28. 椎名泉、都会デビューする
がたがた、ごとごと、進む馬車。
町を出発してから今日で4日になる。
出発初日は酷い車酔いを起こしたり、猪と遭遇したりとトラブルに見舞われていたが、それ以降は特に何の問題もなく、順調に旅は進んでいる。
大分街に近づいたのだろう、昨日くらいから小さな町や道行く人々を見かけることが多くなっていた。
「――オイ、ケルナが見えてきたぞォ!」
「おー、ようやくだねぇ!」
御者台のザンさんが指差す方を見れば、高々とそびえ立つ、くすんだ白い石の壁。その一部が門になっているらしく、アーチ状に開かれている場所があった。門の上には街のエンブレムらしい立派な彫刻が掲げられている。
「へー……街が壁に囲まれてるのか?」
『この辺は森が多いから、獣が入れないようにしてるんでしょ』
「はぁ、なるほどな」
街を囲う壁――異世界ファンタジーの定番だ。いつかインドのジャイサルメールやドイツのネルトリンゲンなどに行ってみたいと思っていた俺は、ワクワク感が高まっていくのを感じた。
門から伸びる道には、たくさんの人々や馬車によってが列が形成されている。街へ入るための待機列だろう、門の直下では入国審査のようなものをしているらしい。
「あれは“れいめいの門”です! 街の観光名所ですねっ!」
「“れいめいの門”?」
「初代女王リョウが、当時まだ未開の地だったここで“私たちの夜明けはここからだ”って言ったのが元になってるらしいよ」
「“聖書”の名シーンのひとつなんですよ、かっこいいですよね――っ!」
「へぇ、厨ニ心がくすぐられ……んんっ、か、カッコいい台詞だな」
ついこぼれそうになった本音を飲み込み、俺は一つ咳払いをしてから言い直した。そんな俺の言葉に、アカシアさんはコテンと首を傾げる。
「シーナさん、聖書のことも忘れちゃってます?」
「あ、あぁ……、街に着いたら改めて読んでみるよ」
アカシアさんの言葉に、俺はこの国に国教があったことを思い出した。この世界に馴染むためにも、一般教養として読んでおいた方が良いだろう。
「はは、シーナはまじめだねぇ」
「でもすっごく面白いですから、読んで損はないと思いますっ! 登場人物みんなカッコいいですしっ!」
「聖書って面白いもんなのか……?」
俺はアカシアさんの言葉に首を傾げる。俺の感覚で言うと、聖書というと真面目で小難しくて、退屈な印象だ。
一体どんなものなのかと考えていると、馬車がゴトンと停止した。
「――うし、到着だァ!」
前方を見れば、待機列の最後尾に馬車をつけたようだ。
俺はザンさんにひと声かけて、いそいそと馬車を降りる。
「んぐ……っ、ようやくだな……」
腰をさすりながらぐっと伸びをすれば、自然と『お"ぁ"あ……』と震えた声が絞り出された。
固い木の板の上で揺れること4日間、俺はすっかり社畜時代の腰痛が再発してしまっていたのだ。
『お疲れ、シーナさん』
「あぁ……もう本当、腰が限界に近い……」
肩に乗ったツノウサギに労られつつストレッチしていると、アカシアさんとショウも荷馬車から降りて来た。
2人は前方の待機列を見て、微妙な顔をしている。
「んんー……これは2時間くらい動けなさそうですね……」
「そんなにかかるのか?」
「この人数と荷物ですからね――……1件1件チェックしてれば、それくらいかかっちゃいます!」
「まぁ、ゆっくり待ってようか。そんな急いでるわけじゃないしね」
「そうですね、カードでもして遊んでましょっかっ!」
そう言ってアカシアさんが手を叩いた丁度その時、列の前方から男の鋭い声が上がった。
「おいテメェ!割り込んでんじゃねぇよ!」
その声に驚いて振り返ってみれば、どうやら列前後の人間が言い争っているらしかった。
「あぁ?ここは元々俺が並んでただろうが!ちょっと列離れてただけなんだよ!」
「知らねぇよ!後ろに並び直せ!」
「ハァ!? 何だと、ふざけんなッ!」
双方体格が良く、ライトアーマーらしきものを着用のうえ帯剣しており、まさに“冒険者風”といった男だ。怒号は徐々にヒートアップしていき、今にも抜刀しかねないような緊張感に包まれる。
「……なに、なんか喧嘩?」
「みたいですね――っ……」
「ったく、毎度毎度……。何で大人しく並んでられねェんだよ」
周囲の人々は巻き込まれまいと距離を取り、列の一部分にぽっかり隙間ができている。周囲は商人や子連れの家族ばかりで、冒険者風の男たちの言い争いは止めに入りづらいのだろう。
徐々にヒートアップする言い争いが怖かったのか、傍にいた子どもが泣き出す始末だ。
「ふぇ………えええーん……」
「だ…大丈夫よ、マイ。泣かないの」
母親らしき人がなだめているが、子どもはなかなか泣き止まない。それどころか周りの子どもにも緊張が伝播したのか、今にも泣き出しそうな子どもたちばかりだ。
その様子を見ていたショウは、真剣な表情で口を開いた。
「……俺、止めてくるね」
彼の良い人スイッチが入ったようだ。人が好いショウにとって、子どもが泣いているのは見過ごせないのだろう。
……が、大丈夫なのだろうか。
俺は冒険者風の男達とショウを交互に見るが、体格差や風格が全く見合っているように見えない。
『ね……ねぇ、止めたほうがいいんじゃない。ショウさんがぷちってされる未来しか見えないんだけど……』
ツノウサギもそう思ったのだろう、眉間に皺を寄せながら俺の肩を叩く。
「あ、あぁ。おいショウ、警備の人を呼んでくる方がいいんじゃ――」
俺はツノウサギの言葉に頷きながら声をかけようとするが、ショウは止める間もなく男たちの方へ走って行った。
次いで俺の左腕がアカシアさんにぐいぐいと引っ張られる。
「ザン、ワタシも行ってねくるっ! 行きましょシーナさんっ!」
「え、あ、あぁ。………え、え?」
え、俺が行っても戦力にならないと思うぞ。そこはザンさんが行ったほうがいいんじゃないか。ザンさんも呑気に『おー』とか生返事してないで止めてくれ。
……と、まぁ言いたいことは山ほどあったが、アカシアさんの勢いに流され引っ張られ、気づけば騒動の真っ只中に連れてこられていた。
騒ぎの中心には屈強そうな男二人、その間にショウが立ち、男たちの肩をつかんで距離を離そうとしていた。ショウにしては珍しく大声を出して頑張っているようだが……
「だーかーらー! 2人とも、もうやめときなって!」
「あぁ!?何だテメェ!」
「まわりの人が迷惑してるでしょ。言い合うなら大人しく話し合ってよ!」
「なんだとテメェッ!?」
「外野は引っ込んでろや!!」
……どうも火に油を注いでいるらしい。
両者、相手への不満と突然の乱入者への苛立ちが混ざり、燃えに燃え上がっているようだ。
それを見た隣のアカシアさんは『よぉーし超全力でボッコボコにするよっ!』とすっかり殺る気全開になっているが、年若い女の子を野郎の喧嘩に放り込むのはまずいだろう。
「ア、アカシアさんは警備の人を呼んできてくれないか?」
「え? ワタシはショウさんの加勢に――」
「それは俺に任せてくれ。だから早く!」
「………わかりましたっ!超全力で行ってきます――っ!」
そう言ってアカシアさんは敬礼をしたかと思えば、目にも留まらぬ速さで駆け出した。流石のハイパワーエンジン少女である。
……よし、とりあえずアカシアさんの避難は完了。
さてショウの方は、と思って見てみれば……
「――だっから何回も言わせんなよ!!コイツが割り込んできやがったんだ!!」
「違ェって何ッ回言わせんだよウゼェなァ!!俺が先に並んでたっつってんだろ!!」
言葉の殴り合い……もとい、話し合いは平行線らしい。
だがショウは、そんな2人の姿を見てにこりと笑って言う。
「……君のそれ、嘘だよね。俺、君が並んでたとこ見てないし」
……おお、ハッタリだ。
俺たちがこの列に並んだのはついさっきのことで、彼が本当に並んでいたのかなど知る由もない。適当なことを言って、彼らの反応を見るつもりなんだろう。
「チッ……、クソ……」
ショウの作戦は成功したようで、先に並んでいたという男が苦虫を噛み潰したような顔になる。どうやら嘘をついているのはこの男のようだ。
「ほーら、ちゃんと並んだ並んだ!みんなちゃんとしてるんだから――」
そう言ってショウが諭そうとしたところ、男はぶるぶると体を震わせて、ショウを睨みつけたかと思えば、その腕を振り上げる。
「ごちゃごちゃうるっせぇんだよおおおおお!」
「ぅえっ……!?」
『ショウさん危ない!』
振り上げられた男の腕には、小盾が装備されていた。あれで殴りつけられたらタダではすまないだろう。
俺は咄嗟に駆け出し、ショウと男の間に割って入った。
そのまま男の腕は力任せに振り下ろされる。
俺はトラックストラップを装備した左腕を突き出し――
「――て、【転移】っ!」
お読みくださりありがとうございます。新章突入です。




