20. 椎名泉、防衛する(前編)
『椎名さん、こっち! ここを突っ切るのが町まで最短距離だよっ!』
「あぁ、分かった!」
叫ぶように答えながら、俺は森を駆け抜ける。
ツノウサギが獣の存在を察知してすぐ、俺たちは全速力で町へ向かって走り出していた。
「無事でいてくれよ、ショウ……!」
先を急ぐ俺の脳裏に浮かぶのは、かつて俺の命を助けてくれた恩人のこと。
ショウは魔法が得意ではないと言っていたし、巨大な害獣に襲われでもしたらひとたまりもないだろう。
『……ショウさんはまだ大丈夫だと思う、家は森から離れてるし、町には衛兵がいるから』
「あ、あぁ……そうだよな」
『ただ、小さなの町の衛兵でどこまで太刀打ちできるか……』
「そんなヤバい獣なのか?」
『……たぶん、町に向かってるのはバーストウルフだと思う』
「バーストウルフ?」
『普通の狼よりずっと大きくて、すごく、すっごく、強いやつ』
「……マジか」
“普通の狼”だって十分強い猛獣だろうに、それの強化版。ツノウサギの重々しい声音から察するに、相当な強敵なのだろう。
『でも、他にも重たい足音がいくつもする……バーストウルフだけじゃないのかも。たぶん、害獣の群れが町に向かってる……!』
「最悪だな……っ」
かといって、町に戻る以外の選択肢を取ることはできない。このまま害獣蔓延る森にいて無事でいられる保証はないし、町に残っているショウのことも心配だ。
俺は大きな不安を抱えながらも走り続け、遂に町に到着した。
害獣襲来の知らせはすでに町にも届いていたらしく、警報だろうか、カーンカーンとけたたましく鐘が鳴り響いている。
「みんな逃げて、害獣が来るわよ――ッ!!!」
「わぁああああんっ、ママ、パパ、どこおぉぉおおっ!」
「ファーテル様、エミュファ様、お助けください、おたすけください……!!」
往来はパニック状態の地獄絵図。住民たちは我先にというように、皆同じ方向に向かって走っているようだ。
「み、みんなどこへ行こうとしてるんだ?」
そう言って辺りを見渡していると、走っていた住民の男にすれ違いざまに声をかけられる。
「――おいお前、何ボーッとしてんだこんなとこでッ! さっさと“教会”に避難しろッ!」
「……きょ、教会?」
聞き慣れない単語に首を傾げたが、男は人々が向かう先を指差しながら、慌ただしく去って行った。
しかし、その代わりにウサペディアからの解説が入る。
『エミュファ様とファーテル様を祀ってある教会だと思うよ。結界が張ってあって、“悪いやつ”が入ってこられないって聞いたことある』
「なるほど……。ならそこに逃げこめたら安心ってわけだな」
教会の中に居れば、獣が襲ってきても安全な結界の中からトラックを投げつけて勝利できるだろう――……と思いきや、俺の言葉を聞くツノウサギの表情は険しい。
『……そうでも、ないと思う』
「な、何でだ?」
『飢えを満たしたいだけの獣は悪いやつだと思う?』
「……いろんな宗教的論争を呼びそうな問題提起だな」
確かに、その理論で言えば豚肉牛肉を食う人間だって教会に入れないはずだ。となると教会に駆け込むのは、かえって逃げ場がなくなって危ないんじゃないか?
でも皆そこに向かうみたいだし、俺もそうしたほうがいいのか………、
「……よし、まぁ、とりあえずショウと合流しよう」
『うん、わかった』
こんな緊急事態は初めてで、どうすべきなのか俺では判断がつかない。一旦ショウと合流して、身の振り方を相談するべきだろう。
そう思って俺は家に向かって駆けだそうとしたが、ちょうどその時、背後から女性の劈くような悲鳴が聞こえた。
「きゃああああ――――ッッ!」
「が、害獣だ――ッ!害獣が入ってきたぞ――ッ!」
「いやっ、いや、いやぁああああ!! 誰か助けてぇえええぇええっ!!」
驚いて振り返ってみれば、そこには数匹の猪の姿があった。町の外周をぐるっと囲う柵をなぎ倒して侵入してきたらしい。
さらに悪いことに、その背後にはおそらくバーストウルフなのであろう、手前の猪の2倍近い大きさ――約4m ほどの狼が町の方を睨みつけていた。
「………ッ、」
――あれが、バーストウルフ。
まだ俺との間にはそれなりの距離があるものの、あまりの迫力と驚きに、俺は思わず後退った。
『……椎名さんまずいよ!やっぱり衛兵がやられてる!』
「えっ……」
そう言ってツノウサギが示す方向を見れば、先程まで門番をしていた男が2、3人、血を流しながら倒れていた。
『し……椎名さん、なんとかして!』
「な、なんとかしてって言われても……衛兵がやられてるのに、俺なんかでどうにかできると思えないんだが……!?」
ツノウサギは畳み掛けるように『早く』と叫ぶが、戦闘に特化しているであろう男が3人も倒れ伏しているのを見て、怯まないわけがない。
それに群れで来ている以上、どれか一匹を相手にすれば、すかさず横から別の個体に殺されてしまうだろう。
そんな危険を承知して群れの中に突っ込んでいく度胸は、俺には無い。
『しっかりして! どのみち椎名さんがやらなきゃこの町全滅するよ!』
「は、ぜ、全滅!?」
『バーストウルフは狙った獲物を逃さない! ボクらはもうアイツの視界に入っちゃってる、すでに獲物として捕捉されてるんだ!』
「嘘だろ……」
『も、もちろん、ボクもがんばる。役には立てないかもしれないけど……。だから椎名さんも一緒にがんばって!』
そう言って、ツノウサギは得意の大ジャンプで俺の肩に飛び乗り、その小さな手でぺしぺしと頬を叩かれた。
……やるしか、ないのか。
頭ではそれが分かっていても、体が思うように動かない。獣たちへの恐れですっかり固まってしまっているようだ。
――と、その時。
「――シーナ!? よかった、無事だったんだ!!」
「あああァ!!おっ前マジでっ!!マジで、もう、お前ェ!!」
「うわああん――っ!ご無事でよかったですシーナさ――んッ!」
今にも泣き出しそうな面持ちで走って来た3人組――ショウとザンさん、アカシアさんだ。
「ショ……ショウ!?それにザンさんにアカシアさんも! 皆なんでここに!?」
避難所はも彼らの家もこことは逆方向だ。それがどうしてこんな最前線にと思って声を上げれば、アカシアさんに両肩を捕まえられ、ガクガクと揺さぶられた。
「なんでって、シーナさんを探してたんじゃないですか――っ!」
「お前、バイトで森に入ってたんだろ!? もしかして獣に襲われてんじゃねェかと気が気じゃなかったぜェ……!!」
……なるほど、俺に仕事を斡旋していた親子は、俺を危険な場所に行かせてしまったかもしれないと責任を感じていたのかもしれない。彼らの蒼白な顔色が、彼らの感じていた責任の重さを表していた。
「シーナ、全然家に帰ってこないし避難所の人も誰も見てないって言うし、ほんとに心配したよ――っ……!!」
「そ、うだったのか……」
ショウが大きな安堵の息を吐きながら、俺の背中をポンポンと叩く。
……かくいう俺も、皆が無事だったことに安心した。
獣に相対する緊張に冷えて固まっていた体が、アカシアさんとショウに振り回され叩かれ、余分な力が抜けていく。
……しかし、今は長く感動に浸っている場合ではない。
害獣はすぐそこまで迫っているのだ。今は様子をうかがうようにジリジリと距離を詰めて来ているが、いつ飛びかかってきてもおかしくはない。
とにかく彼らに逃げてもらわなければ、と口を開こうとしたところ、
「さ、それじゃシーナさんは早く逃げてくださいねっ!」
「この道を真っ直ぐ行った所に教会があるからなァ!急げよォ!!」
アカシアさんとザンさんに言葉を遮られ、それは叶わなかった。
「シーナさんはって……え、アカシアさんはどうするんだ?」
「ワタシとザンは衛兵さんに加勢しますっ!」
「そー言うこっちゃ!」
「……えっ!? あ、アカシアさん戦えるのか?」
自信たっぷりに言い放つアカシアさんに、俺は驚いた。
アカシアさんは熊男・ザンさんの娘とは思えないほど、華奢な見た目をしている。とても戦闘に向いているようには見えないのだが、しかし彼女は拳でドンと胸を叩きながら弾けるような笑顔で答えた。
「ハイもちろんっ!ワタシこう見えて結構強いのですよ――っ!」
「よォし、行くぞアカシア!」
「うんっ! それじゃ、ショウさん、シーナさん、あとはワタシたちにおまかせてくださいねっ! アカシアは超全力でがんばってきま――っす!」
そう言って親子は獣たちの方へ果敢に飛び込んでいった。
俺はまずその足の速さに驚いていたが、次いで彼らの手から放たれた魔法に更に驚愕することになる。
「くらえ――っ!【雷よ!!】」
「【雷よ!】」
アカシアさんとザンさんの右手がバチバチと電気をまとったかと思えば、ピシャアンという激しい雷鳴と共にその鋭い閃光が走った。
雷に当たった猪は、1撃で地面に倒れ伏している。
「ふ、二人も雷属性なのか……!というか強いな……!?」
ショウが以前、中型以上の獣には生半可な魔法は通らないと言っていたが、つまりあれが生半可じゃない魔法なんだろう。その雷撃の規模は、ショウのそれの比ではなさそうだ。
「アカシアっ、右任せるぞ!」
「了解だよっ!」
2人は雷撃を連発できないようだが、その分を物理――剣で補っているようだ。腰に刺していたダガーで猪を足止めしている。それは討伐の決定打にはなりにくそうだが、猪は細かい傷が増えるたび、嫌がるように後退していった。
「す……すごい、二人共滅茶苦茶強いな?」
隣のショウにそう問えば、ショウも俺と同じように呆気にとられていた。
「あ、あぁ……ふたりが鍛えてるのは知ってたけど……まさかここまでとは……!」
俺たちがそんな会話をしている間にも、親子は剣を切り結び、猪を制圧していった。
――そんな彼らの姿を見て、俺はようやく覚悟が決まった。
……ザンさんはともかく、アカシアさんはまだ十代の女の子。そんな子が最前線で頑張っているのに、大の男が怯んでる場合じゃないよな。
「さ、シーナ、早くここから離れて。俺も2人に加勢しに行くから、シーナは教会に――」
「……よし。ショウ、俺も行ってくるよ」
「へっ?」
「行こう、ツノウサギ!」
『……うんっ、椎名さん!』
「ええぇえぇ!? ちょ、シーナ――!? ツノウサギくーん!?」
焦ったように叫ぶショウの声を聞きながら、俺とツノウサギは駆け出した。
アカシアさんとザンさんが左右二手に分かれているから、正面には隙間がある。害獣が町に入らないように牽制してくれているようだが、この範囲を2人でカバーし続けるのは無理があるだろう。
……だから。
「アカシアさんっザンさんっ! こっちに何匹か通してくれ! 俺が引き受ける!」
俺はめったにあげない大声を出す。
戦闘の中でもなんとか聞こえたのであろう、ザンさんとアカシアさんが反応した。
「……! わかりましたっ! 頼みますっシーナさん!」
「無理すんなよォシーナァ!」
その言葉とともに彼らの間に隙ができ、そこから猪が数体漏れ出す。
……一対多数戦は初めてだが、何とかやってのけるしかない。
「よし……来い!」
列をなして飛び込んでくる猪、その数5体。
まずは一匹目、トラックストラップを通した左腕を振り回し、突っ込んできた猪の鼻先を殴った。
「て……【転移】っ!」
トラックと事故を起こした瞬間、猪は転移する。
ふっと姿が消えたその後、続いて向かっていた2匹の猪は目の前で起こった現象に驚いたのか、急ブレーキをかけるように止まり、その拍子に後続の猪が玉突き事故を起こした。
――よし、ラッキーだ。
その隙に俺は猪に向かって駆け出し、まず呆然としている先頭の猪を転移。ぶつかってよろめいている猪も1匹、2匹とストラップで殴る、殴る。トラックが当たった猪は、ふっと姿を消した。
「――よし3匹っ!」
『いい調子だね、椎名さんっ!』
「あぁ、意外とやれそうだ」
肩にしがみつくツノウサギから声援が上がり、そして背後のショウと逃げ遅れていた町民からはワッと歓声が上がった。
「ちょっ……シーナ!?今のなに!?」
「はぁああぁあぁッ!? ど、どうなってやがる、グランドボアが消えたぞ!?」
「す……すごい……!! 一体何が起こったの!?」
……本来であればギャラリーの歓声に心が浮き立つところなんだが、喜ぶにはまだ早い。
猪はまだ2匹残っている。俺の紙装甲などあれに追突でもされれば即死は免れないのだ、気は抜けない。
さらに残った猪は先程の超常現象を警戒してか、襲いかかることなくジリジリと距離を詰めてきていた。
「……、どうするかな」
お読みくださりありがとうございます。




