俺は小さく『おー……』と答えた。



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