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21. 椎名泉、防衛する(中編)

 俺と猪たち、両者睨み合いが続く。


 ……俺の方から突撃することもできるが、それが躱されれた場合は大変だ。体勢を立て直す前に突撃されたら死んでしまうだろう。

 地面を転移させて穴に落とすのもアリだが、猪との距離が近すぎてしゃがむまでの間に突進されそうだし。


 基本待ちの姿勢で、落ち着いて受けきった方が良いのだが……。相手もそれを察してるのか、全く動こうとしない。完全な膠着状態だ。


 どうしたものかと思っていたら、ツノウサギがふわりと肩から降りた。


『……まかせて、椎名さん』

「! ツノウサギ……!」


 ツノウサギは強張った声でそう言ったかと思えば、猪の方へと駆け出した。


『ほらっこっちだよっ!』


 そのまま彼らの足元まで突っ走る。

 それに気づいた猪の一頭が小さな体を潰さんと前足を上げるが、ツノウサギは得意のハイジャンプでギリギリ回避。そのまま顔面に強烈なウサギキックをかます。当然、猪にとって致命傷になるほどではなかったが、猪の気がそちらに逸れた。


『椎名さんっあと任せるからね!』

「あ、あぁ!ありがとう!」


 俺はそのまま猪に向かって走り出し、トラックストラップを通した左腕を振って、まず1匹と事故を起こす。


「て……【転移】!」


 その瞬間、猪は忽然と姿を消した。

 それに合わせて背後のギャラリーがドッと沸き、「シーナ、がんばって――っ!」「いいぞ、あと1匹だ、いけ――っ!」と声援が上がる。


 俺はあと1匹、と逸る気持ちを抑えながら、猪に向かって走る。

 向こうも覚悟を決めたのか、まっすぐ俺に向かって走ってきた。猪は途中でフェイントのように軌道を逸らしたが、すかさずツノウサギが『左だ椎名さん!』と的確な指示をくれたおかげで、体勢を崩さずに済んだ。


 そして俺の腕の届く距離――射程範囲に、猪が入る。


「――【転移】!」


 振り切った腕の先で、トラックが猪に当たった。それと同時に、猪は姿を消す。


「よし……討伐成功だな」


 走って上がった息を落ち着かせるように大きく息を吐くと、ツノウサギが駆け寄ってきた。


『やったね、椎名さん』

「お前もな。ありがとう、助かったよ」


 俺はその場にしゃがんで、ツノウサギとコツンと拳を合わせた。ツノウサギは相変わらず感情の読めない表情だが、格上の害獣討伐という大役を担ったからか、どこか満足げだ。


 そして眼前の敵が一層されたことで、ショウや物陰から見守っていたギャラリーがより一層沸き立った。

 

「す、すごいよシーナ!!いったいどんな魔法を使ったんだ!?」

「アイツ、あっという間に5匹も中級を倒しやがったぞ!!」

「すげええええっ!!いいぞ兄ちゃん――!!」

「信じられない、奇跡が起きたわ……!!」


 俺も取り急ぎの脅威を排せたことで心の余裕が生まれ、その称賛がストンと胸に落ちてきた。


「す、すごいぞ……俺、なんかめちゃくちゃ持ち上げられてる……!」

『そりゃそうでしょ。よかったじゃない、すごいねって言われたかったんでしょ?』

「あ、あぁ……自己肯定感が増し増しだ……! 今の俺、26年の人生の中で一番輝いてると思う……!」


 勉強も運動も何をさせてもイマイチで、常に平均点以下だった俺には新鮮な体験だ。その爽快感に打ち震えそうになりつつ、俺は頭を振って雑念を払い落とした。


 いや、そうだ、まだ全部終わったわけじゃない、ここは冷静にならないと。

 一つ咳払いをして、俺は浮かれた気持ちを押さえつけた。


「そうだ、ザンさんとアカシアさんは……」


 そう思って振り返れば、未だ戦闘が続いているようだ。2人はイノシシを相手に剣と雷をふるっており、その足元には数匹の猪が倒れている。


「俺が5体、アカシアさんとザンさんで7、8体くらい……か? それで、猪の残りはあと10体くらい……」

『もう折り返し地点だね。なんとかなりそうじゃない?』

「でもまだバーストウルフも居るだろ。それに、ザンさんとアカシアさんがかなり消耗してそうだぞ」

『……確かに』


 2人共かなり善戦しているようだが、その表情は険しい。このまま行けば彼らがバテてしまうほうが早いだろう。


「またこっちに何匹か逃してもらって、それを倒すか……、いや、でも、もっと効率のいい方法はないか……?」


 地面を転移させて、猪をまとめて穴に落とす……のは2人を巻き込むし、そのために離脱してもらったら猪が散り散りになって収集がつかなくなりそうだ。なにか妙案はないものか……。


『そうだね……動きさえ止められれば、あとは椎名さんがぽんぽん転移できそうだけど……』

「動きを………それだ!」


 ツノウサギの言葉で、俺は一番コスパが良い倒し方を思いつく。

 

「ザンさん、アカシアさん! 猪を一時的に麻痺させるくらいの雷撃は出せるか!? 一瞬でも動きを止めてくれたら、あとは俺が一撃で倒せる!」


 俺は大声で二人に呼びかけた。

 さっきの雷撃は一撃必殺みたいな威力だったが、それを浅く広く周囲に放ってもらって麻痺状態にできれば、あとは俺が順番にトラックをぶつけるだけだ。

 俺の声はなんとか届いたらしい、ザンさんとアカシアさんは大声で返す。


「ハァ――!? いや、さっきからそっちやったら盛り上がってんなァと思ってたが、何やってんだオメェはァ!?」

「わ、わかりました、ワタシの方で撃ちますっ! 止められるのは数秒なので急いでくださいね――っ!!」

「了解した!」


 感電するとまずいので、まだ前線からは離れておく。アカシアさんが攻撃を放った直後に走り出せるよう、俺は体勢を整えた。


「シーナさん、お願いしますっ!【雷よっ】!」


 詠唱とともに、アカシアさんが雷撃を放つ。それは先程より細い閃光だったが、より広範囲に光の軌跡が走っていった。

 近くにいた猪数体にそれが当たったようで、その動きが一気に鈍くなる。状態異常の付与に成功したことを確認した俺は、一気に駆け抜けた。


「【転移】、【転移】【転移】っ、お前も【転移】だ!」


 走り抜けながら、次々に猪をトラックで轢いていく。俺が通ったあとには1匹たりとも残っていない。

 少し離れたところで戦闘を続けていたアカシアさんはその様子を見ていたのだろう、驚きの声を上げた。

 

「え――っ!? し、シーナさん、何やってるんですか!? 何が起こってるんですか――っ!?」

「後で説明する、今は目の前の敵に集中してくれ! 今の雷、また撃てるようになったらその時頼むぞ!」

「は、ハイっ! 魔力がたまるまでもう少しかかります、感電しないように下がっててくださいね――っ!」

「あぁ、わかった!」


 そう言って、俺は再び戦場から距離を取る。この作戦を繰り返せば、なんとか猪は倒しきれるだろう。


 ……が、問題はなのはあの大型狼バーストウルフだ。


 奴は猪の背後で、まだ一歩も動いていない。ツノウサギ曰く“すっごく強い”らしいが、その実力は未だ掴めないままだ。

 手下がやられたことで戦意喪失して逃げ出してくれればいいんだが……。


 と、そんなフラグのようなことをうっかり考えてしまった矢先。


「まぁ、そうは行かないよな……!」


 ついにバーストウルフとやらが、のっそりと動き出した。

 グルルル、と低い唸り声を上げながらゆっくりと町の方へと足を進めている。


『う……動き出したよ。椎名さん、気をつけて』

「あ、あぁ……、なぁ、しかもなんか、こっち見てないか……?」

『見てるね……ガン見だね……』


 奴に近いところにいるザンさんやアカシアさんを越えて、何故か俺と町の方をじっと見つめている。その目は暗く、非常に不気味だ。

 まだ距離が空いているとはいえ、4m級の獣にロックオンされてしまってる――その事実に、俺は思わず後ずさってしまう。


 ――しかしそれが決め手となってしまったのか、バーストウルフは勢いよくこちらに向かってきた。


「き、来た!」

『椎名さん、落ち着いて!構えて!』


 ドドドドッと、低い地鳴り。流石と言うべきか、その足は速い、速すぎる。あの足で縦横無尽に動き回られたら目がついていけなくなるだろう。


 しかし、アカシアさんの反応は早かった。


「あっちょ、そっちいっちゃだめ、【雷よ】――っ!」

「ヴヴヴヴッ!」


 町に向かって突進していく狼に気づいたアカシアさんが、牽制のため雷撃を放つ。

 しかし同時に、狼はアカシアさんの方へぐるんと首を回し――なんと口から火を吹いた。


「ほ……炎!? あいつ、魔法が使えるのか!?」

『嘘でしょ、最悪……! まさか魔獣だなんて……!』


 雷は炎を突き抜け狼を貫くが、同時に爆風がアカシアさんに直撃する。


「ウワゥウッ………!」

「きゃ、きゃ――――っ!?」

「ア、アカシアさんっ!!」


 雷を食らった狼はよろめき、アカシアさんは爆風にふっ飛ばされて地面に叩きつけられる。

 それを見たザンさんが焦った様子でアカシアさんの方に走り出した。


「アカシア!! 大丈夫か、しっかりしろっ!!」


 ザンさんはアカシアさんを抱き起こして、そのまま戦線から距離を取る。アカシアさんは叩きつけられた衝撃が抜けていないようだが、重傷を負ったというわけではなさそうだ。

 とりあえず命に別条はなさそうなことにホッと息をついたのもつかの間――今度は俺の足元と背後から劈くような叫び声。



『シーナさん、前、前!!』

「よ、避けてシーナ!」



 ツノウサギとショウの声に我に返ったが、しまったと思ったところで時すでに遅し。アカシアさんに気を取られているうちに、バーストウルフが距離を詰めてきていた。





お読みくださりありがとうございます。

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