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24. 椎名泉、旅立ちを決意する


 さて、俺が町の住民たちの前で狼退治という大立ち回りをしてから3日が経った頃。


「……まちをでたい」


 俺はがっくりとうなだれて、机に突っ伏していた。


「シ……シーナ、大丈夫?」

『椎名さん……声死んでるよ』


 そんな俺に、ショウとツノウサギは気遣わしげに声をかける。


 ……俺がここまで疲れ切っているのには理由がある。


 それは一昨日――つまり、狼を退治した翌日のことだ。

 その日、昼過ぎに起床した俺はいつも通り畑仕事を手伝おうとしていたのだが。

 宴会場で直接話せなかった人々を中心に、町の住民たちがどっと家に押し寄せてきたのである。



「おうアンタ、シーナさんって言ったか!? 昨日はどうもありがとよ!」

「あの時近くに私たちの娘がいたみたいでね。あなたのおかげで助かったの、本当にありがとう!!」

「あ、いえ……戦わないと、俺も危なかったもんですから」


「ねぇちょっと聞いたわよ! あなた、ファリス王国イチすごい大魔道士様なんですってね!?」

「なんでも国を一瞬で滅ぼせるような業火を出せるらしいじゃない!」

「そ……それはさすがに無理ですね……」


「ねぇねぇお兄ちゃん、炎見せて――!」

「おれも見たい――!燃やしてるとこ見ーせーてー!」

「あ、あぁ……」



 ――そんな調子で代わる代わる来客があるもので、息をつく暇もない。最初はなんとか対応をしていたものの、もはや疲れは限界に達していた。

 しかもその勢いは3日経った今も収まりそうには無く、俺は悟りの境地に至る。



 あ、これ、まともに生活できない奴だ。



 ……そして今に至るわけだ。

 事のあらましを説明し終わると、ショウも苦笑いしながら言った。


「お疲れ様。俺も市場へ行った時にすごい質問攻めにあったよ。あんな大魔道士とどうやって知り合ったんだって。全然前に進めなくて、買い物どころじゃなくなっちゃった」

『ボクも庭を散歩してたら、大魔道士様の獣魔だってすごい見られたよ』

「マジか……2人共、すまん」

「シーナが謝ることじゃないでしょ。気にしないで」


 そう言ってショウは優しく微笑む。


 ……とはいえ、このままここに住んでいてはショウに迷惑をかけ続けることになるだろう。その話を聞いて、俺はより決心が固まった。


「……ショウ、俺、やっぱりこの町を出ようと思う」

「うん……俺もそうした方がいいんじゃないかなって、思ってたよ」


 ショウは少し寂しそうな顔をしながら、ゆっくりと頷いた。


「ここは田舎町でちゃんとした魔道士の数自体が少ないんだ。だから余計に騒ぎになっちゃうんだと思う」

「なるほどな……。なら、引越し先にいい街は知らないか?」

「そうだねぇ……あぁ、この群の一番大きな街はどう? ここから馬車で5日、ケルナって街なんだけど。かなり栄えてる街でね、いろんなお店や施設があって、暮らすにはいい街だと思うよ」

『ボクも賛成。あの街には冒険者ギルドもあるしね』

「へぇ……それは良さそうだな」


 都会、かつ冒険者ギルドがあるならちょうどいい。

 本当なら引っ越しと転職はもう少し貯金してからが良かったが、ギルドに登録できないほどではないし、もはやこの町で静かにバイトに勤しめそうな気がしない。タイミング的には丁度良いだろう。


「ケルナには凄腕の魔道士も結構いるらしいんだ。もちろんシーナの魔法はピカイチだし、どこでも目立っちゃうとは思うけど……、ここまでの大騒ぎにはなりにくいかもしれないね」

「分かった、じゃあその街を目指すよ」

「ん、なら準備しようか。俺の旅行鞄、あげるから」


 そう言ってショウは傍のキャビネットから大きなボストンバッグを取り出した。着替えも分けてあげるね、と言いながら、せっせと荷物を詰めている。


「え、おい、いいのか、それ……借りても次いつ返せるかわからないぞ」

「気にしないでいいよ、全部あげるから」

「あげ……!? い、いやいいよ、自分で買いに行くし、」

「この状況で普通に買い物になんてできないでしょ?」

「う……」

「それに冒険者になるにはお金がいるんだから、お金は置いといたほうがいいんじゃない?」

「ぐ……、す……すまん、恩に着る……」

「ふふ、町を助けてもらったお礼だと思って受け取って、ね?」


 そう言って、ショウはボストンバッグを差し出した。


 ……この男は、本当に人が好い。俺はこの世界に転移してからの日々を思い出しながら、改めてそう思った。


「……本当に、最初っから最後まで、お前には世話になりっぱなしだな……。引っ越して仕事が軌道に乗ったら、今まで世話になった分、ちゃんと恩も金も返すから」

「もー、だから気にしないでいいってば。俺が好きでやってたことだしね」

「でも……」

「それに町を守ってくれたことで、もう全部返し終わってるんじゃない? 俺はシーナの命を助けたかもしれなけど、シーナだってこの町のみんなの命を守ってくれたんだから」


 ショウはそう言って、諭すように笑った。

 ……このまま話をしても、話は平行線になるだけだろう。取り急ぎは、ありがたく厚意に甘えさせてもらうことにしよう。


「……分かった。今まで本当にありがとう、ショウ。この国で初めて会ったのがお前で良かった。お陰で右も左も分からないこの国で、なんとか生きてこられたよ」

「大げさだなぁ。すぐにここの暮らしに馴染んでたじゃない」

「お前の助けあってのことだろ。これから一人と一匹で旅なんかして、大丈夫かなって思ってるよ……」


 そう、この町でうまくやってこれたのは、この男が衣食住の提供と言葉の指導というお膳立てをしてくれたからだ。


 だがこれからの一人一匹旅――それはワクワク感もある反面、不安も大きい。

 馬車で片道5日の長距離を無事辿り着けるのだろうか、辿り着いたあと街でやっていけるのだろうか……不安は尽きない。


 そんな俺を見て、ツノウサギはぽんぽんと俺の頬を叩いた。


『……一応、ボクもサポートはするよ』

「すまん……頼むぞ、ツノウサギ……」


 ウサギが頼りというのも情けない話だが、この世界で30年野生で生き抜いて来たツノウサギは、たぶん俺よりずっとしっかりしているだろう。存分に頼らせてもらう所存だ。


 ……しかし、そんなやり取りを見ていたショウが、こてんと小首をかしげた。 


「え? あぁ、心配だし、ケルナまで送って行くよ?」

「……は?」

『……え?』


 その言葉に、俺とツノウサギは一瞬フリーズする。


「え、だってシーナ、ケルナまでの行き方わからないでしょ?」

「いや、まぁ、知らないが……」

「駅馬車の乗り方は? 時刻表の見方は? 料金の相場は?」

「…………それも知らないが……」

「そんなんでどうやって行くつもりなの?」

「ぐっ……」


 ……確かに、ただ漠然と町を出たいと思っていただけで、その辺の一般常識はまだ何も知らない。

 が、だからといって片道5日の距離を送ってもらうのはどう考えてもおかしいだろう。


「いや、わざわざお前に送ってもらわなくても、道中その辺の人に聞きながら行くし……」

「自分からネギを背負ったカモですって申告するのはおすすめしないよ」

「ぐう」

『まぁ、それは確かにそうだけどね……』


 ツノウサギは神妙な声で頷く。ショウは更に、テーブルに身を乗り出しながら続けた。


「この辺りの治安はいい方だけど、やっぱり町の外は危ないよ」

「そ……そうなのか?」

「大都市に近づくにつれて治安は悪くなっていくしね……隙を見せたら、最後だよ」

「最後……」


 珍しく重々しい雰囲気のショウに、俺とはゴクリと息を呑む。


「普通の駅馬車だと思ってたら実は盗賊が偽装した馬車で気づいたら横道にそれてて身ぐるみ剥がされてどこかに売られそうになったりとか……」

「うん……、……うん?」

「町の外を歩いててなんか体調の悪そうな人を見かけて心配で声をかけたら実は演技でそのまま気絶させられて気づいたら無一文とか……」

「あ、あぁ……」


 一気に喋り立てるショウの目は遠く、暗い。


『……随分具体的な例だね』

「それ、もしかしてお前の体験談か……?」

「……まぁ、とにかく、町の外は危ないんだよ」

「体験談なんだな……」

『だね……』


 微妙な間と逸らされた視線から察するに、おそらくショウの体験談だのだろう。

 この純真な性格で、よくこの歳まで無事に生きてこられたな……と思ったものだが、あまり無事で済んできたわけではないらしい。


「それに……実は俺も、近々引っ越そうと思ってたんだよね」

「……え、そ、そうなのか? 俺何も聞いてないぞ」

「あぁ、時期を見て言おうと思ってたんだけど、いい機会だからね。実は仕事の都合で、ケルナの向こうの街に引っ越そうと思ってて――……」


 ……そのとき、ショウのまとう雰囲気がどこか変わったように見えた。いつものやわらかい微笑みはそのまま、目を細めて、まるでどこか遠くを見ているような――……


「……ショウ?」


 どうしたのかと思わず声をかければ、ショウはすぐにぱっと明るい笑顔を作った。


「あ、それにケルナにも仕事の用があるんだ。ちょうどいいタイミングだから、一緒に行こうよ」

「い、いやでもお前、そんな急に引っ越しって、大丈夫なのか? いろいろ都合があるんじゃ……」

「ううん、別に。こっちでやる仕事は終わったし、家は借家だし、いつでも引っ越せる状態だよ」

「えぇ……」


 そう言ってショウはキャビネットからもう1つボストンバッグを取り出した。そこには既に着替えや本などが詰め込まれている。

 ……ショウの言うとおり、確かに前から予定はあったようだ。むしろ俺を拾ったせいで、出発が遅れたのかもしれない。とはいえ、それを聞いてもはぐらかされるか、"気にしないでいいよ"という、いつもの返事が来るだけだろう。


 俺はおとなしくショウの申し入れを受け入れることにした。



「……分かった。なら、ケルナまでよろしく頼む」

「うん、まだしばらくよろしくね」


 そう言いながら、ショウはいつもの優しい笑顔で手を差し出す。どこか釈然としない気持ちになりながらも、俺はその手を握り返した。

 ……まぁ、せっかくできた友人とあっさり離れるのもなんだしな。ちょうど良かったのかもしれない。


「それじゃ準備進めてこっか!」

「あぁ、そうだな」


 そう言いながら、俺はショウから渡されたボストンバッグに荷物を詰めていく。といってもショウから譲り受けた携帯食品や、着替えくらいであるが。


「なぁ、ショウはケルナにはしばらくいるのか?」

「うん、数日は居るつもり。だから何かあったら頼ってくれていいからね!」

「あぁ、ありがとう」

「仕事が終わった夜とかさ、飲みに行ったりとかしようね。ケルナは飲食街も充実してるから、きっと楽しいよ」

「……いいな、それ」


 ショウの言葉に思い出すのは、この世界に転移する前の日々のことだ。


 あの頃、俺は心にも懐にも余裕がなくて。

 月末の金曜日、飲み屋街でサラリーマン達がどんちゃん騒ぎをしているのを、俺は冷めた目で見ていたものだ。


 ……けれど、この世界では……昼間はのびのびと好きな仕事をして、それが終わったら友人と飲み屋で楽しく一杯――……そんな充実感に溢れた生活が、もしかしたら、叶うかもしれない。


 俺はまだ見ぬ都会生活に思いを馳せて、小さく笑った。


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