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30. 椎名泉、取り押さえる(前編-2)

 妙だな――そう呟くザンさんの表情は険しい。


「……妙? どういうことだ?」

「あの逆ギレ男だよ。ただ単に列に割り込みたかっただけなら、あんな冒険者っぽい男の前じゃなくて、大人しそうな女子供の前に割って入ったら良かっただろ」

「……確かに」


 ショウと自分の身を守るので精一杯で気づかなかったが、確かに妙だ。

 アカシアさんとショウもザンさんの言葉に納得したのか、不思議そうに首をかしげている。


「そういえばそうだねっ、なんでだろ――っ!?」

「う――ん……言われてみれば、もうひとりの男の方も違和感があったような……」

「違和感……?」

「うん……いや、言語化は難しいんだけどね……」


 そう言って、ショウは困ったような顔をしながら曖昧に笑った。そんなショウの言葉に同意するように、ザンさんはぴっと指を指しながら言う。


「まぁ、そっちも妙っちゃ妙だ。味方になってくれたオメェらに礼の一言もなかったしなァ」

「あ……そういえば戦闘になって以降、姿を見てないねぇ」


 つまり逆ギレ男の方はワザともう一人の男に絡みに行って、その男もそれを受け入れていた?……ということは。


「それってつまり、あの男たちがグルだったってことか?」

「その可能性はあるよなァ」


 俺の言葉に、ザンさんは神妙な面持ちで頷いた。それに対し、ショウとアカシアさんは困惑したような視線を俺たちに向けている。


「え、グル?」

「シ、シーナさん、どういうことですか――っ!?」

「とどのつまり、あの男たちは仲間同士で、騒ぎを起こすのが目的だったんじゃないかって――」


 そう説明しようとした、丁度その時。



「きゃ――――っ!?」

「うぴゃっ!」

「えっ……?」


 その言葉をぶった切るかのように、背後から悲鳴が上がった。


「なっ……無い、無い!無いっ! エメラダの宝石が無い――っ!!」


 その声は、俺たちより少し前に並んでいた荷馬車から聞こえている。その荷馬車は、俺たちが乗っているものより数段豪華な装飾がされており、それなりに地位の高い者が所有していることが見て取れる。

 その周りでは、商人らしき男女やその護衛らしい男たちが慌てた様子で騒いでいた。


「……ま、そーいうこったなァ」


 ザンさんはその様子を見て、肩を竦めながら呟いた。







「えーっ! 輸送中に宝石がなくなっちゃった――っ!?」

「それは難儀なことになったねぇ……」


 悲鳴が上がってすぐ、ショウとアカシアさんは飛び上がるようにその声に反応し、俺たちはその馬車の傍に駆けつけた。近くに居た護衛らしき男に声をかければ、苦い表情でその騒ぎの原因を教えてくれる。


「あぁ、俺たちはシラルって町から商品の納品に来たんだが……積み荷の――エメラダっていう宝石が、いつの間にか無くなっててね……」


 男は騒ぎの中心に視線をやりながら、力なく答える。

 その視線の先には、身なりのいい男女ががっくりと地面に膝をついていた。足下には宝石が入っていたのであろう、空の箱が散乱していた。


『……エメラダって、聞いたことある。ごく一部の地域でしか採れないんだって」

「ってことは、高価なものなのか?」

『たしか、こんな大きさで何百万リタスするって……』


 ツノウサギが小さな手を使って示した大きさは、ちょうど1cm台くらい。散乱する空箱から数を推察するに、被害額は相当なものだろう。


「今朝チェックしたときは、問題なかったはずだったんだがね……越境する前に中を確認しとこうと思って、蓋を開けたらこのありさまだよ」

「ってことは、さっきの騒ぎの最中に盗られたのか?」

「あぁ、その可能性が高い……こっちに流れ弾が飛んでこないかと気を取られて、目を離した時間があったんだ。それに騒ぎから距離を取るために、周りの奴らがこっちに集まってダマになってたしな。そのドサクサに紛れて盗られたのかも……」

「……え」


 俺は男の言葉にぴしりと固まる。

 ……つまり俺が騒ぎを大きくして事件沙汰になったせいで、この窃盗事件が起こってしまったということだろうか。


「す、すまん俺のせいか……」


 途端に罪悪感に襲われ頭を下げると、隣のショウとアカシアさんが慌てて俺と男の間に割って入るように立った。


「し、シーナさんは悪くないですよ――っ! ですよねっショウさんっ!」

「そうだよ、悪いのは騒ぎを起こした方なんだから!」


 そう言って2人は頬を膨らませながら、ふん、と息を吐いた。護衛の男も苦笑しながら首を横に振る。


「もちろん、それは分かってるさ。アイツもあの様子じゃいずれ暴走してただろうし……むしろ被害が出ないうちに止めてもらえてよかったよ」

「そ……そうか」


 ……これが弊社だったら、『余計なことしやがって』と上長たちから厳しい叱責を頂いていたところだ。

 責められなかったことに安堵していると、ザンさんが仕切り直すように口を開いた。


「それで? 誰もその犯人を見てねェのか?」

「みんなこの子らに視線が釘付けだったからね……誰も犯人を見てないんだよ」

「うーん、なるほどです――……」


 ……まぁ、目の前でマジックショーが起きてたら、そちらに気を取られてしまうというものだろう。

 俺はやはり小さな罪悪感を抱えつつ、肩に乗るツノウサギに声をかけた。


「なぁ、ツノウサギは? お前、視野広いだんよな? 犯人見てないか?」

『……残念ながら』

「だよな……」


 ツノウサギが首を振ったのを見て、男たちは諦めたような表情で口を開いた。  


「まぁ、とりあえず周りにいた奴らにもっかい話聞いてくるよ……」

「それしかできることねぇしな……」


 そう言って、男たちは手を振りながら去っていった。

 それを見届けてから、俺はボソリとザンさんに声をかける。


「……なぁ、ザンさん。これ、さっきの男に関係あると思うか?」

「……まァ可能性はあるよなァ」


 ザンさんは腕を組みながら、難しい顔で答える。ショウとアカシアさんも合点がいったのか、大きく頷きながら手を上げた。


「つまり彼らがグルで、騒ぎを起こして馬車から目を逸らして――そのスキに盗っちゃったってことだね?」

「じゃ、じゃあさっきの局員さんのところに行って、あの男のひとに話を聞きましょうよっ!」

「いや、それは無理だ。あの2人がこの盗みに関わってた証拠があるわけじゃないだろ」

「シーナの言うとおりだな。適当に誤魔化されて終いだろ」

「えーっ! そんなぁ……!」


 そう言って、アカシアさんはしゅんとした表情になる。正義感の強い彼女のことだ、目の前の犯罪に対して何もできないのが歯がゆいのだろう。


「……だがこのまま放置ってのもなんだからなァ。ここはちっと様子見ねェか?」


 不敵に笑うザンさんがすっと視線を向けた先にいたのは――先程絡まれていた絡まれていた男だ。すぐ近くで起きている窃盗事件の騒ぎも知らぬ顔で、列に並んでいる。


「……どうするんだ?」

「もし本当に窃盗犯の一味なら、街の中に入った後、仲間同士で合流するはずだろォ。その現場を押さえりゃ良いんだよ」

「なるほど! いい作戦なんじゃない?」

「や、でも、このままだと奴が先に街に入るだろ。こっちが街に入るまでに見失うんじゃないか?」


 男はひとりで荷物も少ないのに対し、俺たちは4人と1匹で荷物も多く、門を通過するには少々時間がかかりそうだ。そもそも男との距離もかなり開いている。どう考えても手続き中に見失ってしまうだろう。

 俺のそんな疑問に、ザンさんは指を振って答えた。


「あぁ、だから――アカシア、お前が先に街に入れ」

「えっワタシ?」

「列の前にいる人間に訳を話して、間に割り込ませて貰うんだ。街へ入ったら奴を待ち伏せして、行き先を追え。調べがついたら門の前で待ち合わせだ」

「なるほどだよっ! よーし、ゼッタイ捕まえちゃうんだから――っ!」

「だ……大丈夫なのか、アカシアさんひとりで……」


 彼女の実力が非常に高いものであることは知っているが、心情的に15の少女を1人で行かせるのは忍びない。

 しかしザンさんはカラカラと笑い、当ののアカシアさん本人もすっかりやる気でガッツポーズを決めている。


「まァ問題ないだろ。奴ら、こんな策を練ったってことは、正面切って挑むだけの実力がないってことだしなァ」

「ふふっお任せてくださいですよっシーナさん! 不肖アカシア、今度こそ超全力で活躍しちゃいます――っ!」

「がんばってね、アカシアさん!」

「無茶はするなよ……」


 『行ってきますっ!』と弾けるような声で先へ向かうアカシアさんを、俺は手を振って見送った。



お読みくださりありがとうございます。

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