27. 椎名泉、遠距離魔法を習得する
何か来る――そう言って、ツノウサギは突然耳を立てて飛び上がり、そのままじっと馬車の後方を睨みつけている。
『後ろのほうから、中型くらいの獣の足音が複数』
「……全く見えん」
ツノウサギの視線の先を見ても、何も見えない。しかし、彼がそう言うなら間違いはないだろう。
「シーナ? どうかした?」
「ツノウサギが後ろから害獣が来てるって言ってる」
「え、本当!?」
「ん――っ……! た、確かにここから800mぐらい先に黒い斑点が見えますね……!」
「凄いな……アカシアさん、見えるのか」
先日の戦闘といい、アカシアさんはつくづくデキる少女だ。感心しながら頷いていると、アカシアさんはえへへ、と照れたように笑った。
「たぶん、シルエット的にはグランドボアかな――っ……どうしましょう?」
「そうだね……シーナ、討伐お願いできる?」
「あっワタシもシーナさんの極炎魔法、ちゃんと見てみたいです――っ!」
「……えっ」
『ど……どうするの、椎名さん』
突然回ってきたボールに驚きつつ、俺はどうしたものかと首をひねった。
俺はそもそもこの距離を攻撃するだけの手段を持っていないし、やるなら馬車を降りての接近戦だ。が、1対多数で殴り合いになるのは避けたい、かといって地面を転移させて落とし穴を作るのは炎魔法でやったと主張するのが難しいだろうし……。
町襲撃の際は致し方なく複数体に挑んだが、今は無理する局面ではないし、1人での討伐は避けたいところだ。
そこまで考えて、俺は気まずげに口を開いた。
「……えーと……、俺の魔法だと直接触らないと発火しないんだ。遠距離攻撃はできないし、接近戦になるから数がいると1人じゃ厳しい、かなって……」
俺は2人の反応を伺いながら、おずおずと申し出た。
……これが弊社なら、期待はずれだと詰られ毛虫を見るような目で見られていたに違いない。
俺は社畜時代を思い出し、2人に落胆されないかと不安になるが。
「そうなの!? まぁ、誰にでも得意不得意はあるもんね!」
「ですねっ! じゃあ今回はワタシがやっちゃいます――っ!」
それは杞憂だったようで、2人に俺を責める様子はない。
……まぁ、この2人が露骨に不満げな態度をとるなんて、あんまり想像できないけどな。
俺はほっと胸を撫で下ろしつつ、ありがとうと礼を伝えた。
「無理そうなら俺がやるから、その時は足止めだけ頼みたい」
「了解ですっ! それじゃ行きま――っすっ!」
猪は先ほどから距離を詰めてきており、俺が視認できる範囲まで迫っていた。
アカシアさんは馬車の後部に堂々と立ち、まだ少し離れた距離にいる猪を見据える。その長い三編みがぶわりと風に煽られ揺れて――
「――【雷よ!】」
アカシアさんが突き出した右手に、バチバチと弾けるような光と音が収束する。そしてそれは短い詠唱と共に真っ直ぐ撃ち出された。やがて群れの先頭にドンと派手な音を立てながら着弾する。
『当たった! 3匹脱落!』
「アカシアさんすごーい!」
6匹ほどいた猪は3体ほどに減っていた。魔法で制圧できたのは先頭の猪だけのようだが、その猪が倒れたことで、足を引っ掛けて脱落する後続もいたようだ。
「……俺は戦わなくてもよさそうだな」
「はいっ!アカシアめにお任せくださいましっ、大魔道士さま――っ!」
「だ、大魔道士様はやめてくれ……」
俺はアカシアさんの勢いとキラキラした視線にたじろぎつつ、目を逸らした。こんな威力の魔法を使える人間に大魔道士様呼ばわりされるのは、あまりにも居心地が悪い。
と、その時御者台の方から低い声が上がる。
「――オイ、どうかしたのかァ!?」
雷の轟音を聞きつけたザンが状況を案じているらしい。そういえばザンに状況を説明するのをすっかり忘れていた。
「後ろから害獣が来たんだ!」
「害獣ゥ!? オイ大丈夫なのか!?」
「大丈夫だよっ! ワタシだけで応戦できるから、このまま走って、ザン!」
「オウよ、了解!」
ザンさんは短く返事をして、変わらぬスピードで道を走り続ける。
「ふーっ、じゃあもう1回っ――【雷よ】!」
アカシアさんがそう詠唱すると、再度彼女の右手から雷撃が放たれる。
それは再び先頭の猪に直撃した。残りの猪も感電したのか馬車を追うスピードががくんと落ち、そのまま見えなくなっていく。
「討伐完了――っ! ザン、もう大丈夫だよ――っ!」
「オウ良くやったァ!」
「さすがアカシアさんだな……」
たったの2発で鮮やかなお手並みだ。そんなアカシアさんの戦いぶりを見て、俺はぽつりと呟く。
「遠距離攻撃、いいな……」
やっぱり遠距離攻撃型の大規模魔法は異世界転移物の憧れだ。俺も凄い大魔法をバンバン撃ってみたい。
そう思って呟いた一言が2人には聞こえていたらしい、不思議そうな顔をして首を傾げている。
「うーん、あんなにすごい炎魔法が使えるのに、遠くには撃てないっていうのは不思議だねぇ……」
「はは……」
……俺から見れば、何もないところに炎を出せる方がよっぽど不思議なんだけどな。
思わず口から飛び出しそうになったツッコミを飲み込み、苦笑いに換えておく。
「遠距離攻撃って言っても、ただ魔力をまっすぐ打ち出すだけでいいんですよ? バーッてパーッてっ!」
そう言ってアカシアさんは両手をいっぱいに広げて、ピョンピョンと跳ねている。
……残念ながら、一生懸命伝えようとしてくれていること以外は全く何も伝わってこないが。
「あー……えーと……記憶喪失になってから、魔法の使い方も忘れだみたいなんだよ」
「でも触ったものは完全に燃やせるんですよね――っ? 何が違うんだろー……」
「なんていうか、その……触ってないところに火を起こすのが難しい?ん、だよな」
「じゃあ火種さえあれば遠くのものでも燃やせるってこと?」
「うーん……たぶん……?」
首をかしげるショウに、言葉を濁しながら返事をする。そもそも俺は魔法が使えないのだから、火種があろうとなかろうと関係はないのだ。
しかし適当に話を合わせていたところ、ショウは『それなら!』と手を叩いた。
「ならアレが使えるかも!」
「アレ?」
「うん、えっとねー……あったあった、これこれ!」
ショウがゴソゴソと鞄を漁ったかと思えば、取り出してきたのは一つの黒い石ころ。確かショウが料理の時に火を起こすのに使っていた石だ。
『……“ヒノオ石”だね。魔力を通すと発火する石だよ』
「へぇ、面白いな」
「これを火種にしたりできないかな? 獣に投げつければ燃やせるんじゃない?」
「わーっショウさん、名案です――っ!」
「う、うーん……どうだろうな……」
そう言って、俺は曖昧に笑った。
真面目に考えてくれる二人には申し訳ないが、やはり俺に遠距離魔法は――……
「……ん? いや……待てよ」
そのとき、俺の脳裏に1つの案がよぎった。
俺の初めてのセルフ異世界転移は、俺が靴箱を殴ったことで落ちてきたトラックにたっての転移だ。
「……つまり、トラックを投げ当てたとしても相手は転移するはずで……、となると、遠距離攻撃自体は可能なんだよな……」
「シーナ、なにか思いついたの?」
「あぁ、まぁ……」
問題はトラックが1台しかないということだ。
このストラップを投げて当たらなかった場合、これを回収しているうちに獣にやられてしまいそうだが――ちょっと、待てよ。
「そもそもトラックの概念って、なんだ……?」
このストラップが“トラック”だと見做されるんだとしたら、トラックの体をした何かでも転移はするはずだよな。
「よし……検証してみよう。ショウ、それもらっていいか?」
「もちろん!」
俺はショウから石を受け取り、手のひらに乗せる。
もちろん、これをこのまま投げたりはしない。俺は2人に見えないようストラップを手のひらに巻き込み、石ごとぎゅっと握りしめ――
「――【転移】、【転移】っと……」
石の“一部”を転移するよう強く念じた。
そっと手のひらを開いてみれば、そこにはミニカーサイズの、デフォルメされたトラックの姿が。
『それ……“とらっく”に似てる?』
「ツノウサギ、正解」
それはL字型の長辺部分に半円の丸が4つついているだけのシンプルな形だが、トラックという体が保たれていればいいだろう。
当然“トラック”を知らないショウとアカシアさんは、物珍しげにその物体を眺めている。
「シーナ、それなんなの?」
「初めて見る形ですね――っ……」
「あー、よく燃えるおまじないみたいな感じだよ。よし、これはトラックこれはトラックこれはトラック……、」
「シーナがまたへんな詠唱してる……」
「“テンイ”と言い、なぞの言葉ですね――……」
俺が自分自身に言い聞かせるように念じていると、再びツノウサギが声を上げる。
『――あ、まずい、シーナさん、また来るよっ!』
「え」
反射的に振り返ると、ツノウサギの視線の先には、猛然と走ってくる猪の姿が。ドドドドッと低い足音を立てながら迫ってきている。
「え、あ、グランドボア!」
「もうっ、まだ諦めてなかったんですか――っ!?」
先ほどアカシアさんが仕留め損なった個体だろう。減速して視界から消えていたが、麻痺が溶けたのか馬車に追いついたらしい。
――だが折角の機会だ、俺は今製造したばかりのトラックをぎゅっと握りしめた。
「アカシアさん、俺が攻撃してみる。もし駄目だったら討伐頼めるか!?」
「あ、は、ハイ!任せてください――っ!」
もし俺の目論見が外れて能力が発動しなかったとしても、アカシアさんにフォローしてもらえるのであれば問題はない。
俺は真っ直ぐに猪に相対する。揺れる車内とはいえ、的は2m大と当てやすい。俺はヒノオ石を大きく振りかぶり――
「よーし……! 【転移】!」
猪に向かって、思い切り投げつけた。
それなりに重量のある小石ゆえに速度は上々、それは勢いよく猪に向かって飛んでいく。
そしてその額にヒットしたかと思った瞬間、猪はフッと姿を消した。
「わっ……」
「消えた!消えました――っ!」
ショウとアカシアさんはわっと手を叩いて盛り上がる。
『成功だね、椎名さん』
「あぁ……、この石さえ前もって量産しておけば、問題ないな」
「すごいねシーナ!これで遠距離攻撃もばっちりじゃない!」
「もうシーナさん無敵じゃないですか――っ!?」
「あ、あぁ、そうだな……」
……まぁ、問題は石が害獣に当たるかどうかだ。これから飛距離やコントロール力を伸ばしていかなければならないだろう。
俺は街に着いてから、毎日の筋トレメニューに投球練習も追加することを心に決めた。
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