29. 椎名泉、取り押さえる(前編-1)
振り下ろされる小盾、それに反射的に目を瞑りそうになるのを耐えながら、俺は見事に事故を起こした。
その瞬間、男の腕にしっかりと装備されていた小盾がふっと姿を消す。
「あ……あァ!?」
男は突然腕が軽くなった感覚に驚いたのか、目を見開いている。小盾の重みに任せた振り下ろしは軌道を歪め、その拍子に男はよろめき地面に膝をついた。
「……は?はァ!? テ……テメェ、今何しやがった!?」
「……いま、おまえの盾を燃やした」
「も、燃や……?は?」
俺はドッドッと跳ねる心臓の鼓動をなんとか落ち着かせながら、言葉を紡ぐ。
呆然と言葉を繰り返す男は、目の前で起こった現象が脳で処理しきれていないらしい。それは周囲で成り行きを見守っていた人々も同じようで、どよめきが起こっている。
「ね、ねぇ……今、何が起こったの? 盾が一瞬で消えわよ!」
「燃やしたって、炎魔法を使ったってこと……!?」
「で、でも炎なんか見えなかったぞ!」
「な、なんか分からんけど良いぞ、頑張れ若いの――っ!」
概ねラカイで転移能力を使った時と同じ反応で、人々は興奮気味に声を上げている。
『……さすが、盛り上がってるね』
「あぁ……このまま手を引いてくれたらいいんだが……」
肩に乗るツノウサギに答えつつ、男の方をじっと見据える。
……今回はショウが危ないと思って思わず手が出たが、対冒険者で戦うなど遠慮したいところだ。
しかしそんな期待に反して、男はめげずに次の一手を繰り出そうとする。
「ふ、ふざけんなよ!【水よ】!」
男は水魔法使いだったらしい――得体のしれない“炎魔法”を警戒してか、少し距離を取って1mほどの大きな水の玉を撃ち出した。
「それも【転移】!」
落ち着いてトラックを構え、水が飛んでくるのと同時に腕を振るう。再びトラックと事故を起こした瞬間、水球はふっと消滅した。
そして同時に、ギャラリーからは『すげぇ、水が蒸発した!?』などなんとも都合のいい実況が入る。
「は、はぁ!?クソ、【水よ】、【水よ】!!」
「そっちも【転移】、【転移】!」
めげない男は次々に巨大な水球を撃ち出してくる。
水を蒸発させるだけの火力を出し続けるのは難しいと踏んだのだろうか――だが残念、的が大きいのはむしろありがたい。俺は全てあっさりと転移させた。
「馬鹿な……ッ!! クソォ、【水よ】!」
「えっ……」
詠唱とともに、今度は男の周りに水の小さな球がいくつか浮きあがる。
『やばいっ椎名さんこっちっ!』
「ほげっ!?」
魔法の気配をいち早く察知していたらしいツノウサギが、服の襟首の部分をぐいっと左に引っ張った。
その拍子に俺は左側につんのめる様にバランスを崩し、そのスレスレを水魔法が幾筋か走っていくのが視界に映る。
次いで、ドン、ドン、と地面が抉れる音が数発、俺の背後から聞こえる。
「くそ、かわしやがったかッ!」
男は舌打ちとともに苦々しげな声を上げる。
ちらりと後ろを見れば、抉れた地面が3箇所。威力を絞って複数回攻撃するような魔法なのだろう――転移が難しい魔法だ、俺とは相性が悪い。
ツノウサギが引っ張ってくれなければ、体に穴が空いていたに違いない。
「た、助かった、ツノウサギ……!」
『いいからしっかり前見てっ椎名さん!』
「わ、わかってる」
未だ跳ね続ける鼓動をなんとか押さえつつ、しっかりと男を見据える。男はバランスを崩した今が好機だと思ったのか、悪い笑みを浮かべながら右手を突き出し――
「【水よ】!」
大きな水球がいくつも周囲に浮かんだかと思えば、それが一斉に俺をめがけて飛翔してきた。
「シーナ危ないっ!」
『椎名さん!』
「――ッ、大丈夫!」
悲鳴ような声を上げる2人に答えながら、俺はすかさず左の手の平を開く。
そこに載っていたのは、小さな黒い石の数々――“ヒノオ石”を転移能力を使って切削し、トラック状に変えたものだ。こんなこともあろうかと馬車の中で量産していた、俺の遠距離攻撃手段である。
俺はそれをばらまくように水球に向けて投げつけた。
「それ全部【転移】!」
ばらまいた石のいくつかが水球に直撃し、男の攻撃は空に消えていった。
「はぁっ……!?」
消えた水球の向こう側には、息を切らしながら目を見開いている男の姿。おそらく魔力の過剰使用のような症状が起きているのだろう、男は荒い息を上げながら、その場に膝から崩れ落ちた。
俺はすかさず男との距離を詰め、その眼前に手のひらをかざした。
「……次は、お前自身を燃やす。そうなりたくなかったら大人しくしてくれ」
男はビクリと反応し、後ろへ尻餅をつく。じりじりと後ずさっていくその顔には、得体のしれない現象への畏怖の念が見てとれる。
「《……まぁ、全然ハッタリなんだけどな》」
俺は男に聞き取れないよう、日本語でボソリとつぶやいた。
人殺しになりたくなくて俺は異世界へ逃亡したんだ、人相手に転移能力を使うわけがない。
反撃されたくなくて虚勢を張っているが、内心『剣は抜かないでくれよ――、頼むから引き下がってくれよ――』と祈るばかりだ。
しかしそんな俺の気も知らず、隣で見ていたショウはぱちぱちと拍手しながら、弾んだ声を上げた。
「わ――っ、シーナの炎魔法、相変わらずすごいねっ!」
「……お前な、すごいね、じゃないだろ。どう考えても勝てそうにない相手に向かってくのはやめろ」
「ちゃ、ちゃんと魔法で反撃するつもりだったよ!」
「嘘つけ、殴られそうになってたのにボケっとしてただろうが。だいたい魔法不得意だって言ってただろ」
「う……まぁ、その……、ハイ、ごめんなさい……」
俺がそう言って詰めれば、ショウは眉尻を下げながら視線を逸らした。
……まぁ、どう考えても勝てそうにない相手に向かっていったのは俺も同じだから、強く言いづらいけどな。
フォローしようかと口を開きかけた、ちょうどその時。
「スミマセーンッ!とおしてくださーいっ!」
元気のいい声と共に、周囲の人々をかき分けてアカシアさんと一人の男がやってきた。
「ショウさん、シーナさんっ! 警務局員さん連れてきましたよ――っ!!」
「おい、この騒ぎはなんだ!」
弾けるような笑顔と声で現れたアカシアさんが連れているのは、黒いコートに白の腕章を着用し、ベレー帽のような帽子をかぶった男――彼が警務局の人間なのだろう。
「アカシアさん!丁度いいところに!」
男がいつ立ち上がって抜剣するか分からないと、内心ヒヤヒヤだったのだ。俺は彼女たちに向かって手を振った。
「わっ、シーナさん、もー倒しちゃったんですか!?」
「倒したって言うか、おとなしくなってもらっただけだけどな……」
そう言って俺は苦笑しながら男の方に視線をやった。男は決まりが悪そうな顔で地面に座り込んでいる。
「局員さんこの人です!騒ぎを起こして暴力沙汰になりそうだった人っ!」
「もう既に暴力沙汰にはなってる。ショウが諌めようとしたら襲ってきた」
アカシアさんが連れてきた局員に事情を話すと、彼は『ふむ』と小さく頷いた後、男の首根っこを掴んでグッと持ち上げた。
「けしからん男だな。この男はこちらで引き取らせてもらおう」
「ありがたい。頼みます」
局員の申し出に礼を言えば、彼は懐から縄を取り出し、鮮やかな手際で男の腕を後ろ手に縛り上げる。男はそのまま引きずられるように連れて行かれた。
「チッ……テメ覚えてろォ……!」
男は縛られながらも憎々しげな視線を俺たちに向けている。
「清々しい捨て台詞だな……」
「だねー」
絵に描いたような台詞にため息をつけば、傍で見ていたアカシアさんとショウも同じように頷いた。
……まぁ、なにはともあれ、これで解決だ。
『お疲れさま。完全勝利だね』
「お陰様でな。なんとか倒せて良かった」
ツノウサギの言葉にほっと息をつく。
そしてその時、周囲の人々が俺たちの方を見て大盛りあがりを極めていることに気づいた。
「す……すげえええっ!なんかよくわからねーけどニーチャンが勝ったぞ!!」
「一体どんな魔法使いやがったんだよっ!」
「ありがと――っ!大事にならなくてよかったわっ!」
彼らは口々に賞賛の声を上げる。
それに応じて、アカシアさんとショウも俺の背中をバシバシと叩きながら笑った。
「ふふっさすがシーナさんですよねっ!」
「よっファリスいちの大魔道士サマ!」
「恥ずかしいからやめてくれ……」
俺は苦笑いを浮かべつつ、2人と共にザンさんの待つ馬車へと引き返して行った。
道中も「すごかったわね!」などなど声をかけられたが、キリがなさそうなので愛想笑いを浮かべながら会釈だけしておく。
周囲はすっかり歓迎モードだったが、しかしただ一人、ザンさんだけが険しい顔をしながら騒ぎのあった方を睨んでいた。
「……ザンさん?どうかしたのか?」
俺は不思議に思って声をかけると、ザンさんは重々しい声で呟いた。
「……妙だなァ」
大変遅くなって申し訳ございません。
お読みくださりありがとうございます。




