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23. 椎名泉、主役になる(宴会の)


 あまり沈黙を引っ張るわけにも行かず、とりあえず導き出した答えは――炎。

 しかし、その場に居た全員がその答えに目を丸くしている。


「は、はぁ!?」

「炎!?炎魔法!?あれが!?」

『ちょ……火の粉一つも出してないのに!?』


 当然ながら、即座に四方八方から鋭いツッコミが入った。ツノウサギも凄い形相で俺の方を振り返る。

 ただショウとアカシアさんだけが、キラキラした眼差しを俺に送っていた。


「そうなんだ……! あんな魔法使えるなんて、シーナはすごいねー!」

「テンイ、でしたっけ!? ワタシ、あんな炎魔法初めて見ました――っ!」

「し、信じたのかふたりとも……!?」


 ショウとアカシアさんはアッサリと騙されているようだ。『テンイってどういう意味だろー』、『初めて聞く言葉ですねー』と、きゃあきゃあ言い合っている。


『……ショウさんにしてもアカシアさんにしても、よくこの歳まで無事に生きてこられたよね』

「あ、あぁ、そうだな……」


 俺は若干引きつった顔で、ツノウサギの言葉に頷いた。

 もちろん俺としては誤魔化せたならいいんだが、その純真さが逆に心配だ。いままで詐欺とかに引っかからなかったんだろうか。


 しかもザンさんもザンさんで、若干腑に落ちなさそうな顔をしつつも、「まぁそういう魔法もあんのかね……」などと呟いている始末。せめて保護者くらいはしっかりしていてほしいのだが。


 ……しかしながら、超弩級の純真青年少女は騙せても、ごく普通の一般市民はそう簡単に納得しないようだ。


「いやちょっと待て!ショウさん、アカシアちゃん、しっかりしろ!あれが炎魔法なわけあるか!」

「そうよ、バーストウルフが消えてなくなったのよ!?」


 あちこちでそんな声が上がる。

 ごもっともな突っ込みではあるが、こちらとしても最早後戻りはできない。俺は即席で考えた言い訳を並べ立てることにした。


「えーと、俺、炎魔法が得意なんだ。バーストウルフは炎で燃やし尽くたんだよ」

「で、でも炎なんて見えなかったんだけど!?」

「炎を凝縮して一気に燃焼させるから、一瞬すぎて見えないんだ」

「炎で燃やしたならその焼死体はどこいったんだよ!」

「凄い高出力の炎が出るから、相手は灰も残さず消滅するんだ」

『いや無理があるでしょ!』


 再びツノウサギのキレのあるツッコミが炸裂する。

 ……確かに、普通は燃やしても灰は残るというし、かなり無理なことを言っている自覚はあるが。


「本当かぁ……?」

「そんな魔法聞いたことないわよねぇ……」

 

 住民たちは依然として訝しむような声でざわついている。

 科学が発達してないファンタジー世界なら、なんとか誤魔化し通せるんじゃないかと踏んでいたが……やはり苦しいらしい。この世界の人間が皆ショウくらい単純だったら良かったんだが……。


 しかしその時、どこからか鶴の一声が上がった。


「い……いや、でも逆に……この人の説明以外に、バーストウルフが消滅するような魔法ってあるか?」


 住民の1人がそう言うと、それに応えるようにポツポツと声が上がる。


「雷魔法で消し炭にするとか……いや、そっちのが難しいか」

「……そういえば行商人から聞いた話なんだが……、今、王都に極炎魔法使いって呼ばれてる奴がいるらしいぞ。なんでも相手を瞬時に灰にできる炎魔法使いなんだと」

「その話、私も聞いたわ!確か王都の冒険者ギルドで史上最速Sランクになった人よね?」

「な、なら、あり得る魔法なのか……? しかし灰すら残さねぇとは、この兄ちゃんはそのSランクも超えてるってことだな……」

「Sランク超え!? バケモンじゃねーか!!」


 ……どうやら、話は俺が望む方向に帰着しそうである。

 どこのどなたかは存じないが助かった、王都の凄腕魔道士さん……。


「……な、納得してもらえたようで良かったよ」

「本当にすごいんだね、シーナって!」

「ホンット大した奴だぜオメェはよォ!」

「ワタシ、今度魔法教えてもらいたいです――っ!」


 最初から俺を疑おうともしなかった3人には苦笑いを返しつつ、俺はほっと胸をなでおろした。


 そして懐疑的な視線を送っていた住民の間では、一応の根拠付けが済んだことで、俺を絶賛する空気が流れ始めていた。


「まぁ、何はともあれアンタのおかげで助かったよ!」

「大魔道士様、ありがとうございました――っ!」

「本当にねぇ、わたし、もうだめかと思ったわ……!」

「大魔道士様バンザーイッ!」

「バンザーイ!!」


 住民たちは次々と『ありがとう大魔道士様!』と声を上げた。

 そのうち教会に逃げていた避難民たちまで集まり始め、俺をぐるりと囲む形になり、ワーッと歓声が重なる。まるでパレードのど真ん中にいるような迫力だ。


「だ、え、いや、え、えぇ……」

 

 ……一方、俺はそんな熱狂について行けずにいた。

 いや、ついていけないというか、凄いムズムズするというか……勿論、悪い意味で。

 

 賞賛され慣れていない俺には、こんなときどういう気持ちでいればいいのかが分からない。過剰な持ち上げられ方に、嬉しさよりも困惑が上回ってしまった。


「いや、あの、ちょっと待ってくれ、町の危機に気づいたのはツノウサギだし、最前線で戦ってくれてたのはザンさんとアカシアさんだし、危うく死にそうだった所をショウに守ってもらったわけで、別に俺だけが凄いってわけでは」


 俺は周囲の声に負けないよう、必死で声を上げる。しかしその声は無情にも、その功労者たち本人によってかき消されてしまった。


「何言ってんの、最後バーストウルフを倒したのはシーナだろ!」

「雷も剣も殆どダメージ通ってなかったからなァ! そこへお前が炎魔法一発でドン!だろ!?」

「そうそう!MVPはどう考えてもシーナさんデショ――っ!」

『右に同じく。ボクほとんど何もしてないじゃない』

 

 ……火に油を注いでしまったらしい。

 功労者である彼らが俺を凄い凄いと言うせいで、逆に俺をヨイショする空気が止まりそうにない。それが居たたまれなさをより加速させた。


「よし、今日は宴会だ!大魔道士様に乾杯!」

「いいぞ――!大魔道士様、今日は俺のおごりだぁ!」

「おい、そこの酒屋が今からやるってよ!」

「今日は飲むぞお前らぁ!」

「おお、大魔道士様の功績を賛えて乾杯だ!」


 俺を置いて、住民たちはどんどん盛り上がっていく。


 酒屋が有志で樽を持ち出し、飲食店が料理を運び込み、周囲の家々から机が運ばれてくる。鮮やかな連携プレーで、あれよあれよと言う間に宴会の準備が進められていく。


「いや俺は別に大魔導士ではないんだが……」


 その渦中呟いた俺の声も、このどんちゃん騒ぎの中では誰の耳にも届かない。


『今さら否定したって仕方ないでしょ……もう、そういうことにしちゃったんだから』

「う……ま、まぁそうなんだが……」


 ……まぁ、使徒様だなんだって騒ぎになるよりかは幾分マシだと思うしかないか。


 俺のちょっと待ってくれという声はついぞ誰にも届かず、酒の入ったグラスを持たされて、宴のど真ん中に連れ出された。


「大魔道士様――! 乾杯の音頭お願いしまーっす!」

「ほらシーナ、呼ばれてるよ!」

「シーナさん、早く早く――っ!」

「討伐祝いだ、パーッとガーッと決めろよォ!」

「え、えぇ……」


 アカシアさんとザンさんにグイグイと押されながら、俺は即席で作られた木箱の壇上に上がる。

 少し高く作られたその台に乗れば、会場にいる皆の顔がよく見えた。老若男女、みんな良い笑顔だ。


 ……まぁ、何はともあれ、この平和で優しい町を守れてよかったよな。


 そう思いながら、グラスを掲げる。


「え――……それじゃ、皆の無事を祝して――」


 ――そのグラスには、俺の顔が写っていた。恥ずかしさから少し赤くなって、初めての経験に戸惑ってる、でも満更でもなさそうな、そんな間抜けな顔だ。


 俺は苦笑しながらコホンと一つ咳払いをして、グラスを揺らす。


「……――乾杯!」

「「「カンパーイ!」」」


 時刻はまだ夕方に差し掛かったくらいの時間であったが、宴会は盛り上がりに盛り上がりった。


 主役に据えられてしまった俺は、あちらこちらの住人に引っ張り回されることになる。

 まず怪我を負った門番とその家族に戦ってくれたことを感謝され、逃げ遅れていた家族に頭を下げられ、小さな子どもを抱えた母親たちに泣かれてしまった。


 そんな彼らにしどろもどろで対応しているのを見ていたショウは、くすくすと可笑しそうに笑う。


「はは、大人気者だね、シーナ」

「笑いごとじゃないって……。こういうの、慣れてないから居心地が悪いんだ」

「まぁまぁ、みんなシーナに感謝してるんだよ!」

「う……まぁ、そうだろうけどさ……」


 苦い顔で頷けば、少し間をおいた後、ショウは改まった声で言った。


「……ありがとうね、シーナ」

「ん?」


 その声に振り返れば、ショウはどこか泣きそうな顔で笑っている。


「……ほんとに……、ほんとに、ありがとう」


 そう言うショウの瞳はうっすらと水の膜が張っていて、オレンジ色の灯りを含んできらきらと輝いていた。


 ……ふと、この男も怖かったのだろうか、と思った。


 前にひったくり犯を追った追った時にも思ったが、ショウはポワポワしているようで、でも非常時には頼りになる、気丈な男だ。だが今回、自分含め、ザンさんも、アカシアさんも、住んでいた町がまるごと食われてしまうかもしれなかったのだ。怖くなかったわけがないだろう。


「……いや……、」


 俺はゆっくりと口を開く。


「お前に、少しでも恩を返せたなら良かったよ。なんだっけ……えっと、リスミスタ、だしな」


 そう言って笑えば、ショウは一瞬ぽかんとした顔になる。やがて静かに笑って、『うん』、と小さく頷いた。


 少ししんみりした空気になったが、それを振り払うように、ショウは明るい声で俺の背中を押した。


「……ほーらっ、主役はみんなのとこ行っといで! みんな、言いたいこといっぱいあるだろうからね!」

「あ、あー……うん、そうだな」

 

 『俺には帰ったらいっぱい話を聞かせてね』と言うショウに見送られ、俺は再び群衆の中に送り出された。







 それからしばらく、押し合いへし合いの状態で、住民たちの感謝と質問の嵐に晒されることになる。


 ……最初は慣れない賞賛の嵐に気恥ずかしくなりつつ、一方で高まっていく自己肯定感に満足していたのだが……。


 しかし日付を回ったあたりで胸焼けがしてきて、明け方近くになれば疲れが限界に達し、夜明けとともに解散となった頃――



「やっぱ、“ほどほど”を目指さないとな……」



 アラサーでオールという厳しい戦いを経た俺は、死んだ魚の目になりつつ、そう確信することになったのであった。



お読みくださりありがとうございます。

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