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22. 椎名泉、防衛する(後編)

 目の前いっぱいに広がるバーストウルフの巨体。


 すぐそこまで迫った命の危険に、心臓が跳ねる。すぐにでもトラックを構えるべきだったが、俺はとっさに体を動かすことができなかった。

 

「――シーナ危ないっ!」


 そんなとき、背後からバチバチと音を立てながら閃光が走る。ショウの雷魔法だ。

 それはバチンと音を立てながら狼の顔面を直撃し、狼は嫌がるように後退した。その隙にショウが俺の腕を引いて、狼から距離を取らせる。


「す、すまんショウ、助かった……!」

「大丈夫!?怪我ないよね!?」

「あぁ、大丈夫だ」

「よかった……でもごめん、あの程度の雷じゃ効かないみたいだ……!」


 そう言われて狼の方を見れば、どうやら雷は光が目くらましになった程度のようだ。ハレーションから復活したらしい狼は、再び猛然と俺の方に向かって突進してきた。


 迫る4mの巨体、その距離は約10m。

 そして狼の口ががぱりと開き、その喉の奥に炎が灯り渦を巻きはじめる――ついさっき、アカシアさんをふっ飛ばした炎だ。


 それを見たショウは、焦ったように声を上げる。


「ふ、伏せてシーナ!」

「……いや、たぶん行ける、任せてくれ……!」


 そう言って、俺はショウを後ろ手に庇いながら左腕を前に突き出す。そして炎が真っ直ぐに放たれた瞬間、腕を振りながら強く念じた。


「――【転移】!」


 空を切るストラップが炎に直撃した瞬間、炎はふっとかき消える。


「グルォ……!?」 

「……よし、やっぱり消せるな……!」


 ぐっと拳を握りしめる俺とは対象的に、狼は炎が一瞬で鎮火するという現象に目を白黒させている。

 しかしそれは奴だけでなく、ショウやツノウサギ、住民たちも同じらしい。


「は? えっ、は、はぁ!?」

「すげええええええっ!! ほ、炎が相殺されてるぞ!!」

「ちょ、ちょっとシーナ、今何したの!?炎が消えたんだけど!?」

『し、椎名さん、その能力ってそういうのもアリなの!?』

「あ、あぁ……、そういえば言ってなかったか。これ、魔法も転移できるんだよ」

『ナニソレ、なんでもアリすぎるでしょ……』


 超常現象に沸き立つ俺たちを前に、狼は様子見のつもりか少し距離を取りながら、ドン、ドンと立て続けに炎を放つ。

 スピードはあるが、軌道はすべて直線かつかなり大きな火球なのでトラックを当てやすい。


「それも【転移】、【転移】だ」


 散弾や複雑な軌道を描くなら危ないが、獣ゆえの不器用さか頭が足りてないのか、直線攻撃一辺倒だ。これなら問題ない。



 ……が、問題は、どうやって勝ちに行くかだ。



 狼は謎の魔法を使う俺を警戒し、低い唸り声を出しながら俺の出方を伺っているようだ。

 しかし、今度はまかり間違っても自分からは殴りにいけない。突撃中に狼に反撃でもされたら……、あの俊敏さだ、間違いなく対応できずに一発で殺されてしまう。俺は基本待ちの姿勢で、狼の方から来てもらわなければならないだろう。


 ゴクリ、と息を呑む。

 慎重に出方を伺う狼、狼がこちらに向かうのを待つ俺――この均衡が破られるのを待つしかない、そう思っていたところ。


 狼の背後から、2つの影が飛び出した。


「――オイコラ待てやァッ!!【雷よ】――ッ!」

「そっち行っちゃダメって言ったデショ――っ!」

「ザ……ザンさん、アカシアさん!」


 狼の向こうで戦っていた二人が応援に駆けつけてくれたようだ。二人とも雷撃をふるいながら狼に飛びかかる。


「グルオオオオ………!?」


 雷をまともに浴びた狼は、その場でよろめく。その上に二人は飛び乗り、急所の首や頭にダガーを突き立てようとしていた。


「あークッソ、コイツどーなってやがんだァ!? 固すぎんぞォ!?」

「超全力で斬ってるのにぃ――っ!ミスリルの刃が通らないってどーいうこと――っ!?」


 そう言って2人は嘆くが、――これは千載一遇のチャンスだ。

 狼はまだ感電の衝撃が抜けておらず、さらにザンさんとアカシアさんが抑え込んでくれている状態。


「た、助かった、2人共そのまま抑えててくれ!」

「へっ!?」

「お、おいシーナ、オメェどーするつもりで――」


 俺は狼に向かって全力で駆け出し、ストラップを振りかざし――


「ぶっ飛べ、【転移】っ!!」


 トドメの一撃を放つ。

 トラックが狼の胴体に接触した瞬間、その姿はたちまち消えてしまった。


「……えァッ!?」

「ほわ――っ!?」


 狼の上に乗っかっていたザンさんとアカシアさんは、そのまま宙に放り出される。しまったと思った時にはもう遅く、2人は地面にべしゃりと落ちてしまった。

 慌てて駆け寄ってみるが、受け身を取れたのか見た感じ2人に大きな怪我はなさそうだ。


「す、すまん、2人共大丈夫か?」

「…………………、」

「…………………エッ?」


 とりあえず謝ったものの返事はなく、2人共、ただ呆然と自身の足元と周囲を見渡している。バーストウルフが消えてなくなったということがうまく咀嚼できていないらしい。

 そしてそれはギャラリーも一緒のようで、先程まで盛り上がっていた彼らは、水を打ったように静まり返っている。


「……消え……た」

「消えた……な」

「あぁ……」


 ポツポツとそんな声が上がり、やがて現実を受け入れ始めたらしい、徐々にそれは鬨の声へと変わっていった。


「う………」

「うおおおおおおおおお!」

「シ、シーナ……!! すごい、バーストウルフ倒しちゃった……!?」

「やったぜ!生き残った!!俺たち生き残ったぞおおおおおおお!!」

「私、教会に逃げた皆に知らせて来るわっ!」

「おい、何人か一緒に行ってやれ!バーストウルフを討伐したなんざ、冗談だとしか思われねぇだろうからな!!」

「ハハッちげえねぇや!」


 空に向かって叫ぶ者、助かった安堵にへたり込む者、泣いて喜ぶ者……その反応は様々だ。


 皆助かってよかったと思いながらその様子を見ていると、ツノウサギがぴょんと跳ね、俺の肩に飛び乗った。


『……シーナさん、おつかれさま。終わったね』

「あぁ、なんとかな……。お前も、お疲れ。ツノウサギがいてくれて良かったよ。お陰で緊急事態に気づけたし、害獣も倒せた」

『別に……ボクは大したことしてないでしょ』


 ……と言いつつ、ツノウサギの声音は満更でもなさそうだ。

 そんなツノウサギの様子を微笑ましく感じていたところ、今度は左右の腕を思い切り引っ張られる感覚。討伐の衝撃からようやく帰ってこれたらしいザンさんとアカシアさん、そしてショウだ。


「ねぇちょっとシーナってば、お前一体何をしたの!?」

「全く信じらんねェぜ、バーストウルフが跡形もなく消えちまうなんてよォ……!」

「シーナさん、すごいですすごいですすごすぎです――っ!!」


 心配半分興奮半分という顔で、3人がぐいぐいと質問してくる。遠巻きに様子を見ている住民たちも、興味津々といった風に俺の方に注目しており、四方八方から説明を求める圧力をビシバシと感じる。

 唯一魔法のタネを知っているツノウサギは、周囲の勢いにたじろぎながら俺を見上げた。


『ど………どうするの、シーナさん』

「どうするって言ったって………えっと……えーっと………」


 さすがに、この状況で適当には誤魔化せないだろう。


 ……とはいえ、ここで俺に転移能力があることを明かすのは避けたい。


 俺が目指すべきは“ちょっと凄い感じの魔道士”くらいのポジションであり、“人知を超えた力を行使できる使徒様”ではないのだ。

 すでに“ちょっと凄い感じ”の枠から足が出てしまっている感は否めないが、最低限魔法を使ったことにはしておきたい。


 “俺が殴った相手が消滅する”……この超常現象に、何か魔法をこじつけるなら。

 6属性……炎、水、土、氷、雷、風、この中で、物質が消滅しそうな属性……強いて言うなら――……





「………ほ、炎魔法を使ったんだ」

「「「……えっ!?」」」

お読みくださりありがとうございます。

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