25. 椎名泉、旅立つ
「ショウ――!シーナ――!準備はいいか――!?」
「はーい、大丈夫だよザンさん!」
「荷物は積み終わってるぞ」
『ボクも大丈夫』
俺が引っ越しを決意してから3日後、ついにケルナという都市に向かって出発する日がやってきた。地球にいた頃では考えられないスピード感だ。
俺とショウはそれぞれ大きめのボストンバッグをひとつ荷馬車に載せる。もちろんツノウサギも一緒だが、彼は身一つでの出発だ。
「ありがとね、ザンさん! ケルナまで乗せてってくれるなんて助かるよ〜!」
「悪いな、世話をかける」
「オウ、仕入れのついでだ! 任せとけよォ!」
ザンさんは豪快に笑いながら自身の胸をドンと叩いた。
――そう、今回はザンさんがケルナまで荷馬車で送ってくれるというのだ。
普段市場で店を開いている彼は、たまに仕入れでよその街まで向かうらしい。3日前、俺とショウが引越しの挨拶に彼の家へ向かったとき、それなら仕入れついでに乗せて行ってやるよと提案してくれたのである。
「大魔道士様が引っ越しっていうのは残念だけどなァ! まァここまで騒ぎになっちゃあしょうがねェか!」
「……ちょっとザンさん、俺との別れは惜しんでくれないの?」
「ショウはまだこっちに越して来て5年位だろ?」
「そっ……うだけど、それを言うならシーナなんかまだ3ヶ月だよ」
「そりゃオメェ、シーナは大魔道士様だからな!」
「え、ちょっとなにそれ、俺は一般人だからどうでもいいってこと!?」
「ハハ、嘘だよ、嘘! オメェもたまには顔見せに戻ってこいよォ!」
「もー……!」
冗談めかして言うザンさんを、ショウは不満げな表情で睨んでいる。
2人がそんなくだらない言い合いをしていたところ、馬車の向こう側でひょこりと揺れる人影――アカシアさんだ。
「ショウさん、シーナさん、おはよーございまーすっ!」
相変わらずのハイパワーエンジンっぷり、まだ朝も早いというのに、彼女は元気いっぱいで挨拶してくれる。
「おはよ、アカシアさん!」
「おはよう、……ん?」
挨拶を返そうとしたとき、アカシアさんの手元に目が行った。その華奢な体格には合わない、かなり大きなボストンバッグを肩に掛けていたのだ。どう見ても見送りに来てくれた、というスタイルではない。
「その荷物……アカシアさんも街へ出るのか?」
「そうですよー! ワタシ、ケルナで冒険者になるつもりなんです! 本当はもうちょっと先の予定だったんですけど、おふたりも引っ越されるって聞いて……お便乗しようと思って!」
「冒険者……え、アカシアさんも?」
「ハイ、ワタシずっと冒険者を目指してたんですっ! シーナさんもそうなんですよね!? 冒険者仲間として、今後ともよろしくお願いしますねっ、シーナさん!」
そう言って、アカシアさんは満開の笑顔で右手を差し出した。
……そういえば、前に冒険者になりたいという話をしていたとき、彼女も憧れていると言っていたことを思い出した。
「あ、あぁ。こちらこそよろしく」
……差し出された手を握り返しながら、俺は少しホッとする。
異世界の新天地で1人やっていけるか不安だったが、知り合いも一緒なら心強い。……26歳の俺が、まだ15歳の彼女に抱く感情としては、いささか情けないような気もするが。
そうこうしているうちに、ザンさんの出発準備も終わったらしい。
「オーイ、そろそろ出るぞォ! お前らも早く乗れ――!」
「ハーイ! ショウさん、シーナさん、行きましょうっ!」
「あぁ、今行く」
アカシアさんにに促されるまま、俺とショウは荷馬車に乗り込む。
荷馬車には俺たちの荷物と、ケルナで売るのであろう木箱がいくつか積んであった。スペースとしてはそう広くないが、ゆったりとした旅は楽しめそうだ。
「んじゃ行くぞォ!」
「いざケルナへ――っ! しゅっぱ――っつ!」
「出発――!」
ザンさんの掛け声に、ショウとアカシアさんが弾けるような声で出発を告げる。それと同時に馬車が動き始めた。
ガタゴトガタゴト、ゆっくりと馬車は進んでいく。
「おっ、おぉ……け、結構揺れるな……」
「そう? このあたりはまだ町の中だし、まだ道が安定してる方だと思うよ」
「そ、そうなのか」
……ショウはそう言うものの、コンクリート上を走る自動車に慣れているせいか、かなり揺れているように感じる。
酔ったりしないか心配だな……と一抹の不安を感じていたところ、ツノウサギが俺の膝を叩いた。
『……椎名さん、外見て』
「……ん?」
そう言われて馬車の外を見てみれば、馬車の行く道の両脇に、ラカイの住民たちがずらりと立ち並んでいた。彼らは皆一様に馬車の方を向いて、笑顔で手を降っている。
「え……え、町の皆?」
「あはは、驚いた? ザンさんがみんなに声かけてくれてたんだってさ」
ぱっと見た感じ、町のほとんどの人間が出てきているようだ。全員、俺たちを見送るためにわざわざ集まってくれているらしい。
「大魔道士様――!ありがとうございました――!」
「絶対絶対、また帰ってきてねーっ!」
「元気でな――!」
「ケルナでも頑張れよおおおお!」
「ショウくんもアカシアちゃんも、元気でねー!」
あちこちから上がる、見送りの言葉の数々。
「……皆……、」
……こんなに大勢の人間に送り出してもらえることが、今までの人生であっただろうか。
期間にして3ヶ月、住んでいた期間としては決して長かったわけじゃない。それでも、異世界転移後初めて暮らしていた町で、住民たちの世話になっていたのは確かで――……この光景を前にして、胸にこみ上げてくるものがあった。
「……あぁ、また、必ず! お元気で!」
俺は彼らに向かって手を振った。
大きく大きく、遠くに立つ住民たちにも見えるように。
「みんな――! 今までありがとうね――!」
「ワタシ、絶対また戻ってきますから――!」
ガタゴト、ガタゴト、進む馬車。
そのままゆっくりと門まで走って行き、町の外へと進んでいく。遠ざかっていく町の風景に、まだかすかに見送りの言葉が響いていた。
「……また、冒険者生活が落ち着いた頃に戻ってきたいな。まだ見て回ってない場所もあったし」
『いいんじゃない? ボクもあそこの森、結構気に入ってたよ』
やがて町が完全に見えなくなった頃、前方を振り返れば、澄んだ青空の下に見渡す限りの草原が広がっていた。心地よい爽やかな風が流れ、土と草の香りを運んでくる。
「……いい旅立ちの日だな」
――ここから、俺の新しい生活が始まる。
その確かな実感に頬を緩ませながら、俺は流れていく景色を眺めた。
◆
……さて、椎名たち一行がケルナに向けて出発した頃。
これは極東の町ラカイからずっと向こう、中部の小さな町――ヴェルドでの話だ。
中央警務隊ウルムス・ダヴィディアナは、ある家の扉をドンドンドン、と叩いていた。ノックに合わせ、家の中から中年の女性がひょこりと顔を出す。
「はーい、どなた?」
「……中央警務隊、ウルムス・ダヴィディアナです。町長はいらっしゃいますか」
青年はそう言いながら、所属組織の紋章が刻まれた手帳を突き出した。
女性は驚いたように口元に手を当てる。中央警務隊は王宮直属の警察部隊――いわば国のエリート部隊だ。当然、このヴェルドという辺境の町に事情もなくやって来るわけがない。
「あ、あなた――!早く来て、お客様よ!中央警務隊の方がお越しよ!」
「……えぇ!?」
ただ事ではないと悟った女性は、慌てて家の中にいる夫――この町の町長を呼び出した。彼は慌てた様子で奥から出てくる。
「ど、ど、どうも、この町を治めとります、トーマと申します……。ちゅ、ちゅ、中央警備隊の方が、こ、こんな辺境の町になんの御用で……?」
半分裏返った声で問う町長に、ウルムスは平然とした態度でペンと手帳を取り出した。
「人探しです。我々は“キョウ”という人間を追っているのですが――この町に、その名の男はいませんか。茶髪で緑眼の男。身長は180cm程度。痩せ型でやつれ気味。年は今、30代程と思われます」
「う、うーん………キョウ………キョウ……?」
そう言って、町長夫妻は首を傾げる。ウルムスはそのまま、畳み掛けるように説明を続けた。
「人が好い性格で、煙草を嗜んでいて――それから、琥珀のイヤーカフをつけているそうですが」
「んん……人が好い、琥珀のイヤーカフ……あぁ、それなら!」
「もしかして、キョウじゃなくて、ヒョウさんのことかしら?」
町長夫妻はポンと手を叩いて顔を見合わせる。ウルムスはそんな夫妻を怪訝そうな表情で見つめた。
「……ヒョウ……ですか?」
「うちの向かいに住んでた子ですよ。確か10年前に北部の……ニルダって町からここに越してきたんだったかな?」
「……! 10年前、ニルダから……!」
町長の言葉を聞いて、ウルムスのまとう雰囲気が変わる。夫婦はその雰囲気に圧されるように言葉を続けた。
「え、えぇ、エラい遠くから来たもんだと思ってね、よく覚えていますよ」
「た、確か、各地を転々としていると言っていました……」
「それで、“住んでいた”……ということは、彼は今、ここには居ないんですね?」
「そ、そうなんです……5年くらい前に、仕事の都合で引っ越すことになったって……」
「では、引越し先は?」
「えぇと……、東部に行くと言ってましたね。確かケルナの方に行くという、流れの商人の馬車に乗せてもらってましたよ」
「引越し先が決まって落ち着いた頃に手紙をくれるということだったんですが、届いていなくて……どこの町に居るかは、分からないんです……」
そう言って町長夫妻は表情を曇らせる。無事に過ごしているのかしらね、と暗い表情の夫妻を前に、ウルムスは重々しい声音でひとり呟いた。
「10年前までキョウという名でニルダに……、5年前までヒョウという名前でヴェルドに……、名前を変えながら住居を転々としている……ということは、追っ手から……私達から逃げる必要があった、ということ……?」
「ダ……ダヴィディアナ様……?」
夫人がその様子を訝しんで尋ねると同時に、バキリと何かが折れる音。
その音はウルムスが持っていたペンの先が折れる音だ。伸ばされた前髪から覗く瞳には、激情が宿っていた。
「やはり“彼”なのかもしれない……! ようやく見つけましたよ……ッ!!」
激情に震える声に、町長夫妻は恐る恐るといった様子で尋ねる。
「あ……あの……ダヴィディアナ様……?」
「大丈夫ですか……?」
「……ええ、有力な情報をありがとうございました。こちら協力金です」
そう言ってウルムスは懐から小さな麻袋を取り出し、夫妻に突き出した。
「こ、こんなに!?」
「まぁ……!」
麻袋を受け取った町長夫妻は、袋を開けずとも、その重みから中に大金が収まっているであろうことを察する。
「もし彼の行き先について何か思い出すことがあれば、最寄りの警務局へ来てください。私の名前を出していただいて結構ですので」
「は、はい!」
「わ、わかりました」
その後ウルムスは、町長夫妻に見送られながら、馬に跨がり東部へ繋がる道へと駆けていった。
その姿が完全に見えなくなってから、夫妻はハァと大きく息を吐く。
「――……び、びっくりしたねぇ」
「まったくだ、中央警務隊なんか、普通は一生目にかかれんぞ……」
「それにしても、中央警務隊に高額な協力金……ヒョウさん、一体何者だったのかしらねぇ……」
「悪いヤツじゃあなさそうだったがな……」
「ふふ、そうね。とても人が好かったし……――って、あら?」
「ん?……おお……」
町長夫妻はそう言いながら、空を見上げた。先程まで青かったはずの空が、いつの間やら暗い灰色へと変わっていたのだ。
急に変わった空模様に驚く間もなく、雨がぽつ、ぽつ、と地面に水玉模様を描きはじめる。
それはあっという間にざあざあと強い雨模様に変わっていった。
「……やだねぇ、こりゃちょっと荒れそうだよ」
ピシャアンと遠くに落ちる雷の音を聞きながら、夫人はポツリと呟いた。
お読みくださりありがとうございます。




